269話 体調の悪い黒幕幼女
ガキンガキンと金属にて打ち合う音が、山中に響いていく。武器が打ち合う音であり、音をたてている者たちは激闘を繰り広げていた。
「えっと、戦う。スキルは、ん〜と、パワークラッシュにしまつかね」
のんびりとした口調で幼女がコマンドをなににしようかな〜とちっこい人差し指で迷うようにウロウロと彷徨わせる。的確に指示を出さなきゃと考えているのだ。
「親分、パイルダーでいきませんか? ちょっと死にそうなんですが!」
「コインが足りなくなりまつよ。中腹から先はまた敵のレベルが上がりましたし。それにちゃんとガイが戦えば問題ないでしょー」
泣き言を言う勇者へと、ジト目で答えるアイ。アイの眼前ではガイたちが天使の群れと戦っているのだが、ガイは赤竜の斧を振り、天使たちへと攻撃をしているが視線が俯きがちなのである。そのために、攻撃に精彩がない。俯きがちだから当たり前なのだが。
「敵の精神攻撃が激しいんでやすよ! なんて強力な天使たち!」
「たしかに種類も増えたけど、そういう意味じゃないよね? っと、エアプレッシャー」
天使たちの群れの頭上から、自然ならざる威力の風が降り注ぎ、押し潰さんとする。
デカ天使を筆頭に弓を持つ天使たちや、杖を持つ天使たち。回復を使う天使たちとバリエーション豊かな敵たちであったが、空を浮いている者たちは墜ちていき、地上にてアイたちへと攻撃を仕掛けている者たちは動きを鈍くする。
ランカの魔力が加わった本来のエアプレッシャーならば、そのまま押し潰すことが可能であったのだが
「ラララァ」
先程から後衛にいる天使が歌を奏でるように声を出す。聖歌隊のように素晴らしい歌声が周りに響くとエアプレッシャーはその魔法構成を破壊されて消えていってしまった。
「あの天使たちは厄介でつね。回復から支援まで後衛として相応しい能力でつ」
「それに精神攻撃もですぜ! うぐぐ」
デカ天使のハルバードを斧で防ぎ、押し合いながら勇者が叫ぶ。
「ちゃんと戦うべき。そろそろリンは怒る」
「だってあいつ、目が点のエンジェル仕様じゃん! 直視したらまずそうですぜ! 主に社会的に! 新婚的に!」
ジト目でリンが忠告する。珍しくちょっと怒っている侍少女である。目の前には二十近い数の天使たち。しかも皆が凄腕なので苦戦しているパーティーメンバーであるからして。珍しくおちゃらけている暇はないのである。
スタイルの良い美女であるエンジェルが真っ裸で惜しげもなく見せつけるように腰の後ろで手を組んで、身体を反らせながら空に浮いていても。
たしかに教育には悪そうな敵である。謎の光で危ない箇所が隠れている訳でもないしな。ここの戦いをマーサに聞かせるときに、旦那さんは真っ裸の美女に襲いかかっていましたよと説明した場合、その家庭で新たなる戦いが始まりそうであるからして。
「ガイ! お前が美女に襲いかかっていたことは、黙っていてやるから、真面目に戦え!」
槍天使たちの猛攻をシールドビットを駆使しながら、盾を巧みに使い防いでいるギュンターが鋭い口調で言う。
「物凄い不安な言葉でやすが、仕方ありやせんか。イフリート顕現。糸の型」
デカ天使に蹴りを入れて、その反動で間合いをとり、糸を繰り出す。透明の糸がデカ天使たちを超えて、裸エンジェルへと迫り、絡みつかせる。
むちむちの裸エンジェルを絡みとると、ガイは素早く手を動かす。縛り付けた糸により胸とかが強調されたが、エロチックな果たしてエンジェルを見ても真剣な表情を崩さないガイ。あ、少し口元が緩んだ。
山賊が裸の美女を縛りあげる光景が目の前にはあった。
「操糸 捕縛斬」
武技にて糸に仄かな光が宿り、敵を切り裂く鋭き刃へと変わっていく。それを見てとったデカ天使が武技を妨害するべくハルバードを持ち突進して来ようとするが途中で足を止め、何もない空間でハルバードを振る。
風だけが巻き起こされ、虚しく空を斬るハルバードだが、数度その場で攻撃を繰り出していた。
その隙にガイの糸は裸エンジェルを切り裂き、幼女が見たらいけないグロ画像になる。
「ふふふ。幻術の味はいかがでありんすか? ほんの少しのスパイスとして味わって貰えればと思うのですが」
楽しげに扇子を振りながら、狐妖精がデカ天使へとからかうように言う。デカ天使は目の前にいたはずの人間が蜃気楼のようにいなくなったことに気づき、改めてガイへと間合いを詰めてくるが、リンがその懐に一気に加速して入りこむ。
「適刀流 マグネット碁盤斬り」
力強いその一撃はデカ天使の巨体を真っ二つにして、その身体を地に落とす。
「騎士剣技 クロスサークル」
立ち並ぶ槍天使たちへと、ギュンターが剣を腰にためて回転するように振りながら武技を放つ。光の軌道が円を描いて槍天使の間を通り過ぎると、敵の胴体はその軌道から断ち分かれて倒れ伏す。
「いただき〜! フレアブリッツ!」
太陽のように熱く輝く火球を作り出したランカが残っていた弓天使たちへと襲いかかり、その身体を焼き尽くし、ようやく天使たちを殲滅させるのであった。
瓦礫混じりの広間にて戦闘をしていた面々は、ようやく終わったかと汗を拭い一息つく。
「むぅ……知識因子が手に入らないのは、ざ、残念でつね」
フラフラとしながらアイは呟く。
「ドロップは天使7。オリハルコン3に千年樹の枝2、聖布がドロップしましたでありんすね」
狐妖精の言葉に、いつもならヒャッホーと飛び上がって喜んじゃうであろう幼女であるが、喜ぶ様子はなく身体がふらつき冷や汗をかいていた。
「なんか気持ち悪いでつ。お昼寝のお時間でつかね?」
先程からの連戦で気持ち悪くなっちゃったのだ。幼女なのに働きすぎなのかしらん。健康体のはずなのに、少しおかしい。
「ふむ……。ちょっと診てさしあげましょう」
マコト改めてあだ名はきゅーちゃんな可愛らしい妖精がアイのぷにぷにほっぺをつつき、ふむふむと周りを回る。
「これはそろそろ消化しきれなくなったのですね。少しマテリアル吸収量が多すぎましたか」
「こんなこと、今までなかったでつよ?」
今までだって大量の素材を手に入れていたのだ。今更おかしくない?
