28話 寛容なる黒幕幼女
引き続き街をてこてこと散策するアイたち一行。うっかり八兵衛こと、可愛らしいララがあの屋台も美味しそう、あの果物屋もと彷徨くので、苦笑混じりにアイは連れ回されていた。
中央広場にて一休みと、てこてこと歩いてベンチに座る。中央広場は公園となっており、中心に大きな地球の噴水にも負けない噴水が水を噴き出していた。
トーガを羽織る男性の像が天に腕を掲げて、飾られているので、あれがタイタン神であろう。しっかりと噴水の台座に、建築と力の神タイタンと金文字で彫られているし。
白亜の噴水は汚れもなく、水も澱んでない。なるほど、これも神器なのだとわかる。明らかにハードな異世界の中で浮いている建築物だからだ。
「ふぃ〜。疲れまちたね。結構歩きまちたし」
疲れてないけど、とりあえず疲れたと言っておこうと思う幼女である。元がおっさんだとわかる発言かもしれない。
「たいりょー、大量! ありがとうね、アイちゃん」
ペコリと丁寧に頭を下げるララと苦笑するマーサ。ララはその腕に野菜やら果物を抱え込んで、満面の笑みだ。
野菜はともかく果物はどうなんだろう? 意外と高かった割には全然甘くない。野苺っぽいけど、これはアケビ?
買い込んだ果物を眺めるが、種は多いし甘くない。まぁ、野山にあるものならばこんなものか。地球でも食べたことはあるが、美味しいとは思えなかったことを思い出す。
「夏や秋になれば果物も甘い物が並びますが、高価ですね。銀貨1枚はします」
「だろうね。輸送費もあるし、貴重だろうし」
おかしいな? 素材の味が効いていて塩だけでも美味いとか、黒パンも意外と食えるとか小説で読んだことがあるけど、今のところまったくそんな料理は見たことがない。素材の味はエグミと苦味だし、黒パンはスープに浸しても石のような硬さだし。もはや、パンはスープに入れたまま煮込んだ方が食べれると思います。
「料理チートができるはずでつ。……薪の費用を考慮に入れなければ」
薪は意外と消費が激しい。地味に金がかかり、しかも火力の扱いが難しい。地球で野宿も当たり前だった俺は使うのに問題はなかったけど、黒幕が部下のために料理をするって、どうなんだろう? 専属の料理人と炭の開発が急がれる。もちろん炭焼き小屋の作り方もマスターしているぜ。地球ではマテリアル式エンジンが出回っていない田舎もあったからな。
現実に料理無双をハードな異世界でやろうとすると、色々な開発が必要だ。簡単にはいかないなぁ、とプラプラと足を振りながら噴水を眺める。幼女のそんな姿は癒やされて可愛らしい。おっさんでなくなり、アイは良かったであろう。おっさんの場合は噴水の風景に合わないので退いてくださいとか、言われるかも。
綺麗な水でそのまま飲めるような感じがする。内陸部でこれとはさすがは神器。その水をふんだんに使い、お風呂に入りたいと思い
「あ〜。あれを作れば酒屋と石屋、それに大工さんの伝手もできまつね」
新たな商売を思いつく。伝手は必要だが、少しずつ取引をして信頼関係を作らないと、ハードな異世界では難しいのだ。ポンとお金を出して、へい、わかりやしたと頷くのは異世界では2流の職人なのである。掛け売が基本なので、現金一括払いは本当に支払われるか怪しまれちゃうのだ。前金で全額払いは手抜き工事や持ち逃げがありそうで俺が嫌だし。
なので、少しずつ取引をしていき信頼関係を育みながら大きい仕事を頼むしかあるまい。
また、商売を考えているよ、この幼女と部下の呆れた視線に気づかずにウォーカー魂を全開にしている幼女であったが
「あら、マーサじゃないの」
中年のおばさんの声に意識を戻す。知り合いかなと、マーサへと視線を移すと、ちょっと小太りの中年のおばさんがマーサへと声をかけていた。
「お久しぶりです。ハラット夫人」
立ち上がり丁寧に頭を下げるマーサに、あらやだと手を振ってハラット夫人とやらが答える。
「最近仕事があるか聞きに来ないじゃない。どうしたのよぉ?」
ベンチに座りきれないので、というかアイがララと座り、座らずにギュンターが護衛につき、少し離れた場所にガイとマーサが座っている。
