278話 課金実装に喜ぶ黒幕幼女
天空要塞クリームパンケーキ。天空城の隣に建てられた神殿の礼拝堂。天井は仰ぎ見なければいけないほど高く、極めて精緻な彫刻が壁画に描かれている。
「神と天使たちの集いを表した壁画なんだぜ。ま、死んだあいつへの手向けってやつだな」
久しぶりに妖精アバターに戻ったマコトがアイの頭の上にぽてんと乗りながら、感慨深げに言う。その優しげな瞳は攫われたときに何か悲しいことがあったのであろうと思わせた。
「だから削ったら駄目なんだぜ! なんで神様部分を削っているんだよ、お前ら!」
コンコンと壁画を削って修正しているローブを羽織った女性に、プンスコと怒ったりもしていたが。
「この壁画の神様があまり本人と似ていないのでサービスで直しているんです」
彫刻家と書かれたたすきを肩からかけた女性がにこやかな笑みで言う。
「親切心からです。シンだけに」
「シンは滅んだだろ! その神様で良いんだぜ!」
つまらないギャグを言う女性に口を尖らせて抗議をするマコトだが、たぶん天使たちが敬う神様の顔がマコトにそっくりだからではなかろうか。胸につけた名札に「まこと」と書いてあるし。
「良くないですよ! さり気なく自分を神様に仕立てないでくださいよ! ここはニューは伊達ではない、ニューシンの私にそっくりに変えておきましょう」
腰まで届くストレートロングの黒髪をさらりとかきあげて、ニューシンと名乗る女性はカンコンとノミであっという間に神様部分を修正していく。ニューシンって、なんだか薬みたいな名前だから止めておいた方が良いと思いまつ。
「止めてみせるんだぜ!」
「見せてあげましょう。ニューシンの性能というものを」
飛びかかる羽虫みたいなマコトに、ピコピコハンマーを生み出したシンがハエたたきみたいに叩く。障壁でその攻撃を防いだマコトは壁画をガードして、第二次ニューシン戦争が始まっていた。
「もぉ〜、そんなことより課金でつ! 復活おめでとう、シンしゃん。で、課金システムは実装されたんでつか? あたちの素材は空っぽでつけど!」
むきゃー、と待てない幼女は地団駄をバタバタしちゃう。きゅーちゃんは半分で良いと言ったのに、一覧を見たらすっからかんになっていて悔しいのだ。悔しいダンスをくねくね踊っちゃうからね?
ふしぎな踊りを始めちゃう。両手をあげて、腰をフリフリ悔しいダンスだ。放置すると、床に寝転んでぎゃん泣きダンスへ移行しちゃうからな。
「あ〜、はいはい。それでは少し待っていてください」
捕まえたマコトを入れた虫かごをペイッと捨てて、コホンと一つ咳払いをして、ゆっくりと黒髪シンは礼拝堂の説法をする壇へと歩いていく。今更、神秘的な雰囲気をだそうとする美女である。どことなくアホさが増している気がするが、女神様の力で復活したならそういうこともあるんだろう。幼女の体験談を参考にしてまつ。
「さて、なんだか私は裏ボスとか呼ばれていたので、クリア報酬も裏ボスクリアに相応しい物を私を復活させてくれた女神様は用意したらしいです。その報酬とは……」
「その報酬とは?」
ゴクリと息を呑み、ちっこいおててをぎゅうと握りしめて、期待に満ちた表情でワクワクしちゃう。課金だろ? 課金だよね? 課金と言ってくれるよな?
