266話 滅びの世界を探索する黒幕幼女
シンの言葉。それはミカエルが山頂にて復活をしようと企んでいるという話だ。そのため、アイたちは天使たちが築いたらしい神殿を通り、山頂へと向かうのであった。
「テンプレでつよね。てってって〜」
「ちゃららら〜らら〜」
アイとマコトはふんふんとご機嫌で鼻歌を歌いながらスキップしていた。幼女はてんてけてーと口ずさみ、手足をぶんぶん振りながら愛らしい笑顔でなだらかに続く石の階段を進む。バスケットを片手に下げて、遠足気分な幼女である。
「むおぉ、こいつも剣術が高いでやすよ!」
白き全身鎧を着込んだ天使が剣を振るい、それに合わせて斧を叩き込むガイであるが、剣に当てても手応えなく、まるで布切れを叩くかのごとく力を相殺され受け流されていた。
軌道を変えられて、前のめりになり態勢を崩す勇者の首へと天使は切り返した剣を振り上げて、閃光のような速度で振り下ろす。
「操糸技 武器縛糸」
ガイの首元へと迫る天使の剣だが、中途で煌めく透明な糸に絡め取られる。綿飴が棒に絡みつくように糸が剣に集まり、動きを封じようとするが、手首を翻し天使は剣を回す。滑らかなる剣の動きは、絡みついていた糸をあっさりと解いてしまう。
「こんにゃろー! 斧技 ハリケーンアックス!」
窮地を脱した勇者は、冷や汗をかきながら武技を放つ。身体を回転させ、竜巻のような暴風を巻き起こし天使を引き裂こうとするが、敵は軽く下から剣を振り上げて
チン
と、小さな金属音をたてて、斧は振り上げた剣に合わされて、あっさりと回転する軌道を上へと変えられて迎撃されてしまう。
巻き起こった竜巻はつむじ風でもあったかのように、僅かな風のみとなり、またもや斜め上へと斧の軌道を変えられたガイは大きく態勢を崩す。
その隙を逃さずに、素早く踏み込むと、迅雷の速さの突きを繰り出してくる天使。
「魔法操作 集中化 ウォータービーム!」
ダイヤモンドをも、マシュマロのように簡単に切り裂く高圧の水がランカの杖から放たれて、天使の胸を鎧の防御をものともせずき一瞬のうちに貫く。
「ドラゴンブレイクっ!」
ようやく動きの止まった天使へと、ガイは先程から連発している斧技を繰り出して、その全身鎧ごと切り裂くのであった。強敵すぎて技頼りになっている勇者である。
だが、一息つけずに、すぐに周りを見渡す。今の天使とは別に槍持ちや剣持ちの天使が大勢襲いかかっていたので。
「適刀流 豆電球の閃き!」
超高速の居合にて、いつもの通り敵を倒そうとリンが刀を振るうが、成功率は半分を切っていた。少しでも離れている敵は居合の奔る軌道を感知して、素早く身体を逸して逃れるのだ。
「んん! こいつらの体術も高い。武技は使わないけど、その分今までの敵と違って、通常の攻撃技術がかなり高い」
居合を回避されたことに、僅かに目を見開き驚くリン。自分の技を回避するザコ敵がいたことに、かなり驚いていた。
「ふむ……。さすがは天使たちといったところか。これで知性が残っていたら厳しかったな。次の天使を送るぞ!」
ギュンター爺さんが、シールドビットにて複数の敵の攻撃を受け止めつつわざと隙を作り、敵を通す。その敵をガイたちが迎撃して、少しずつ敵を倒していた。
見事にパーティーの見本のような戦いをしている勇者一行である。
「平均ステータスは100程度なのは変わらないけど、スキルレベルや特化している一部のステータスを利用しての戦い方が非常に巧みな奴らだな! 剣聖天使たちの剣聖術はレベル9なんだぜ!」
「なんというか、ネーミングセンスが全くない天使たちでつね。でも、剣術9ではなく剣聖術9でつか……。たしかに凄い敵でつ。もちかして、ここは裏ダンジョンでつかね?」
ちょっと今までの敵とは地力が違いすぎるので、コテンと首を傾げちゃう。
