267話 頼りになる妖精に感動しちゃう黒幕幼女
広間に戻ると、やはりシンはいなかった。ご丁寧に玉座に、ただいま留守をしていますと張り紙もされていた。綺麗な文字なので感心してしまう。
何語かは不明であり、何この模様? とガイたちが張り紙を見ても不思議な表情をしていた。
そんな何語か、わからない文字を自分は判読できたことにアイはコテンと首を傾げてしまう。幼女語なのかしらん。
「幼女語ではないでありんす。これは一定の力を持つ者以外は読むことができない神語です。どうやら嵌められたようですよ」
マコトが口に出していないはずなのに、張り紙を見ながら不思議に思ったことを教えてくれる。もしかしなくても、俺の心を読んでるでしょ?
「ふふっ。幼女は顔に考えが出やすいのでありんすよ」
可笑しそうに答えるマコトに、むむぅとプニプニほっぺを膨らませて、ちっこいおててで顔をペタペタ触って、ほっぺをムニーと引っ張る。そんなにわかりやすい表情を作るわけがないでつ。
からかうことが好きそうな妖精がクスクスと品のある笑いを見せてくる。幼女をからかうとは何事だ。紳士たちが黙ってないぞ。ケモ娘たちは、またもやレア写真ゲットとか呟いて嬉しそうだけど、なんのことかわからないことにしておくよ。
それよりも気になることがある。仲間を見渡すが、誰もこの張り紙の文字を読めないようなのだ。これっておかしくない?
「マコト、あたちのステータスはガイたちの半分もないでつよ? なのに、なんであたちはこの文字を読めるんでつか?」
ステータス依存の文字なら、一番ステータスが低い俺は読めないはずである。だが、仲間は読めないのに、俺は読める。
「あら……本当に気づいていなかったのですね。アイはこの中の誰よりも強いですよ? 偉大にして聡明なる絶世の美女たる狐神の力を扱えたことから理解しているものとてっきり思っていましたが、存外に鈍いでありんすね?」
「むむ、圧倒的な狐の加護でつか……。もしかして器の問題でつか?」
呆れたように言う妖精のセリフにピンときちゃう。今のステータスが、限界の力ではないということなのか?
「そのとおりでありんすよ。やはり鈍くはないのですね。そこの髭もじゃたちはステータスボードに記載されているように今のステータスが限界。それ以上となると、加護による強化だけです。そのような作りの器なので、仕方ありませんね」
「数値化されているステータスが全てということでつね?」
俺がというか、女神様が作った肉体だもんな。肉体は限界まで力を出せるように調整されているのだろう。だからこそ、ステータスの数値化なんて、よくわからんことをできるのだから。
「そのとおり。この世界の者たちも前の神により、神の血を血脈に入れることにより同じような調整をされています。だからこそステータスに格差ができるのですが、アイは違います」
もふもふそうな尻尾を嬉しそうにフリフリさせながら、マコトは教えてくれる。ちっこいけどもふもふそうな尻尾なので触っても良いかなぁ。
フリフリと振られる筆みたいにちっこいけど、もふもふそうな尻尾を見て、ちっこいおててで触ろうとするがヒラリと躱された。お触り禁止な模様。
「こらこら、妾の話を聞いてたもれ。初期に拡張性を持たされたアイの器は敵を倒してそのマテリアルと主様が加工した知識を吸収、そして様々なキャラを創ることにより、キャラたちの知識や経験がエネルギーとして流れ込むことになり、どんどん大きくなっていました。今なら半神となることも可能でしょう。なので、神としての依代として充分な器もありんすよ」
「要はあっしたちはいっぱいの水が満ちているコップ。親分は水があまり入っていないコップなんでやすね?」
「そのとおり。例えるとガイはお猪口にいっぱい水が満ちており、アイはプールに薄っすらと水が張られていて、まだまだ水が入る状況です」
