290話 皇城訪問の黒幕幼女
どぎつい色彩のマナパレスにアイたち一行は馬車に乗って訪れた。メンバーはアイ、マコト、ギュンター、ルーラ、エリザベートである。ガイたちは揚陸艦の部品を集めるためにお留守番。ドロップがないから仕方ないのだ。後で労いの言葉と好きな食べ物をプレゼントするから許してほちい。
絶対に揚陸艦を作るぞと決意しているのだ。無傷でバラバラになるというふぁんたじーな壊し方をシンはしたので。個人的には分解とか人形遣いの副司令みたいに叫んで欲しかった。
プラモを作る気で、ふんすふんすと鼻息荒く帰ったあとのことを考えながら、幼女はお城へと入るために門へと近づく。
だが、門番たちは馬車から降りてきた幼女たちを見て、ふんと鼻を鳴らすだけで、俺たちのことを聞いている素振りも知っている様子もない。ついでに出迎えもない。あれえ?
コテンと小首を傾げて、俺たちは頼まれて訪問しに来たんだけどと、少しムカッとしたあとに間違いに気づいて、ちっこいおててをポムと打つ。
「先触れ出すの忘れてまちた」
「え? アイ、先触れを出しませんでしたの?」
エリザベートが驚くけど、そうなんだ。先触れしてねえや。即ちアポイントメントをとっていない。
「今までは時間指定の人たちばかりだったから、それで問題なかったんでつ。失敗失敗」
テヘと小さな舌を出して反省しちゃう。ガイたちに指示を出し終えたら訪問しまつねと、俺は答えたんだった。それって、普通は後日に訪れるという意味にとらえられるか。
仕方ないのだ、幼女は自分の玩具を片付ける方が重要だったんだもん。幼女悪くない。玩具箱に仕舞うほうが先決でつ。
しょうがないので、サプライズにしておこう。幼女だから目溢ししてくれるよね。
なんでも幼女なら許してくれると、最近悪い幼女になりつつあるアイは門番の前へとぽてぽてと近寄り、元気におててをあげてご挨拶。
「ちわっす。商会のものでーつ。御用を聞きにきまちた!」
「……なんだ、商会の者か? 裏口へ回れ、ここは貴族専用だ、薄汚い商人が近づくところではない」
「え〜、初めての皇城だったので、とっておきの服を着てきたんでつが、正門からは駄目なんでつか?」
ちらりとエリザベートの方へと視線を向けてアイは言う。きちんとした服装だ。というかエリザベートはドレスを着ているし。
「はっ、そりゃご苦労。なんだ家族ぐるみで来たってか? たまにいるんだよな、勘違いした成金の平民が。ほら、さっさと裏口へ回れ。例外はない」
門番は嘲笑しながら、俺へとゴミでも払うようにシッシッと手を振ってくる。
「わかりまちた。それじゃ裏口へ回りまつね!」
ふんと小馬鹿にしたように門番は頷くので、アイはペコリと頭を下げて、エリザベートたちの元へと戻ってくる。
なぜか満面の笑みで。
なぜかギュンターたちは苦笑をしていた。
なぜ、幼女は皇帝に呼ばれたと言わないのかと、疑問を呈しようとエリザベートは戸惑ったが、うっしっしっと口元を押さえて、悪戯そうにほくそ笑む幼女にピンときた。してしまった。
「もしかして……わざとですの?」
ドン引きして後退ってしまう。裏口から入るように言われたことを交渉材料にするつもりなのかしらと。
エリザベートも家の力を使って月光商会の情報を集めたのだ。そして、月光商会のやり手っぷりを知った。当主はお飾りの幼女で、妖精の隠れ道から来た遠き地のやんごとなき血筋の者で、ギュンター卿が采配しているとか。狡猾な策謀を得意とするという噂であるが、隣に立つギュンター卿は清廉潔白の実直そうな老人で、狡猾には見えない。
もしかして、もしかしなくても、この幼女が狡猾なのではと疑っている。子猫のような癒やされる愛らしい姿の幼女であるので、いまいち自信はないが。子猫は子猫でも、クアールの幼体ではないだろうか。
