285話 魔法皇帝は頭を抱える
魔帝国の帝城、マナパレス。魔鋼鉄を芯に使った石壁づくりの城だ。華美に見えるように色々と景観に注意されており、永遠光の魔道具が各所に設置されており、夜にライトアップされて煌々と辺りを照らす。
壁の色も白色を基本に赤青黄とふんだんに使われており、その素晴らしい城を見たアイはどっかの潰れそうなテーマパークかよと、呟いたとか呟かなかったとか。毒々しい色彩なので、正直言って趣味が悪い城だ。これなら漆黒の魔王城の方がマシである。
そんなセンスの欠片もない帝城の謁見の間の玉座に座るのは魔帝国を統べるウルゴス15世。御年28であり、まだまだその在位は続くだろう若さを保っていた。
剣と魔法にかなりの腕を持つ皇帝は、大柄な体躯であり、武人の雰囲気を醸し出す偉丈夫である。周囲には宰相を始めとした貴族や騎士たちが並んでおり、皇帝に報告をしている帝国最強の魔法使いナハイム・カイシャンの話を聞いていた。
みな、ナハイムの報告が進むと青褪めた表情へと変わってゆく。
ようやく報告が終わり、息をつくナハイムに、ウルゴス皇帝は苛立たしさを隠さずに肘掛けをトントンと叩きながら、冷ややかな眼差しを向ける。
「で、そなたは決闘にて全力で戦ったが、手も足も出ずに負けたと? 金貨100万枚以上の価値を持つ超竜牙兵を無駄にして」
「ハハッ、その通りです陛下。話に聞きし神の使徒……。儂ではいかに技を駆使しても敵いませんでした」
悪びれもせずに興奮気味に言ってくるナハイム。皇帝の視線を受けても怯みもせずに、負けた相手の強大さを伝えてくる。宮廷魔法使いとは伊達ではない。ナハイムは敵の力を知って、当初は青褪めた顔をしていたが、報告をするうちに新たなる知識に触れることができそうだと気づき興奮してきたのだ。
「しかもご覧ください。敗北したあとに気づいたのですが、最新鋭のゴッドフレームを使用したザビーの腕輪がこのような形になっておりました」
ナハイムは床に錆びた腕輪を興奮気味にツバを飛ばしながら置く。侍従が皇帝の視線を受けて頷き、その腕輪を手元に持ってくる。
その腕輪は元は赤を基調とした色合いの腕輪であり、神器を砕き素材として使用したオリハルコン製の強力な魔法攻撃力を装備者に与える腕輪だ。
その持ち主は魔法攻撃力を増幅させるミスリル製の杖などを凌駕した力を持った帝国が期待を持って作り上げた最新鋭の腕輪であった。
あった、だ。既に過去形であり、神秘の力を宿していた美しい腕輪は、今やボロボロで錆びており、つつくとボロボロと表面が剥がれ落ちて見る影もない。
ひと目でこの腕輪は力を失っていると、誰しもが理解できる。
「神の使徒たる幼女、アイ・月読はどうやら神器の力を消失させることができる力を持っているかと」
「そのような力を持っている……か」
ふ、と口元を歪めてウルゴスは頷いて
頭を抱えて身体を震わせちゃうのであった。
「なんじゃそりゃ? ゴッドフレームは貴重な神器を砕いて作っているんだぞ! 再現不可能な貴重な神器をな! どーすんだよ、こえー、神の使徒こえー。ちょっとわけがわからないよ? こんなことを繰り返されたら、神器を砕いた意味がなくなるよ?」
見た目と違い、ヘタレな皇帝陛下であった。
「ついでに忠言しますと、我が国の国庫もそろそろ空に近いですぞ。次から次へと戦争用の魔法兵器を作るために金を使い続けたせいで。鉱山の採掘量も頭打ちですし、他国と比べて我らの国の通貨は価値を下げられております」
隣に立つ禿げた頭をテカらせて、ため息をつきながら宰相が言ってくる。何度と聞いた話にウンザリしたようにため息をついて玉座にもたれかかる。
「わーてっるよ、わかってますぅ〜。俺だってもうやめたいッス〜」
ふてくされて口を尖らせて、その表情も言葉も軽い皇帝陛下だった。
「魔法スクロールF型とかC型とかJ型とか、ほとんど威力変わらないのにアホみたいに金をかけたからな。発動速度が2%上がったとかいらねースッよ」
この間は、両手部分にでかい鎌をつけた意味わからん鎧を作ったしよぉ〜と愚痴を呟く。
「だが、やめられね〜スッよ? 我らが始祖にして神たるデミウルゴス様の神託だからな。この魔法を研究せよ、あの魔法を開発せよって。言うだけならタダだけど、そのたびに金貨100万枚単位で飛んでいくけどな〜」
その答えに宰相を含む周囲の貴族たちもため息をつく。下っ端は知らないので、魔法先進国と息巻いているが、上層部についてとっては魔法開発は金食い虫の悩みの種であった。
「際限なく、決まった傾向もなく、片端から魔法の研究をするように命じてきますからな……」
疲れたように嘆息する宰相に皇帝も話を続ける。
「この間作った風の弓なんか、役立たずの証明じゃねーか。謎の魔物にやられた挙げ句に、倉庫の中身も軒並み盗まれたし、良いこと無かったよな!」
「魔法を研究することこそ意味があるのですぞ陛下」
魔法の深淵を極めたいナハイムが、金の心配よりも魔法研究をすることの大事さを伝えてくるが、鼻で笑う。
「魔法馬鹿は黙っていてほしいっす。そりゃ役に立つ魔法はいくつかあったけどな。それでも国庫への負担が大きすぎなんだよ。陽光帝国……。お前の決闘の結果から予想するに戦争をふっかけても敵わねーっすよね? 俺っちも飛空艇ほしいっす〜」