マコトの説明に、なるほどねと皆は理解した。わかりやすい説明だ。あっしの器って、お猪口なんですかと髭もじゃが言っていたが皆はスルーした。いつもどおりな弄られ方をするおっさんである。
「とはいえ、所詮はプールの大きさ。半神が限界でしょうが、それでもこの世界なら神扱いされるレベル。復活を求めるシンとやらにとっては、充分な器となるのでありんすよ。まだ確信は持っていないでしょうが、ここにいる天使たちの残滓を倒していけば、シンはアイがどれだけ大きな器か理解するはず。膨大なマテリアルとして倒した天使たちの力を吸収していますからね」
「そんなからくりであったか。とすると姫は未だに器とやらを拡張しているのか?」
「そうでありんすね。ここの敵は腐っても天使たちの残滓。その強力なマテリアルはアイの器を急速に広げていき、市民プールから、遊園地にあるような広大なプールのように器はなるでしょう。そこが恐らくはアイの限界ともなります」
ギュンターの問いかけにコクリと頷く妖精。なるほどな。そうなるとやはり……。
「ここは裏ダンジョンでちたか。本来は来る予定じゃなかった場所でつね」
レベルカンストにできるダンジョンって、クリア後の裏ダンジョンだよなと納得しちゃう幼女であった。でもおかしなところがある。そもそもマコトはそれを調べに離席したはずだ。
「知識因子が手に入らない理由はなんでつか? スキルはかなり重要なんでつが?」
「……そこがシンが狡猾なところでありんすよ。知識因子がアイに流れないように、密かに制限しています。例えて言えば、データベースサーバの役割をシンはしており、端末である天使はサーバにアクセスする形でスキルを使っています。天使が殺られたらネットワーク接続を切って、知識因子がアイに渡らないようにしているのです」
キリリと真面目な表情で、敵のからくりを暴くマコト。いつもと違い頼りになる姿を見せていた。きっとこれが本当のマコトの姿なのだろう。
グスンと目に涙を溜めて、敵のからくりの酷さに悲しむアイ。いつもドロップは酷かったが、これは酷すぎる。きっとこれから幼女はギャン泣きしちゃうだろう。
「そんなのズルいでつよ! なんであたちを育てるのに、知識因子をくれないのでつか? ノーカン、ノーカン!」
「もちろんアイの強化を防ぐためでありんす。どうやらアイの性能を看破する程には力を持っているのでしょうから」
酷すぎる。幼女虐待! 幼女虐待でつ! 運営、運営は不具合を解消する義務がありまつ。
「うあ~ん! エーンエーン」
遂に泣きだしちゃう幼女であった。詫び石ほちいよー! じたばたしちゃうからね? 絶対泣きやまないからね?
ギャン泣きする幼女に皆は苦笑をするが、その中でもギュンターは難しい表情をしていた。それに気づいた妖精はお爺さんへと顔を向ける。
「なにか爺は気になることがあるのかえ?」
扇子をパタパタと扇ぎながら、妖しく微笑み問いかける。
「うむ……。今までの姫は少しずつ器を広げていたはず。それが急速に広げられて悪影響はないのか?」
「もちろん普通なら魂は砕け散り、消滅するでしょう。しかし主様の加護がアイの魂を護っています。加護の力はアイが大丈夫だと判断されるまで、護っていくでしょう。良かったでありんすね」
ふふっと微笑みながら、なんか変なことを言ったマコト。え?
「なるほど〜。最近めっきり幼女らしくなったと思ったら、そんな裏があったんだね。可愛らしいから良いけど」
「むふーっ! 大丈夫! だんちょーが、おじさんでも幼女でも、どんな幼女の姿をしていてもリンは愛し続けるから」
ランカが優しくナデナデしてきて、鼻息荒くリンは自身の愛を宣言する。リンは幼女でも大丈夫と言うが、可愛らしい幼女ならだいたいの紳士たちはオーケーするだろうよ。というか、2度言ったよね? 幼女って。幼女であることは大事なことなのかな?
