265話 滅びし記憶の世界と黒幕幼女
アイたちは神殿内部へと足を踏み入れた。元は神聖にして荘厳なる神殿であったのだろう。天井は高く50メートルはあるだろうか。まるで生きているかのような、素晴らしい天使の彫刻が壁一面には彫られており、彫像であれば石化しているのではと疑うほどの精緻さだ。
元は、だ。色彩豊かであったのだろう壁画は黒い染みや、枯れた蔦が這っており、おどろおどろしい壁画へと変わっている。綺麗に敷き詰められていた大理石の床はひび割れ、所々剥がれてもいて、歩くのに気をつけないと躓きそうだ。
通路の脇には鳥のような羽根であったろう骨の羽を背中に遺す天使と思われる白骨や、角を生やした骨などがあり、壺や樽などが転がっていた。
荒れ果てた神殿は、もはや生命の匂いがせず、滅びた跡だと簡単にわかる。
五頭天使を倒した後は、天使たちにも魔物たちにも出会わず、アイたち一行は周りを見ながら進んでいった。
そうして、しばらく進んだあとに大きな扉があったので、ガイが罠がないか調べたあとに扉を開く。罠はなく、ギギィと錆びついた音をたてて、扉は開き一行は中に入っていった。
そこはすり鉢状の広間であった。一番低い場所から入ったアイたちは警戒しながら中を見渡し、一番高い場所に玉座があることに気づいた。そこに座る者も。
「ルシフェルの次は、定命の者たちが訪れるとは珍しい」
朽ち果てた広間。ボロボロのその場所に真っ黒な喪服を着た者が座っていた。顔にはベールがかけられており、その顔を覗くことはできない。一行にかけられた柔らかな声音から、かろうじて女性だとわかる。
「初めまして。アポイントメントをとらずに訪れたことに謝罪を。私の名はギュンター。天空要塞にある扉からこの地に参った」
一歩前に出て、代表としてお爺さんが礼をしながら丁寧に挨拶をする。挨拶を受けた女性はその様子を見て、ひらひらと手を振る。
「何処から来たかは興味はありません。この世界は既に滅んでおり、ただの記憶の残滓。私も含めてただの陽炎のような場所なのです」
興味なさげに答える女性に、皆は戸惑う。ボス戦かと身構えていたのに拍子抜けであるからして。だが、聞き逃せないセリフもこの女性は言った。ただで帰るわけにはいかないだろう。
「ルシフェルがここに来たと? この地はなんなのか教えてもらっても良いだろうか?」
だいたいこういう場所は意味が無いとか言われているのに、実は重要な意味があったりするのだ。ゲームだと最初に倒した騎士が実は過去に行っており、クリスタルを奪ってラスボスとなっていたとか。
ギュンターの問いかけに、女性は手袋越しでもわかるほっそりとした指をギュンターたちに指差す。
「神聖騎士、勇者、侍、大魔導……。貴方たちは魔王でも倒しに来たのでしょうか? それと……壺?」
ギュンターたちを一人一人指差して、冷たい声音で告げてくるが、いつの間にか自分の隣に来た者を見て戸惑う女性。
なぜか壺に足が生えており、自分の所までてこてこと歩いて来たのだ。
「この壺とってくれましぇんか?」
しかもその壺から可愛らしい幼女の声が聞こえてきた。
「……なぜ壺を被っているんですか?」
「小さなメダルとか種が入っていると思ったんでつ。でも、あたちだと身体全体を使って壺を覗かないと中身がわからなかったんでつよ。そんでコロリンって身体が入って抜けなくなりまちた。とってくれましぇんか?」
物凄いしょうもない理由であった。
はぁ、と戸惑いながらも壺を引き抜いてあげると、スポンと抜けてアイが無邪気な笑みを浮かべていた。
「ありがとうでつ。助かりまちた」
ペコリと頭を下げて、お礼を言う素直な幼女に、良かったですねと頭を撫でであげちゃう。それだけ愛らしい幼女なのだ。
