289話 呆れる縦ロールと黒幕幼女
エリザベートはぽかんと口を開けて呆れてしまった。なにしろ昨日までは何事もなかったはずの学園グラウンド。そのグラウンドが粉々に砕かれて、地面がめちゃくちゃになっていたので。側に建っていた校舎の一部も崩れ落ちている。
雪積もる中で、その光景は異様であった。なにより異様であったのはグラウンドの真ん中に焼け落ちた屋敷の残骸らしき物があったからだ。
そしてそれ以上に
「お店が焼けちゃったので、在庫処分セールでーつ。今なら格安で買えまつよ〜」
幼女がお店焼けちゃったセールをしている点である。何が何やらわからないが、一つだけ言えることがある。
あの幼女は見かけと違って、物凄い逞しい。
「あの……アイ。いったいなにが起こったの? あの焼け落ちた屋敷はなんなのかしら?」
ぽてぽてと手足を懸命に動かして、精力的に商品を生徒たちに売りつける頑張り屋さんな幼女へとエリザベートは戸惑いながら近寄る。
幼女はクッキー詰め合わせパックを生徒に愛らしい笑みで手渡していたが、エリザベートに気づいて顔を向けてきた。そして、エリザベートの顔を見るなり、うりゅりゅとおめめに涙を溜める。
「エリザベートしゃーん! あたちが頑張ってお小遣いを貯めて、苦労して建てたお店が焼けちゃいまちた〜。えーん」
若干、最後の方が棒読みっぽかったが、とうっと腰に勢いよく抱きついてきた。子猫のような可愛らしい幼女なので、ほんわかと癒やされて頭をナデナデとエリザベートは撫でちゃう。さらりとした触り心地の良い感触に、口元がニヤけてしまう。
中の人がこのようなことを女学生にしたら、ニーキックからのジャーマン確実なことは間違いないが、幼女は頭をナデナデされるので本当にお得である。
「お店が焼けた……。昨日まではお店なんかなかったと思うのですが? それが焼け落ちた?」
苦労して建てた? 昨日まではお店自体見たことなかったんですが。
「豚がいきなりとんかつ弁当になって、お店がメラメラ燃えて、蓋を開けたら魔王だったんでつ〜」
まったく意味がわからない。わからないが、早口でまくしたてる幼女に、なにか大変なことがあったようだとは想像できる。
とんかつ弁当とはなんぞや?
「なので、あたちは一文無しになってしまいまちた! ポッケには銅貨の一枚もないでつ。え〜ん」
「泣くな、社長! これから頑張って稼いでもう一度お店を建てるんだぜ!」
「うん! あたち頑張りまつ! モヤシを食べて頑張りまつ!」
なんと妖精が幼女の髪からぴょいんと出てくると、悲しげな、たぶん顔を顰めているので、悲しみを表しているのだろう妖精が、アイの頭を撫でる。
妖精なんて初めて見たわと驚くが、なんとなく演技っぽくて庶民の空気を纏わせているので、あまり感激はなかった。
幼女と妖精が顔を見合わせて、感動イベントを演じる。
とりあえず拍手でもすれば良いのかしらんと、エリザベートを含む周りの生徒たちはパチパチと手を叩くのであった。
「ありがとうございまつ。ありがとうございまつ。というわけでセールをしてまつので、じゃんじゃん買っていってくだしゃい。お勧めはとんかつ弁当」
商魂たくましい幼女は、オーカス弁当と書いてあるお弁当を勧めていた。
「とりあえず大変なことがあったのはわかりましたわ……。で、セールってなんですの?」
「そこからでちたか」
しょうがないなぁと、幼女はため息をついちゃうのであった。
「魔王? 魔王って王様ですよね? 一人で戦いを挑みに来ましたの? 王様なのに」
「当然の疑問ありがとうございまつ。あたちもそこは変だと思っていまちた。例えなくても、王様なんだから部下と領地を持っていない? と」
「そこは説明しましょう。魔王とは魔物を統べる能力持ちの魔物若しくは悪魔族のことを言うのです。なので、強かったら、そいつは魔王なのですね。魔王種と言ったところですか」
一休みと、グラウンドの隅っこでお座りする幼女へと、昨夜のことを聞いたエリザベートが尋ねてくるが、置いておいた麩菓子を頬張りながらシンが説明してくれる。
「なるほど、人間とは違いますのね」
感心しながら、アイの召使いを見るが、麩菓子が喉に詰まったのか、んがぐっくと咳をしながらコップを取ろうとして、また、あたしに許可なく説明したなと妖精が妨害していた。仲が悪そうな二人である。
「まぁ、お爺さんたちが倒してくれたので、お店以外は被害はありましぇんでちたけど」
「神聖騎士と聖騎士団ですわね。私の元までその噂は轟いていますわ」
陽光帝国の誇る最強騎士団。詩人がその武勇を謳っており、エリザベートもその噂は聞いていた。アイのお目付け役とは知らなかったが。
そんな聖騎士団の二人は腕を組みアイたちを護るように歩哨をしていた。遠巻きに怯えるように近衛騎士団がしているが、あれが自分たちの最強騎士団と考えると情けないものがあるとエリザベートを含めて生徒たちは嘆息してしまう。
昨夜もアイたちの監視を続けていた騎士団の面々。もちろんオーカスとの戦いも見ており、その人外の戦いにビビりまくってしまった。こりゃ絶対に敵対しないぞと決意もしていた。挨拶時の贈り物にピッタリだと、菓子折りをアイが高額で売りつけていたりもした。なにげに酷い幼女である。
