268話 油断をした女神様
どこでもない次元の狭間。暗闇かと思えば眩しい光に覆われる。暴風が吹き荒れ、砂漠の如く熱した空間へと変わっていく、安定しない空間に三人の少女が浮かんでいた。
生命が存在できないと思われる世界であるのに、宙に浮く三人はそよ風の吹く草原にでもいるように、涼しい表情をしている。
艷やかで天使の輪っかができている黒髪のショートヘア。眠たそうな目に子猫を思わせる見た人の保護欲を喚起させる小柄な体を持つ世界一愛らしい幼げな美少女な女神様である。
その隣には銀髪のクール系だと自称する美少女メイドと、金髪ツインテールの優しそうな甘やかし系美少女メイドがいた。
三人の目の前には六角形の巨大な箱があった。壁の先は果てが見えず、壁は幾何学模様の陣が描かれて、歯車が回るように光りながら回転をしている。
「マスター、これは次元結界ですね。どのような者も中に入ることを防ぐ強力極まる結界です」
「発動者は中に籠もっていることが条件となります。引き籠もるにはちょうど良い術ですよ、ご主人様。これを破壊するのは至難の業ですね」
重々しい口調で二人のメイドが説明をしてくれるので、女神はアワワと慌ててしまう。
「そ、そうなんですか。へー。隣の家の人が壁を作ったってさ」
よくわからんセリフを吐きつつ、結界からさり気なく離れる女神。なぜか障子に穴が空いたみたいな覗き穴ができているが、関係ないだろう。
というか、シリアスにそんな厨二心を喚起されるセリフを二人が言うとは思わなかった。早く言ってくれ。
「至難の業ですか。なるほど、まさに至難の業。そうですね、わかります。わかっちゃいました。この障子はなかなか壊れないんですね? あ、結界はです」
障子みたいな感触で楽しいなと、プスプスちっこい指で突き刺して開けてたりしてないよ? 本当だよ?
シリアスな空気なら、私も空気を読めるからシリアスになるんだよ。本当だよ?
「くっ! 油断をしました。まさか私を出し抜くことができるなんて。誰かは知りませんが、なかなかやりますね」
だいたいいつも出し抜かれる女神は悔しがる。慈愛の心を持っているので、相手の善性を信じて出し抜かれてしまうことが多い女神は棒読み口調で、拳を握りしめて嘆く。
チラチラとメイドたちの様子も見る。私ってシリアスが似合う女神だよね?
まさかアホだから出し抜かれるなんてことがある訳がない。
あと、だいたい出し抜いた者はすぐに酷い目に遭わせているから、出し抜かれてもセーフだよねとか考えてもいないはず。最近では異世界の始原のものが女神を出し抜いて、一人の人間の魂を連れ去ろうとしていたから、消滅させちゃったけど、消滅させたからセーフ。たぶん出し抜かれたことになっていないはず。
「ご主人様……また、強くなりました?」
ジト目で問いかけてくるクール系メイドの言葉に、うぅと怯む。そういえば思い当たることがある。
「おねーちゃんと一緒に、布団の上でどれだけゴロゴロできるか選手権をしていたら、なんとなく力が適当に成長した感じがしましたね。あれは楽しかったです、またおねーちゃんとやりたいと思います」
「な、なんですかそれは!」
不毛そうな遊びでパワーアップしたとカミングアウトする女神の言葉に、わなわな震える銀髪メイド。
「どうして私がいない時にそんなことをするんですか! 私も一緒にゴロゴロ選手権に参加します! 次回の日程を決めましょう。すぐに決めましょう。私のスケジュールはいっぱいですが、なんとか調整するので」
自分も遊びたいと激昂するアホな銀髪メイドの姿がここにあった。適当にパワーアップしたのは気にしない模様。この間はラムネ瓶を開けたらパワーアップしたし、気にしないことにしているのだ。
手帳を取り出して、日程を決めようとするアホなメイドであった。もちろんスケジュール表は真っ白である。
いつにしようかと、目の前の強力な結界の存在を忘れて話し合うアホな二人に、金髪ツインテールメイドがパンパンと手をうち、軌道修正を図る。
「マスター、姉さん。ゴロゴロ選手権は後でにして、この結界はどうしますか? マコトさんが攫われたんですが」
「あぁ、まさか目の前で攫われるとは思わなかったよね。どこかの誰かさんと同じ力を感じたから悪ふざけかと思ったら別人だったから、2度びっくりしたよ」
アバターから抜け出して、なんか変な世界があるんだけどと訪ねてきたマコトが目の前で次元の歪みに覆われて攫われたのだ。助けることは可能だったけど、見慣れた力だったし、悪戯でもしたのかなと思ったら、別人だったのだ。あれは久しぶりにびっくりした。少し前にコーンマヨの軍艦巻きを食べて美味しいと驚いたぐらいに驚いた。コーンマヨの軍艦巻きって美味しかったんだねと。
常に驚きに世界は満ちていると自己弁護を図る女神である。話の論点をずらして自分に責任はないよと考えてもいた。なにげに酷い。
「へー。ソンナニオナジチカラダッタンデスカ。ソレナラシカタナイデスネ」
常に悪ふざけをする銀髪メイドもウンウンと頷いて同意してくれたので、問題ないだろう。ないよね?
