284話 購買の店主な黒幕幼女
学園は大騒ぎであった。過去から綿々と続く栄光の魔法学校。その魔法学校の長であり、性格は最悪だが魔法の腕はピカイチのナハイムが大勢の生徒たちの前で決闘して負けたのだ。
しかも幼女に。
5歳の幼女に。
びくとりーと、指をVにしておててを掲げる幼女に。
ちなみに学園長はその幼女に踏まれて地に伏していた。
その光景を見た者は幼女の力に慄き恐れ、ある一部の男女は私も踏みつけられたいと開けてはいけない扉を開いていたりもした。
人伝に聞いただけで、戦う光景を見なかった者たちは、信じることはなかったが、それでも学園長が出し抜かれたらしいとは思っていた。
なにしろ、学園の使っていなかった第2ホールにはテーブルが並べられて、その後ろには厨房。そして木のカウンターがあり、木箱が積まれており
「新たに就任ちた購買長でつ! 月光商会のたくさんの商品。見てらっしゃい、寄ってらっしゃい、珍しい物がたくさんありまつよ〜」
と、幼女がこうばいちょうと書かれたタスキを肩にかけて、ぴょんぴょんと笑顔で跳ねていたので。
さすがに学園長は無理であったので、購買長とやらになったらしい。テナント料なし、敷金礼金なし、売上金を納める必要もなし。月に金貨一枚の家賃を納めるだけで良し。一方的に月光商会に有利な契約であったが、学園長は青褪めながらコクコクと契約書にサインしてくれた。
見事購買長になったアイ。だが、そもそも購買ってなんだ? 商品を買うなら商人を呼びつけるし、学食とそのカウンターの横に置いてあるが、学食ってなんだと、貴族や金持ちの平民の生徒たちは首を傾げていた。
陽光帝国や、タイタン王国みたいにお昼ご飯を食べる習慣が広がっていなく、お茶も陽光帝国から多少流れてくるだけの魔帝国はお茶会すら習慣になかったので。
まぁ、全部月光商会が広めたんだけどね。お昼ご飯もお茶会も。
そんな生徒たちには見慣れない購買と学食。なんなのだろうと、学園長に勝った幼女を見てみたい好奇心もあって、生徒たちは集まっていた。
「まずはジャージ。訓練をするには動きやすく吸水性の高いジャージが必要でつ。訓練時に着る服として最高でつよ」
どうしてもジャージを広めようとする幼女である。なぜジャージなのか。ジャージになにか思い入れでもあるのだろうか。青色とピンク色の2種類があって、正直言ってダサい。
昔のジャージを基準にしているために、あまりセンスが良くない感じである。デザイナーがいれば多少は良くなるだろうが、そもそもジャージはそういうものという固定観念があるアイはそんなことを思いつきもしなかった。
中のおっさんのせいであるのは間違いない。そんなおっさんが取り憑く幼女はジャージが最高の制服だと固く信じていた。誰か止めてほしい。
「着やすいでつよ。ビヨーンって伸びまつし」
ズボンとかもゴムで伸びちゃうよと、ビヨーンとおててで伸ばしてみせる。
「欠点はこれをお家の普段着にすると、デブっても気づき難いということでつね。でも訓練用でつし貴族ならそんなことしないでつし、問題ないでつよね」
家で普段着にすると、腹周りがデブって肉がついても気づきにくいのだよ。そうしてデブるおばさんが大量に生まれちゃうのだ。
へ〜、と生徒たちはジャージを手にして肌触りや、上着を着て着心地を試す。
「この不思議な紐のおかけで、オーダーメイドでなくてもピッタリになりますのね」
エリザベートはズボンを見て、ゴムを伸ばしながら感心する。便利な物みたいだし、肌触りも良い。見た目がイマイチだけど。
「そうでしょー、そうでしょー。今なら金貨3枚でつ! 組手をすると汚れるからって、頑丈なだけで動きにくいごわごわした服を着てまつよね? これなら着心地も良いでつよ」