ゲームをクリアすると現れるやりこみ要素のダンジョン。即ち裏ダンジョン。敵の強さが半端なく、ダンジョンに出てくる中ボスすら、倒した魔王よりも強いというやばいダンジョンのことである。
今までは一対一なら楽勝であったはずなのに、完全に負けていた。いや、リンは勝てるだろうが、ガイとランカはやばい。たぶんギュンターも。ギュンター爺さんがヘイト管理ができているのは、防御に徹しているからだ。
「ここは一旦戻りまつか……。あたちのコインも有限でつし」
実は既にアイは5回もゲーム筐体を使っていた。最初は山を登り始めてすぐに。
敵に囲まれたのだが、あっさりと片付けようとしたら、反対にあっさりと倒されそうになったのだ。なので、ランカを操作して魔法を連発して倒しまちた。
さすがに3倍ステータス大魔法連打には敵も耐えきれずに消滅したのだ。それ以降、ちょっとした広間や門前で同じ目にあった一行だったのだ。
「でも、これだけ倒して、知識因子が手に入らないんでつが。おかしくないでつか? 武器素材はたくさん手に入ってまつが」
オリハルコンやら聖光石、アダマンタイトは山ほど手に入っているのだけど。ゼロドロップはどう考えてもおかしい。
「たしかにおかしいな? これはアイのドロップ運のなさだけじゃなさそうなんだぜ」
マコトも首を傾げて不思議がるので、やっぱりそうだよねと、幼女は瞳を輝かせちゃう。限りなく100%に近いドロップ率を誇る俺が知識因子がゼロなんておかしいと思ったんだよ。詫び石の出番かな?
「あたち、好きな魔法を貰える詫び石がほちいでつ!」
絶対にあるよね? あるに決まった。今度はどんな魔法が良いかなぁ。
顔を期待で赤らめて、もじもじしちゃう幼女であるが
「いや、これはそもそも知識因子が手に入らない仕様みたいだな。ちょっと待ってるんだぜ、離席しまー」
ネトゲーのような答えを返してきて、マコトはその動きをピタリと止めた。どうやら操作を止めた模様。もはやアバターであることを隠そうともしない妖精である。
「ちょっとここはキツイですぜ! 親分帰りましょうよ。開いている扉はなんとかして物理的に閉めませんか?」
未だにガイたちは戦闘中である。盾の結界から抜けてきた天使たちを倒しているが、汗をかき動きが多少ながら鈍くなっていた。疲労が目に見える形まで蓄積しているのだ。これは珍しいことである。ガイたちが疲労を覚えるほど苦戦した覚えはあまりない。強くなってからは、無いと言っても過言ではない。
「あのシンとかいう女性の言葉は怪しかったしね〜。それにシンの顔を誰か覚えている〜?」
のんびりとした口調を変えずに、ランカが大魔法にてガイたちが受け持っている天使たちにダメージを与えつつ、変なことを言う。
シンの顔? と思い出そうとしてアイは気づく。
「そういえば、ベールの下から覗いたはずなのに、どんな顔なのか覚えていましぇん」
「儂も覚えておりませぬ」
「そういや、あっしも」
「リンはケーキを食べるのに忙しかったから、見てない」
最後の発言者以外は覚えていなかった。意外ではあるが、意外ではない結果だ。怪しさが天元突破している女性であったので。
「テンプレパターンでは、実はラスボスという話になるんでつが……。これは一旦撤退しましょー。ショートカットできる道を開通しないといけないでつしね」
きっとあるはず。鍵がかかった扉とかね。ゲームでは必ずあったので、現実でもあるはずと信じる幼女。信じる者は救われるんでつ。
周りを確認するが、まだ山の中腹辺りである。パーティーコマンドもフルに使っているのに、これほどの苦戦は始めてだ。初めて残りのコインの枚数を確認したぐらい苦戦したのであるからして。
どうやら敵はリポップはしない模様。地味に倒していけば山頂まで進めるだろう。ぜーちゃんで飛んでいくことも考えたんだけど、迎撃される予感しかしないので、止めといたんだよね。
「取り敢えず、この敵は倒しておきまつか」
