273話 シン
遂に決戦である。本来はデミウルゴスがラスボスと思われたのに、シンとの決戦である。
いや、昨今のあーるぴーじーは、表ボスを倒してからが本番。裏ボスは脳筋戦法が効かなくなり、頭を悩まし本気になるので、決戦で正しいだろう。表ボスは何も考えずにひたすら最強技を使って、ひたすら回復魔法を使えば勝てるが、10ターン以内に倒さないといけない裏ボスはどうやって戦うか綿密に作戦を考えてかなり頭を使うのだ。
ただ一つ問題があるとすれば、先に裏ボスを倒した場合の表ボスの立場であろうか。例えていえば、天下を決める第3回武道会に、大人に成長した主人公ではなくて、金髪に髪を染めた怒りを制御できた主人公が参加するようなものである。
まぁ、デミウルゴスの立場は今は気にしなくて良いだろう。本人も何も知らずに策略でも練っているだろうし。
というわけで、朽ち果てた神殿の玉座の間にて、リンぼでぃに搭乗したアイと月光の面々は対峙した。
「シンしゃん。提案がありまつ。あたちが作るぼでぃに入りましぇんか? つよーいぼでぃを創りまつが?」
大サービスでつよと、幼女は奮発する気で言うが、
「嫌です。これは私の悲願であり、変えられぬ決心。もはや私たちは戦うしかない。ご飯ありがとうございました。美味しかったです」
休戦できるかと思いアイは提案したが、シンは酷薄なる声音で返事をする。その言葉から決心を覆さないと理解する。それだけ重々しさをアイは感じとった。あと、ご飯を美味しく食べれて良かったでつ。
「やれやれ、主様と戦ったあのメイドを思い出します。あのメイドも同じく意見を翻しませんでした。戦いで決着をつける他ないでありんすよ」
「了解でつ」
きゅーちゃんの言葉に悲しく思いながら頷く。長い間放置されたであろうシンを見ながら哀しい存在を見て思う。
やっぱり駄目だったかと。これは素材全損確定かもと。
天使の素材なのにと。
相変わらずまずは自愛から始まる中のおっさんであった。シンの立場は可哀想だけど、提案を蹴った時点で交渉はまずは終わりだ。
かつての栄華を物悲しく感じさせる壊れて朽ち果てた玉座の間にて、侍アイは刀をスラリと抜き放ち、中段の構えでシンへと対峙する。
「さて、では良くぞ来ました勇者たちよ。貴女たちに敬意を表し、私のシンの姿をお見せしましょう」
キリリと侍アイは真剣な表情になり、ゴクリとつばを飲む。
両手を広げて厳かなる口調で、玉座の前に立つシンは俺たちに告げてきたけど、オヤジギャグなのかツッコんでも良いのかな?
アイは悩むが、シンはふざけている様子はなく大真面目だった模様。常にコントをする癖がついているしょうもないおっさんなので、どことなくアイはシリアルになれないのである。映画とかでも無駄に変なセリフだとシリアスなシーンでも笑っちゃう感性の持ち主なので、中のおっさんはいらない説が高まります。
シンの言葉とともに、はらりとベールが落ちていき、今までベールに隠されていて、中を覗いてもなぜか記憶に残らなかったシンの顔が顕になる。
その顔を見て、アイたちは息を呑み驚きの表情になる。
なぜならば、シンの顔は美女の顔立ちであったが、銀の輝きに包まれていたのだ。美しい彫像のようなその顔立ちが銀の光に隠されるように見えて、なぜか居心地悪く思ってしまう。
「なんという優しい光なのだ……」
「予想と違って癒やされる光でやす」
「そうだね〜。神々しさも感じるし、これぞ女神ということなのか〜?」
ギュンターたちが恭しそうに呟くのを聞き、シンはゆっくりと頷く。
「私こそは、創造主が捨て去りし、罪の記憶にして、最後の良心。即ち心」
「罪じゃなくて、良心だった!」
びっくりのカミングアウトをしてくれるシン。え? 良心なんでつか? マジかよ、まさかの分離した心のほうが善なるものだった説。
「そのとおり、創造神のクッキーを食べたあとのカスみたいな良心が私なのです。私を見て善なるものは癒やしを。悪なる者は気持ち悪さを感じるでしょう」
「く、だから見ているだけで癒やしを感じたのでつね!」
気持ち悪さを感じた幼女は素早く答える。さすがは神の良心。そんな力があるとは。
気持ち悪さを感じたのは、きっとお昼ご飯が幼女の口に合わなかったからだろう。後で胃薬を飲んでおこうっと。
全力で癒やししか感じないよと、思い込む幼女である。幼女は良い子だから、癒やししか感じないもん。
「説明するぜ! あの者の名はシン。無口でクールビューティーなミステリアスの美女創造神からちょっぴりだけ離された良心から産まれた存在だ。創造神の良心は宇宙よりも広いから、その中でちょっぴりだけ離された良心ナンダゼ。ステータスフメイ、スキルハスベテツカエルナ。リョウシンガ、カスシカナイナンテウソナンダゼ。ソウゾウシンサイコー」
いつの間にか囚われの身だったはずのマコトが、魔法陣から抜け出して、部屋の隅っこから声をかけてくる。ちょっと白目を剥いて、口元からよだれを垂らして、手足の動きが球体関節人形みたいにカクカクしているが。操られているように見えるけど気のせいということにしておきます。
「けっ、宇宙よりも広い? 冗談にしても面白くないですね。広いのはスカスカな頭だけですよ。創造神の良心は探すのが難しいほど、なかったんです。部屋の隅っこに溜まる埃よりも少なかったんですから」
