288話 暴食の魔王と黒幕幼女
大地が震え、立つのもままらない程の揺れがアイたちを襲う。ちっこい身体の幼女はコロンコロンと転がっちゃうので、慌てて浮遊を使い空へと退避する。見ればギュンターたちも浮遊にて退避済み。勇者だけは違ったが。
「クカカカ、イヅナメギドオン!」
「うぉーっ、勇者蜘蛛の巣地獄っ!」
なんか空を飛びながら戦っているので、頑張ってくれ。
別世界で戦う勇者は放置して、アイたちはひび割れていく地面から、ズズズと轟音を響かせて現れた物を凝視した。
「ブヒヒヒヒ、この儂の最高形態を冥土の土産とするが良い!」
テンプレやられ役のセリフを吐くオーカスはローブを脱ぎさり、その姿を現す。豚の上半身と、蛇の下半身。しかもその下半身は地面から現れた巨大な物に巻き付くように融合をしている。
張り付いた土を落としつつ現れたのは巨大装甲車であった。全長50メートル程の重厚な装甲を持つ装甲車で、甲板には一門の砲が備え付けられている。薄っすらと緑のバリアらしき物に覆われていた。見事、グラウンドは跡形もなく壊れて、校舎の一部も崩れ落ちた。
まじかよ、地球の陸上用強襲揚陸艦じゃん、あれ。
「驚いたか? 暴食の魔王たる我の力にて空間の狭間に捨て置かれた船と融合したのだ! 貴様らなど相手ではない」
魔法使ってねーだろあれ。どうりで魔力を感知できなかったはずだ。
「あれは探索用強襲揚陸艦ですね。プラズマエンジン搭載、飛行機能もついており、展開するプラズマフィールドはあらゆる攻撃を防ぎます。名前はたしかレッドサイダー号」
素早くシンがマコトを捕まえてポッケに入れながら説明してくる。マコトはむがむがと暴れていたが、無理矢理押し込んでいた。
「あの魔王は強襲揚陸艦と融合せし、マシンデビルというものです。名前はとんかつ弁当と名付けました。揚陸艦を弁当に見立てて、豚のマスコットがいい感じにとんかつをアピールしていますので」
ふんすふんすと鼻息荒くシンはオーカスの変身バージョンに名前を付けたが……。
「オーカスだって言ってるだろ! そこのメイド、我を舐めているな!」
「融合が解けなければ、あれはとんかつ弁当です」
地獄耳っぽいオーカスが額に青筋をたてて激怒して抗議してきた。まぁ、ネーミングセンスないからな。怒鳴られてもシンはまったく気にしない。
「とんかつ弁当のプラズマフィールドを打ち破るには、特殊なアイテムかプラズマエンジンを停止させるか、パンチで破壊するしかありませんね」
とんかつ弁当の抗議を無視して説明を続けるシンだが、プラズマエンジンかぁ。半永久的に使用できるんだっけ。すげー。
「なぜ空間の狭間に落ちていたかは知りませんが、とんかつ弁当しゃん。玩具は幼女のものでしょ! 大人が遊んだらいけないんでつよ。あたちにくだしゃい!」
揚陸艦欲しいですと、幼女はおててを突き出す。玩具と言ったら幼女。幼女と言ったらアイなのだからして。ぶっぶーで遊びまつと、キラキラと目を輝かせるアイであるが、それを見てますますとんかつ弁当は怒りを増す。
「その余裕っぷり、すぐに崩してやるわっ! プラズマキャノン発射ぁ〜」
先程の熱線は強襲揚陸艦の砲撃であったのだろう。ガションと10メートルはあるだろう長大な砲に紫電が走り始める。
とんかつ弁当が手を振り下ろすと同時に、緑の光が砲から溢れるように発射された。同じような揚陸艦が出るゲームでは一度も発射されたことのないプラズマ砲だが、とんかつ弁当はあっさりと使ってきた。
突風が巻き起こり、オゾンを燃やす匂いと共に、如何なるものも簡単に溶かしてしまうだろう高熱の光はアイたちに迫ってくるが、皆の前には頼りになるお爺さんがいた。
