279話 魔帝国の黒幕幼女
魔帝国とは、魔法技術が進んだ国と言われている。不思議なことに国名がない。普通は魔帝国アルトイイナとか、魔帝国ナイーゾとか、国名が他の国ならあるはずだ。日本が経済大国日本とか大昔に呼ばれていたのと同じ感じ。
魔帝国だけなら、国名にならないはずなのである。しかしながら魔帝国には名前がなかった。その理由を国民すらも知らない。不思議なことに。奇妙だと誰も思わずに。
なんだか隠された目的とかがありそうだよねと、アイは魔帝国首都の街並みを窓から覗きながら思う。アニメや小説だとありがちなパターンだ。きっとラスボスデミウルゴスがワハハと高笑いしながら教えてくれると予想している。
テンプレなのだ。天ぷらなのだ。今日は天ぷらにしようかな。幼女はナスの天ぷらが甘くて好きでつ。
今日は天ぷらにしようかなぁと、足をプラプラさせながら、早くも違うことを考え始めちゃう幼女だったが、その様子を嗜める人がいた。
「駄目ですよ、アイさん。お勉強に集中しませんと」
「は〜い。えっとふぁいああろーの魔術詠唱は、炎の矢をイメージして……うんと〜……炎の詠唱をしまつ!」
羊皮紙の教科書を見ながら、合ってる? 正しい答えでつかとちらりと家庭教師を見ると、微笑んで良くできましたと頭をナデナデしてくれる。てへへ、やったねと足をパタパタさせて子猫のように目を瞑って気持ち良さそうにするので、なんて愛らしいのかしらと家庭教師は赤面した。中の人のことは考えたらいけません。
「よくできました。もう少ししたら魔法が使えるように、お歌とダンスの練習をしましょうね」
「お歌とダンス! 楽しみでつ!」
顔を綻ばせて、ますます嬉しそうにする幼女。くれぐれも中の人のことを考えたらいけない。幼女はおっさんを遂に浄化したのだ。新たな生をおっさんは楽しんでくれ。転生先はタガメとか良いんじゃないかな。
では、お勉強を続けましょうと、家庭教師が勉強を再開して、キャッキャッと幼女は頑張って、しばらく時間が経過するのであった。
それから数時間後、お勉強が終わり、おやつの時間だと幼女は家庭教師にありがとうございまつと、お礼を言ってから帰らせるとリビングルームに移動した。
リビングルームは暖炉の中で薪がパチパチ燃えており、ソファでのんびりとランカとリンが寛いでいた。
「お勉強終わりまちた! 今日のおやつはなんでつか?」
「今日はガトーショコラケーキだよ〜。ポーラが作ったのを貰ってきたんだ〜」
ランカが保存容器からケーキを取り出して、リンがお皿をテーブルに置いていく。すっかり手慣れたもんである。
「テレポートのスクロールは上手く動作したようでつね。安心しまちた」
「うん。問題なさそうだね〜。僕もテレポート覚えたいなぁ、大魔導なのに覚えていないのも変だよね?」
ケーキをお皿に乗せながら、お強請りをしてくるランカだが、たしかに大魔導が空間魔法を覚えていないのは不自然かも。
でもなぁ……。できないのだよ。
「外は大雪でつ。素材狩りに行かせようにも、ちょっとこの雪じゃガイたちが可哀想でつよ」
たぶん1メートルは積もっているので、さすがの俺でも狩りをしてこいとは言えない。
「草鞋売りに行ってまつし」
大雪の中、3人の娘を持つおっさんは草鞋売りに行っているし。
「うぉぉぉ! さぶいでやすっ! 暖炉、暖炉が必要ですぜ」
藁笠を被った髭もじゃのおっさんが凍えそうに身体を震わせて入ってきた。背中に藁笠と草鞋を背負い、行商に出ていたのだが、寒くて帰ってきた模様。雪かきされているとはいえ、靴も雪まみれだ。見ているだけで寒そうである。うん、草鞋売れなくないかな?
