281話 学生生活を送るつもりがない黒幕幼女
魔法学校の貴族専用訓練所。アイが見たらドームスタジアムかよと、ツッコミを入れるに違いない、観客席も用意されている広々とした立派な訓練所には数十人の貴族の子女たちが魔法の訓練をして、己の技を磨いている。
平民用とは違い、この訓練所内は春のように暖かかった。建物自体が神器であり、室温を常に一定にしているのだ。ドームスタジアムというハードな古典ふぁんたじーの異世界らしからぬ建築様式なのもそのためである。
ドームスタジアムって、物凄い技術の工法を使っており、ふぁんたじーの世界設定では通常建てられない。ライトな異世界ふぁんたじーの魔法学校物とかには結構あるが、実際にそんな工法を使用できるレベルならば、異世界の街並みは高層ビルが建ち並ぶ近未来物へと早変わりするはずだが、そういうことはなく、石造りの家屋が建ち並んでいるので、まさしくふぁんたじーということなのだろう。学園物小説がほとんどエタッてしまうのもふぁんたじー。あれはなぜなんだろうね。
神器ならばこそ好き勝手に建てられるのだろうと、迷子になっちゃった幼女たちがぽてぽてと歩いてくるが、今はまだ普通の訓練風景であった。
幼女が近づくと混乱が起きる……。クマとかトラとそろそろ同じ危険害獣として、おっさん幼女は指定されてもおかしくないかもしれない。
エリザベート・ガーリー公爵令嬢。肩まで伸ばしている輝くような金髪を巻き髪にしており、可愛らしいというより、利発そうな美しい顔立ちの少女。歳は15歳。成人年齢が他の国よりも高い魔帝国は16歳で成人となるので、来年卒業と共に大人の仲間入りとなる娘だ。
エリザベートは美しい顔立ちを不満そうにして、訓練所にて鋼の鎧を被せた案山子へと新型杖を手にしながら魔法を唱えていた。
「魔力よ、炎の槍となりて敵を貫け、フレイムランス!」
高熱で真っ赤に燃え盛る炎の槍が前方に生み出される。あまりの熱気に空気が蜃気楼のように歪み、その熱気に本来は影響を受けないはずの発動した本人すら額に一筋の汗を流す。
ふいっと杖を動かすと、炎の槍は案山子へと空を切り裂きとんでいき、鋼の鎧が無いとでもいうように、ガシャンと貫き案山子を燃やす。
貫かれた鋼の鎧も一緒に燃え盛る炎の槍は焼いていき、あまりの高熱に鋼はドロドロと溶けていき、石畳へと流れ落ちていく。掃除をする人はきっと大変だろう。
「おぉ〜、さすがはエリザベート様だ!」
「鋼の鎧を砕くことはできるが、原型をとどめずに溶かすなどと、素晴らしい魔法だ」
「炎の魔法の天才ね」
周りの生徒たちは、エリザベートの魔法の威力に感心して褒め称えるが、エリザベート本人は苦虫を噛んだような表情をしていた。
「今の魔法の威力じゃ、不満かい? エリザベート?」
その様子を見て、苦笑気味に男が近寄る。赤髪の優男系モテ項目科の若い男だ。ガイあたりが見たら、悔しそうな醜い嫉妬心を顕にして、そう判別するに違いない。
「威力は不満ではありませんわ。これまでのエリザベートちゃんなら、鎧を貫通するぐらいですしね」
肩をすくめるエリザベート。自分をエリザベートちゃん呼びするという高慢そうなテンプレ縦ドリルの髪型なのに、エリザベートちゃん呼びである。
そんなエリザベートちゃん呼びは、顔立ちに似合わないので、痛々しい感じがするが、男はにこやかな笑顔のままに話を続けて、エリザベートの持つ紅き宝石が先端に取り付けられた美しい意匠の杖をちらりと見る。
「ウルゴス皇帝が直々に作成した杖だ。素晴らしい力なのだから不満そうにしない方が良いと思うけど?」
僅かに目を細めて、剣呑な声音にて警告を口にする男へと、エリザベートはフンと鼻であしらう。
「たしかに今までの杖とは比べ物にならない威力ですわ。パワーが5倍は上がっているのではないかしら? 画期的な杖ですわよね。でも、この杖を使えば誰しもが強力な魔法を使えますわ。そう思いませんこと?」
「たしかにね。でも新型は使い手を選ぶ。神の血が濃くなければ使えないという条件を忘れていないかい?」
「それはそうですが……。伯爵以上なら使えることは判明しています。そこまで厳しい条件ではないですし、この杖があるなら努力が意味を成さなくなります。それに……」
一番の気がかりがあると、エリザベートは顔を曇らせて、手に持つ杖を強く握りしめる。
「神器を砕いて、新たなる武具にするなんて、神々に不敬ではないかしら? 人間に下賜した神器が砕かれて素材としたなんて、バレたら神罰が落ちてもおかしくないわよ?」
この杖は神器を素材にしている。今は皇帝陛下しか扱えぬ手法にて、神器を砕きその威力を大幅に落とした魔法武具へと作り変えているのだ。
月に一度、しかも数分しか使えない武具系統神器と違い、制限時間を無くした新たなる武具。威力は3割以上下がるが、そもそも元の神器はオーバーキルであった威力だったのだ。一つの神器で3個から5個はこの杖を作れるらしいから、大きな利点があると思える。
神々から下賜されたものであることから目を背ければだが。それにもう一つ……気になることがまだあった。
「……神々がこの光景を見ているなら、とっくに神罰が落ちてくるだろうね。……神罰が落ちてこないのだから、人間に渡したあとの扱いは気にしないのだろうね」
「だと良いのですが……。それと新技術ゴッドフレーム。神器を素材とする杖に使われている素材。人の意思を数倍に増幅するからこそ、この威力が出せるということですが……使うたびに魔力消費からではない虚脱感を感じるところも気になりますわね」
なぜだか、魔法を使うたびに、身体から何かが抜けていく感覚がある。疲れではない。他の何かが少しずつ流れていくような嫌な感覚だ。この感覚はなんなのだろう?