「それに助けに行っても良いんだけどさ〜」
プスリと結界に人差し指で穴を開けて、幼気な女神はベターッと顔を貼り付けて、覗き穴から中を覗く。その姿は電車とかで無邪気に窓に顔を押し付けて外を見る子供のようで愛らしい。
「くっ! あたしをどうする気だ! くっ! あたしを攫うとあいつらが黙っていないんだぜ。くっ!」
「取り敢えず、くっ、とか言えば攫われた感じが出るとか思っていませんか? ねぇ?」
覗き穴の先には朽ち果てた神殿があり、倒れているマコトが、くっ、とか嬉しそうに呟いていた。その様子を呆れたようにシンとかいうのが見ている光景があった。くっくっくっとか、セリフを連発しているので、含み笑いに見えてしまう迷女優である。
「すぐにきゅーこを助けに行かせたけどさ。なんだか大丈夫そうだし、どうしよっか」
一応攫われるマコトに、眷属の狐神が気を利かせて分体を飛ばしたのだ。なにか面白いことなら、主様にご報告をしなくてはと。
実に気が利く眷属であった。女神は気にせずおねーちゃんとゴロゴロ選手権を再開していたりしたのだが。
「あれですね、ほら、分裂した神と魔王が合体して元に戻るとかした方が良いのでは? マスター」
「ヤーデースー! それって魔王主体の性格になるじゃないですか! というか、あの種族はどんどん合体していけば、宇宙の帝王も楽々に倒したと思いますよ? それにあれは記憶の残滓。言うなれば、飲みすぎて失った記憶のようなものです。戻ってもなにも起こりません。もっと面白おかしいことにしましょうよ!」
口を尖らせて、ブーフと金髪メイドに抗議をする銀髪メイド。さり気なく尖らせた口を女神のほっぺに近づけようとするので、蹴りを入れておく。
しかし一理あるかもしれないと女神は顎に手を添えて考え込む。
「面白おかしいことの方が良いよね。人生は驚きと面白おかしいことでいっぱいにしたいし」
銀髪メイドの案に同意しちゃう女神であった。だって合体しても記憶が付け足されるだけでしょ? そんなのつまらないよね。
まぁ、それでもシンが幼女に取り憑いて復活をされるのは困るんだけどなぁ。もうおっさんが取り憑いているんだし満席だよ。
幼女はシンと戦い勝てるだろうか? チートなサポート狐が傍にいることも加算すると……。
「たぶん互角の戦いかなぁ? カンストまでパワーアップしてもちょっと厳しめかな?」
それだけシンは強いと女神は見抜いていた。そもそも次元障子結界とかいうのも強力だそうだし。
私たちの介入を防ぐ結界を作り出し、自身を記憶の残滓から肉体のある存在へと変えようとするシン。
ちらりと銀髪メイドへと視線を向けると、額に手を当てて次回ゴロゴロ選手権はいつやりますかと、おねーちゃんに念話をしていた。シンのことはすっかり興味をなくした模様。
さすがに不憫すぎる。100人に聞いたら、100人が銀髪メイドをギルティと言うのは間違いない。
「しょうがない。あの人が勝った場合と負けた場合を考えて用意をしておこうか?」
一応慈愛溢れる女神様と言うことになっているのだ。世間ではそういう触れ込みなのだ。散歩をしていたら、おばちゃんが飴をくれたり、八百屋さんが野菜をくれたりするほど、慈愛の女神として有名なのだからして。子供にも一緒に遊ぼうよと言われたり、大人から頭を撫でられたりもしているしね。
「マスター、シンが勝った場合は、あの人の身体を渡すのですか? 今回のことはイレギュラーだと思うのですが。ルシフェルのことも含めて」
反省と言う言葉をいくらインストールしようとしても、エラーとなりインストールできない姉を見ながら金髪メイドが、心配そうに言ってくるが、当時の状況からいって、同罪の者がもう一人いると思うんだけどね。
「あの人が身体を奪われたら仕方ない。その時には敢闘賞をあの人にあげることにするよ。イレギュラーも含めて対応できるようになってもらわないと、この先の人生大変だと思うし」
奪われたらそれまでだ。惜しかったねと敢闘賞をあげようと思う。残酷かな? でも、神の試練ではないけど、こういうのって、たびたびあると思うんだよね。できるだけ自分の力で解決してほしい。
「……あの人が負けるとは欠片も思っていないセリフですね、マスター?」
クスリと花咲くような笑みにて、こちらを窺う金髪メイド。いつもうちのメイドは可愛らしいなぁと女神は思いつつも、その問いかけに悪戯そうな笑みにて応える。
「勝負は時の運もありますし、わかりません。でも私はあの人が勝利すると信じています」
ふわりと身体を回転させて、優しげな笑みへと変えて、手のひらをフラフラと振る女神。淡い黄金の粒子が空を漂っていき、暴風や雷が降り注ぎ猛威を奮っていた変幻する世界に一筋の光が生まれ、広がっていく。
みるみるうちに、世界は青空と穏やかな平原へと姿を変えていく。
「信じる者は救われるんです。救われない場合は自身の力で救えばよいのです。このように」
僅かな力にて、あっさりと荒れ狂う世界を安定させた女神の姿に、柔らかな笑みで金髪メイドは頷く。この人ならば救いは齎されるだろうと。
どんな人間も。
放置された記憶の残滓でも。
まさしくこの人は神なのだと、感動をする。
「ではシンが負けた時はどうするのですか?」
「まだ考えてはいません。まぁ、適当に経緯を見て考えましょう。シンも随分自信がありそうだし」
適当を司る女神なので、適当に決めるのだ。それよりも気になることがあるんだけど。
「ねぇ、これで記憶の残滓は終わり? もう一つないの?」
金髪メイドのはないのかな? とコテンと首を傾げる女神に、花咲くように笑顔で金髪メイドは答える。
「破壊神は破壊することに罪悪感を持たないのです、マスター」
予想外に酷い返答であった。
ちなみにマコトのことは気にしなかった女神たちである。