「ふざけるなでつ! どうりであたちが最近変だと思いまちた! お金と同じぐらいにお菓子を好きになりまちたからね!」
プンスコと激昂するアイ。幼女化してもお金が好きすぎるおっさんである。本当に影響が出ているのだろうか。絶対に消滅はしない模様。
「ですが、加護がなければ加工された知識因子もマテリアルも吸収できませんよ? アイは自殺を希望するのでありんすか?」
「ぬぐぐ……仕方ないことなのでつか……。こうなれば、あたちの強固な意志で自我を保ちまつ!」
ポッケからチョコクッキーを取り出して、リスみたいにカリカリと食べながら宣言する。大丈夫、侵食されていっても、俺なら自我を保てるだろう。取り敢えず、お腹が空いたので、クッキーを食べまつ。
絶対に自我を保つぞと、決意したアイはぽてんと座ってクッキーを食べながら眠たくなっちゃう。そろそろお昼寝のお時間でつ。
自身の強固なる意志が最後に勝つのだ。小説とかでもだいたいそうなるのだ。あたちは意志の強さに自身がありまつよ。
毛布を出して、コロリンと丸まりながらウトウトしちゃう。こんなに頑張ったんだから、お昼寝ちても良いよね?
暖かくして寝るんだよと、ランカが頭を撫でてくるが、耐えきれないのか、ランカは遂に疑問を口にした。
「ねーねー、そろそろ誰かがツッコまないのかな?」
「なにかありまちたっけ?」
ツッコむところ? ランカはなにかに気づいたのかな? さっぱりわからないけど。
「マコト、なにかに気づきまちたか? 変なところありまつ?」
「特に張り紙以外は変なところはないでありんすよ? そこの狐神の使徒はなにか気になったことがあるのですかね」
狐耳をピコピコ動かして、オホホと扇子で口元を隠しながら着物を着たマコトが尻尾をバッサバッサと振る。
聡明なるマコトもなにがおかしいかまったくわからない様子。
「うん、なにも変なところはないでつね。ランカ、なにかありまつ?」
「あ〜、まぁ、良いんだけどさ。気にしないのであれば」
歯切れの悪いセリフを言い肩をすくめるランカ。なにを言いたいのかさっぱりわからないや。
気にしなくても良いことなのだろうと、幼女は取り敢えず寝起きする場所を作らなきゃねと、お昼寝をしたあとに拠点作りを始めるのであった。このダンジョン、すぐにはクリアできなさそうであるからして。
山頂にある神殿の玉座にシンは脚を組み座っていた。空に鏡を浮かして、冷ややかな目つきで幼女たちの様子を見ている。監視妨害の術の弱点は既に見抜いていた。幼女を見るのではなく、対象をその周りの空間にすることで幼女たちの動きを推測して監視ができる。要は集音マイクの空間版だ。
そうしてあっさりと監視妨害の術は無効化できた。その弱点を突いて監視をしていたのだが、ワイワイと話す一行の中で、鏡に向かって嘲笑う狐の姿があった。
「次元結界を施したはずなのに……。それを超えるとはかなりの格の眷属ですね」
言葉とは裏腹に悔しがる様子はなく、その口元を薄く笑いに変えて、腕をひとふりすると鏡は消えてなくなる。
「ですが、分体を送り込むのが限界だったみたいですね。私の賭けは勝ちということです。一度張られた次元結界は外から破壊するのは不可能」
脚を組み直し、自らの勝利を確信して呟く。
「あの幼女の身体を手に入れれば、私は神として復活できる。この日をどんなに待っていたか」
ちらりと足元を見て、玉座に深くもたれかかる。
「賭けをするだけの価値はありますし……私は賭けに強いのです」
クククと暗い笑みを見せるシンの足元に倒れている銀髪の少女がいたが、気絶しているのか、なにも言わなかった。