なので、同じ一行とは思いつくことはないのだろう。ジロジロと隣に座るガイをおばさんは不躾な視線で眺めていた。ガイはその視線に気づかずに、買った果物をいかにして食わずに持って帰れるか考え込んでいる。不味いから食わないつもりだ。あいつは幼女よりも味にうるさい。
「もしかして結婚したのかい? おめでとう、暮らしはどうなんだい?」
ニヤニヤと意地が悪そうな笑いをするおばさんである。なにを考えているかは、丸わかりだ。きっとスラム街で碌でもない男に引っ掛かったと考えているのだ。人の不幸は蜜の味。
「あの人は母さんが仕事を貰っていた古着屋さんの奥さん。いつもあんな感じなんだ」
ララが嫌そうに言うので、古着屋かぁと眺める。
「賃金はいくら? ちゃんと支払ってくれた?」
「何枚かの古着を直して銅貨10枚。だいたい5日ぐらいで終わる仕事。未払いはなかったよ。ネチネチと色々言ってくるけど」
ほぉ〜と、マーサたちを眺める。まだおばさんのニヤニヤ笑いはなくなっておらず、嫌味な言葉を吐いている。
「まさか布問屋の商人の娘さんがねぇ。良い夫を捕まえたみたいで良かったよ。若い頃は雲上の人と思っていた美人の貴女が。古着屋の娘の私は綺麗な新品の服を着て遊ぶ貴女をそら羨ましがったものだけど。変われば変わるもんだねぇ」
「はぁ、いえ、ガイ様は……」
「夫を様づけとは、相変わらずお高くとまって。教養はだいじだものねぇ」
マーサに最後まで言わせずに、皮肉げに言葉を被せるおばさん。自分が常に主導権をもちたいと考える典型的な人だ。
なるほど、あのおばさんは自分より上の存在だったマーサに嫉妬をしていたのね。だから、こうやって接点を持って甚振っていると。ガイがいい夫だとは欠片も思っていないに違いない。実際はお調子者でヘタレな小物だから、尻に敷くにはちょうど良い男だと思うけど。
ならば俺はどうするかは決まっている。アイは、たあっとベンチから降りて、真剣な表情でマーサたちの元へと歩く。
すぅっと息を吸い
「パパ〜! ママ〜!」
からかうことに全力を傾けるのであった。女神様の加護の力がマックスなのは間違いない。可愛らしい娘を演じるのだ、演じちゃうのだ。
ハハハ、照れるが良い。照れちゃうが良いと悪戯好きな幼女はてってこと二人へと近づく。その声にまたもやおばさんはニタリといやらしい笑みを浮かべて、声のした方へと振り向く。
きっと、あらあらお盛んねぇ、もう新しい子供もいるのとでも言おうとしたのだろう。おばさんはきっとその言葉を言うと考えていたら
「あらあらお盛んねぇ、もう新しいこ……」
駆け寄る幼女を見つめて、なぜか口を閉ざす。ん? どしたん?
なぜか青褪めてこちらを見てきて、再度マーサへと視線を移すこと数回。信じられないとばかりの表情で動きを止めてしまう。
なんでなのと、アイはちっこい首をコテンと可愛らしく傾げて疑問に思い
「駄目だよ、アイちゃん。どう見ても母さんたちの子供には見られないから」
ララが苦笑混じりについてきて、俺へと告げるのだった。
ふむ、と自分を省みる。ぷにぷにな仕事をしたことがないおてて、艷やかな髪の毛。着ているワンピースは周りから浮いていて、後ろには護衛の騎士がついてきている。
マーサを見る。ようやくほつれも縫えてまともな古着。草鞋を履いていて、髪の毛もお肌もあんまり手入れがされていない。ガイは確認するまでもないだろう。
「なるほど、たしかに無理でつね」
納得して、しょんぼりする幼女であった。悪戯失敗で落ち込むその姿は既に中のおっさんは消えてしまったようにも見えちゃう。
「ま、マーサ。貴女、貴族にまた仕えるようになったの?」
口籠りながら、マーサへと信じられないという表情で顔を向けるおばさん。貴族に仕えるというのはそれだけ良いのだろうか。こんなハードな異世界なら、平民相手にはぶいぶい威張れる存在になっちゃうんだろう。貴族仕えとは、貴族庇護下という意味だから。
「あたちはスラム街に住んでいるんでつ。貴族ではないでつよ」
舌足らずな可愛らしい幼女の言葉に、ますます青褪めていくおばさん。はて?