「今までとは質も量も比較にならないほどに違うのです。例えて言えばメインストーリーはレベル70ぐらいでクリアできたから裏シナリオを始めたら、そこの敵の平均レベルが1000近くあって、手に入る経験値が比べ物にならない量というところですね」
「わかりやすすぎる例えをありがとうでつ」
魔界の戦記ディスなガイアかな? そんなにレベル変わるわけ? ありがとうございます、気持ち悪いでつ。
「真面目に言いますと、それぐらい今まではアイの器は余裕があったのです。ですが、神の元眷属たちを記憶の残滓とはいえ吸収するとなれば話は違います。さしものアイも耐えられなくなったのでありんすよ」
「姫は大丈夫なのか、きゅーこ?」
「アイたんが気持ち悪そうにするのって、この世界に来てから初めてなんだけど〜?」
今までは疲れることはあっても、体調不良とは縁のなかった健康体な幼女であったのだ。皆が心配するのは当たり前であった。
アイ自身も大丈夫と答えたかったが、小柄な身体をフラフラさせて、思考も覚束ない。
「成長痛みたいなものですから、しばらくすれば大丈夫でありんすが、消化しきっても強くはならないのが問題ですね。器が大きくなることが、アイの力を上げることに繋がっているわけではないのです」
吸収しても器が広がるだけ。即ち神の依代に相応しくなるだけで、ステータスが上がる訳ではないのだ。
「ん、レベル制の世界ならどんどん天使たちとの戦いでレベルアップしていけば、楽になっていくけど、この世界は違う。とすると、この先の戦いはだんちょーの力が必要になると予測する」
「敵の格としては未だに力天使レベルですからね。この先天使の格は上がっていきます」
リンたちがここの敵の強さから予想を立てるので、ウムウムと頷いて幼女は床に伏せて丸くなる。
「聞こえましぇん! 眷属しょーかんは使わないでつからね? 絶対素材は持ち帰りまつ!」
裏ダンジョンのクリア報酬が無しとかあり得ないから。そんな現実は右手で破壊しちゃうから。幼女パンチの恐ろしさを知ることになるよ?
レベル制の世界ではないデメリットがアイたちを襲いかかっていた。激戦を制しても強くなれないのだ。
幼女涙目である。
「うにゅにゅ……クリエイトができれば、天使の軍団を創るのに……クリエイト、クリエイト、ジェガ創造!」
ちっこいおててをフリフリ振って天使素材から新たなる天使を創造しようとするアイであるが
「現在データベースサーバとのリンクが切れています。管理者へ連絡してください」
とモニターに表示されてクリエイトができなかった。ちくせう。
ゲームキャラを創ってくれる女神様とのリンクが切れているので、創って貰うはずのキャラが送り込まれないのだ。今までこんなことはなかったのに。
「次元結界でありんす。あらゆる侵入を防ぐこの結界は妾の知る限り最高レベル。中の世界ごと破壊するなら、主様ならば結界を壊せるでしょうが、それだと意味がないですしね。妾も話に聞いただけで次元結界を見るのは初めてです。シンとやらはかなり強い神の記憶の残滓なのでしょう」
見たこともない程の精緻なる見事な結界だときゅーこは感心していた。この結界を張られたら最後、外からは干渉できないはず。
「それじゃ手持ちで戦うしかないでつね。体調が戻ったら連コインをしまつよ。それに頑張ればなんとかなるかも」
ゲーム筐体は使えるのだ。皆のステータスも上げられるし、武器創造もできる。できないのはキャラ創造のみ。武器素材はあるのだから、なんとかなるようにするのだ。絶対に眷属しょーかんは使わないぞ。
縛りプレイとなった裏ダンジョン攻略。これって仲間が殺られたら復活できないことを示している。なので、慎重に戦わないといけないけど。
「きゅーちゃんにも期待してまつ。支援魔法を駆使して欲しいでつ」
きゅーちゃんは、少ない魔力で効果的な幻術や支援をしてくれる。先程の戦いもかなり楽であった。支援魔法って大事なんだなと、裏ダンジョンにきて初めて気づいたアイたちである。
今までの戦いがどれだけ脳筋であったかわかろうというものだ。結構ゲームあるあるかもしれない。
「任せてください。覚醒した妾ならアイたちを助けることができますので」
「マコトの力に期待してまつ!」
覚醒したマコトは頼りになるなぁと、アイは微笑み、取り敢えず今日はここでキャンプをするかと、皆は野営の準備を始めるのであった。