ちなみにクアールとは出逢えば死ぬと言われている幻の魔物で、麻痺、石化、即死など様々な効果を持つブラスターという光線を使う敵である。ドラゴンよりも危険と言われている魔物だ。しかも状態異常を防ぐアイテムや魔法も効果がなく、素の魔法防御力のみでレジストしなくてはならない凶悪な光線である。
「ぶらすた〜」と舌足らずに幼女が叫んで、目から光線を放ち、敵をばんばん殺す姿を想像してしまうので、かぶりを振って想像を打ち消す。その場合、自分は危険な娘と一緒に行動しているということになるのであるからして。きっと考えすぎよね、と。
「先触れを忘れていたのは本当でつよ?」
「なら、なぜ馬車から降りたのかしら? 不思議だったんだけど」
普通は降りない。御者ないし、侍従に門番へと説明に行かせるのが普通で、貴族はのんびりと馬車内で待つ。
なぜか全員で降りたのだ。アイがそう言ったので。
「お外の空気を吸いたかったのでつ。それ以上でも、それ以下でもありましぇんね。それじゃ裏口へレッツゴー!」
そう言って、アイはてこてこと裏口へと歩き始めるので、エリザベートもついていく他なかった。
幼女の頭の上で、妖精がバタバタと泳ぐように手足を振っていたが、その行動に意味を求めることはやめておきましょう。
裏口は綺麗で威容を示すため大きな正門と違い、小さくそして薄汚れていた。何人もの人々が偉そうな門番に誰何されながら出入りしている。
アイは僅かに目を細めて冷ややかな表情になる。
「学園と違い奴隷が誰か、はっきりわかりまつね」
「え? あぁ、学園では奴隷は扱いが良いですものね。普通はこんなものよ?」
エリザベートが平然とした声音で答えるので、そうでつかと小さく嘆息する。
「むぅ……。閣下、この積雪のさなかで、あのような薄着だと凍傷になるのであります」
門の前では薄汚れて薄っぺらな貫頭衣を着た栄養不足なことは明らかな青白い顔と痩せ細った体格の人々が荷物を運んだり、雪かきをしていたりした。足も裸足で寒くて辛そうだ。ルーラはその様子を見て、怒りに満ちて呟く。
「南部地域の農奴と同じですな、姫。スキルがある世界だからこそ、凍傷を耐性を付けて防いでいるのでしょう」
お爺さんが不機嫌そうに言うが、その予測どおりのはず。恐らくは寒さ耐性をスキルとして取得しているのだ。地球で同じことをしたら、ばんばん死ぬか凍傷になるかだが、スキル制の異世界ならではの悪いところが表れていた。これでは、奴隷の待遇は絶対に良くならない。飢餓耐性や寒暖耐性って、これを見るといらないスキルだよな。
なにを不機嫌にしているのだろうと、エリザベートが不思議そうに見てくるので、ますます悲しくなる。一般常識として根付くと、奴隷制度を無くしても、差別は残るんだよなぁ。
南部地域と違って、悪意を持って扱っている感じがないのが、また質が悪い。悪意を持つということは、翻すと罪悪感を持つ可能性を示している。ここの人たちは極自然に奴隷に命令をして、冬の積雪の中で凍傷になりそうになっていても、気にしていない。無関心なのだ。こりゃ、南部地域よりも差別が酷い。
「えっとだなぁ、説明しよう……。う〜ん……。ランドぶらんくショータスク? コマンドが難しくて説明できないんだぜ。奴隷制度が酷い国ということにしておくぜ」
頭の上でピンセットで持てそうな小さな説明書をペラペラと捲りながらマコトが唸っていた。どうやらシンの真似をして、国の説明をしようとしたが、コマンドの使い方がわからない模様。諦めて説明書を仕舞うので、このままだとサポート役から降ろされる可能性大である。
「はぁ〜、とりあえず中に入りまつか」
今、エリアヒールをしても迷惑にしかならないだろう。耐性がつかなくて、後が大変だろうし。歯がゆく思いながら、この問題は皇帝にぶん投げようと決意して裏口を通ろうとする。この場合の皇帝は魔帝国、陽光帝国両方の皇帝を示していまつ。
