283話 学園長になろうとする黒幕幼女
学園長とは、この学校を管理する役職だ。当たり前の話だが。
そして、ただいまそんなお偉い学園長は幼女と対峙していたりもした。再び、なぜか訓練所に戻ってきて。
大勢の生徒たちが戸惑いながら、二人を見ていたりもしている。
「ふざけるなよ、幼女! 儂が学園の経営をできないクズだと?」
「むぅ、クズだなんて言ってましぇん。ただのんびりと座っているだけに見えたので、紙くずかなって、思っただけでつよ。白髪のお髭が紙くずの塊に見えまちたので」
「その後、紙くずなら経営は自分の方ができると言ったな!」
「あたちなら、はんこを押せまつ。頑張って皆が面白おかしい学園生活を送るようにできまつもん。学園祭とか楽しそうでつよね」
「ば、馬鹿にしおって! 深淵を覗く魔法使いの大家であるこの儂、ナハイム・カイシャン侯爵を馬鹿にしおってからに、覚悟はできているんだろうな?」
憤怒で激昂する学園長を見ながら、エリザベートはなぜこんなことになったのかと呆れていた。たしか、学園長に購買やらの許可を貰いに行ったと思ったのだが。
常に自らの魔法知識をひけらかし、傲慢で横暴な老害、ナハイム・カイシャンは腰まで生やした自慢の髭を馬鹿にされた挙げ句に、幼女の方が上手く経営できると言われて、血管がブチ切れるほど顔を赤面させて怒っていた。
「わかりまちた。では決闘しましょー。あたちが負けたら謝りまつ。勝ったら学園長の地位を貰いまつね。代理人ランカを出しまつよ」
「良いだろうっ! その決闘受けたぞ!」
どう聞いても、ナハイムには割の合わない決闘をあっさりとナハイムは受けた。
なんて煽り耐性がないのかしらと呆れつつ、アイたちを眺めるエリザベート。あれでも魔法の大家だ。宮廷魔法使いたちの長でもある。決闘で負けることはあるまい。なぜ、そんな偉い地位の者が学園長であるかというと、ナハイムにとって魔法に関する地位は全て独占をしたいからなのである。
どうか死にませんようにとエリザベートは思いつつ、ランカが前に出てくるのを見ながら祈るのであったが
「だが、代理人は認められない。アイ・月読。そなたの力を見せてもらおうか」
ナハイムはそれまでの激昂した表情を変え、狡猾なる笑みを浮かべて言う。
その言葉にエリザベートは驚く。周りの人々も驚く。
この人、幼女と戦うつもりだわ、と。
サイテーねと。
宮廷魔法使いの株はストップ安となるのであった。
アイはナハイムの言葉に僅かに驚いちゃう。アホな学園長ではなかったらしい。そりゃ、魔法使いなんだから頭は悪くないか。
「良いでつよ。受けまつ」
得意げなナハイムに、細っこい肩をすくめて決闘を了承する。どうやら正体はバレていたらしい。
「竜牙兵を倒した時点でバレていたんじゃないか?」
幼女が倒したら、アイの話を聞いたことがある人間ならピンとくるだろうと、頭の上で浮いているマコトが言うが、そのとおりだね。
「即ち、学園長の地位はあたしのものになるということでつね」
むふふと口を押さえて、ほくそ笑んじゃう。絶対にぶれない幼女であった。この学園の購買は俺が頂いたぜ。
かつて、いかなる小説やアニメでも購買を支配しようとする主人公はいなかったと思われるが、幼女にとっては購買が最重要なので仕方ない。購買が成功すれば、子供から親に伝わり、月光商会の名もおおいに広がるに違いない。裏ボスを倒す前なら躊躇したが、今は躊躇しないぜ。
「ふっ、魔帝国の情報網を甘く見たな月読。我らはいかにダミーでカモフラージュされようとも、貴様らを見抜く重要情報を持っているのだ!」
ドヤ顔になる学園長の言葉にショックを受ける。マジかよ、俺たちを見抜く重要情報? そんなのがあったのか。
「むむ、参考までにどうやってあたちを見抜いたのか、語ってもいいんでつよ?」
聞いたら、そこに気をつければ良いのだ。簡単なことだ。
しかし、一体どうやって俺がアイだとわかったのだろうか。心底不思議だ。バレないようにたくさんの商隊を出していたのに。
なかなかやるな魔帝国と、幼女は少し真剣な表情で学園長を睨む。幼女の言葉に学園長はドヤ顔を崩さずに杖を構える。
「誰が重要機密を話すか! ククク、精々悩むが良い」
「むむむ、ケチでつね」
悔しがる幼女。どうやって見抜いたのかさっぱりわからない。あとで口を割らしてやると決意して、ランカを下がらせる。
幼女が不敵な笑みを浮かべて、学園長と戦おうとするのを見て、皆が思った。
それって、幼女だからじゃね? と。
こんな好戦的で、ガメつそうな商売根性抜群の幼女は他にいないんじゃない?