ニコニコと無邪気そうな微笑みでジャージを勧めるアイに、エリザベートはジロジロと見つめてしまう。
エリザベートの半分ぐらいの体躯。細っこい手足。黒髪の伸ばした髪の毛をおさげにして、フリフリと犬のようにご機嫌そうに振るアイ。
どこから見ても普通の幼女だ。いや、可愛らしさは普通ではないかもしれないが、店の手伝いをする頑張り屋な良い子の幼女にしか見えない。
そう、普通だ。お客が品物を興味深そうに見ると、それに目敏く気づいてちょこまかと歩き、近寄ってその商品を売りつけようとアピールしているが。
先程の決闘は幻だったのかと思うが、ホールの隅に皇帝陛下の最精鋭の近衛魔法騎士団が数人歩哨として立っているのを見て、幻ではなかったのだと現実を見る。
彼らは伯爵以上の家門から、さらに剣や魔法の腕を試験されて選抜された凄腕だ。
歩哨として立つ彼らを眺める。磨き抜かれて鏡のようなミスリル製の鎧、腰には長剣とワンドを下げているがゴッドフレーム製であろう。僅か20名足らずしかいないが、最新鋭の装備に身を包み、近衛だけで一軍に匹敵すると言われている騎士たち。
そんな貴重な彼らが学園の歩哨になど、本来はなるわけがない。フルプレートの鎧のために、兜は完全に顔を覆うタイプであり、その表情はわからないが緊張感が伝わってくる感じがした。
実際に緊張していると思う。もしくは恐怖を持っているかだ。
幼女と学園長の決闘を思い返す。
帝国最強の魔法使いナハイムと、可愛らしいがエリザベートたちでも勝てちゃうだろう幼女の決闘。
その戦いは圧倒的であった。
圧倒的に幼女が学園長を上回っていた。
学園長の使った魔法。射出系統の魔法。氷の槍に始まり、嵐のような炎の矢群は、幼女が適当そうに手に持つ氷の槍をスイングするだけで、弾かれてしまっていた。
適当そうに振っていたにもかかわらず、その振りに吸い込まれるように射出系統の魔法は当たった。槍に当たった際に生まれた衝撃波が風となり広がると、周囲の魔法もその構成を崩されて消えてしまうのだ。
ならばと、学園長がアースグレイブを唱えて、幼女の足元の石畳が鋭く尖った穂先を持つ石槍と変わり幼女を串刺しにしようとする。
だが、その穂先は幼女の身体を貫くどころか、穂先の上に幼女は乗ってしまっていた。その先端につま先立ちで乗っかって幼女はきゃあと何かのアトラクションのように楽しそうに笑ってさえいた。
高速で地面から突き出された石槍は強力な魔物すら簡単に貫くはずであったのに。まるで羽毛を貫こうとして、先端にくっつけてしまったかのように。石槍は幼女を乗せて、その身体を浮かせるのみでだった。
ならばと、学園長が嵐の魔法で幼女を覆うが、風で切り刻むはずの魔法は、幼女がくるりんと可愛らしく横回転しただけで、渦巻く風はそよ風となってしまった。
エリザベートは幼女が魔法を使ったり、武技を使用して対抗したのではないと、自身のなんらかの魔法で打ち消したのではないことが見えていた。
魔眼の力により、ちょっと手に魔力を籠めただけで、魔法の構成をあっさりと破壊する様子が見えていた。エリザベートは幼女の動きを見るまでは知らなかったが、魔法には魔法構成が収束された起点である小さい粒のような核が存在していた。
その核に幼女がちょっと魔力を籠めただけのパンチを入れるだけで破壊していったのだ。
迫りくる自らをあっさりと殺す威力の魔法を怖がりもせずに。楽しそうにお遊戯でもやるように簡単に。
恐ろしい技であった。体術の可能性が高いと推測するだけで、その超絶した動きは自身の知る理解の範疇を上回るどころか、想像することも難しかった。
そのような動きができる幼女に、ちょっと身体能力が高いだけで、自我を持たずたいして剣術も高くない超竜牙兵が敵うわけがない。