「盾技 リフレクターシールド」
盾を構えてエネルギー系統の攻撃を反射させる武技をギュンターは使う。展開したシールドビットが空気を歪ませて鏡面のような障壁を張りプラズマキャノンを受け止める。リフレクターシールドにより、ピンポン玉が壁から跳ね返るように、簡単にプラズマキャノンを弾き返す。
反射されたプラズマキャノンはその巨体から回避もできずにとんかつ弁当に炸裂した。
自身の攻撃を反射させられたとんかつ弁当は、からりと揚がったとんかつになるかと思われたが、プラズマフィールドは伊達ではなかった。高熱の緑光を受けても、そのフィールドは揺らぐこともなく、あっさりと受け止めて消し去ってしまう。
「ブヒヒヒヒ。自らの攻撃で我がやられるとでも思ったか? このプラズマフィールドは己の攻撃を跳ね返されても防ぎ切る力を持っているっ! デミウルゴス様の科学技術は世界いちぃぃぃぃ」
とんかつ弁当はフハハと哄笑をしながら得意げに語り、こちらへ向けて身構える。
「お次はプラズマミサァァイルゥゥ……んん? 貴様ら他の連中はどうした?」
強襲揚陸艦のプラズマミサイルを放とうとして、不可解そうに眉をとんかつ弁当は顰める。先程まではケモ娘たちやメイドたちもいたはずなのに、いつの間にか神聖騎士と聖騎士、そして神聖騎士の背中によじよじ登って、肩の上から顔を覗かせる幼女しかいなかったからだ。
「もちろん生徒たちをきゅーしゅつさせまちた」
「ぬ?」
幼女の言葉に地上へと視線を向けると、てってけてーとケモ娘ズが片手に一人ずつ持ち、背中に一人背負い、先程幼女の聖魔法で倒された生徒たちを担ぎながら走り去っていた。
「ふん、成功作以外は別に良いわっ。好きにするが良い」
鼻で笑うとんかつ弁当。人間などいくらでもいるのだ。どうでも良い。成功作もそこまでのパワーは持っていないが、髭もじゃを抑えているところを見ると、そこそこ使えるのだろう。成功作が残っていれば良い。後で解剖して研究を進める予定だ。
そんな生き残っても悲惨な運命しか待っていないアスラはというと
「劣等感の塊なんて、自分を卑下するんじゃねぇ! 自信を持てとは言わねぇ、でももう一度人間としてやってみろ! あっしだって結婚できたんでやすぜ」
と、勇者が熱心に説得していた。その姿はなにより正義の勇者っぽかった。
「なんてことだ! この私より明らかに劣っている髭もじゃの小悪党が結婚! うう、まさかそんな底辺のおっさんが奇跡を起こしたっていうのか。そこらへんのドブに死体として浮かんでいそうな小悪党が。……俺でもやり直せるのか? 小悪党よりもマシな俺だし。顔も俺の方が良いし」
「なんだと、テメーっ! 叩きのめしてやる!」
泣き顔になっているアスラへと、髭もじゃは激昂して襲いかかっていた。さすがは勇者。心が狭いことには定評がある小物勇者であった。
アイたちもとんかつ弁当も、その醜い争いからそっと目を逸らす。今のは見なかったことにして、とんかつ弁当は余裕そうに口元を歪めてアイたちを睥睨して……。もう一人足りないことに気づく。
たしかメイドがいたはずだと気づくとんかつ弁当であったが
「三匹の子豚。兄達は狼の巻き起こす風により家を吹き飛ばされました。煉瓦仕立ての末弟だけが風に耐えることができましたが、果たして本当にそうだったのでしょうか? 仲良く子豚たちは暮らしました。果たして生き残って暮らしていたのか? 本当は煉瓦仕立ての家も破壊されて、冥界で仲良く暮らしていたのでは? 家を吹き飛ばす威力の風。煉瓦如きでは防ぐことができないと思いませんか?」
