295話 月光幼女は頑張っちゃう
アイは翼を全開に広げて高速で空を飛行する。後ろにはトート神が魔導書を片手に追いすがってくる。
「受けよっ。極大大爆発」
先制したのはトート神だ。片手をアイに向けると魔力を集めて瞬時に魔法を解き放つ。その魔力の流れを見切り、ロールをしながら横滑りをアイはする。
風でおさげをぷらぷらとたなびかせながら、周囲の空間が大爆発をするのをギリギリで回避していく。
「説明しようっ。あれは魔術の神トート。平均ステータスは9999、カンストしていると言えるけど……まぁ、見かけだけだな。信仰心をエネルギーに変えているから強く見えるだけだぜ。トート神はあらゆる魔法を極めた神だ。その全てがスキルレベル10、特性として魔法瞬間発動と魔力消費超軽減を持つ魔法系最強の神だぜ。弱点はないな」
「アイさんは器として覚醒済み。落ち着いて戦いましょう。突破口はあるはずです。この戦いに負ければ、この世界は相応しくない神が創造されて崩壊するでしょう。頑張ってくださいね、未来は貴女にかかっています」
マコトとシンが説明してくれるのをコクリと頷く。
「なんかアニメとかだと最終回っぽいでつね」
二人が真面目な表情で教えてくれるので、思わず茶化してしまう。幼女は真面目な雰囲気が苦手なのだ。楽しい雰囲気きぼー。
「まぁ、トート神を倒せばこの世界でアイに力で敵うのはいなくなるんじゃないのか? 武力では世界最高となるんだぜ」
いつもとは違い静かな表情でマコトは言いながら、モニターにチラチラと視線を向けている。ここが女優の見せ所だと気合を入れて、こっそりと現状を教えてくれるサポート役のサポートのセリフを繰り返していた。さすがは名女優。
「そうですね、あとは貴方の願いを叶えるだけとなるでしょう。神を倒せばそれだけのリターンはありますので。固定ドロップありなので」
もはや充分な力を発揮できるようになるはずとシンも小さな笑みと共に教えてくれる。
「それじゃ、レアドロップを目指さないとでつね!」
レアドロップを絶対に手に入れるぜと、フンスとアイは張り切る。天使モードになって記憶がクリアとなったのだ。俺の本当の願いを思い出した。
天使モードになった瞬間に、微睡みから目が醒めるように覚醒したのだ。
「それでも世界支配もするんでつけどねっ!」
自分といえども、面白い目標を立てたもんだと、ニヤリと笑い、大爆発が収まったので、くるりとトート神へと振り向く。
「槍技 リボルバースピアー」
騎士槍をトートに向けて、撃ち放つ。魔力が槍と化して疾風の如く敵を貫かんと迫るが、トートも手を翳して魔導書に力を込める。
「ミラーブリンク!」
細長い鏡が空中に無数に創り出され、その鏡にはトート神の姿が映っていた。その鏡の中の一枚が魔力の槍を受け止めて砕け散る。
「行けっ、ミラー!」
鏡がトートから離れて、囲むようにアイの周りを駆け巡る。そうして鏡の中のトートたちが手を翳してきた。
「極大氷結」
「極大火炎」
「極大暴風」
その鏡から、トートが使う同等の魔法が放たれて、アイに襲いかかる。全てを凍らす氷の息吹、オリハルコンすら溶かす高熱の炎、いかなる硬度を持つ物も切り裂く暴風が。
「しゃちょー! ミラーブリンクは自身と同等の能力を持つんだぜ! 弱点は物理に超弱い!」
「新たなる神となるのは伊達ではないっ!」
マコトが警告してきて、トートは得意気に叫ぶ。たしかに同等の能力持ちの魔法使いとしたら、これほど恐ろしい魔法はないだろうと理解できる。チートすぎる魔法だ。
ゲームならチートすぎると文句を言いたいが、たまにゲームでもこんな敵はいたので文句は言えない。別次元の同位存在を呼び出したとか言うボスがいたんだよ。