蒼白の学園長が幼女を倒すように命令をして、超竜牙兵たちは目にも止まらぬ速さで幼女へと襲いかかろうと飛び出し……。
そうして幼女に肉薄して、シミターを振り上げながら、急速に速度を無くし、ヨロヨロとその横を通り過ぎていき、そのままバラバラになって地に散らばっていった。
シミターを振り下ろすこともなく。幼女の横を通り過ぎていった。幼女はなにもしていないように見えたのに。
力なく膝をつき絶望の表情となる学園長へと、幼女はポテポテと近づいていき、ていやと軽く手に持つ氷の槍で軽く頭を叩くと、学園長は白目を剥いて倒れ伏した。
完全勝利の幼女を見て、狐娘がアイたんの勝ち〜と宣言して、エリザベートたちは戦慄を覚えたのである。
近衛魔法騎士団はその後すぐに駆けつけてきたが、幼女が購買とやらを始めようとしてもなにもしなかった。今までずっと学園の警備をしてましたとばかりに、その強力な装備を着込んで騎士たちは歩哨をし始めただけであった。
まるで触れたら大爆発する魔法道具を前にするように、話しかけることもせずに、遠巻きに監視をするのみであったのだ。
「授業中ってお腹が空いちゃいまつよね。そんな貴女にこちら。竹きのこの浜辺。おいちーチョコレートのお菓子どうでつか? それともポテチが良いでつかね? お弁当もありまつ。開店特別サービスで銅貨1枚でつよ。試食しまつ?」
「南部地域からの輸入品ですか……? これ美味しー!」
どうぞと試食品とやらを女生徒に幼女スマイルで手渡すと、女生徒は恐る恐る口にして目を丸くしていた。
たぶん決闘を見ていない娘だ。あれを見た人たちは遠巻きにしているが、他の者たちは興味深そうに近づいていたので。
「1つくださいな。私の名は……」
私たちは普段お金を持っていない。召使いに持たせるか、ツケにしてあとで家に支払ってもらうために商人が来るたけだ。
アイはホウホウとメモ書きしながら、お菓子を手渡すとその女生徒にこしょこしょと囁く。
「お財布持ってきた方が買い物の楽しみがありまつよ。購買でコソッとお菓子を買い込んだりするんでつ。きっと楽しいでつよ。学園生活が色づきまつ」
なんだか悪魔の囁きに聞こえるが気のせいだろうか? ここは学びの場だと思うのだが。
「お友だちと買ったお菓子を出し合って一緒に食べるんでつ。きっと和気あいあいとたのしー会になりつ。あ、お茶も必要でつよね。お茶会もお勧めしまつ。お友だちを呼んで、お茶とお菓子を振る舞って楽しい時間を過ごすんでつ」
それは楽しそうと、下級貴族の娘たちがキャッキャッとお菓子を選び始める。お菓子といったら、カチカチの固いクッキーであり、蜂蜜をかけて食べるのが主流であったが、目の前に並べられているのは、どのような味がするかもわからない様々な物ばかり。
しかも甘いときて、安いときたら買うのに躊躇いはなくなったのだろう。その光景を見て慌てて高位貴族の女生徒たちは自分たちもと群がる。
お茶会とやらは想像するだけで楽しそうだ。幼くとも貴族として育てられた彼女たちはその利点にすぐに気づく。夜会のようにお金がかかり、招待するのに準備が必要なものより、簡単そうで、人脈作りや派閥形成。珍しいお菓子を披露すれば実家の力を示すこともできるからだ。
今は月光商会からの輸入品が供給元として独占をするだろうが。
「カツサンド、おにぎり! 男子たちよ、早弁という言葉を知っているでやすか?」
隣では髭もじゃの山賊がパンやおにぎりとか言うのを男子たちに振る舞っている。昼ご飯という風習の無い魔帝国。そして、常に腹ペコで伸び盛りな男子たちは食いついた。女子たちも少なからず群がり、次々と買っていく。
エリザベートは月光商会とはなんなのかしらと、興味が湧いてくるのであった。
学園にだけ限ると、ろくでもないことばかり広める商会ではあるが。