お礼を言った幼女は、再びてこてこと歩き始めて、近くにある幼女よりも大きな壺を調べようと、んしょんしょとよじ登り中を覗こうとして
コロンとまた中に落ちてしまった。浮遊を使い、壺を被ったまま、またこちらにぽてぽてと来る。
なるほど、なぜ他の者が壺をとってあげないのか理解した女性である。とったら、懲りずにまた壺を覗きに行ったのだ。この神殿には壺や樽が山ほどある。エンドレスになることは確実であった。
「壺をとってくれましぇんか? また嵌っちゃいまちた。あと小さなメダルがそろそろ見つかっても良いと思うんでつが」
懲りずにお願いをしてくる。たまに幼女ってこういうアホなことをするので仕方ないよねと、反省の色を見せないアイ。
「あの……。今の私って凄い謎めいた存在だと思うんです。ほら、扉をくぐったら荒れ果てた大地。そして荒廃した神殿を貴女たちは訪れたんでしょ? そこで出逢う玉座に座る不吉そうな女性。ほら、物凄い謎ですね。謎でシリアスでしたよね? なんで平気なんでしょうか?」
「あたちは、イベント前に調べられる物は調べる性格なんでつ。壺や樽を調べるのイベント後にしようとか考えていたら、イベントが始まると場所が移動したりして手に入らないアイテムとかありまつし」
「なるほど、それなら仕方ないですね。わかります」
ほうほうと納得しちゃう女性である。そういうの結構ありますもんねとコクコクと頷き、戦闘中に手に入る弾丸とか、ボスを倒したら手に入らない場合がありますしねと同意をした。
なので、また被っていた壺をとってあげる。
「でも、ここにある壺や樽には何もありませんよ。ここは滅びし世界。たんなる記憶の残滓なのです」
「夢の世界でも持ち帰ることができるアイテムってあるとあたちは信じていまつ! 小さなメダルくだしゃい」
幼女は諦めないぞと、フンスと鼻息荒く平坦な胸を張る。なんてアホ可愛いのかしらと、謎の女性はポケットから銀色のコインを取り出して、手渡してくれる。
「やったぁ、ありがとうでつ。宝物にしまつね」
えへへと花咲くような愛らしい笑顔で、アイは嬉しそうにポケットに仕舞う。その姿は綺麗なガラス玉とかドングリを宝物にしちゃうよくいる幼女と同じであった。
「あの……話を聞きたいんで、そろそろさっきの話を聞かせて貰ってよいでやすかね?」
おずおずと髭もじゃが声をかける。もう一枚あげたほうが良いですかねと、考え込む女性はその問いかけに、あぁ、そうですねと、玉座に座り直す。
「ここは嘗て創造神が作った世界。そしてせっかく作ったのに、滅亡しちゃった世界です。私は創造神が失敗したことを嘆き遺していった罪悪感。名前はシンです」
先程の謎めいた様子はなくなり、手をひらひらと振って、やる気なさそうに教えてくれるシン。謎めいた先程のクールさは欠片もない。
「むぅ、リトライの必要があるとリンは思う。せっかくの怪しげな舞台なのに残念すぎる」
リンが頬をふぐみたい膨らませて、不満を口にした。壮大なる謎の世界だったのに、これでは残念極まると。プンスコ怒っちゃう厨二病娘。
「え〜、ほら、私も気合いを入れたんですが、仕方ないですよ、だって、ほらあれ」
シンが指差す先には、またもや壺を覗きに行った幼女の姿があった。何もないと言われても、なにかあるかもと、諦めない幼女の姿である。
またもや、シュポンと壺に落ちるアホな姿の前にはどのようなシリアスも敵わないに違いない。
「取り敢えず、どのような世界か教えてくれないかな〜? ティータイムといこうよ」
ランカの提案は全員が同意をしました。
「それじゃ、ここは滅びし世界なんでつか?」
