274話 最強なる者
静まり返る玉座の間にて、ポフンとゲーム筐体が倒れたままのリンの横に出現した。コロリンとゲーム筐体から幼女がでんぐり返しをしながら飛び出してくる。
常ならば、でんぐり返しができて凄い幼女だ。天才かもと、その愛らしさから褒められるだろう光景であったが、シンは腕組みをしながら佇むのみであったので、気まずい空気が流れるだけであった。
「むぅ……。かなりの強さでつね、シンしゃん。正直言って、驚きでつ。あたちが戦って敵うのかわかりましぇん」
スックと立ち上がりながら言う悔しげな幼女の言葉に、シンは肩をすくめ、口元を薄く笑いに変えるのみ。
「残念ながら、妾の力を加えても、アイはシンには敵いませぬ。これは想定外。せめて妾が本体であればなんとかできたかもしれませんが」
目を細め睨むようにシンを見ながらきゅーちゃんが告げてくる。やっぱり勝てる可能性が低いのか。
でも、諦める訳にはいかないんだよ。
「月光天使モードッ!」
ちっこいおててを天に翳し、天使モードへと姿を変えるアイ。空が夜空に変わり、今にも墜ちてきそうな程の巨大な月が天を覆う。
「月の光の下に。月光天使アイ、ただいま見参でつっ!」
黄金の粒子を纏い、その身に黄金の鎧を身に着けて、白き翼を生やす神々しい天使な幼女が槍を構えてポーズをとる。
真剣な表情でアイはシンを見ながら、盾を身構え警戒する。
「無駄ですよ、アイさん。山が割れ海が砕けるように」
静かな声音と共に、目の前にいたはずのシンの姿がかき消える。その様子をみて、すぐにアイはバックステップを踏み後ろへと間合いをとろうとするが
「天へと落ちていき、地に手が届かないように」
「騎士槍技 魔槍連撃」
ポソリと耳元に呟かれる声に、体を翻し残像を残しながら空へと飛び上がり、声のした方に槍を連続で突き出す。槍に高密度の魔力が凝集されて、シンがいると思わしき場所を砕いていく。爆撃のように石畳が粉砕されて、土煙が巻き起こるが、その場に誰もいないことに舌打ちしちゃう。
「妖術 まほろばの蝶」
ひらひらと扇子を振りかざし、きゅーこも支援の妖術をかけてくれて、アイのいくつもの分身が出現する。全て本物のように存在感のある分身であり、一人ぐらいお持ち帰りしても良いかと紳士が尋ねてくるほどそっくりだった。
「常に本物には影があり、その影は自身の弱点になる」
冷たい声音で響くセリフの通り、アイの足元にはくっきりと影が映っており、そのそばにはシンが立っており、足を軽くストンプするように踏み込んだ。
「なぬっ?」
ズシンと身体が数十倍になったかのような重さとなり、アイは地面へと落ちてしまう。落ちてしまうどころか、地にめり込みクレーターを作り沈み込む。
それに合わせるように、きゅーこの作り出した分身は全て消えてしまい、その様子にきゅーこは驚愕してしまう。
「妾の妖術を言葉一つで無効果するなんて……!」
もちろん分身に影はあった。そんな初歩的な弱点がある幻ではないのだ。なんとなれば、本物のように触れもするし、倒したら出血もするほどの精密さであったのだ。
だが、シンが呟いたセリフ一つで影は本物だけとなり、幻は力をなくし、なにもしないうちにかき消されてしまった。
「ググッ。幼奥義 栄光の連撃!」
槍を剣へと変えて、光の刀身を伸ばし、いかなる物をも切り裂くはずの光の剣での連撃を繰り出すアイ。光の軌道がシンの身体を通ろうとするのだが、手のひらをひらひらと動かして、シンはその軌道を捻じ曲げてしまう。
直線での光の軌道がねじ曲がり、シンの周りへと弾かれて歪む。
ひらひらと手を動かすシンは、軽やかに光の剣に触れて、そっとその軌道を受け流す。まるで手応えはなく、のれんどころか、空気の抵抗程も感触はなく、アイは繰り出した奥義を躱されるが
