287話 新人類に出会う黒幕幼女
魔帝国支店であるアイの屋敷は燃えていた。あっという間に炎が広がっていき、屋敷は崩れ落ちてゆく。星3住み心地の良いお屋敷はメラメラと燃えて灰となっていった。
「ブハハハ。脆い、脆すぎる! この程度の攻撃で死ぬとは、やはり神の使徒程度では魔王には敵わぬ。ブヒヒヒヒ」
獣のような、というか、豚の鳴き声のような哄笑をあげるのは漆黒のローブを着込む太った男であった。人間ではなく、豚の顔をしているので、一見オークのように見える。
その周囲には取り巻きのように、学園の生徒たちが6人ほど立っていた。
「よし、屋敷が焼け落ちたら、アイとやらの魂を捕獲する。皆、準備をせよ……?」
得意げに豚は顔を醜い表情に変えて、生徒たちへと命令を下そうとしたが、途中で忌々しそうに舌打ちした。その舌打ちに合わせるわけでもないだろうが、燃え盛る屋敷から爆発するように瓦礫を吹き飛ばしながら、何者かが剣を振り上げて飛び出してきた。
「ぶっ殺してやります」
鬼気迫る表情で、清浄の力を宿す白銀に光る剣を豚男に振り下ろす。怒りに力が増幅されたのか、銀線としか見えない剣の振りは豚男をあっさりと切り裂くかに思われたが
カキン
と、光の障壁に阻まれてしまう。剣を弾かれた者はふわりと後ろ回転をして間合いをとり着地した。
「ちっ、へんてこな障壁を持っていたのでありますね」
その者はショートヘアの灰色髪の狐人であった。悔しそうにギリリと歯噛みをして、豚男を睨む。
「せっかく閣下に自分が手に入れた星4ふんわりしすぎるシュークリームを持ってきたのに、駄目にしましたね。この豚男。豚は豚小屋でブヒブヒ鳴いていれば良いものを」
毒々しいセリフを吐くのはルーラ・フウグ。聖騎士団副団長の少女であった。ちょうど幼女の所へパーティーテレポートのスクロールを使って訪れたのである。
閣下が大好きだろうと、ガチャで手に入れたお菓子を持って意気揚々と。
ちょうど熱線が飛んできた時に。
「やはりいきなりのテレポートは止めるべきであったな」
崩れ落ちてゆく屋敷から老人の声が聞こえてきて、瓦礫が爆発したように吹き飛ぶ。
「うぬ! 最強の騎士は側にはいなかったと聞いていたが……やはりいたのか」
豚男が睨む中で、瓦礫からゆっくりと余裕を持って歩み出てくるのは老齢の騎士であった。その蒼き神々しさを持つ鎧に汚れも見えず、光の障壁で覆われていた。
「無論だ。儂は姫の剣にして盾。そなたらのような悪漢から護るのが儂の役目であるからな」
ブワサとマントを翻し、強者の空気を纏わせるのは神聖騎士ギュンターであった。その見事な立ち振る舞いは最強と噂されるとおりの威圧感の力を感じさせる。
極めてかっこよい姿であるが、持ってきた日本酒が粉々になったので怒っているお爺さんである。酒盛りをしようとテレポートしてきたのだ。ザーンから譲って貰った星3の秘蔵の日本酒であったのだ。姫を襲われたことも合わせて怒りに満ちていた。
ギュンターの後ろからは、シールドビットが展開した光のフィールドに守られたアイたちがケホケホ咳をしながら現れた。
「助かりまちた、ギュンターお爺ちゃん。ちょっと予想外でちた。まだまだ攻撃範囲にいないと思っていたのでつが」
察知してすぐに熱線が飛んできたので、アイはかなり驚いていた。遠距離からの攻撃ならば魔法のはず。それなら魔力の流れを感じることができると余裕をぶっこいていたら、熱線が飛んできたのでつ。
「あっしだけ助かっていないような気がするんですが?」
瓦礫に逆さまになって埋まり、下半身を突き出しているガイがくぐもった声で抗議をあげるが仕方ないだろ。ガイが危機を覚えて武技でガードしたから、ギュンター爺さんのシールドビットの張るフィールドから外れたのだ。そうして勇者は見事吹き飛ばされて、瓦礫に埋まることになりました、マル。