良い歳をして、駄々っ子のように足をバタつかせて叫ぶウルゴス皇帝。陽光帝国の情報を集めれば集めるほど、金がなる木のような国だ。見たこともない香辛料や優れた技術から成る飛空艇、強大な力を持つ英雄に目がいきやすいが、陽光帝国の本質は金を稼ぐことに集中しているとウルゴスは見抜いていた。
鉱山から金銀宝石を掘り尽くし、金をばらまく貧乏国家とは違う。羨ましい。その金銀宝石によりインフレ気味だし。
「そういや、スノー皇帝って未婚っすよね? 誰か高位貴族の2枚目を送り込んだら一目惚れとかしてくれないっすかね? そんでうちの国に援助とかしてくれると助かるんっすけど」
それだけ魔帝国は財政を逼迫していたりした。外見を取り繕うのにもそろそろ限界があるほどに。一部の武官たちは戦争にて侵略をすれば良いと言うが、どう考えても勝ち目がない。神器の数も砕いたために数が少なくなっているし。
「……月光商会が帝都に現れたのは、タイタン王国のように魔帝国を影で支配をするためのはず。これを上手く使いましょうぞ」
「そうっすね〜。……これまでの月光商会のやり口を考えるに、奴らと裏でやり合おうとするから好きなようにされて駄目なんっすよ。表で交渉すれば大丈夫じゃないっすかね?」
軽い口調であるが、その瞳は切れ者のような輝きで光らせる皇帝。軽い口調に態度も軽いが、頭が悪いわけではないのだ。なにしろ広大な土地を支配する頂点たる男であるからして。
「仰るとおりですな。密かに相手の裏をかこうとして、これまでの者たちは嵌められたようです。ならば表で交渉すれば、月光商会といえどこちらを嵌めるようなことはできないでしょう。あちらも表の顔での評判もありますから」
財政は逼迫しているが、国力が弱いという訳ではない。それどころかその情報網は、魔法を駆使して集めるために、どの国よりも上だ。その力で陽光帝国、そして裏組織である月光商会のことも詳細に調査をしたのだ。
その結果わかったことは、まずは月光商会がその地域に進出。様々な商品を販売しつつ、裏で取引をその地の権力者と行う。大金に目が眩んだ相手は裏交渉にて月光商会を嵌めようとして、反対に嵌められて支配をされるらしい。
そこから推測できるのは、月光商会と裏取引は極めて危険だと言うこと。そして、表向き月光商会は人々に優しいという評判を保っているということだ。
表向きの顔を気にするのであれば、皆が知るようなその取引内容が人々に簡単にわかる内容であれば、そこまで酷い取引はできまい。
宰相が皇帝の言葉に同調するので、ウルゴスはポンと肘掛けを叩く。
「よし。それならばナハイムが敗北したことは奇貨としようっす。ナハイム、学園のことは月光商会に好きにさせよ。話を聞くに金稼ぎが主体みたいだしな。近衛にしっかりと監視させよ」
儲け話にそれとなく学園も食い込めるはずだ。とにかく経済活動を正常にしたい。魔法開発と奴隷販売だけでは先細りする未来しかない。特に陽光帝国が建国された今となっては。
「ハハッ。了解致しました」
頭を下げるナハイムを満足そうに見てから、真剣な表情へとウルゴスは変える。
「そろそろ過去の亡霊にも消えて欲しいからな……」
誰にも聞こえないように呟いて。
マナパレスの内庭に建てられている教会があった。漆黒の神官服を着た者たちが礼拝堂を清めている。その神官たちはそれぞれフードを深く被っており顔が見えずに、お喋りすることもなく静かに掃除をしていた。
たぶん幼女がそれを見たら、顔が見えなくなるフードの被り方のコツを教えてくだしゃいと尋ねてくるだろう。
特におかしなところはない礼拝堂であった。ステンドグラスには何かの神様が描かれており、祭壇には純白の天使像が飾られている。
だが、なんとなくその礼拝堂に入った者は神々しさよりも、不吉さを感じるだろう。理由はないが、本能が訴える。この場所にいてはいけないと。
そのような場所を掃除している者たちも、人間めいた動きをしているが、どことなく違和感を感じさせる。
しばらくの間、掃除を黙々としていたが、純白の天使像が仄かに輝き始め、神官たちは動きを止めて、天使像の前に跪く。
「忌々しい神の使徒が我が領地に入り込んだようだ。……敵の力は既に計測済み。倒せるとは思うが、念の為に今一度奴らの力を測ろうと思う。オーカスはいるか?」
天使像から、その純白の優しげな天使像には似つかわしくないおどろおどろしい声音が響く。
「はっ! 魔王オーカス。ここにおりまする」
一人の神官が前に歩み出てきて、声をあげる。
「よろしい。奴らの力を測るのだ。試作品たちを連れて行くが良い。使い捨てにして構わん」
「畏まりました。では神の使徒とやらの力を測ってきます。我が神よ、倒してしまっても構わないんでしょうか?」
「……倒せるならば倒して良い。許すオーカスよ」
その言葉に、ニヤリと口元を曲げてオーカスと呼ばれた神官は不気味な笑みを浮かべる。
「所詮、神の使徒といえど人間。我らの相手ではないことを証明致しましょう」
そう答えて、オーカスの姿は空気に溶け込むように朧気になっていき消えてゆく。
天使像からの声は続く。
「他の者たちは準備をしておけ。神の使徒を倒せし後はその魂をもって、神へと余はなろうぞ」
そう言って天使像は光るのをやめて、他の神官たちは命じれられたとうりに、それぞれ作業を開始するのであった。