さみーさみーと、暖炉の前に移動して手を擦り合わせて暖を取っている。
「凄いその姿が似合うんだぜ、ガイ。はまり役ってやつだな!」
羨ましいぜと、アイの頭にぽてんと妖精が乗ってきて、親指を立てる。たしかに髭もじゃのおっさんが藁笠や草鞋を背負っているその姿は哀愁が漂い、物凄い似合っていた。さすがは勇者。小物役をも熟す凄い男だった。
「嬉しくねーですよ。家庭教師はもう帰ったんですかい?」
「帰りまちたよ。今日も楽しかったでつ」
お歌とダンスをしたんだよと、おててをフリフリと身体をくねくねさせて、さっき覚えたことを披露する幼女。その姿は、覚えたばかりのことを家族に教えたい愛らしい幼女にしか見えない。
「アイたんのダンス発表会はいつにする〜?」
「むふーっ。リンは永久保存版にする」
幼女の愛らしさにケモ娘ズは尻尾を激しく振って興奮気味になるがいつものことだとスルーして、ダンスを止めてケーキにパクつく。
「しかし、お金があれば魔法使いの家庭教師をつけられるとは、さすがは魔帝国と呼ばれるだけはありまつね。魔法の普及率半端ないでつよ。感心しまちた」
「そうだなぁ。あたしとしては幼女を完璧に演じるアイに感心したけど」
後ろ手にしながら、茶化すマコトの言葉は聞こえないことにして、腕組みをして考える。魔法使いの家庭教師がそこらじゅうにいるのだ。これは識字率も高いと言うことに繋がる。正直いってハードな異世界なのに凄いの一言である。
「魔法至上主義でやすからね。最低でも着火の魔法が使えないと、ここでは貧民扱いされやす」
「反対に着火を使えれば一人前……。これは識字率を高くする理由づけになりまつが……でも着火って、ちょっと頑張れば使えるんでつよね」
ちっこい人差し指をフリフリと振ると、ポッとライターのような小さい炎が指先に灯る。フリフリと振っていくと、蛍火のように、沢山の小さな炎が生み出されて、部屋の中を踊るように美しく舞う。
「むむ! アイたん、パワーアップしたね〜?」
ランカはあっさりと魔法を使いこなすアイに驚きを見せて問いかける。魔力の流れが極めてスムーズでごく自然に炎を扱っていることに気づいたからだ。
「謎モードになってから、筋肉痛がなくなったら、物凄い調子が良くなりまちたよ。なんというか……身体の使い方が以前よりも無意識レベルで理解できている感じでつ。ステータスは変わりましぇんが、ガイにも勝てるかも」
おててをパッと広げると、部屋を舞っていた炎群はあっさりとかき消えたのを見ながら、アイは肩をすくめる。パワーアップしたのは間違いない。まるで神経などが荒れた細道から、整備された大道路になったような感じだ。かなりの格上にも勝てちゃうだろう。
「ん、だんちょーがパワーアップしたのはわかった。リンは興味津々。後で組み手を希望する」
どこかの戦闘民族のように爛々と瞳を輝かすリンに、アイは顔を背けちゃう。組み手面倒くさいでつ。
「とりあえず話を戻すと、着火が使えれば良いんなら、それだけ学べば良いんじゃないかな〜?」
簡単に着火は使えるしと、ランカも人差し指を掲げて炎を灯す。普通の人でも使えるよアピールしているみたいだけど、ランカは普通ではない。あらえっさっさー、と手を翳し、下手くそに踊りながら着火を使おうとして苦戦している妖精が普通なのだ。いや、少しアホかも。
「少し金がある家ならもっと上の魔法を覚えて出世しようとしやすからね。識字率はこの国は高いですよ。店の看板もメニュー表も文字で書かれていやすし」
「魔法学校もありまつね。驚きでつが……。魔法で全然便利な生活にしていないでつし」
期待していたんだよ、魔帝国。ゴーレム馬車が走ったり、街灯はもちろんあるし、魔導コンロとか、魔導エアコンがあると信じていたのに
「ふつーでつもんね。時折爆発する魔法使いの塔とか、人間を使い魔にしちゃった魔法使いとかいると思ったのに、じぇんじぇんいませんでちた。魔法を使った大道芸人も、不思議なお菓子もなかったでつし」
がっかりだよ。ほとんど生活が変わらないよ。というか、陽光帝国の方が遥かに住みやすいよ。味が変わる飴玉どこ〜?
「でも魔帝国帝都は世界一と国民は信じてやす」
「着火を使えるだけで、他人に優越感を覚えてしまう国民性だから仕方ないでつね。これは良くできた政策でつ」
地球で言ったら、使いこなしてもいないパソコンを持っていて、持っていない人へと優越感を持つのと一緒だ。実際やっていることは無料動画を見たり、ネットサーフィンをしているだけなのに、俺はこいつに勝っているとか勘違いしているのと一緒。
実際は相手の方が金を持っていたり、幸せな生活をしているのに、意図的に無視するのだ。俺は魔法が使えるからと自分自身を誤魔化して。
政策としては、そこそこ良い方法なのかもな。俺は絶対にそんな政策はやらんけど。
「だからこそ、金食い虫の学校が成り立つわけでつね? ここらでこの世界の魔法を学びたいと思っていたのでつよ」
スキルに頼らない魔法に興味がありまつ。まぁ、知識もスキルレベルに応じてインストールされるから、驚く内容はないかもだけどな。それに歴史も知りたい。だいたいの歴史は国の為に改変されているから、そこからデミウルゴスがどこにいるか分かるだろう。布団を被って、ガタガタ震えていなければ良いけど。
「学校は貴族と裕福な商人たちのためらしいですが、冬季講習会がありやす。潜入するにはちょうど良いです、親分」
ヘヘッと鼻を擦りながら、口元を歪める小物の王。なにかを期待している模様。
「しょうがないな。あたしの学生っぷりを見せてやるか。学食を集る技は誰にも負けないんだぜ」
ニヒヒと星3人間化と書かれているカードを手にしながら含み笑いをするマコト。本体でいけば良いんじゃないかなとか、運営がガチャアイテムを使うと、後で問題になるぞと思いながらも、アイもクフフとお口をおててで隠しながらほくそ笑む。
いたずらを思いついたような幼女の姿は可愛らしいので、ランカが幼女の頭をナデナデとしながら聞いてくる。
「皆で潜入するわけ〜? 僕も学生をやり直しかぁ」
「リンは好敵手を見つける。魔刀使い希望」
それぞれが張り切る中で、幼女はきりりと真面目な表情を作り、おててを掲げて宣言する。
「あたちはマスコット枠で入りまつ!」
マスコット枠に入ろうと意気込む幼女。おっさんならば、牢獄枠が良いと思います。
「あたしは自然と学園のアイドルになっちゃうだろうな。困ったなぁ〜」
「魔法学校の劣等勇者……くくく、楽しそうでやす」
「僕は普通に魔法を学ぶよ〜」
それぞれが自分の欲望を口にしつつ、学校に行こうと画策した。3年間とかは面倒くさいので、勘弁だけど冬の間なら暇つぶしにもってこいなのだ。
なので、月光団員は冬休みに入りまつ。
なお、講習会に年齢制限があるかは不明である。