「さ、左様でしたか、私はハラット古着屋のハラットの妻ヤーハと申します」
丁寧にお辞儀をするハラット夫人。古着屋の奥さんには思えない所作だと、礼儀作法4を手に入れた幼女は疑問に思う。
「ハラット夫人は昔貴族の侍女になりたいと色々と私に聞いてきました。なので、アイ様の言語で……」
フォローをしてくるマーサの言葉に、この言語が問題かと理解する。ハラット夫人はまったく俺の言葉を信じていないのね。
あぁ、納得。純粋共通言語は貴族が使うと。これ以外は日本語とドイツ語、フランス語と英語しか話せないんだから仕方ないだろ。日本語以外は片言だけど。
スキルによって純粋共通言語になっちゃうのだ。女神様はそこらへんは考えてくれなかった。
「まぁ、良いでつ。マーサがお世話になったようでつね、ハラット夫人」
ちっこいおててを振りながらニコニコ笑顔で言うと、おばさんはダラダラと暑くもないのに汗をかき、手で額を拭う。なにかあったのかな? あたちは幼女だからわからないでつ。
アイは焦り震えるハラット夫人へと、優しい声音で伝える。
「古着屋と聞きまちた。なら、草刈りや石運びなどでも使える頑丈な服はどれくらいでつか? 破れにくいやつでつ」
「は、申し訳、へ? ふ、服ですか? 多少なりとも頑丈なやつなら銀貨5枚程度でございます」
てっきり叱責されるか、もしくは叩かれるかもと思っていたおばさんは戸惑いながらも答えてくる。ふむ、作業服なんかこの世界にはないよね。銀貨5枚か。そこそこだな。
「マーサがお世話になったようでつし、200着貰いまつ。準備できまつか? 半金を前金で支払いまつが」
「200着! そ、それはもう。そ、揃えます。揃えます。でも、良いので?」
突然降ってきた大商いにおばさんは目を白黒させて驚きながらも頷き、そして本当か尋ねてくる。マーサへと嫌がらせをしていた自分へと商いなど良いのかと。
「良いでつ。マーサの生活が厳しい時に助けて貰ったようでつしね。これはお礼でもありまつ。後で家臣をお店へと行かせまつね」
「あ、ありがとうございます! す、すぐにお店へと帰り準備を! マーサさん、良いお方に仕えられて良かったわね。それでは」
なんと心が広い方だとハラット夫人は頭を下げて感動しながら去っていく。足早に遠ざかるおばさんをのんびりとアイは見送る。ちょうど作業服もどきが欲しかったので助かった。
「むぅ、古着屋はたくさんあるのにハラット夫人のところでなくても良かったんじゃないかな?」
多少不満そうに口を尖らせるララ。今まで色々と言われて来たのだろうとは思うから、気持ちはわかるけど。
「あの程度の嫌がらせで、スラム街の人間を雇ったんでつ。マーサの生活が守られたことを考えれば、あのおばさんは優しいと思いまつよ」
若い主人公なら、ああいう時におばさんにざまぁをしようとするかもしれない。マーサ、高級レストランに行こうとか見せつけるかもね。でも、実際にスラム街の人間を雇うのは大変だと思うんだ。雇用の理由がどうあれ。
誰よりも若いであろう幼女は、自分の今の歳を忘れて冷笑を浮かべようとする。もちろん幼女なので、おくちを曲げた不機嫌そうな顔になっちゃったけど。決め顔になれないアイである。
格安で働かせていたのだろうが、それでもマーサはそれで凌げていたのだから、有り難いとしか思えない。おっさんは実利を優先するのだよ。
「それに、ハラット夫人が嫌がらせをマーサにしていたのは少なからず噂になっていたはずだ。新たな主が嫌がらせをしていたのを許し、しかもお礼となる大きな取引。姫の名声が上がることでしょう。そのような寛容な方なら信用できるとも周囲は少なからず考えるはず」
「ギュンター、それは内緒でつ。し〜、でつよ」
幼女は裏を話さないで良いと、ちっこいおゆびを口の前に掲げる。裏は話さなくて良い。買い物もできて、名声を上げられる一石二鳥のイベントだったのだからして。
「さすがは親分ですな! 狡賢い」
「あたしも感心だぜ、やっぱり社長は凄いな」
ガイとマコトの言葉は全然嬉しくない。マーサたちが笑う中で黒幕幼女は腕を組んで、顔をそっぽに向けたのであった。