270話 囚われのお姫様
滅びし世界。荒廃した世界を摸する天使たちの記憶の残滓。天使たちが住まう元は天界と呼ばれていた山の頂上。以前は荘厳なる神殿として存在していた、今や荒れ果てた住む人のいない神殿にマコトは囚われていた。
「くっ、迂闊だったんだぜ。まさか次元を超えてあたしを捕らえることができる奴がいるなんてな」
そういうのはだいたいあいつが防いでくれるはずなのに、攫われそうになっても、姉妹で布団の上でゴロゴロしていやがったのだ。あの顔はなにもわかっていない顔だった。長い付き合いになるのだから、それぐらいはわかる。
いってらっしゃーいとか、手を振ってきたし。きっと誰かの悪ふざけだとでも思っていたのだろう。
でもすぐに悪ふざけではないと気づいたはず。なのに、あたしを助けに来ないことから……事態の重大さがわかる。
「早く行動しないと、あたしの存在が編集でカットされちまうんだぜ」
きっと面白おかしいことへと変えようとしているはず。わかるのだ。だいたい敵がシリアスであろうとすればするほど、シリアルになる感じにするのだ。しかも自分の思惑を超えて酷いことになることが多々ある。
その場合、シリアスなマコトはストーリーに合わないと編集でカットされてしまう。名女優は少し話すだけでも、重々しい空気のシリアスなストーリーに変えてしまうのだから。
「シン! 神になるのにあたし、いえ、わたくしを器にする気ですね? 聖なる力を操る芸と運命の女神になる予定のこのわたくしを器に」
多少音程が外れてキーキー声になるが、一発撮りなので仕方ない。シンが許してくれればテイクツーをしたいけど。
銀髪の絶世美少女マコトは、哀しげな表情で玉座に座るシンへと問いかける。
「あと、魔法陣の上とかに置いておいてくれない? せめて、なんかこう光の鎖とか見栄えの良い魔法であたしの動きを封印してくれてもいいんだぜ。あ、触手は駄目だからな? あたしの映画は全年齢対応なんだ」
さらに悲しげな表情で舞台セットにもっと金をかけようぜと懇願する銀髪の絶世美少女マコト。
さすがは名女優。どんな時でも妥協をしないその姿にシンはアホを見るような視線を向けるとため息をつく。
「本来は貴女が器だと思ったのです。これは本命頂き、銀行レースですよねと、危険を承知で次元を超えて攫ったのに」
「攫ったのに?」
「幼女が器だったじゃないですか! なんで次元を超えた使徒がスポイトレベルの器しかないんですか! 本命だと思ったのに! 絶対に銀行レースだと思ったのに!」
ムキーと玉座に座りながら脚をジタバタさせるシン。看破が当初効かなかったのだ。妖精が自動看破妨害障壁を張っていたので。
その力の凄さと、次元を介した存在であることから、これは神の器でしょうと、ギャンブラーシンは賭けたのだが大ハズレであった。
「なんでなんの力もない、いえ、僅かにダークマテリアルの力が混じっただけの人間があんな高性能なアバターを使っていたんですか? 例えて言うと、赤ん坊が戦闘機に乗っていたようなものですよ? まったく力を使うことができなかったですよね? あの狐は使ってますよ?」
妖精アバターの内包された力はそこそこ大きい。狐が今は使っているが、忌々しいことに的確な支援をしていることからわかる。
「誰がスポイトだ! あたしの心は海のように広く穏やかだ! だから器とやらも大きいに決まってるだろ! それと妖精アバターは全部オートだったんだ。後でこっそり使い方をレクチャーしてくれない? 実は説明書が分厚くって読んでないんだぜ」
衝撃の真実をサラッと告白するアホな美少女がここにいた。怒るとおもえば、教えてくれよと拝んでくるので、長い間この世界にいるシンをして、クラリとめまいがしそうな呆れるほどアホな少女であったりする。
「私は敵ですし、そもそもアバターに入る予定もありません。もう好きなようにしていてください。貴女と話すと頭が痛くなります」
