291話 じーんせい、らくしかほしーくないな黒幕幼女
幼女はバカでかい皇城をご機嫌に鼻歌を歌いながら揺られていた。揺られているのはギュンター爺さんに肩車をしてもらっているからだ。キャッキャッと楽しそうに肩車をされている孫娘と遊ぶお爺さんというほのぼのとした光景にしか見えない。
周りを見なければ。
反対側から来る人たちがギョッと驚き、壁際に貼り付くように退避する。その姿は不良を見たら廊下の隅に避ける一般学生みたいな感じである。
驚くのも無理もない。アイたちの周りには近衛騎士団はもちろんのこと、他の騎士団員や、宰相たちが守るように付き従っているので。
「たまにはこういう光景もいいもんなんだぜ。名女優だから慣れているんだけどな」
フフフとマコトが含み笑いをして、アイの頭の上に腰に手を当てながら立っていた。パレードの主人公みたいだぜと、マコトもご機嫌だ。そして息を吐くように自然に見栄を張っていたりもした。
「さすがはマコト様。妖精は常に英雄と共に人々の喝采を受けていますので慣れておりますか。私もお会いできて光栄に思っておりますぞ」
「そ、そう。そうなんだよ、慣れているんだぜ、ウハハハ。そういや、あたしは妖精だから、妖精。最近忘れてきたけど、妖精だったんだ」
柔和な笑みを浮かべて、宰相がマコトを褒め称えてくれると、妖精は目をきょどらせて、不審な様子となる。いつもはアイがツッコんでくれるのに、肩車をされなから周りを物珍しそうに眺めているのみで相手にしてくれなかった。
褒められると、それはそれで居心地を悪そうにするマコトであったりした。困った妖精である。弄られないと落ち着かないお笑い芸人のような少女である。
ちなみに裏口へと向かったアイたち一行。もちろん監視役は存在しており、こっそりと尾行をしていた。差し入れのアンパンを齧り、ミルクの実を飲みながらしていた。誰から差し入れされたかはナイショである。監視役大変でつねと、幼女から差し入れされたりはしていないはず。監視役は山崎とかいう名前なのかもしれない。
監視役は慌てて宰相に報告しに行ったのである。なにしろ門番は鼻で幼女たちをあしらって裏口へと向かわせたので。この国では今や皇帝に次ぐ重要人物とされている幼女が裏口から。立場と名誉を重んじる貴族なら激怒ものである。幼女たちが先触れをしていないとしても。
なので慌てて宰相たち一行は現れたのだ。賄賂を求める木っ端役人が絡んでいたので、顔を真っ青にしながら。
そして、宰相自ら丁重に幼女たちを案内をしていた。
宰相の名はドーガ・ヤクトン。侯爵の地位におり、柔和な笑みとふくよかそうな身体の、シワの目立ち始める顔つきの老齢の男だ。その平和そうな姿からは想像もできないが、過去は重装騎士として戦場で活躍していた。大人数人でも持ち上げられない重さの全身鎧を着ているにもかかわらず、馬のように速く駆けて敵を倒す猛者として有名であった。
文官としても優秀であるために宰相にまでなった三国志の呂蒙みたいな男である。
ドーガはエリザベートをちらりと見て、もうこの魔帝国で取り巻きを作ったのかと思いながら、幼女へと視線を移す。幼女は無邪気な笑みで、周りをキョロキョロ見渡していた。
「凄いでつね。灯りの魔道具が辻ごとにありまつ。魔帝国は魔法が進んでいると聞いていまつが、こんな通路にも配置できるぐらいに魔道具とかも普及しているんでつね」
ほぉ〜と、感心しながら幼女が通路を照らす永続光の魔道具へとちっこい指で指す。その感心したようなセリフは今まで皇城に訪れた者たちと同じだ。密かにドーガは訪問客用の通路へと移動をしていた。その通路は魔道具を数多く配置しており、訪問客へと魔帝国の威光を見せつける意味を持っていた。