静かに淡々と語られるお伽話を模したセリフにとんかつ弁当は慌てて足元へと顔を向ける。艦の足元にちょこんと佇むメイドが目に入る。とんかつ弁当にとってはアリのような小さな人間であったが、なにか不安を覚えてしまう。
白髪のメイドは手のひらを揃えて、扇ぐように手を構えて、ふふっと可憐な笑みを浮かべる。
「貴方の家は煉瓦の家よりも堅牢か試してみましょう。神技 家壊しの狼風」
ふわりと軽く、そよ風も巻き起こせないような、遅く力のない振りであった。だが、その手のひらからは暴風が狼の形を型どり巻き起こされた。
周囲が吹き飛ぶような暴風。メイドの髪が風に煽られてメイド服がバサバサとはためく。そして、暴風の狼はとんかつ弁当の誇るプラズマフィールドにぶつかる。
「ぬ? ぬぉぉぉぉ!」
とんかつ弁当はその風に目を見開き驚く。自分では計り知れない威力が籠められていると理解して唸る。
プラズマフィールドの緑光がジジッと音をたてて
ガラス細工のように砕け散る。暴風の狼は止まらずに巨艦へとぶつかって、何万トンもの重量を持つその巨体を、木の葉のように吹き飛ばし、風が巨艦を通り過ぎ
バラバラと部品ごとに綺麗に分解してしまい、周囲へと散らばるのであった。
「とんかつ弁当の蓋が開きましたね。魔王オーカス、平均ステータス312。暴食によりステータスを一時的に高める能力持ちです」
酷薄な笑みを浮かべて、とんかつ弁当からバージョンダウンした敵、魔王オーカスへと告げる。
「ば、馬鹿なっ! 貴様、何者だっ! これほどの力を持つ者など月光にはいなかったはずだっ!」
自身の誇るプラズマフィールドどころか、巨艦すらも破砕されて、詳細に情報を集めていたオーカスは顔を歪めて叫ぶ。主だった月光メンバーの名前も容姿も掴んでいたが、メイド姿の強者は聞いたことがなかった。
吹き飛ばされた態勢を立て直し、禍々しい闇のオーラを纏わせる黄金の笏を空間から呼び出し手に持つと、バネが弾かれるような勢いでシンへと飛びかかる。瞬時に間合いを詰めるその姿はさすがは魔王と呼ばれるだけの者であった。
「魔王技 魂喰いの王撃」
敵にダメージを与えつつ、魂を喰らう自身の最強武技をオーカスは使う。オーカスの腕の筋肉が膨張し、爆発するように闇のオーラが噴き出して、王笏がシンへと振り下ろされようとした。
大木のような巨腕から繰り出された一撃。粉々になるだろう敵を思い浮かべて嗤うオーカスであったが
パシン
と、シンの手のひらに受け止められた。シンの体幹は揺らぐこともなく、オーカスの一撃に身体を押されることもなく。軽々と受け止められた。まるで赤ん坊の振り下ろした一撃のように。
「はぁ?」
あまりにも予想外の光景に、理解が追いつかずオーカスは首を傾げてしまい
「爽やかな風をあげちゃおうかな」
シンはオーカスの戸惑う様子に、からかうように答えて、反対の手を軽く振る。
その瞬間、オーカスは爆散した。吹き飛ぶことも許されず、シンの巻き起こした風のあまりの威力にその肉体は耐えられずにその場で爆発するように肉片へと変わってしまうのだった。
「あぁ、私の名前を知りたいのでしたか。私は神杯を守り、浄化とギャンブルを司るシンと申します。来世では良き人生をお送りくださいね、オーカス」
バラバラと肉片が飛び散る中で、スカートを摘み、軽やかに花のような笑みを浮かべてシンは会釈をするのであった。
「これで決めてやるっ! 勇者ドライバー!」
「うわぁっ、元に戻ります、待った、待ったぁ〜っ!」
「悲しみを超えて、あっしの新必殺技だ〜」
「このおっさん、人の話を聞かねぇ〜っ!」
勇者とアスラの戦いも終わった模様。醜い心を持つアスラは倒されて、幼女が元に戻してくれました。
醜い心を持ったの人間は違う人では? それはナイショでつ。