記憶の残滓は生み出した元の存在よりも少しだけマトモであったのが災いしたのか、比較的常識人のシンは手のひらをひらひらとさせると、鏡を取り出してどこかの地を眺め始めた。
鏡にはアイたちが野営をしており、夕食の準備を始めている光景が映し出されていた。珍しくアイは疲れているようで焚き火の前でウトウトと舟を漕いでいる。ガイがフライパンに分厚いベーコンを置いて焼いており、ジューッと脂の美味しそうな音まで聞こえてくる。
「看破妨害系は働いていませんね。ふむ……。操者が違うからでしょうか。順調に器は完成に近づいています。即ち……」
口元をニヤリと曲げると、シンは呟く。
「一旦休戦にして、夕食を集りに行っても大丈夫ですかね? 7割ぐらいの確率で大丈夫だと思うんですが」
どうやら自称常識人だった模様。むむむと唸りながら鏡を見ている中で、ガイがフライパンにパンを置いて脂を吸わせて焼き始めたので、あのパンも美味しそうですねと呟いて、落ち着きなく玉座から立ったり座ったりを繰り返してもいた。
「くっ、なんて邪悪な奴! あたしを人質にするつもりだな!」
シンへと悔しがりながら言うマコトだが、お腹が空きましたねと鏡に夢中なシンは振り向きもしなかった。
「くそう、なんとか逃げないと。最近の映画はヒロインは攫われても、主人公が助けに来る前に逃げるんだぜ!」
拳を握りしめて大声で言いながら、ちらりとシンを見るが完全にマコトを無視していた。いや、無視というか、アイたちの夕食に夢中な模様。
大丈夫そうだなと思いながら、そろりそろりと玉座の間を抜き足差し足忍び足と移動して外へと移動する。
「今回のあたしはヒロイン役だな。ヘヘッ、見事に厳重な警戒網を抜け出せたな」
最近のヒロインだからな、さすがはあたしと自画自賛するマコトだが、攫われてから自分の力で抜け出すヒロインはだいたい主人公に混乱を齎すだけというのがテンプレなのだが、マコトは気にしなかった。気にするのはカメラ映りだけだ。
やけに広い荒れ果てた通路を歩いていく。静寂が周囲を包んでおり、生命の気配はない。天使たちの気配も。
「裏ダンジョンにしては敵の数が少なすぎないか? あたしを狙う天使とかいないかなぁ。あと、眠そうにしている見張りとか」
いたら、近くにある壺で叩いて気絶させて逃げるのになぁと、残念がる美少女。
天使の見張りなら壺の一撃では気絶どころか、怪我も負わせることは不可能だと思うのだが。
歩きながら、足に伝わる石畳の感触に少しだけ感動する。この間は街の中だけであったが、今回は外である。命の危険はもちろんあるし、冷静になるとかなり怖い状況だ。
静寂が自身の心臓の鼓動を教えてくれる。
「これが恐怖というものか……ふへへ」
怖くても、とりあえずおちゃらけてしまうマコトだが、強い意思にて震えを抑えて カメラ角度に気をつけながら先に進む。
数十分歩いたが、やはり天使たちは出てこなかった。その理由は歩いた先にあったのだが。
元は礼拝堂であったのだろう。かなり広い礼拝堂があったのだが、描かれている壁画に違和感を感じた。
なぜならば天使階級ごとに描かれているはずなのに、一部の天使の絵がないのだ。くり抜いたかのように。
「もしかして記憶の残滓って、そのまんまなのか?」
過去には大勢の天使たちが祈りを捧げていただろう礼拝堂。今は誰もおらずに寂しげな姿を見せる中で、マコトは考え込む。
壁画は何者かが光を天空から降り注ぎ、その光を受ける形で階級別なのだろう、上から順番に光を天使たちが受けている絵だ。だが、光の主は黒く塗られており、存在しない。周りの天使たちも同じように黒塗りになっているのが多い。
「元は描かれた単なる壁画? 記憶の残滓ってそういうことなのか……」
それが真実ならば、少しだけ悲しい存在なのかもしれない。誰も見ることのない壁画から産まれた存在……。知性がないのも頷ける。シンだけは別なのだろうか?