「昼から灯りを点けっぱなしとは。なぜオフにしないのでしょうか、閣下」
「たぶんオンオフの機能をつけられなかったんでつよ、ルーラ。し〜っ。そこは見なかったことにしておきましょー」
灰色の髪の毛の狐娘が灯りを見て言うと、幼女は人差し指をお口につけて、し〜っと答える。感心したようなセリフと違う態度である。
「魔帝国はこのような魔道具がたくさんありまして。他国とは……。最近は他国でも普通に売られ始めているとか」
ここで訪問客は貴重な魔道具を通路に配置できるなんてと萎縮して、案内役は胸を張り魔帝国の技術の高さを思い知らしめるという流れがいつものことであるが、月光商会相手には口籠るしかなかった。
「新しい灯りの魔道具を購入しましぇんか? オンオフ機能付き、灯りの輝度も色々ありまつ。ホール用からおねむのときのオレンジ色の小さい灯りまで色々と用意してまつ。あたちのお勧めはオレンジ色の灯りでつ。寝る時に真っ暗ではないから安心できると貴族の人たちに喜ばれていまつ」
今度カタログを持ってきまつねと、ふんふんと鼻息荒く言う幼女に口元を引きつらせてしまう。聞いてはいるが、魔帝国と月光商会、ひいては陽光帝国との技術格差はかなりあるらしい。
検討をしますねと答えながら、ドーガはこっそりと息を呑む。次の場所こそが訪問客を驚かせる場所だからだ。ここで魔帝国の技術の高さを見せつけて、少しでも交渉を有利にしておきたい。
「謁見の間はこの上となります。この小部屋でお待ちください」
賓客を待たすのには相応しくない、こじんまりとした部屋へと案内する。そこはソファやテーブルはあるが5、6人入れば一杯になる程度である。
今までこの小部屋に入った他国の者たちで、驚かなかった者はいない。魔帝国も陽光帝国に負けない技術があるんだと期待を胸に抱き、さり気ない口調で言う。
アイたちは小部屋の意外な狭さに目を丸くする。その様子から次の言葉が予想できる。なぜこんな狭い部屋を控室にするんだと誰かが苦情を言うだろう。今までの訪問客は不満そうに口を閉じるか、文句をつけてきたのだ。
「エレベーターでつか! どういう仕組みなんでつかね? これで謁見の間に直通するんでつね」
「ソファにテーブル……。無駄に金をかけていますな」
「フライ、重量軽減、落下速度操作、あとはなんでしょうか。色々な魔道具を使っているみたいであります」
「茶菓子がないんだぜ」
最後の発言者な妖精のセリフ以外は、小部屋の仕組みに気づいているようなセリフであった。ドーガはギクリと顔を引きつらせてエリザベートに問いかけるように視線を向けるが、首を横に振って否定してきた。だとすると、初見で見破ったということになる。魔帝国が作りし技術の粋を集めた昇降機を。
「エレベーターだと意味がわかりませんでつね。昇降機と言えばいいでつか? セクアナの塔は別として、この地域に来て初めて見まちた。あたち、エレベーターがーる〜っ。お客しゃま、何階をご利用でつか?」
エレベーターがーるごっこ遊びをしまつと、肩車から、んせと降りて身体をくねくねさせて愛らしくおててをあげる幼女。
「最上階の謁見の間までお願いするであります」
ルーラがアイのごっこ遊びに嬉しそうに付き合って、お願いするとコクンと頷いて、とてとてとアイは部屋を歩き回リ始めた。
「最上階にまいりま〜つ。んと、ボタンはどこでつか?」
ボタンボタンと探す幼女を見て、ドーガは嘆息した。どうやら、我が帝国の昇降機よりも便利な仕様の昇降機が月光商会の母国にはあるのだろう。これは優位には立てないと嘆息して、隠してある伝声管を取り出すのであった。