やさぐれてマコトを睨むシン。元は創造神の一部だけだったので、創造神のことをよく理解しているのだろう。
「なんにせよ、私はこれからワクワクスローライフ。神様が転生したけど、無双しないで、ザマァを日課にしながら暮らします、を始めるのです!」
シンはフンスと息を吐き、大きな胸をポヨンと揺らして、宣言してくる。
どこの小説だよ。日課にザマァってどうやるんだよと、ツッコミどころ満載だけど、シンの気配が濃密な殺気に覆われ始めたので真面目に対応することにする。
シンへと対峙するアイたちのフォーメーションはギュンター爺さんを中心に隣にガイと侍アイ。後ろにランカだ。
「盾技 メンタルアンカーシールド」
ギュンター爺さんがまずは敵のヘイトを集めんと、盾を掲げて挑発の盾技を使う。盾の表面から光の鎖が幾条も生まれて、シンへと絡みつくが、身体に巻きつかれた鎖を見てもシンは冷ややかな表情へと変えるだけであった。
「創造神の良心を馬鹿にしてもらっては困りますね。たしかに創造神のカスみたいな良心でしたが、それは創造神の力と比較して。一般と比較すると、カスみたいな力でも、圧倒的な力となるのです」
馬鹿にしたように言うや否や、スッとシンは姿を消して、残った鎖だけがジャラリと床に虚しく落ちていく。
「いったいどこに?」
慌てて、ヤラレ役の雑魚キャラみたいなセリフを吐く髭もじゃ山賊。アイたちもシンの姿を探そうとして
「騎士は風車に戦いを挑みました。だが、風車は本当に風車だったのでしょうか? 本当は化け物だったのでは? 従者が間違っていたと思いませんか? このように」
背中から聞こえてきた声に、ギクリとギュンターは身体を強張らせる。足を切り返し、素早く後ろを見ようとするが、身体がバラバラになるような衝撃を感じて、吹き飛ばされてしまう。
ギュンターが吹き飛ばされ、壁へと激突する。まるでボールのように簡単に。壁が砕けてガラガラと瓦礫がギュンターを埋めるように落ちていく。
いつの間にか、ギュンターのいた場所にはシンが軽く手を振ったと思わしき態勢で立っていた。
いかなる攻撃も防いできたギュンターが、たった一撃で倒されたことに、アイたちは驚愕するが
「お菓子の家を作るほどの魔力を持つ魔女。あっさりと竈に入れて倒した兄弟ですが、本当に小さな子供たちであったのでしょうか? 本当は凄腕の戦士たちであったのではないでしょうか」
シンの力を見て、驚く間もなく、今度はランカが頭から床にめり込み、石畳の欠片が宙を舞う。
足を振りかぶったシンがその後ろに立っており、涼やかな表情をしている。
「くっ! 適刀流 豆電球の閃き!」
侍アイは舌打ちしながらシンへと間合いを詰めて、神速の居合を解き放つ。抜いた瞬間には既に振り終わっているリンの最速の剣撃であるが、シンは人差し指と親指をふわりと突き出す。
「鬼退治に行った侍は本当に人の身で鬼に勝ったのでしょうか? もしかしたら、帰ってきたのは人の身にすり替わった鬼かもしれませんね」
「むむっ」
物語を語るように、淡々と告げてくるシンの突き出した指の間に刀は挟まれていた。アイがいくら力を入れようとも、ピクリとも動かず固定されたようにビクともしない。
「鬼という者は妖術も使います、その力は人では敵いません。このように」
ドンっと、衝撃波が生み出されたと感じた瞬間にはアイは崩れ落ちていた。なにが起こったのかと思うが、身体に感じる痛みから殴られたことが辛うじて理解できた。
「うおりぁぉぁぁ!」
「山賊はパンチでやられました」
「グヘエッ! なんかあっしだけ手抜き感っ!」
斧を振りかぶった雑魚山賊が軽く殴られて吹き飛ぶ。さすがはオチ担当の山賊である。
僅か数十秒でアイたちのパーティーは敗れさり、ただシンが酷薄なる微笑みで佇むのみ。
「……想定よりもずっと強いのでありんすよ! なぜ?」
きゅーこはシンの強さに目を見張って驚きを隠さずにいた。恐らくは多少アイたちが弱いだろうと思っていたからだ。
だが、連携とアイの狡猾な戦法ならば勝てるだろうとも想定していた。少なくとも自分が支援すれば良い勝負になるだろうと。
だが、アイたちはなにもできずに倒されてしまった。その力は圧倒的すぎる。たんなる記憶の残りカスではなかったのではなかろうか。
「ふ。私は次元を操作することも可能なのです。自らの強き力を隠蔽することぐらい訳はありません。教えてあげましょう。私の元の存在、創造神は通常の創造神のように自分の世界に引きこもる存在ではなかったのです。数多の次元を渡り、あらゆる神を屠ってきた創造神でありながら、誰よりも戦いに長けた神だったのですよ」
ふふっと、妖しく微笑みながら倒れ伏すアイたちへと告げる。
「即ち、私はほんの一欠片の力の存在であっても、その力は通常の創造神の力の欠片よりも遥かに大きいことになるのです」
冷ややかに残酷なセリフを口にする。
「貴女たちは最初から勝ち目はなかったのです。私の創造の言葉と、鍛え上げた体術の前に敵うものはいません。私は最強ということですね」
倒れ伏す面々は言葉を発することもなく、静寂が辺りを包み込む。
「アイさん。ゲームオーバーです。ここで貴女の旅路は終わりを迎えます」
創造神の欠片はその圧倒的力を見せて、スカートをつまみ、ちょこんと会釈をするのであった。