ピンとコインを弾き、むふふとアイは愛らしい微笑みをする。そうして、強引に大魔導アイモードで天使たちをあっさりと葬りさり、皆を集める。
といやっと、ゲーム筐体から降りると、ポケットに離席中の妖精を入れたあとに、両手を重ねて詠唱を始める。
「ごごご〜。テレポート!」
わざわざ擬音も口にして。愛らしい幼女は、発動直前にぴょんとジャンプもしちゃうお遊戯幼女である。
取り敢えず空中要塞に戻ろうとアイはテレポートを使ったのだが、強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。コロンコロンと転がり、激しい痛みに呻く。
「リフレッシュ!」
倒れてしまい、ザラッとした地面の感触を感じたアイはすぐに回復魔法を使う。癒やしの光がアイを包み込み、すぐに怪我を癒やし、節々の痛みがなくなる。おっさんの時は節々はいつも痛かったが、幼女ではこれほどの痛みは初めてかもしれない。結構ぼろぼろなおっさんであったが、歳だったのだ。仕方ないよな。
バッと立ち上がり、仲間の様子を見ると、それぞれ倒れ込んでおり、アイと同じように回復魔法を使い身体を癒やして立ち上がってきていた。
「皆大丈夫かっ? 今のはヤバかった」
真剣な表情で周りを伺う。テレポートが失敗するのはゲームもそうだが、現実でもやばいとアイはスキルの知識から理解していた。
無防備に防御無効の強力な攻撃を受けたようなものだ。石の中にいるとはならない仕様なだけに、テレポートは安全対策がなされているはずだが……。
「いつつ……大丈夫でさ」
「こちらは大丈夫ですぞ、姫。それよりも姫は大丈夫ですか?」
「アイタ〜、ひよこがぴよぴよ鳴いているよ」
「ん、武具も壊れていない」
それぞれの報告にホッと安堵する。一瞬、女神様の加護を超えて、頭が研ぎ澄まされた俺はなぜこうなったか理解した。
「あたちは天空要塞の応接間をイメージしまちた……。でもここはあの門の前でつか」
ちっこい舌で、ちっ、と小鳥の鳴き声のような可愛らしい舌打ちをしちゃうアイ。あっという間に呪いにて頭は鈍くなり、ちっちっと小鳥の鳴き真似も始めちゃう。怒りでテンションマックスになったのだ。なので、アホ化、いや幼女化してしまい、両手でパタパタおててを振って、飛ぼうともしちゃうので、ランカとリンが永久保存しなきゃと撮影も始めちゃうのであった。あ、呪いでなく加護でちた。
アホな三人は放置して、ギュンターも舌打ちをする。さすがは老騎士、その舌打ちは堂に入った格好いい姿である。それを見て小物のおっさんも格好いいなと真似をして舌打ちするが、チンピラが悔しがっているようにしかみえなかった。
「楔を打ち込んで置くべきでしたな。門が閉まっておりますぞ」
またアホが一人追加されたが気にしないギュンター。さすがは神聖騎士。このメンツに慣れすぎているのかもしれないけど。
「失敗しやした。楔を打つのは常識なのに忘れてやしたぜ」
「いや、ガイのせいではないでつ。扉は閉まらないものと思い込んだあたちのせいでつ。ぴよぴよ」
未だに小鳥の真似をしながら言う。そしてなぜ閉まったのかも簡単に想像つくよ。
「シンが閉めたのでしょー。あの娘も記憶の残滓。復活をするつもりなんでしょー。……でも、それならなぜ最初に出会った時に襲いかかって来なかったのでつかね?」
いきなり襲いかかってきてもおかしくなかったはずなのに、なぜなのだろうと首を傾げてしまう。弱いから、俺たちが弱った時を狙っているのかな?
「弱いからではないでありんすよ。その反対に強すぎるから、自らの力に耐えられる器になり得るのかを天使たちをけしかけて確かめているのです」
ポケットからマコトが出てきて、くすりと妖しく微笑む。
「ふふっ。主様の物を掠めとろうとする者は成敗しないといけないと思いませんか?」
いつの間にか、美しい着物を着た妖精は扇子で顔を隠し、悪戯そうに言ってくるのであった。