「そういった敵への対処はひとつでつ!」
槍をくるりと手首で返すと身構えて迫りくる魔法へと身構える。
「ちからおしいぃ〜! 幼技 キャンセルエイミング」
クルクルと槍を円を描くように回転させる。ちっこい幼女がぶんぶんと槍を回転させる姿は運動会で創作ダンスを披露するようで愛らしいが、その武技は愛らしくはない。
迫りくる氷の息吹の先端にちょこんと触れて、槍に氷を綿飴のようにクルクルと纏わせる。そうして綿飴にした氷の息吹を炎に投げつけた。
超高熱に触れた極寒の氷。お互いの力が相殺されて、爆発するように蒸気が発生し辺りを覆う。暴風が蒸気を散らそうと駆け巡るが、不思議なことに蒸気に巻き込まれるように、風は鋭き刃のような威力を散らされて、消えていく。
「ちぃっ! 小癪な奴だと思う」
周囲が蒸気に覆われて幼女の姿が見えなくなったことに思わず舌打ちをして、トートは地上をちらりと見る。薄っすらと蒸気の合間に見えるのは、人間たちと魔王との戦いだ。集めた噂通り、精鋭たる聖騎士団と魔導騎士団を引き連れて、魔王たちを倒さんと剣を振るい、魔法を放っている。
英雄級の人間たちだが、魔王たちも単独ではない。連携はできないが、それでも圧倒的な個別の能力の高さで人間たちを駆逐できるはずであった。
だが、アイの浄化の力を受けて大幅に能力を低下させているのだろう。互角の戦いとなっている。いや、一つの生命体のように連携をして戦う人間たちが有利だ。
トート神にとっては苛つく状況であるが、口元は微かに笑みを浮かべていた。どうやら地下深くに作り上げた神器、信仰心を収集するトートバックの能力はバレておらず、破壊しようとする動きも見えないと。
各地に広めたゴットフレーム。人間たちは大幅に能力の底上げをする新素材と勘違いしているが、真実は違う。ゴットフレームをアンテナとして、周囲の人間たちの意思を信仰心として強制収集するのが本来の役目であり、集まった信仰心をトートバックが回収、トートへとエネルギーとして送り込んでいる。
未だに神の位階は上がっていないので、エネルギーへの変換率は高くはないが、それでも漲る力は無限のようだと感じていた。次元結界を張らなければ、すぐに他の神に気づかれて介入されただろうが、もはや外からの介入は不可能。使用することに躊躇うことはない。
あとはアイを倒して位階を上げれば、何者をも倒せる最強の神へと到れるはずだ。
やはり計算どおりなのだと、トートは蒸気渦巻く空へと視線を戻し、魔導書へと力を注ぐ。
「魔を払え、天魔の風!」
同時に全てのミラーブリンクへと同様の魔法を使うように思念を送り、風を巻き起こす。蒸気は辺り一帯を吹き飛ばす嵐となりあっさりと吹き散らしたが、トートはクリアとなった視界に入る光景に眉を顰める。
ミラーブリンクが全て破壊され、破片となって飛び散っていたのだ。
「ふ、あたしの敵ではないんだぜ」
腰に糸を巻きつけた妖精がドヤ顔で告げてきた。ぶらーんと幼女の持つ糸にぶら下げられながら。
なにかしたのかと、トートは顔を険しくさせながらも、自身の優位性は揺るがないと、再び魔法を発動させることにした。
「小賢しいことをしても無駄だっ! ミラーブリンク」
壊されるならば、再び作るのみ。接近戦も得意とする天使には油断はしないし、溢れる神力はいくら魔法を使っても無くなることはない。
アイの周りに鏡の分身が再び生み出される。それを見て糸を手に持ち幼女も対抗するべく武技を使う。
「武技 幼妖精大回転」
ヨーヨーと幼女と妖精をかけたんだよと、フンスと得意気にマコトを振り回す。
「うぉぉーっ、妖精の稲妻と呼ばれたあたしの力を見せてやるぜ」