「なんのぉ〜、突貫でつ!」
剣を投げ捨てると、短剣を手元に呼び出して、テイヤと身体ごとぶつかるように勢いよくシンへと突撃して
ドスンと胴体にシンの拳がめり込み、錐揉みをしながら吹き飛ばされてしまうのであった。
床を削り、石畳を剥がして、壁へと激突するアイ。
突撃してしたのはこちらのはずなのに、シンが間合いを詰めていた事に、アイは蒼白した。シンの攻撃が高速思考を使っていても見切れるどころか、その動きを見ることができないからだ。
口元から血が流れ、かなりの痛みを感じながらも、よろけながら立ち上がる。
ちっこい身体を覆って、どんな攻撃も防いでくれるはずの鎧は殴られた箇所が砕けており、欠片がパラパラと落ちていく。
「堅牢なる鎧は紙のようにハリボテへ、鋭き剣はどのような物も切ることのできぬナマクラヘ。私の言葉は常に真実であり、貴女の動きは幼女であるために鈍い」
「っ! トマホークゥソーサー!」
両手に手斧を生み出して、めげずに武技を放つ。ソーサーのように高速回転する斧はシンへと空を切り裂き襲いかかるが、シンは迫る手斧を目前にして、スイッと身体を回転させると、信じられないことに、高速回転していた手斧の柄を握りしめて、手に入れてしまう。
「きっとそうすると思ってまちた! 短剣技 バイパーストライクっ!」
投げ返すつもりであったろうシンへと、ムフフと笑い短剣をまるで蛇のように突き出す軌道を曲線に捻じ曲げて、攻撃を繰り出す幼女。きっと体術に自信がありそうだから、投げ返すつもりだと思ったのだよ、ワトソン君っ!
あたちは探偵になれまつねと、シンの動きを推理したアイであったが、短剣がシンへと命中する寸前に、またもや吹き飛ばされてしまう。
ガラガラと幼女の上から壁の破片が落ちてくることに気づき、またもや壁に激突したのだと、激しい痛みを感じながら、朦朧としてしまう中、ぼんやりとアイは思う。
こちらが攻撃をしたはずなのに、攻撃を食らった。その意味するところはただ一つ。敵の攻撃速度がアイを大幅に上回っているのだ。
「これは駄目でつね。敵いましぇん」
ちらりとフヨフヨ浮くきゅーちゃんに視線を向けるが、気まずそうに狐耳をペタリとしおらせて、首を横に振ってきた。
「そこの狐の力を借りようと思いましたね? ですが、騙りは語りにより真実とする私と相性は最悪です。無駄と答えておきましょう。それに……」
涼やかな声音で、余裕の表情にてシンは言う。
「私の攻撃は光速の域に達しています。音速の貴女では勝てません。ドドーン!」
擬音を口にして、ドヤァとドヤ顔になり、ふくよかな胸をポヨンと揺らすシン。銀の闘士なのに、黄金の闘士のようなセリフを吐くシンである。たしかにその攻撃速度は圧倒的であり、光速と言われて納得も悔しいがしてしまう。
「シルバーとゴールドの立場が反対でつね。でつが、たしかにあたちでは敵わないでつ……」
数合も打ちあえずに、あっさりと攻撃を食らったことに、幼女はしょんぼりした。顔を俯けて、うぅと泣いちゃう様子も見せて、チラチラとシンの様子を窺う。
だいたいの人ならば、泣かれたら大変と、だいたいどんなことでも許してくれちゃうはずだが……。
「では、さようならアイさん。安心してください。最強たる私が、貴女のいる世界を見事に治めましょう。だから安心して、器となってください。その身を持って!」
許してくれなかった。幼女に優しくない女性である。
すいっと、指を揃えて手刀の形とし、初めてシンは身構えた。たぶん次の一撃で決めるつもりなのだろう。
仕方ないと、俺は嘆息する。仕方ない。甘く見た自分が悪かったのだ。この結果は甘んじて受けることにしよう。先程からモニターに点滅して表示されている言葉を呟く。
