262話 お茶会夜の部
既に空は太陽が沈み始めて、薄闇が覆おうとしていた。大規模な櫓舞台に吊り下げられている提灯に火が灯る。街全体で提灯を吊り下げているので、櫓舞台から見下ろす街並みは一気に幻想的な灯りが広がる夜景へと変わっていった。
「うむ、これが百万ドルの夜景というやつなのかもしれんな」
地球でもこのような光景は久しく見れなかった。崩壊した地球では灯りは化け物を集める誘蛾灯のようなものであったからだ。
若い時分を思い出し、感慨に浸る。この世界も相当過酷な世界であるのに、このような催しをできることに感動を覚えながらお猪口に酒をトクトクと入れて、グイッと呷る。
「平和なる光景が百万ドルの夜景と言うことなのだろう」
穏やかな笑みを浮かべて、神聖騎士ギュンターは酒を楽しむのであった。
そんなギュンターをこっそりと覗く女性がいた。女騎士デルタソーナである。本来は招待されることはない。スノー皇帝陛下になにしろ名前も知られていないので。
だが、招待された。なぜか誘われた。その理由は簡単である。空中要塞及び、元死の都市周辺をタイタン王国が分割譲渡する際に、領土の境界を決めるべく王都にて死の都市と隣接していたフラムレッド家が呼ばれていたのだ。
話し合いの最中に、そういえば催し物があるので良かったらどうぞと陽光帝国の文官から招待チケットを貰ったのである。
配り方が野球のナイターチケットを手に入れたのと配る営業マンのようなくたびれたおっさんの文官であったが、異世界ではそんな配り方を普通はしないので、なにか理由があるのだろうと、慎重に検討された結果、デルタソーナたちが出席することとなった。
王国側ではきっと陽光帝国と王国の縁を深めるためのものなのだろうと深読みされて独身の女性たちを中心に参加したのだ。
その中にデルタソーナは混じっていた。
幸運だと、手に持つワイン瓶を強く握りしめて、ムフフとほくそ笑む。この機会を逃す訳にはいかない。歳の差は愛で乗り越えれば良いのだ。
アイがいれば乗り越えられると、デルタソーナは心強くワイン瓶を見つめる。
白ワインである。ワインなのに無色に近い不思議なワイン。先程、呼びまちたか? と幼女がストーカー予備軍の呟きを聞いて声をかけてきたのである。
そうして焦りながら、ギュンター様に命を助けられたお礼をと、しどろもどろに答えたら、ふんふんと頷いてお酒をあげると喜びまつよと、お酒をズラリと並べて好きな物を持っていってくださいと勧められた。
その中で見たこともないワイン。すなわち白ワインを選んだのだ。これで勝つる。アイの力で勝つのだと、運命的な出会いに感謝をしたデルタソーナである。
この異世界は白ワインがないのである。いや、なかったので珍しいお酒となっていた。
すうはあと、深呼吸をして近づこうと足を踏み出すと、隣にいる女性も歩き始めた。
「……ミコーレ。将来性が高いダツ一族の方々があちらで飲んでいたぞ? 行ってきたらどうだ?」
「同じセリフをお返しします、デルタソーナ様」
隣に立つのは副官のミコーレであった。赤毛の自分とは対象的におとなし目の緑色の髪の女性だ。
ミコーレの手元にもお酒の瓶がある。しかも見たことのない文字で書かれている珍しそうなお酒だ。しかも2本。
「デルタソーナ様、伯爵家の将来を考え、ここはダツ一族の誰かと添い遂げましょう。縁を深くするためにも是非」
「私は騎士として国に貢献しているし、政略結婚となればギュンター様は素晴らしい相手だと思う。ミコーレこそ大人気となるのではないか? 可愛らしい顔立ちだしな」
「いえいえ、デルタソーナ様こそ………」
オホホと似合わない笑いをしながら二人は睨み合い、しばらく睨み合いをして不毛だと気づきダッシュをし始める。
私こそがと二人は押し合いへし合い妨害をしてギュンターへと向かうが
「あら? ギュンター様がいない!」
「きっと新しいお酒を取りに向かったのですよ」
