280話 魔法学校に入る黒幕幼女
ガラス張りで煉瓦仕立ての立派な校舎がある。グラウンドもいくつかあり、かなりの面積を持つ学校である。屋根には雪かきをする人間が懸命に木の板で雪を落としているのが見えた。
「ああいうのこそ、魔法でちゃっちゃっとやれば良いと思うのでつが。いや、それよりも最強の武器を売るときでつかね? でも、あれは最強すぎまつし……」
雪かきをする人たちを見ながら、幼女は寒さで赤くなっているぷにぷにほっぺを擦りながら、早くも商売を考え始めたりする。まったく商人根性が抜けないおっさんな幼女であった。
今の光景からシャベルが売れるなとか考え始めたりしていたのだ。学校を見て感動するような感受性はないらしい。それか、記憶の倉庫に仕舞ってあるのだろう。
俯いて考え始める幼女を、最近ようやく身内以外には気づかれない認識妨害のコマンドを覚えた妖精が頭の上でぺしぺしと悔しそうに言ってきた。
「ちくしょー。人間化カードって、1時間しか持たないじゃん! 詐欺だろ、このガチャ」
ガチャを運営している本人が文句を言っていた。いったい誰からカードを仕入れているのだろうか。ぼったくられていることは間違いない。
早くも学園編が終わったマコトに対して、クククと小悪党が含み笑いをしながらブツブツと呟く。
「あっしの輝かしい学生生活の始まりでやす。主人公補正がかかって、皆に持て囃されるんです。地球の学生生活時代よ、さようなら。あっしは面白おかしい記憶を上書きするぜ。おっと、劣等生らしく弱々しくしないとな」
大柄な図体を縮こませて、オドオドと周りを窺う髭もじゃだが、残念ながら小悪党が悪いことを考えて、周囲を窺っているようにしか見えなかった。そんなガイを皆は遠巻きに眺めていたりもした。
劣等生よりも、犯罪者として扱われる可能性あり。魔法学校のチンピラ犯罪者。うん、小説にはならないな。
「はい、手続きが終わった人たちは訓練用兵舎へ移動してください」
ザワザワと受講生であろう大勢の人間がお喋りをしている中で、教官らしき男が手を打つので、アイたちはぽてぽてと移動を始めた。
周囲には中年から10歳ぐらいの子供までが集まっている。ここで魔法を覚えようと言うのだろう。受講料は金貨1枚だったしな。3ヶ月程度で金貨1枚なら良心的に思えるが……。
「おら、この冬こそ着火を覚えるだよ」
「ストレングス覚えたいだや」
「クリエイトウォーター覚えられるかなぁ」
「メテオ覚えたいですね、メテオ」
皆は冬の講習会に出れるほどお金はあるが、魔法を覚えてはいないか、覚えていても着火ぐらいな模様。なんだか、最後の発言者が変な感じじゃなかった?
「あれだね〜、地球でもよくあった才能があれば技術が見につきますよというふれこみの短期講習会。安いけど、ほとんどの人が身につかないやつ」
「ん? そんな講習会聞いたことない」
「昔はあったんでつよ。講習会と言いながら、適当極まる講習しかしてくれない詐欺っぽいやつ」
ランカの言葉に同意しながら、不思議そうに首を傾げるリンへと教えてあげる。崩壊後はそんな講習会をやる余裕もない世界になったからリンは知らないだろうけど、これで貴方も簿記一級を取れます、とかいう触れ込みのやつとかな。もちろん短期の講習会で簿記一級など取得できるわけはない。
へぇ〜とリンが頷いて、ランカもそんなのがあったんだ〜と、知らないフリをし始めたりもしながら、兵舎とやらに辿り着く。
体育館のような天井の高い石造りの建物で何もなかった。というか、凄い寒いんだけど? 隅っこに暖炉があるけど、申し訳程度で全然暖かくない。幼女は風邪をひいちゃうよ?