「新技術は常に何らかの不具合があるものさ。それはきっとこれからの改善点なのだろうね。皇帝陛下へと奏上してみればどうだい?」
からかうようにいう男へと、かぶりを振るだけに留める。
「今や皇宮はこの新技術で大騒ぎ。隣国のようこそ帝国とかいう南部地域を統一した国に攻め入ろうと盛り上がっている最中に、そんな提言をしてご覧なさい。死刑になってもおかしくありませんわ」
そうして、男へと尋ねるエリザベート。
「アースラ・ヤマティカ公爵令息。貴方は皇帝陛下にさらなる力を貰ったと聞いていますが……それがなんなのか聞いてもよろしくて?」
噂にある突如として強くなった者たち。2枚目の優男へと冷たい射抜くような視線を向ける。自身がこれまで努力して手に入れた力をあっさりと上回る力を手にしたアースラ。
先月まではオークの方がマシだと思える肥え太った身体と、努力が大嫌いで運動等やりもしなかった男。
それが今や、2枚目の優男となり、自身を上回る力を持つ者。アースラへとムカつきと共に問いかける。
聞いた噂話だと、皇帝陛下に何らかの強化処置を受けたらしいが……。
エリザベートの冷たい視線を受けて、以前は脂汗を流しながら狼狽えていた男はにこやかな笑顔を崩さずに余裕の態度を貫いていた。
「僕は偉大なる皇帝陛下に力を頂いたのさ。そう……いわゆる新人類というやつだね。君も力を授かればわかるさ」
「皇帝陛下のお手を煩わすこともできませんし、辞退いたしますわ。あ、そうそう、アースラ様。今の貴方は貴方が嫌っていた成り上がりに見えますから気をつけたほうがよろしくてよ? ホホホ。以前の方が公爵の家門である風格がありましたわ。体重が減って風格も減ってしまったようですわね」
ホホホと見下したように嘲笑うエリザベート。なにが新人類だ。強ければ新人類というならば、ドラゴンの子供でも連れてくれば良い。馬鹿らしい。
さすがに今の当てこすりに、アースラは余裕をなくし、剣呑な目つきへと変わる。成り上がりや成金をいつも馬鹿にしていたアースラにとって、今の自分が成り上がりに見えると言われて、頭にきたのだ。
「新人類たる僕と戦って見るかい? いつも僕を馬鹿にしていた君がどんな声で啼くか聞いてみたいしね」
「良いでしょう。それでは、アースラ様の力を……? うん? なんの騒ぎですの?」
アースラから試合を受けて、コテンパンにしてやるとエリザベートが訓練を受けようとした時であった。訓練所の外が急に騒がしくなったので眉を顰める。いったいなにが起きたのかしら?
「訓練所に入ろうとした幼女がいたらしいぞ!」
「たぶん冬季講習会の子供だ!」
「冬の風物詩だな」
周りの生徒たちの言葉から、何が起こったのか理解した。冬にはしばしば起こることだ。幼女らしいので哀れに思う。
「迷い込んだ子供がまた殺されたのね」
「はっ、竜牙兵に殺されたのか。通常の校舎は竜牙兵に守られていることも知らない愚かな平民が入り込んだのだろう」
幼女というからには迷い込んだのだろう。殺されたはずの幼女に対して同情する様子もなく鼻で嗤うアースラに、エリザベートも馬鹿にするつもりはないが、ため息をついてしまう。
毎回冬にはあるのだ。講習会を監督する教官は通常落ち目の人が行う。その際の説明をしておかなければならない事柄を面倒くさがって省く教官は多い。
きっと幼女は物珍しい建物を探検でもしようと講習会を抜け出したに違いない。校舎の各所には竜牙兵やゴーレムが配置されおり、登録した人間以外は入れないと知らずに。
「一応確認しないといけませんわね」
「人を呼びつけて命令をくだせば良いだろ?」
「公爵家のものとしては無視できませんわ」
ざっと見る限り、自分より位の高い爵位の家門はいないようだ。面倒くさいが仕切らなければなるまい。愚かなアースラでは、そんなことはできないはずだし、やる気もなさそうだ。
ため息をつきつつ、外へと歩いていき、集団を押しのけて進むと
「うわーん! 骨のおじちゃんに殴られまちたぁ〜」
と、顔をちっこい手のひらで覆いながら泣く幼女の姿があった。
その足元には無数の竜牙兵がバラバラになって、地面へと広がっていた。
「迷子のあたちを殴ってきまちた〜。あ〜ん!」
わんわんと泣く幼女。何が起こったのだろうかと戸惑ってしまう。皆が騒いでいる理由がわかった。達人の戦士である竜牙兵がなぜ粉々となり、なぜ幼女はピンピンとしているのか? そして魔道具らしき四角い物を地に伏せながら、うへへと厭らしそうな笑みで、バシャバシャと幼女へと向けながら音をたてている美少女狐人は何なのだろうか?
混乱をしてしまうエリザベートは、責任感だけで幼女へと近寄る。
「えっと、貴女は誰なのかしら? ここでいったいなにが起こったのかしら?」
「骨のおじちゃんがいきなり殴りかかってきたのでつ! うわーん、うわーん。幼女虐待〜」
それは無理があるだろと、口元を引きつらせるエリザベートであったが、とりあえず殴られたと泣けば幼女はだいたい許されると固く信じている質の悪いおっさんが取り憑く幼女は泣き真似を続けるのであった。




