286話 黒幕幼女は学園を拠点にしちゃう
空に薄闇が広がっていく夕方の学園の使っていない小さなグラウンド。敷地が広すぎてそのような使い勝手の悪いグラウンドは放置されていたのだが、そこはいつの間にかちっこいがお屋敷と呼べるほどの大きさの建物が建っていた。門柱には月光商会魔帝国支店と彫られている。
学園内に拠点を作っちゃう幼女であった。ちなみに屋敷は不思議なカードを使って、僅か数秒で建てられまちた。
そんな幼女は皆の寛ぐ居間にて、ふかふか絨毯の上でコロコロのちっこい身体で寝っ転がっていた。
「素材に竜3、武器素材に神鉄、オリハルコン2、龍の牙。なかなかのドロップでちた。きゃほー」
モニターに映る久し振りのドロップ結果に喜んでいた。特に超竜牙兵を倒したら、素材が竜なんて予想外でちた。なるほど、スケルトンに見えたけど、その本質は竜なのか。やったね。
ふんすふんすと興奮気味だが、少し不思議そうに首を傾げる。
「神鉄って、なんでつか? 超竜牙兵って、そんなのもドロップするんでつか?」
不思議なドロップアイテムだよな。これなに?
「それはバージョンアップで実装されたPVPの結果ですね、アイさん。決闘の場合に勝ったら相手のアイテムをドロップするようにしたんですよ。このバージョンアップにはかなりのマテリアルが必要でした」
ソファに座った白髪の少女がメイド服を着ているにもかかわらず、主人のような大きな態度でココアを飲みながら、しれっとした表情で教えてくれた。
「PVPが実装されたなんて……ステキでつ」
絨毯を転がるのをやめて、手を組んでうるうると感動する。決闘システムで相手を殺さなくてもドロップするようになったのかぁ。これからは目ぼしい相手には決闘を持ちかけようかしらん。
オラオラと風を切って歩いて、金持ちに当たりに行って、決闘をする……どこの当たり屋だろうか? 悪辣なことしか考えないおっさんの魂は封印したらどうだろうか。
「うぉーっ! あたし宛に物凄い金額の請求書が来てるぞシンッッ!」
なぜかマコトが自分のモニターを見ながら、驚きの声をあげる。
「マコトさんの実印を預かっておりましたので有効活用しました。PVPの実装は高かったんです」
実印をシンに預けていたらしい。そしてシンは悪用した模様。
「しました、じゃねーんだぜ! 自分の名前で借金しろよな! 請求金額の桁数がおかしなことになってるぞ!」
「嫌です。私は借金のない綺麗な乙女なので」
ケロリとした顔で罪悪感の欠片もない様子を見せながらシンは答えた。他人に借金を負わすのは、シンの基準では問題ない模様。自称綺麗な乙女がここにいた。
何だとこんにゃろーと、マコトがシンに襲いかかっていたが、どうでも良いことなのでスルーする。実印を預けたらいけないぜ。
ドタバタと二人が争う中で、現状を確認するために寛ぐ面々へと視線を向ける。
「ちょっと予定と違いまちたが、学園に根を張ることができまちた。なかなかの売上でつね」
テーブルに置いてある金貨の山をつんつんとつつく、山吹色の金貨の山はたった数日で手に入った物だ。平民ならば一生暮らせる金額である。
積み重ねた金貨がジャラジャラと崩れちゃうので、ありゃりゃと幼女は積み木を直すようにまた積み重ねる中で、ココアをのんびりと飲むリンが口を開く。
「ん、学園はお金持ちだけが利用しているから、売上を上げるのに効率的。明らかに個人が使う量を超える数を仕入れる生徒もいたし」
「たしかにね〜、業務用のお得サイズの砂糖が入った段ボール箱を何個も買っていく子もいたもんね〜」
クスクスとランカが笑うが、たしかにそんな子もいたね。まぁ、陽光帝国から帝都まではかなりの距離がある。それに加えて、砂糖などは陽光帝国とタイタン王国に供給するので、精一杯なところがあるから、魔帝国ではほとんど出回っていないもんな。砂糖の売れ行きを少し甘く見ていたよ。
「転売屋はあっしは好かないですけどね。それよりもあっしが用務員をやることになっているのはなんでですかね? ドアとかの修理を頼まれるんですが? いつの間にか用務員と言われるようになったんですが」
「良いじゃないでつか。用務員と言ったら、無双したりなにか企んだりと美味しい地位でつし」
ガイなら喜んでやると思ったんだよ。違ったかな?
「いや、それは良いんですが……。親分が勝手に決めるのはいつものことなんで。その時に気になったんですが、奴隷多いですね、この学園」
「奴隷? この学園って、奴隷いまちた?」
コテンと首を傾げて、学園内を思い浮かべるが、襤褸布を着た人なんかいなかったよ?
不思議そうにする幼女に、ガイは肩をすくめてテーブルに置いてあるドーナツをパクつきながら話を続ける。
「学園内は生徒たちが歩き回りやすからね。見苦しい格好をさせていないだけで、雪かきとかしている奴らは皆奴隷でさ。あっしが手伝おうとしたら、奴隷でもないのにお止めくださいと、焦って断りを言われましたし」
はぁ〜ん。そういうことかぁ。なるほどね。そこは考えなかったなぁ、迂闊だった。冬ということもあって、農奴も見なかったし、平民地区では奴隷を見なかったから意識しなかったよ。奴隷を虐める生徒もいなかったしね。
隷属魔法というチートな魔法のないハードな異世界だ。権力や金を持つ人間しか奴隷は買えないのである。フラリと立ち寄った冒険者がなぜか美人の奴隷を格安で手に入れるなんて、ふぁんたじーはないのだからして。
「せっかく笑顔で手伝おうと言ったのに、身体を震わせて断ってきやしたので、奴隷たちはだいぶ酷い目にあっているようですぜ」
沈痛な表情で山賊が言うが、それはどうなんだろう。ガイの笑顔を見て警戒したんじゃね?