ヨーヨー扱いされても、ノリノリで嬉しそうに破顔させて、マコトは障壁を張りながら両手をじゅわっちと掲げて鏡に激突して、パリンパリンと壊していく。その姿は一応稲妻っぽいと可哀想なので思いたい。
「絶対零度!」
トートは破壊されていく鏡を作り出すのを諦めて、自らの魔法のみで戦闘をすることにする。手から波動を生み出してアイへと向ける。絶対零度により空気が凍り、あらゆる物体を停止させようとするが、幼女は最後の鏡にマコトをぶん投げて、槍をリターンにて引き戻す。
「魔法槍技 プロミネンスドラゴン」
繰り出す槍はあらゆる物体を焼き尽くす炎を纏い、龍となって絶対零度の波動とぶつかる。
「ぬぐぐ、小癪なっ!」
お互いの魔法が押し合い、負けじとトートは魔力をさらに籠めていく。
「力の押し合いはしないでつ」
アイは幼女は非力なのでと、すぐさま槍を引き戻し、トートへと翼を広げて間合いを詰めるべく加速して炎と氷の中を突き進む。魔力を籠めていたトートはその行動に反応できずに動揺で顔を引きつらせていた。
「幼技 学芸会の一撃」
学芸会は幼女にとって、一世一代の舞台なんだよと意味不明な一撃を放つ。純白の粒子を伴わせる槍の一撃は鋭く強大であった。
何重にも障壁をトートはすぐに張ったが、紙のようにあっさりと貫かれて、その半身を砕かれてしまう。
「やったか?」
投げたはずなのに、いつの間にかアイの頭の上に移動していたマコトが親指を立てて言うので、ペチリと叩く。絶対にやってないやつだろ、それ。
「リヴァイア」
テンプレどおりに半身を砕かれたはずなのに、その身体は時間が巻き戻されたようにトートは回復をさせた。
「あらゆる魔法を使う我にはそのような攻撃通用はせんっ!」
「怪しい……。本当に効かないんでつかね」
ジト目になってトートを観察する。なにか今手応えがおかしかったぞ?
幼女の視線に焦りを見せたのか、トートは秘奥の魔法を使うことに決めて、顔を険しくさせて扱えるギリギリまで魔力を集め始める。
「極大超重力破壊!」
魔力を超重力と変えて、アイを押し潰さんと闇色のブラックホールのような力が覆う。
「シールドビット展開。リフレクターアイフィールド!」
これぞアイフィールドだよとおっさんギャグを幼女は叫びつつ、シールドビットを周囲をピラミッド型に囲う。そうして、光り輝く鏡面のような障壁を作り出すと、超重力を反対に跳ね返した。
空も地面も跳ね返した重力波により震え、神殿は崩れ始めて、戦っている者たちも身体を揺らがせてしまう。
「ちいっ、幼女天使の性能は化け物かっ!」
神の魔法を尽く受け流す幼女天使にトートは焦り、計画を変更することに決めた。
「最初からやり直しとなるが仕方あるまいっ!」
ゴットフレームの信仰心をフルに使うことにする。次元結界は既にあり、幼女を倒せば位階もその魂で上げられるはず。
それならば信仰心を一時的に失っても、後でまた集めれば良い。
「この世界ごと吹き飛ばしてくれるっ! 全ての信仰心を使い、貴様に最高の魔法を見せようっ」
身体が扱える魔力の限界を超えて崩壊を始める。魔導書がひび割れてボロボロに朽ちていくのを見ながら、トートは使用するつもりのなかった魔法を使った。
「次元魔法 メテオフォール!」
その力ある叫びに同調して、空が裂けて全長数十キロメートルはある巨大な隕石が現れてきた。
「この質量攻撃は防げまい! 世界も滅びてしまうがやり直せば良い。我の勝ちだ幼女よっ!」
隕石を見ながら狂ったように嗤うトートを呆れながら見て、アイも力を使うことに決める。
「神杯の力を使いまつっ! 人々の意思の力よっ、この指と〜まれっ!」
槍を墜ちてくる隕石へと向けて、月光幼女は自らの力を解き放つのであった。