とはいえ、全員無事である。ちょっと慢心していたかしらん。謎の女神様の力。圧倒的ではあるが借り物の力のはずなのに、欠片でも手に入れて、俺は強くなったような気がしていた。幼女反省。
……でも今まではガイたちを操作して戦っていたんだから、おなじことか。反省おーわりっ。幼女は切り替えも早いのでつ。
反省していないのは幼女じゃなくて、中のおっさんだろと、中身を知っている人がいたら声を大にして抗議をするだろうが、残念ながら知っている人はツッコミを入れない人ばかりであった。
「ブヒッ、我は魔王オーカス。魔界の魔王の一人なり。神の使徒と聞いて警戒していたが、話に聞くほど強そうではないな。こ奴らで充分か」
気を取り直したアイへと、豚男が醜悪な笑みを浮かべると、手を振る。生徒たちはその合図を見て、ニヤニヤと厭らしく口元を歪めて前に出てくるので、アイたちはジト目で見ちゃう。
「無駄でつよ。雑魚役が現れても瞬殺するだけでつ」
ギュンター爺さんの後ろに隠れながら、アイは生徒たちへと忠告しておく。だってこいつら雑魚役にしか見えないし。
漫画の不良少年みたいに肩で風を切りながら歩いて来る少年たち。明らかになにか力を貰った子供たちだ。テンプレありがとうございます。
お爺さんの影に隠れて、ぷるぷると子猫のように身体を震わせながら言うので、幼女が虚勢を張っているようにしか見えない。
そのため、醜悪な笑みを深める少年たち。そんな少年たちを瓦礫からようやく抜け出してきた山賊勇者が真剣な表情で睨む。
「親分、あいつら全員2枚目ですぜ! おかしくないですかね? おかしいですよね? あっしも2枚目の顔で学生時代を過ごしたかったです」
嫉妬心丸出しの勇者がここにいた。グヌヌと悔しがっていた。
「髪を整えて、背筋を伸ばして清潔な格好とハキハキした口調をすれば、学生はモテモテになるらしいよ〜? 大人になったら地位と稼ぎだけどね〜」
「嘘です〜。そんなの嘘ですぅ〜、しょぼい男はしょぼいままですぅ〜。平凡の壁は超えられないんですぅ〜。顔が全てなんですぅ〜」
ランカのおっとりとしたセリフに口を尖らせて反論する勇者。どうやら暗黒の学生時代だった模様。たしかに頑張っても、平凡より少し上になるぐらいだろうな。それでモテるのは最初から顔立ちが良かった奴らだ。
「喰らえっ! フレイムランス!」
先頭の男が杖を翳すと、真っ赤に燃える炎の槍が生み出されて、火の粉を撒き散らしながら、高速で飛んできた。
「ふむ」
鋼の鎧をも飴のように溶かす炎の槍だが、ギュンターは平然と手に持つ盾を軽く振った。炎の槍は軽く振られただけの盾に掠ったと思うと、その場で停止し解けるように消えていった。
「フレイムランス!」
「アイシクルランス」
「エアカッター」
その結果に、ギョッと驚く生徒たちだが、すぐに魔法を唱えてくる。通常の魔法よりも遥かに威力があるのだろう。渦巻く魔力を集中させて放ってくるが、神聖騎士はまったく動じない。
「盾技 シールドバッシュ」
右足を踏み込み、盾を翳して強く押し出す。盾から衝撃波が生まれ、迫りくる魔法は全て吹き散らす。
「馬鹿なっ! シールドバッシュでそのようなことができるわけがない!」
シールドバッシュは本来は盾を相手に押し付けるように叩きつける武技だ。なのに、衝撃波を生み出して魔法を消された生徒たちは怯みながら叫ぶ。
「儂も歳ながら少しばかり修行をしたのでな。以前までのわしとは違うのだ」