「残りの神棚の部品です。本来はデミウルゴスを倒して、他の敵とかを倒し続けて、少しずつ報酬として出す積もりだったらしいですが、私を倒したことにより完成したらしいので」
「神棚を作れば課金ガチャができるんでつね。わかりまちた、すぐに作りまつ」
ガランと不思議な光沢の木が目の前に出てきたので、組み立てを始めちゃう。幼女はプラモも得意なのだ。
設計図が無いので、見た目から予想して苦戦しながら、んしょんしょと作る幼女をシンは優しげな表情で見ながら伝えておく。
「私はシンと言う名前を変えようと思うのですがどう思います? 新たな人生を歩むにあたり、新しい名前が良いと思うのですが。ほら、髪の色も顔立ちも変わりまたし。もっと美女になっちゃいましたし」
さり気なく創造神よりも美女になったとアピールするシンである。
「今のままで良いんじゃないでつかね? やり直したからと言って、今までの全てを捨てることはないと思いまつよ。あ、これで完成かな?」
神棚がようやくできたので、ムフフと微笑み祭壇に置く。あっさりと答えるアイに口元を緩めるシン。そうですねと軽く頷き、その答えに満足したようだった。
「これで課金システムが解放されたんでつね?」
課金システムだと固く信じる幼女である。どうやるのかとソワソワしちゃう。
「では、神棚に祈りなさいアイよ。自らの願いを強く念じるのです」
まるで神様のような感じを出して、シンが着ているローブをばさりとはためかせるので、手を合わせて祈る。
「課金システム。課金システムの実装をお願いしまつ。できれば天井ありのガチャを希望しまつ。天井ないと、消費者センターに警告をくらいまつよ?」
さり気なく脅しをかける狡猾な幼女である。天井無しだと、欲しい物が手に入らないんだよ。あと、コンプガチャも禁止だから。数万円つぎ込んでもコンプできないから。あのシステムが禁止された時は万歳したよ。
さり気なく悪態をつきながら祈る幼女。なにが出てくるんだろうと期待していたが、予想外のことが起きた。
幼女の身体。胸から金色に輝く聖杯っぽいのが出てきたのだ。キラキラと純白の粒子を流し続ける聖杯が神棚までフヨフヨと移動すると、コトンと設置された。
「これ、なんでつか? あたち?」
器、器と呼ばれていたが、マジに器が出てきちゃったよと驚く。神々しい聖杯だけど、なんなのこれ?
「たしかに完成していますね。これならば大丈夫でしょう」
シンは多少驚いたのか、僅かに目を見開き聖杯を手にとり、眺めて感心していた。そうして、俺へと視線を向けてくる。
なんだか課金っぽくない。……なにか記憶がチリチリする感じがする……。
「次はこの杯が満たされれば良いと聞いていますが、私にはこれぐらいで充分ですね。いただきまーす」
杯に少しだけ溜まっていた純白の雪みたいな粒子。それをゴクゴクと飲み始めちゃうシン。え、飲んじゃうの?
「幼女汁と考えると美味しいかもしれませんね。無味無臭ですけど」
「お金とりまつよ?」
幼女汁だと紳士たちが、先を争って手に入れようとする高価な物になるよと、中のおっさんは言う。おっさん汁の場合は産業廃棄物間違いなしなので、幼女で良かった良かった。
なにが起こるのかしらんと眺めていると、シンの髪の色が黒から純白へと変わってゆく。
「お婆ちゃんになっちゃいまちた!」
「純白です! 純白と白髪は違うんです! このぴちぴちで水を弾く若い肌が見えませんか?」
オラオラと頬をむにゅうと押し付けてくるシン。だって白髪になったと思ったんだもん。ごめんちゃい。
「ふむ……。問題なく神化できたようですね。ありがとうございます、アイ。私は神となりました。神杯と共に堕ちたる魂を浄化し、掬いあげることを司る神。堕ちたるモノが住まう黄泉の世界を浄化する柱となりました。まぁ、神杯がないと駄目なんですけど。なので、補佐役にアイですね。本来は他の神がする予定でしたが、私がいたので任されました」
自分の姿を確認して、満足げに微笑むシン。どうやら予定調和だったらしい。俺の課金システムの願いまったく関係なかったよな?