「最強を名乗る者と戦いたい人、この指とーまれっ」
グスンと涙目になりながら俯いているアイはちっこい人差し指を突き出して悲しげに呟いた。全損確定。チクショー。
その様子に僅かに眉を顰めて、どういう意味かとシンは戸惑いを見せるが、すぐに気を取り直す。可哀想だが、これも自身のためなのだ。この身が神として顕現すれば、この死ぬ運命である幼女がしたかったことをしてあげようと、器である本来の役目も代行してあげようと思いながら足を踏み出す。
「時が静止するが如く。我が力は光と変わる」
その瞬間、時間が止まったかのように世界は動きをやめて、音すらも消える。光速の世界へと入り込んだシンは動かない木偶のように止まっている幼女の心臓へと手刀を繰り出す。
数万年ぶりのご飯をくれてありがとうございますと、優しき幼女へと感謝の心を向けながら、せめて苦痛のないように心臓を一撃で砕こうと、光速の拳を突き出す。
「むっ?」
だが、不思議なことに光速の世界であるにもかかわらず、幼女の体は僅かにゆらりとずれるように動き、シンの一撃は肩を貫くのみに終わった。
「まぐれとは強運な幼女ですね」
動揺せずに、シンは左の手刀を繰り出す。光速の世界が揺らぎ、僅かにその攻撃速度は遅くなるが、それでも幼女は認識すらできまいと。
しかし、幼女はふらりと手を僅かに動かすと、その手刀を心臓の軌道からずらし、またもや肩を砕かれるのみとなる。
「そんなバカなっ!」
3撃目。光速の世界は移ろうように消えてなくなり、音速の世界へと入り込んだ右手からの3撃目は、クロスした幼女の腕に防がれてしまった。
バキリと音がして、骨にヒビが入る音がシンの耳に入る。幼女の腕に甚大なダメージを与えたことは確実な手応えであったが、まったく嬉しくない。
「リフレッシュ」
可愛らしい声音が聞こえると、パアッと光が生み出されて、幼女の身は癒やされてしまったのだから。
癒やしの力を持つ幼女なので、一撃で決めておきたかったこともあるのだった。なんとなれば、勝ち目もないのに、延々と痛みに耐えて体を回復させるなど、哀れだとも思ってもいたし。
「光速の世界は終わり、世界は動き出す。……そんなセリフを旦那様なら嬉しそうに言うと思います」
俯いたままの幼女から呟かれる声に、シンは初めて警戒をして身構える。
「……何者でしょうか? アイさんの敬う神の眷属といったところですか?」
自身の攻撃速度に、幼女が僅かでも対抗できるとはシンは考えていない。ならば、何なのか? 幼女の記憶を過去視という形で覗いておいたシンは、最強のモードが神の眷属を宿すことだと理解していた。
狐ならば問題はない。そして次元結界がある以上、他の眷属の力も借りることはできない計算であったはずなのだが……。
「神に連なるもので、最強を目指すとなれば、私との戦いは避けられない定めなのです。哀れなる黒歴史さん。昔を思い出すのに、自身の書いた過去のノートを読むのは恥ずかしいものですよね?」
「答える気はないと?」
からかうようにな挑発的なセリフと違い、静かな声音で淡々と呟かれることに、計算外が起きたこともあり、苛立ちを持ちつつシンは問いかける。
「私は最強を目指す者。目指す先は遥か彼方にあり、その道を歩む者です。それだけを覚えてくれれば良いと思います」
ゆっくりと俯けていた顔をあげたアイの瞳は深い光を放っており、その力を見定めることは不可能な程の底知れなさを宿していた。
「安心してください。この人の器の力を使うのみ。状況は貴女に圧倒的有利なのは変わりませんよ」
手のひらをシンへと向けて、くいっと動かして
「ただその全ての力を十全に使うだけです」
眠そうに目を変えながら、平静なる表情で謎モードな黒幕幼女は告げるのであった。