手伝おうとニヤニヤ笑いながら近づいてくる大柄な体格の小悪党……。奴隷でなくても断るかもしれん。
「この国はどうやら奴隷の扱いがしっかりと区別されているみたいですよ、アイさん。基本的に所有者の物扱い。なので虐めるという意識自体がないのです。物を虐める人間は、奴隷を人間と認めているということですからね。貴族として、そんなことをするのは恥ずかしいという意識があるみたいです」
シンがなんでもないことのように口を挟んで教えてくれた。……そういうことか。奴隷に八つ当たりするのは恥ずかしい行為と。
「貧富の差もかなり激しいのが、この国の特徴ですね。一部のお金持ち以外はかなり貧しい。なぜならば魔帝国は魔法の研究のみに金を注ぎ込んでいるからです。財政もかなり厳しいのに破綻しない理由は奴隷を扱っているから。それもそろそろ厳しいでしょう。買う人間が少なくなっているので。以上、どこかの妖精よりも役に立つシン情報でした」
フフンと豊満な胸を揺らして、得意げに話を終えるシン。最後の発言がおっさん臭かったが、それ以外の情報は役に立つ。
虫かごに入っているマコトがシンの話を聞いてぽかんと口を開けて驚いているけど。同じサポートでもレベルが違うことにショックを受けたかな?
「ずるいんだぜ! あたしもそういう情報をアイに教えたいんだぜ!」
このままではサポート役を取られると危機感を持つ妖精は両手で虫かごを揺らして焦りながら怒鳴るが、その回答はというと……。
「コマンドに、地域情報を見れるのがあるはずですが?」
「ガーン」
シンがあっさりと言うと、説明書を未だに読んでいないアホなことを証明するマコトはショックを受けていた。うん、バトル以外はサポートしてくれないと思っていたら、本当はできたのか。コンニャロー。
「それなら、学園生活をしながら、観光するのが一番でやすね。この雪で奴隷も外に出ていないので、やっぱりわかりにくいとは思いやすが」
ショックを受けて、説明書を読もうかなと迷うマコトはスルーして、髭もじゃが提案してくるが、そのとおりかも。
「たしかにそこが問題でちた。今回は冬に来たので全然わからなかったでつもんね。……貴族が奴隷を購入しているんでつよね? ならエリザベートしゃんの屋敷に訪問しましょー」
そこで奴隷の扱いを確認する。……期待はしていないけど。
奴隷は金持ちしか手に入らない。エリザベートは面白い娘だから気に入っているが、奴隷を物のように扱っていたらショックをうけちゃうだろう。
人が良い娘でも、常識として奴隷を物のように扱うように教育を受けていたら疑問に思わないに違いない。正直言ってそれが辛い。見ていて辛い。間違っていることを説明しても、相手はピンと来ないかもしれないし。
……それに俺が奴隷制度が嫌いなだけで、地球でも昔はあったしな。
腕組みをして、ウンウンと幼女は思い悩むが、それは少しの間であった。
「幼女は我儘でつからね。それに南部地域は既に解放したし、いまさらでつか。学園生活を続けつつこの国のやり方を確認しましょー」
そうして皆を見ると、頷きで返してくれるので心強い。さり気なくシンも混じっているけど。虫かごを梱包して、地球行きとか宛先を書こうとしているけど。
「基本方針は学校生活をしつつ、商売を広げる。そんで奴隷解放の糸口を見つけましょー」
えいえいおーと、元気よく腕をあげて決意する。農奴も奴隷も生産性がないしな。
「学園生活って、今のところ商売しかしてないんじゃないかな?」
「明日から学生に混ざろうと思ってたのでつ。お茶会とかの説明を詳しくしたいでつし」
学園生活の意味を履き違えていると思われる幼女の言である。一回も授業を受けようと言うことがないので、アイの昔の学生生活がどのようなものであったか、想像できるだろう。
「あっしは新婚ですから。絶対に女子更衣室とか空き部屋には近寄る気はありませんぜ」
ガイはテンプレラッキースケベを免れるための言葉を吐いた。確実にそんなことになったら、俺はやっていない冤罪だと叫んでも、牢獄行きは確実であるからして。自分の役どころを理解している勇者であった。
「ガイは新婚になって、保守的になったよね〜。以前なら進んで女子更衣室とかに行ったはずなのに」
「そこまで酷くねーよっ! せいぜい空き部屋にカップルがいないか探すだけだ」
ランカの言葉に反応するガイであるが、それもどうなんだろう。セコいことは間違いないのだが。
なんだかなぁと、アイもドーナツを食べようと、んしょとおててを伸ばそうとして気づく。
「なんか異様な力が近づいてきてましぇんか?」
嫌な空気を纏わせるなにかが近づいてきていることを察知して、オメメを僅かに細める。
もうオネムかなと、それを見た人は幼女を心配するが違うのだ。
「ん、なにか変」
リンが立て掛けてあった刀を掴んで立ち上がろうとして
紅き極太の熱線が壁を溶かして、応接室を襲うのであった。