慣れているのか、他の人たちは毛皮の服を着て厚着である。寒さで青ざめている人たちは初受講なのだろう。即ち俺たちという訳だ。
「むぅ、寒いでつ。モフモフマフラーを希望しまつ」
ランカとリンのモフモフ尻尾を首に巻きつけちゃう。モフモフで暖かいや。幼女が尻尾を巻きつけてモフモフする姿は癒やされる光景であった。おっさんが同じことをしたら、痴漢ですよと他人が通報するだろう。見た目がどれぐらい重要か、わかります。
「照れるなぁ」
「尊い……」
モフモフ尻尾をマフラー代わりにする幼女に、ケモ娘ズたちはテレテレと照れていたり。感動で倒れないでね。
「さて、では訓練を始めたいと思います。まずはこの建物内で20周走ってください」
教官が弱々しい口調で言ってくるけど……はぁ? 今なんつった? マラソンしろと? この建物内100メートルはあるよな?
「身体を温めて、魔力を活性化させるためです。始めっ! できない人はできるまで魔法は教えませんよ。途中で歩いたり止まったらやり直しをさせます」
「詐欺だろっ! なんでつか、それっ!」
まずは身体を温めろってか。しかも20周とか。無理ではないけど、確実に詐欺師の手法である。
「はい、そこの幼女。これは正しい魔法使いの修行法なのです。この訓練のおかげで私も魔法を使えるようになりました。この通りに」
バッと手を振り上げて詠唱を始める教官。わかるよ、地球でもあったらかな、そういう手法! 魔法を使えば、あっさりと皆は納得するだろうからな。
そこで悪戯な顔に幼女はなっちゃう。教官は部屋の隅においてある鉄製の人形へと魔法を放つつもりなのだろうが……。
「ラララァ」
誰にも気づかれないように、小さく澄んだ声を出して、お歌を歌う。最近覚えたばかりの聖魔法聖歌である。シンに教えて貰ったのだよ。聖魔法は幼女の得意中の得意。特に器が完成したと教えられてからは、たぶんどんな聖魔法も使えるようになっていると思いまつ。
「魔力よ、炎の矢となり敵を焼きつくせ! ファイアアロー」
大仰に身振りをしながら、手を勢いよく人形に向けて振りかざす教官。
皆は魔法だと期待の目をしていたが、残念ながら炎の矢を作り出す魔法構成は霧散してしまっていた。
「ん? ……失礼。今のは駄目な例だ。次こそお見せしよう」
自分の魔法構成が霧散したとは気づかずに、もう一度詠唱を始める教官だが、なぜか魔法は何度使っても発動すらしなかった。なぜだろうね? 幼女は暇なのでお歌を歌っていたけど関係ないよね? 幼女はお歌が大好きなのだ。
狼狽し始める教官は青褪めながら、挫けずに魔法を唱える。そんな教官を見て、人々はざわつき始める。まさか教官が魔法を使えないとは、戸惑い始めた。
魔法学校のエリートが魔法を使えなくて焦るという非常事態に教官の助手役であるだろう黒いスーツみたいな制服を着込んだ生徒たちもアワアワと動揺し始めちゃう。
「ププッ、これは走るのが意味ない証拠でつよね? まほー、おちえてください!」
悪戯幼女は、笑いを押し隠し、コテンと首を傾げて尋ねる。
「くそっ、なんで魔法が発動しないんだ? 講義なんぞやってられんぞ、私には待っている研究が幾つもあるんだ」
痩せぎすで神経質そうな教官は、懲りずに魔法を発動させようとするが、なるほどな。面倒くさいからマラソンを押しつけてきた訳か。納得。
お金をとっているのに、それはないんじゃないかなと、目を細めつつ教官を軽蔑の眼で見ちゃう。魔法学校……誰が講習会など考えたかは知らないし、当初はきちんと教えていたのかもしれないが、今は小遣い稼ぎをする場となっていると理解した。
俺はそういうの大嫌いなのだ。
「もしかちて……。魔法学校って、本当は魔法を使えない人がたくさんいるんでつか? わかりまちた! お金持ちな人を魔法使いというんでつね!」