「それで……もう一つ疑問がありませすの。燃えた残骸を片付けているのは、その……、アースラたちではなくて?」
エリザベートが半眼で燃え落ちた屋敷を指差す。その指先にはデブや痩せた不健康そうな生徒たちが汗だくになって、残骸を片付けていた。なぜか皇帝陛下に力を下賜される前の不健康そうな身体に戻って。
「おらおら、てめえらっ! ちゃっちゃと残骸を片付けるんだ。そこ、サボるじゃないっ」
鞭を手にして、強制労働所の看守のような制服を着込んだ髭もじゃのおっさんがピシリピシリと鞭を鳴らす。これ以上なくハマリ役なガイが叫ぶと、生徒たちは辛そうに悲鳴をあげながら残骸を片付ける。
「ひぃ、すいません。少し休ませてください〜」
「俺たちは屋敷を燃やすつもりはなかったんです〜」
「こんなの奴隷のやる仕事だ〜」
「駄目だ駄目だ。賠償金の交渉が終わるまでは肉体労働で返却だ〜! ウハハハ、金持ちで2枚目はいなかったんでやす。こんなに嬉しいことはない」
生徒たちが悲鳴をあげるが、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべて、ますます鞭を鳴らす小悪党ガイ。この男、実に楽しそうに生き生きとして、最低のセリフを吐いていた。
「あのおにーしゃんたちはちょっと汚れていたので、真っ当な人間に戻すために修行中でつね。あと、人のお店を燃やしたので」
「はぁ……そうなんですの。元に戻ったのですね」
エリザベートの魔眼には、アースラたちの魔力の流れが見える。この間まで強力な魔力が身体を巡っていたが、今はチョロチョロと滲み出る泉の水レベル。弱くなっていた。
「とりあえず、この学園の汚いところはきれいきれいにできまちた。想定外でちたが。あとは学園をより学校らしくするだけでつね」
「それでしたら、これから授業がありますので見に来ます?」
「もちろんでつ!」
やったぁと、エリザベートの言葉に満面の笑みへとアイは変えて首肯するのであった。
「あ、ガイ。飛び散った揚陸艦の部品全部集めておいてくだしゃいね。ボルト一本見逃しないようにお願いしまつ。豚しゃんのドロップがなかったでつし」
本来はドロップ100%な幼女なら、魔王のドロップウハウハだったのに、シンが倒したので、別プレイヤーが倒したと判定されて、そもそもドロップがなかったのだ。ちくせう。もうシンは戦いに加えないぞ。
「ボルト一本って……えぇぇぇっ!」
酷いですと、勇者が悲鳴をあげるが、お任せしまつとおててをフリフリさせて幼女は学園内に移動するのであった。
大学の講義に似ているなぁと、アイは授業風景を見ながらおにぎりを口にする。
焼きたらこおにぎりサイコーと、椅子に座って足をパタパタ、おさげをフリフリさせて、アイは壇上の教師を見る。
現在は魔法の成り立ちを説明していた。神がその力を恩寵として人間たちにくれましたとか、そんな感じ。
正直言って興味ゼロ。テレビはボタンを押せば見れるし、車はアクセルを踏めば動く。魔法も同じだ。イメージして使えば良いのだ。
周囲を見ると、羊皮紙に羽ペンで学生たちは苦労して書き込んでいた。黒板だってないから羊皮紙を見ながらの口頭での授業……。かなり酷い。これ、学ぶの大変だろ。
「教科書……活版印刷でつかね。紙は必須でつかぁ。早弁できないでつし」
教科書を盾にして、隠れながら早弁できないじゃんと不満に思っちゃう。お菓子とかをこっそりと食べるのが楽しいのだ。絶対に紙を普及させちゃうぞ。
早弁のために、紙を普及させようとする幼女がここにいた。
「暇そうですわね、アイ」
「実際、暇でつし。あ、飴食べまつ?」
「一人だけご飯を食べているので、物凄い目立っているのですが……傍若無人っぷりが酷すぎますわ」
飴を手渡そうとすると、しっかりと受け取りながら呆れた声音でエリザベートは言う。仕方ないでしょ、退屈なんだもん。
そろそろ机の上でゴロンと寝っ転がっちゃうかもと、アイは最後のおにぎりを口にいれる。幼女なんだから飽きっぽいのだ。仕方ないよね?
「仕方のない娘ですわね。次の授業は魔法の実践ですわ。……まぁ、アイにはこれも退屈かもしれませんが」
「魔法の実践でつか。それは楽しそうでつね。ランカを呼ぼうっと」
もう魔法学園の劣等幼女をやるのは無理かもしれないけど、それでも楽しそうだ。無双確実なことは間違いない。
「申し訳ありませんが、皇帝陛下がお呼びです。き、来て頂きたい」
無詠唱で、皆を驚かせちゃおうと、むふふとほくそ笑む幼女であったが、騎士が近寄ってきて、恐る恐る声をかけてくる。
「皇帝陛下でつか?」
「はい、高名な月光商会と、是非ともお取引をなさりたいとのことです」
緊張しているのだろうか。騎士は声を震わせて直立不動で告げてきた。なんで、こんなに緊張しているわけ?
「商会との取引でつか。なんなんでしょー」
面白い取引かなと、黒幕幼女は笑みになるのであった。
授業がめちゃくちゃだと先生が落ち込んでいたが、あたちのせいじゃないもん。