「通行証をだせ!」
当然ながら門番は立ちはだかった。……通行証かぁ。なるほどそりゃあるよな。
「ちょっと待っててくだしゃいね。んと〜、どこでちたっけ?」
通行証通行証と、片隅に積もった雪を手に取る幼女。コンコンと可愛らしく呟くと、ぴょいんと狐耳とふさふさ尻尾が飛び出る。
「コンコン小狐節電モードでつ」
きゅーちゃんに油揚げをプレゼントしたら、一時的に簡単な能力を使えるモードを手に入れた幼女である。器の力らしいけど、器って完成したら、神の力を一部なら使えるのね。
「どこらへんが電力なんだ?」
「ばちばち〜」
マコトが突っ込んでくるが、尻尾をフリフリすると電気が発生するからだよと、よくわからないセリフを口にして、ようやく通行証を見つけた。
「はい、これ通行証でつ」
やっと見つけたよと、通行証を門番へと手渡す。こんこん。
「……うむ、月光商会……聞いたことのない商会だな。新参者だな? 何のようだ?」
「御用聞きに来まちた。テヘヘ」
「ほう、御用聞きか。皇城に入れるようになったとは良かったな。かなり儲かるんじゃないか? んん?」
チラチラとやけに広い裾を見せながら、こほんこほんと咳払いする門番。なるほど?
「ていっ」
門番の裾へと幼女は手を突っ込んじゃう。ずしりとした感触がして門番はニヤけてしまう。ちらりと裾の中を見ると黄金の塊が輝いていた。
「よし、通ってよし!」
「ありがとうございまつ。ではいきましょー」
満面の笑みで頭を下げてお礼を言い、アイたち一行はようやく城の中へと入れるのであった。
やけに冷たい黄金だなと、門番が呟いているので嬉しそうでなによりだ。
「楽しそうなんだぜ、悪戯狐め」
「この力楽しすぎまつ。むふふ」
狐が化かす心がわかっちゃうよと、幼女は悪戯そうに妖精へと答えるのであった。
クックとギュンターもルーラも楽しそうに笑っているし、良かった良かった。エリザベートしゃん、なにかありまちたか?
魔帝国の城内。裏口ということでかなりの奴隷たちが歩き回っていた。やる気のなさそうな奴隷から、少しばかり綺麗な奴隷。奴隷頭とか、上級奴隷とかいるんだろうなぁ。
「なぁ、あんた? あんたらは新商会のもんだってのは本当かい? 聞いたことがない商会だが」
ギュンター爺さんに、小太りのおっさんが興味深そうに話しかけてきた。先程のやり取りを聞いていたのだろう。
「うむ、新商会だな。儂らは商会を作ってまだ3年だ」
「そうかいそうかい、3年で皇城に入れるとはやり手だね。どうだい、私が案内しようか? 私はちょっとこの城で顔が利くのさ。まぁ、あれにもよるけど」
やはり裾の長いおっさんである。ここ、こんな奴らしかいないの? 仕方ないなぁ。
幼女は思わずにやけながら、雪がないかしらんと周りを見渡しちゃう。小狐モード楽しすぎ。
「渋ると大変なことになるよ? 通行証を取り上げても良いんだよ? んん?」
たぶん少しだけ偉い役人なのだろう。小太りの身体を揺らし、偉そうに言って
「ぐはっ」
殴られて吹き飛ばされた。
「な、なにが? 誰が私を殴ったんだっ!」
役人らしきおっさんはすぐに立ち上がり、顔を真っ赤にさせて怒鳴り、周りを見渡し、真っ青になった。信号機みたいなおっさんである。
「馬鹿者がっ! この方をどなたと心得る!」
そこには近衛騎士団を連れて、宰相が怒気を漂わせて立っていた。
その言葉に、キャァと幼女は喜んでぽてぽてと前に出ちゃう。
「このお方こそは陽光帝国の皇帝代理人、アイ・月読様であらせられる! 控えい、控えおろうっ!」
へへーっとおっさん含めて皆が平伏する中でふんすふんすと黒幕幼女はご機嫌に胸を張った。
この宰相なかなかわかってるねと、気に入った。