当の本人はまったく気づいていなかったが。
帝国の秘密情報には、ありえないレベルの騒ぎを起こした幼女がいたら、そいつはアイ・月読だと密かに情報が周っていた。
幼女最大の弱点が突かれた感じである。さすがは魔帝国の情報網と言えよう。さすがでも、なんでもないかもしれない。
「では、決闘の始まりだな。誰か立ち会いをせよ!」
学園長が周りへと声をかけるが、皆はマジでこの老人は幼女と決闘するつもりだよと、ある意味世紀の一戦に顔を逸らす。
そりゃそうだ。さすがに幼女を叩きのめそうとする宮廷魔法使いのために立ち会い人なんかできない。そんな立ち会い人をしたら、した本人も不名誉なレッテルを貼られるだろうし。
「あ〜、誰もやらないみたいだから僕がやるね〜」
ニヘラと笑ってランカが挙手をするので、学園長は渋々ながら頷く。
「不正の場合は儂の勝ちだからな!」
「はいはい、それじゃ両者見合って見合って〜」
相撲かな? 相撲なのかなとアイはジト目になっちゃうが、別にいっか。すぐに終わるしな。
「噂は聞いている。だが、魔帝国の魔法の力は貴様なんぞ簡単に倒せるわ!」
節くれだった杖に魔力を籠め始めるナハイム。どうやら無詠唱で魔法を使える模様。さすがは魔法に優れた魔帝国の宮廷魔法使いだ。
「あの老人の名前はナハイム・カイシャン。ステータスは84。魔法レベルが人類では最高の5ですね。無詠唱と発動速度短縮のスキル持ちです、アイさん」
「あ〜! また言ったな! 装備に注意なんだぜ! ローブに隠して腕輪を身に着けているけど、それが神器を素材としているな。魔法攻撃力プラス100はある強力なやつだ」
競いながら解析結果を伝えてくるシンとマコトの二人。戦う前から、敵の全てを解析してしまうので、敵が哀れに思っちゃう。いつものことなんだけどさ。
「貴様らは優れた技術を持っているという噂だが、魔帝国の最新兵器に敵うかな? 超竜牙兵よ、産まれいでよ!」
腰に下げた袋から宝石のように銀色に輝く小さな牙をいくつか取り出して放り投げるナハイム。放り投げられた牙は膨れ上がり、銀の光沢を持つ竜牙兵へと変わる。
カシャンと乾いた足音をたてて着地した超竜牙兵たちはバックラーを手に持ち、シミターを身構えてきた。見るからに強そうな敵であるが、なにこれ?
「驚いたか? これは最新秘密兵器超竜牙兵。神器を素材とし、オリハルコンを融合させた竜の牙から産まれた魔法生物よっ!」
3体の超竜牙兵は命令待ちなのか 待機している中でナハイムは哄笑をあげる。
魔帝国の秘密兵器なのに、こんな人がいっぱいいるところで使って良いのかしらん。研究成果を見せたくて仕方ないタイプなんだろうな。
「超竜牙兵。平均ステータス100。ステータスは高いですが剣術レベル3は元の竜牙兵と変わらないので、コストだけ掛かったアホな兵器ですよ、アイさん」
シンの言葉にクワッと目を見開く。なんだって?