小部屋が揺れて、移動するのをアイは内心で感心していた。素晴らしい技術だぞと。ただ高層ビルでもなければ、いらない機械である。城で使えるから、スノーの城にも備え付けようかな。後でガイに作れるか相談してみようっと。
青ざめる宰相からは、密かに期待していたリアクションをとってあげれなくてスマンと内心で謝っておく。たぶん魔帝国の技術を見せたかったのだろう。マウントを取ろうとする意思をひしひしと感じる案内通路だったよ。弱点は、相手が感心しないで、平然とした様子にすると、金をかけた通路の魔道具がすべて無駄になるところだね。筆頭はこのエレベーター。
月光商会は負けないぜと、むふふとほくそ笑むと小部屋の揺れが収まる。扉が開いて先程とは違う光景が目に入ってきた。通路ではなく、広々とした広間だったのだ。壁際には騎士たちがズラリと並び、ピカピカの金属鎧が光っている。文官たちも並んでおり、貴族たちは疲れから肩を落としてゼーゼーと息を切っていた。緊急招集されたのね。
奥には立派な玉座があり、一直線にそこまで真っ赤な絨毯が敷かれており、ここが謁見の間だと理解できた。
常ならば、訪問客はいつの間に謁見の間に移動をと、テレポートでもされたのかと驚くのだろう。
もちろんアイたちも驚いた。だが別の意味で。
「月光商会の方々すっね。ようこそ魔帝国にいらっしゃいました」
玉座の前に立つ男が軽薄そうな口調で言ってきたので。しかもサラリーマンのように直立不動で、斜め45度の角度で頭を下げてきていたので。
着ている服装は真っ赤なガウンに重そうな宝石がゴテゴテついている王冠、手にも黄金の王笏を手にしているので、たぶんこいつが皇帝のはず。
想定外に腰が低くて軽薄そうな口調だ。え? この人は影武者?
「余の名前はウルゴス15世っす。この魔帝国の皇帝を一応しているっす。よろしくお願いするっすよ」
「う、うむ。儂の名前はギュンターと申す。こちらは月光商会の当主アイ・月読様だ」
ギュンター爺さんも、この展開は予想できなかったみたいで、戸惑いながら会釈をして、手を俺に向ける。軽すぎな皇帝だから無理もない。
「あたちはアイ・月読でつ。よろしくお願いしまつね、ウルゴスしゃん」
ペコリとカーテシーをしながら幼女はご挨拶。
「英雄を加護する妖精マコトなんだぜ」
フムンと胸を反らして、どちらかというと英雄に寄生するマコトも挨拶を返す。ルーラもあとに続いて挨拶をした。
こいつ、本当に皇帝なのかなぁと、周りを見るが、誰も気にしている様子はない。エリザベートもだ。
よくある皇帝は召使いの中に隠れており、玉座の皇帝は入れ替わった召使いということもなさそうだ。皇帝の威光は隠せないと、そのような悪戯を受けた主人公は召使いの中に隠れる皇帝を見抜き、挨拶をしにいくけど、あれ無理だから。威光なんて服装とか立派じゃないとわからないから。あの話は悪戯に気づいた主人公が城内にも情報提供者がいるんだぜと、牽制の意味を含めて自分の力をアピールをしただけだと思うんだ。
「あ、これお土産でつ。お饅頭の詰め合わせでつが」
ルーラヘアイコンタクトをすると、饅頭の詰まった袋をルーラは慌てて近寄ってきた侍従に渡す。
皇帝にお饅頭を手土産に渡す幼女。怒られても仕方ないと思われるが、ありがとうっす、と皇帝は笑みを浮かべた。演技っぽくはない。
「おかげさまで、始祖たるデミウルゴスたちは夜逃げしたっす。オーカスを倒してくれてありがとうっす。本当に助かったっす」
すっすっと、チンピラのような口調で言うウルゴスに、コテンと黒幕幼女は首を傾げて答える。
「ガイと息が合いそうな人でつね。よろしくでつ」
アイは軽く手をあげて、色々と聞きたいことがあるなと、ウルゴス皇帝を警戒をしながら見つめるのであった。