虚しさを感じながらマコトは思う。
「あたしもお腹が空いたんだぜ。早く脱出しないとな」
ぐぅ〜とお腹が鳴る。もうまる一日食べていない。金が無いときはだいたい2日に1度の食事になる時もあったので、まだ余裕だが。
壁画の虚しさ? それよりも食事だと、脱出するべくなにかないかと辺りを捜索する。
本棚の本は触った瞬間に崩れ去るし、銀の燭台は懐に入れるには大きすぎる。なにか、金目の物でもないかと、こそ泥のようにカサカサと周りを調べる名女優な少女である。
このような場合は、だいたい壁画を見つけたヒロインにバレてしまいましたかと、ボスが現れて寂しそうに語り始めるが、サラマンダーよりも速いわと平気で呟くゲームのヒロインよりも酷いマコトには誰も語りかけには来なかった。
「やはり休戦をしないか尋ねてみましょう。あの幼女は優しそうだから、きっと大丈夫……。でも狐が気になりますね、う〜ん……」
ボスも腕組みをして、かなり迷っていたので。マコトを気にする余裕はなかったのだった。
そうしてしばらく調べていて、マコトは恐ろしい真実に気づいてしまった。ワナワナと手を震わせて、その残酷な真実を見てしまうのだった。
シンはしばらくウンウンと唸りながら、真剣に考えて決意した。玉座から立ち上がり、決意を口にする。
「途中のセーブをする謎の篝火の女性に扮しましょう。それならばバレないはずです」
服をそれらしく着替えて、デーモンのソウルを貴女の力に変えましょうとか適当なことを言えば、合流できるはずと決意した。早く合流しないと、私の分が無くなってしまうと焦ってもいた。
さすがは裏ボス。その深遠なる鬼謀は誰にも見抜かれないはずである。
いそいそと服装を変えようとするシンであるが
「その必要はないんだぜ」
玉座の間に入ってきたマコトがドヤ顔で声をかけてきた。
「どのような意味ですか? スポイトさん」
「ふ、そんなことを言えるのも、最後だぜ! これを見よっ!」
「そ、それはっ!」
マコトの自信のある言葉に、目を見開きシンは驚愕するのであった。
そうして、少し後にマコトは幾何学的な模様の魔法陣の中心にて青く光る鎖に絡まれていた。
「くっ! あたしを器にしようとしても無駄だぜ! きっと仲間が助けに来るからなっ!」
「あむあむ。ベーコンエッグって美味しいですね。分厚いベーコンステーキがまた食べごたえがあって」
なぜかシンは分厚いフランスパンと、これまた分厚いベーコンステーキに目玉焼きを食べていた。もぐもぐ頬張るその姿はアニメ映画の空賊を思わせる。
「テイクツー! もっと真面目にやってくれよな!」
「あ〜、食べ終わるまで待ってくださいよ。今味わっているんですから」
どうやってか手に入れたのだ。マコトがバスケットボックスに入れて持ってきたなんてことはあるわけ無いと思うのだが。
何ということだろう。マコトは神の器にされようと魔法陣に封印されていた。ガシャガシャと鎖から逃れようとするが、鎖が外れることはたぶん無い。
「盲点でした。なるほど、どうせカンストするまでは私に挑むことはしないんですから、スタッフ専用通路を教えても構わな」
「あ〜、あ〜。きこえな〜い! それはあたしが命を懸けて見つける予定なんだからネタバレ禁止なんだぜ。あと、トランプも借りてきたら後で遊ぼうぜ」
「仕方ないですね。幼女たちが来るのは少し時間がかかると思いますので、お相手しましょう。負けて泣かないでくださいよ?」
クククと黒幕天使は狡猾な笑みを浮かべて、幼女たちが来るのを待つのであった。
果たしてマコトが神の器にされる前に幼女は助けに来れるのだろうか。