幼女はわかっちゃったと、パチンとちっこい手をうって、ぴょんぴょんと跳ねながら教官を煽る。外見詐欺の性悪幼女がここにいた。
「ふ、ふざけるなっ! 子供と思って大目に見ていれば、図に乗りおって!」
ごちゃいの幼女の悪気のなさそうな笑みを見せられて、教官は顔を真っ赤にして激昂した。これがニヤニヤと悪どそうな笑みを浮かべた髭もじゃとかのセリフなら、なにか魔法を使えないようにされて、挑発という名の陰謀を企んでいるのではと、警戒をしたかもしれない。
しかしながら、幼女である。これなぁに? あれってなんていうの? と質問大好きな年齢の子だ。馬鹿にするつもりもなく、煽るようにしか見えずとも、単純に思ったことを口にしただけだと、他人からは見えた。
なので、単純に幼女は思ったことを口にしただけなのだ。それこそもっともプライドの高い教官には効いた。正直な悪意のない言葉こそが、一番嫌な時があるということだ。
実際は影のように潜むおっさんが、ウハハと悪意ありまくりで企んでいたのだが、外面は完璧に無邪気を装っていたりする。悪魔よりも悪魔のようなおっさんなので、デビルバスターを呼ばないといけない今日この頃ではなかろうか。
教官は幼女に大人気なく激昂すると、拳を握りしめて接近してきた。本気で殴るつもりだとアホでもわかる勢いである。
鍛えてはいるのだろう。しっかりとした足取りで、体幹を崩すことなく、やせぎすの教官は神経質そうな顔を憤怒へと変えて襲いかかってくるが、余裕綽々なアイは高速思考も使うことなく迎え撃つ。
なにしろ俺は裏ボスを倒したのだ。もはやどんな敵も恐るるに足りない。あれだ、ほら、緑の大魔王を倒して、神様に何でも願い事を叶えてくれる龍を復活させてもらいに行った主人公の気分。
なので、教官の拳を余裕で見つめ
ゴチン
痛そうな音をたてて頭に拳骨を落とされちゃった。
オマエ、タイシタコトナイ。マンシンシテイル。と、教官は言わずに、殴った筈なのに手を抑えて蹲っていたが、その不思議な光景はすぐに上書きされた。
「うわーん! おじちゃんに殴られだぁ〜。あ〜ん!」
幼女が手で顔を覆いぎゃん泣きし始めたので。周囲へと響き渡る泣き声に皆は顔を顰めてしまい、教官を非難の目で見つめる。
「ぐぉぉぉ……骨が……骨が……」
教官は蹲り、腫れた拳を抑えながら、痛みで顔を顰めて涙目になっている。かなりの痛さな模様。
殴った瞬間に、拳の支点をずらされでもしたのだろうか、いや、当たりどころが悪かったのだろう。まさか、幼女にそんな卓越した技術があるわけないので、教官の殴り方が悪かったのだと、自業自得だと周囲は思う。
え〜ん、え〜んと、泣き続ける幼女に皆は同情の視線を向けて、教官には非難の目しかない。たぶん教官の方が大怪我だと思うが、見た目が全てである。
可愛らしい幼女には、痩せぎすなおっさんでは敵わないのだった。
「お〜、よしよし。お外にちょっといこうね〜」
ランカがアイの頭を撫でて慰めながら周囲へとご迷惑をかけてごめんね〜と言いながら、外へと誘導した。幼女のぎゃん泣きはこういう集団行動で一番対処に困るので当然の行動であった。
傍目から見たら、だが。
えぐえぐと泣き続ける幼女を兵舎から出て、さり気なく人のいなさそうな校舎へと移動する二人。
「脱出成功しまちたか?」
「うん、大丈夫みたいだね〜」
「マラソンなんかやっていられましぇんからね。さて、校舎の探索と行きまつか」
顔を覆っていた手をどけたアイ。もちろん涙なんか欠片も見当たらない。
詐欺の教官を痛い目に遭わせて、学生時代に大嫌いだったマラソンから上手く逃げた黒幕幼女はスタタとランカと共に学校に忍び込むのであった。
学生時代、常にマラソン系統は仮病などで休んでいたおっさんなので、これぐらいのサボリは手慣れたもんなのであるからして。