「そのとおりです。ここは創造神が創りし世界だったものです。実際は創造神のカスみたいな後悔の心と、消滅していった天使たちの残留思念が肉体を模り徘徊するただの記憶の残滓の世界。たとえると、ダイエットをしているのに、なぜケーキを食べてしまったのかと、自分の過ちを後悔する想いから生まれるような感じの世界ですね」
お茶菓子として出したケーキをぱくつきながら、気楽そうにのほほんと語るシン。例えが酷すぎる。一つの世界をダイエットと同じにするとは元の創造神の性格ってどんなんだろうね。
「だが、その世界への扉が儂らの店の中に作られたのだ。話の流れから推測するにルシフェルが作ったのであろう?」
空中要塞を店と言いきるお爺さん。
「あぁ、あの真面目な娘ですね。たしかにそのとおりなんでしょう。訪れた際に死した天使たちを復活させる方法を尋ねてきました」
ギュンターの問いかけにあっさりと答えてくれるシンに、アイはなるほどなと頷く。ここにはたくさん天使がいそうだ。
「なので、ここにあるのは記憶の残滓ですが、それでも良いなら復活させることができますよと伝えてあげました」
「え? 復活させることができるんでやすかい!」
そりゃやばいと、油断をしてあくびをしていた小悪党が驚いて立ち上がる。天使たちは強力極まりない。雑魚でも平均100を誇るのであるのだから。
大勢の天使が復活したら、大変なことになるとアイも真面目な顔になる。よくゲームでもある展開だ。ワールドマップが魔王復活により様変わりしちゃうのだ。雑魚敵が強くなり、姉が死んだ妹が力を受け継ぎスーパー化したりするのだ。妹はあまり関係ないか。
壺を被った幼女なので、真面目な表情はわからなかったが、シンはマコトが独占しようとガードをするマカロンに無駄に高速の動きを見せて奪いながら告げてくる。
「記憶の残滓と言いましたが、それでも天使の力はあるのです。本来よりも大幅に能力は下がっていますが、肉体を手に入れれば復活できますよ」
「肉体を手に入れる方法とはなんでつか?」
ゴクリと息を呑み、リンへと向いてアイは尋ねる。シンを見たいが壺にはまっているので前が見えないのでつ。
「生命体にとりつき、魂を奪いその記憶を上書きしてしまえばよいのです。簡単ですよね」
「……たしかに簡単ではあるな。それでルシフェルはどうしたのだ?」
難しい顔でギュンターは腕を組む。簡単すぎる方法ではあるが、ルシフェルがそれを選ぶとなれば、既に多大な人間たちが生贄になっているはずだ。しかしその様子はない。
なにも起こっていないのだ。おかしくないかとアイも首を傾げてコツンと壺に当たった。
「救うべき人間たちを生贄にするのは天使のやることではなく、ただの記憶の残滓にそこまでのことをやる悪魔ではないと言って、そろそろ仕事に戻らないとお菓子を買うお金が無くなると告げて帰りました」
「さよけ」
意外と良い天使の少女だったんだなと思う。最後の発言は聞かなかったことにするよ。真面目すぎる感もあるが。
皆がホッと息を吐き安堵をするが、アイは安心しなかった。おかしなことが残るからだ。
「ラスボスっぽくはない娘でつよね。それじゃあもう一つの質問でつ」
ランカへと顔を向け、シンに問いかける。だって前が見えないんだもん。
「どうして、門が残ったままなのでつか? ルシフェルしゃんは話によると、門を開きはしたが天使の復活を諦めまちたよね? それなのになぜ門は残っていたのでつか?」
真面目っ娘の性格から言って、門を残すことはしなかったはずだ。なのに門が開いてさえいた。おかしない?
「それは簡単な答えがあります。現世と繋がったことを機会と見て、天使たちは記憶の残滓とはいえ、復活をしようと画策し始めたからです。山頂にいる天使長ミカエルを筆頭に」
ふふっと妖しく微笑みシンは黒幕幼女たちへ告げるのであった。
「ねーねー、そろそろ壺をとってくだしゃい」
壺をとってくれないと泣いちゃうからね?