この間、シンにあっさりと負けたので、それを悔やみギュンターは自身のスキルをもっと上手く使えるように考えたのである。その結果、日本酒の一升瓶3本を飲み尽くして、多少スキルの改良や応用ができるようになったのだ。なにしろ7レベルの武術系統スキル持ち。その力は人外に入っているのだからして。
神聖騎士の漂わせる圧倒的強者の空気に、知らず生徒たちは冷や汗をかいて押し下がる。
萎縮する生徒たちへと忌々しそうにオーカスは発破をかける。
「進化の種を使えっ! なんのために貴様らに力を与えたと思っているんだ!」
「は、ははっ! このアースラの力を見せてやります!」
先頭の男が懐から紫色の小さな種のような形のクリスタルを取り出して、こちらへと顔を向ける。
「これこそが、デミウルゴス様に頂いた力を。新人類の種。見よ、俺の力を」
他の生徒たちも合わせるようにクリスタルを取り出すと、口の中に放り込む。パリンと口の中で砕けて、真っ黒な禍々しい瘴気が生徒たちを覆い始める。
「むむっ、だんちょー、これはまずいかも」
「幼女の聖域」
リンの言葉に頷いて、速攻アイは聖魔法を唱える。グラウンドに純白の魔法陣が描かれて、白光と共に辺りを包み込む。
瞬時に瘴気が浄化されて、生徒たちはその光にもがき苦しみながら倒れていく。
「あ〜、2枚目がデブや痩せぎすの男たちになりやした!」
心底嬉しそうな声で勇者が倒れた生徒たちを指差すがたしかにそのとおり。整形でもそこまで変わらないだろと言うレベルの2枚目が、太っちょたちに変わっていった。
「悪魔に願いを叶えて貰ったというところでつね」
「閣下、一人だけ倒れない男がいるようであります!」
ルーラの言葉どおり、先頭の生徒だけは変化が止まらなかった。
「フハハハ! こんな光で僕の憎悪は止められないのだよっ! 俺を劣等生とか、家柄だけだとか、デブだとか馬鹿にしやがって! 僕はこの世界に復讐してやる。僕は人間をやめるぞぉぉぉ」
哄笑をあげながら両手を天に伸ばして、男はその体を変異させていった。ゴワゴワと身体が膨張していき、手は六本、頭も3個となり、肌は青白く身長も3メートル近くに変わっていった。
憎悪に覆われているようだけど、デブなのは自業自得だ。ダイエットしろと言いたい。
「くくく、見たか神の使徒よ。我らの主の作りし傑作を! 聖魔法を防ぐために作り上げた傑作を!」
オーカスも歓びの表情となって嗤う。聖魔法を防ぐ? マジ?
「我こそは魔神アスラ! カカカカ! 進化の種を使い、新たなる人類へと覚醒した我に敵うかな?」
「アイさん、あの敵は」
「平均ステータス186、魔神アスラだな! その魂は人間の物であり、浄化にかなりの耐性を持たせている悪魔と人間のハイブリッドなんだぜ。スキルは武術系統5、魔法系統5だぜ」
とうっ、とマコトがアイの頭に飛び込んできながらシンの言葉を抑えて説明してくる。
「浄化を防ぐ……この技術はまずいかもしれましぇん」
少しばかり危機感を覚えるぞ。目の前の魔神ではなく、その技術に。
「クカカカ! アスラ竜巻地獄〜」
3本の腕を揃えて、胴体を捻り勢いよく振ってくるアスラ。その振りにより小型の竜巻が巻き起こり、アイたちに接近してくる。
「こっちはカナダ代表ガイディアンマンを出しまつ!」
「トーナメント戦にも出られなかった奴じゃないですか! 仕方ないでやすね〜。せめてサタンガイクロスがいいですぜ」
それ行けと幼女はガイへと指を振ると、渋々とガイは前に出てくる。
「イフリート 糸の型。操糸技 魔法結界格子」
炎の腕輪を糸へと変えて、竜巻の進行先に作ると、ぶつかった竜巻は霧散していく。
「ブヒヒヒヒ! 我も真の姿を見せてやるとしよう」
含み笑いをしながらオーカスはローブを脱ぎ捨てる。大地が震え、なにかがオーカスの足元から出てくる。
真の姿って、なんなのかなと黒幕幼女は警戒するのであった。