「堕ちたる魂……。そうでつか……。でも杯が満たされないといけないんでつよね?」
なにか引っ掛かる。堕ちたる魂か……。なんだっけ?
「まぁ、少しずつでも良いんですが。この先はもう浄化エネルギーを溜めていくだけですしね。でも満タンにすれば良いことが起きるでしょう」
「どうやって満たす……なるほど、浄化を続けて素材というかマテリアルを集めていけば良いんでつね。わかりまちた。それは世界支配を進める中で集まるでしょー。で、課金システムはどこでつか?」
堕ちたる魂とか、よくわからんし、俺は世界支配を進めるだけだ。そして肝心かなめな課金システムについて聞いていないぞ?
「ふむ、話に聞いていたとおりですね。では、それはおいておいて〜」
「おいておいて?」
ワクワクとしちゃう。もったいぶるんじゃないシンめ。ハリーハリー。
「レベル1につき、素材100で好きな知識因子のスキルを買うことができます。ほら、裏をクリアすると、よくある面倒な素材集めの条件が緩和されるというやつですね」
びっくりの好条件の実装に驚く。そうなると素材1000でレベル10の知識因子ゲットか! すごいでつ!
「ちなみに私から手に入れたスキルは使い切りですので悪しからず」
「使い切りでつか……。まぁ、仕方ないんでつかね。それよりも……あたちの素材、今のところゼロなんでつが? 謎モードになったときに、ゼロになっちゃいましたけど?」
何回見てもゼロです。あの超レアな素材はどこに消えたんでしょうか?
「救済措置って、ないでつかね?」
コテンと小首を傾げて、顔を赤らめてもじもじと指を絡める。大好きなシンしゃんなら救済措置を用意してまつよね?
「ないです」
「さよけ」
ないのかぁ〜。また1からやり直しかぁ。そっかぁ。
「あんなチートな存在を降臨させて、そのぐらいで済んだのですから、幸運かと思いますよ?」
「ふ……甘いでつね。大きなシュークリームを頬張ったぐらいに甘いでつよ、シンしゃん」
「? それはどういう意味ですか?」
不思議そうにするシンへとニコリと笑いかけて
「こういう意味でつ」
バタンキューと幼女は倒れちゃう。
「えぇ〜っ! ど、どうしたんですか?」
倒れた幼女を見て、驚き慌てるシンへと教えてあげる。
「全身筋肉痛でつ。リフレッシュをかけても、まったく回復しましぇんでちた。アハハハ……」
乾いた笑いを出してピクピクと痙攣しちゃう。もう限界。謎モードの神様。回復魔法も効かないレベルの筋肉痛って、どうやったらなるんでつか?
「なんでそんな状態で来たんですか?!」
「課金システムと聞いたので、絶対に見たかったからに決まってまつ。幼女が我慢できるわけないでしょっ! 全く、まったくもぉ〜!」
幼女の意思の弱さを過小評価してまつね! まったくもぉ〜。
逆ギレする幼女だが、中のおっさんが欲望に忠実なだけである。幼女のせいにするとは極悪人だ、神杯の力でまずは浄化されないといけないと思うのだが。
「はぁぁ〜。幼女だからですか……。仕方ないですねぇ」
呆れながらもおんぶして、運んでくれるシンに弱々しくも捕まって、アイは口を開く。
「あの世界から抜け出せて良かったでつ、おめでとうシンしゃん」
朽ち果てた世界に長い間いたシン。どれだけ辛かったのか想像もできないけど、脱出できて良かったよ。
「ありがとうございます、アイさん」
ふふっと嬉しそうにシンは微笑んで、二人は礼拝堂をあとにするのであった。
「お〜い。この虫かごから出せよ〜、アストラル体に変化するコマンドなんだっけ? 久しぶりで忘れたんだぜ〜」
どこかの妖精はこれから封じられた世界で過ごす模様。