「うぅ……魔帝国怖いでつ。そんな強い強いな骨しゃんを作り出せるなんて! ちなみにあと何個持ってまつ? ちょっとジャンプしてくれまつか?」
その敵の強さに、幼女はわなわなと恐怖に震える。無人島の時もそうだったけど、魔帝国って、いつもそんな兵器ばかり作っているのね。ありがとうございまつ。
「フハハハ! 倒してもまだ残りがあると見抜いたか! この袋には残り7個あるし、儂の魔力はまだまだある! そして竜牙兵が本命ではないぞ? 儂の攻撃魔法こそ本命だ!」
「セイントリング 小石の型 幼技 小石連弾」
うぉーっと、幼女はセイントリングを小石に変えて、ピッチャー第一球。
分身した小石は待機状態の超竜牙兵の頭蓋骨をパカンとあっさりと砕いた。
「な、金貨10万枚したのだぞ!」
「隙ありでつ。命令を出さない方が悪いんでつよーだ。べーっ」
ちっちゃな舌を突き出して、アイは勝ち誇る。先制攻撃は頂きだ。そして、魔帝国がなんでインフレ気味なのかも理解したよ。こんなふうにガンガン金貨をバラ撒けば、そりゃ価値下がるわ。
崩壊前の地球みたいに、世界規模の経済圏ができているんじゃないんだぞ。……俺も気をつけないとな。通貨を回収して、物に溢れる経済圏を構築しないとね。
金貨10万枚。たぶん市場価格ではない。原価を口にしていると思われる学園長は懲りずに新たなる超竜牙兵を作り出そうと袋に手を入れながらも、もう片方の手を俺に向けてくる。
「遅延魔法 フリージングスピナー」
「クリエイト超竜牙兵」
学園長の2つの声が唱和して、宙から氷の槍が10本近く産まれると同時に放り投げられた牙から新たなる超竜牙兵が生まれてきた。
「ディレイマジック! 初めてこの異世界でみまちた!」
ディレイマジックとは、発動を遅くして待機状態にあらかじめしておいた魔法だ。通常の待機モードと違う点は、通常ならば次の魔法は待機モードの魔法を放たないと唱えることはできないが、ディレイマジックは待機モードのままで次の魔法を放てるという点である。
即ち、腐っても学園長は魔法の腕に長けており
そして性根が腐っていた。
決闘前に既に魔法を唱えてやがったな、幼女相手に大人気ないぞ。
魔法自体も初めて見る魔法で改良されている。感心しながら見ていると、杖を振ってきた。
その動きに合わせて、鋭く尖った氷の槍が飛んでくる。タイミングもずらされて射出され、なかなかの速さであり、躱すのに精一杯となってしまう。
以前なら。
「バッターアイ、ホームランでつ」
最初に迫ってきた凍れる槍を頭を僅かにずらし、おててを横に突き出すと、紙一重で槍は頭の横を通り過ぎ、最初から受け止められるように撃ち出されたかのように手に収まる。
そうして、一本足打法だぜと幼女はバッターになって、テイヤと体をめいいっぱい使って氷の槍を振る。
カキンと音がして、次の氷の槍が弾かれて次の氷の槍を巻き込む。カキンカキンとビリヤードのボールのように次の氷の槍も弾かれた槍にぶつかって、次々と巻き込んで粉砕するのであった。
たったひと振り。バッターアイのひと振りで氷の槍群は弾かれてしまった。アイは謎モードになり、体術がステータス表示から無くなっていた。しかし、体術が使えなくなったわけではない。超絶技巧の腕前の欠片が見についていたのだ。
なので、これぐらい単純な魔法は簡単に防げる。
「な、な、魔法も使わずに?」
「ピッチャー第2球〜」
あまりの結果に口を開けて呆然とするナハイムを無視して、またもや待機モードの超竜牙兵へと手元に戻した小石を投げつける。
先程の巻き戻しのように、超竜牙兵はまたもやパカンパカンと砕かれていく。
金貨10万枚は小石の一撃で破壊されていった。4体いたので40万枚なり。
「へいへい。ピッチャービビってまつよ。だから、次の超竜牙兵を呼び出すと次はピンチになるかもでつ」
あと、3個あるんだよね? 早く使ってくだしゃい。
青ざめる学園長へと、手をクイクイと挑発するように振って黒幕幼女は笑うのであった。