醜い争いをしていたら、いつの間にかいなかったので、デルタソーナたちは私が先に出会うのだと走り去るのであった。
二人が走り去って行ったあとに、ギュンターは騒がしいことだと、お猪口を傾けていた。一歩も動いてはいなかったのだが、なぜか二人は気づかなかったし、ギュンターも自分を探しているとは思わなかったので、のんびりと見送っていた。
「姫、このお茶会の様子から、人々の暮らしようが変わったと実感できますな」
いつの間にか隣でプラプラと足をブラつかせている幼女へと告げてお猪口に酒を注ぐ。密かに空間隠蔽を幼女はしたりしていた。お礼じゃないっぽいので。嘘を吐かれたので、プンプン怒った幼女である。あと、さすがに歳の差ありすぎでつ。
ギュンターお爺さんの笑みは穏やかであるが、酒を飲む速度は穏やかではなかった。いつものことだけど。
「仕事を放り出して、お茶会に参加できるほど余裕ができたということでつよね。帝都を建設するのに皆は働きすぎでつし、ちょうど良いお休みになったでしょー」
ふふふと可愛らしい笑みで、亜空間から日本酒の入っている徳利を取り出して、お猪口に注いであげる。幼女がおててを伸ばして懸命に徳利をお爺さんの持つお猪口に傾ける様子は孝行幼女に見えて、なんて良い子なんだと他人が見たら褒めてくれるだろう。
「え、と、このお茶会をするだけで、莫大なお金も動いていますからね。月光商会も国民の皆さんにもだいぶ懐が温かくなったはずです」
てこてことスノーも歩いてきて、のんびりとした口調で言うが、そのとおり。このお茶会は聚楽台にて行われた豊臣秀吉のお茶会を模しているが、違うところが一つある。
それは商会を持っているということ。スノーの発注先は幼女の月光商会がメインであり、月光商会からお金の流れが生まれているということだ。
お金の流れを月光商会が作り出す実験でもあった。このお茶会にて月光商会が経済的に支配をしていると、頭の良い貴族や商人は気づくだろう。
「大規模な料理や服の紹介にもなりまちた。これから先、聚楽台のお茶会は噂となり、そのお茶会で出た物、見た物を欲しがる人が増えるはずでつ。それどころか、バブリーな領主の中で今回のお茶会を見て、自分でも小規模ながらやってみようと考える人もでてくるはずでつ」
「このお茶会は自身の名声を高めますからね。お金が余る領主たちの中で承認欲求が高い人、自己の顕示欲が高い人がするはず。きっとお金が激流のように巡るでしょー」
幼女は満足でつ。このお茶会は金余りバブリーっ子たちの金を吐き出させるだろう。そして、物を用意するために様々な業種が動く。街の中だけでは終わらない。街の外から輸入をすることにもなる。
異世界で遂に金が大きく回るようになったのであるからして。経済の発展は街一つだけでは無理なのである。特産品を各街が作り、多くの物が行商により巡ることになるのだ。
インフレだけは気をつけないといけないけどね。常にインフレに気を使わないといけないのは面倒いけど。
「さて、本格的な物の流れが生まれれば、我らの本業にも戻れますかな?」
「やっぱり行商はサイコーでつからね。各街を旅して暮らすのは魅力的でつ」
常にお猪口を空にしながら、悪戯そうにお爺さんが聞いてくるので、ムフンと胸を張って答える。行商サイコー。
やっぱり自分の根っこは行商なのだろう。考えただけでもワクワクしちゃう。
「とはいえ、昔のようには生きることは難しいでつが」
自分にも立場というものが昔とは違ってあるのだ。即ち、幼女という立場が。可愛らしい幼女という立場が。中の人? なんの話かな?
「え、と、お休みに行商をしましょう。楽しそうだから、私も参加しますよ」
パンと手を打って、スノーも楽しそうな笑みで話に乗ってくる。
「世界を支配する表の支配者と裏の支配者が一緒に行商でつか。それは面白そうでつよね」
バギーに乗って、のんびりと旅をしながら、気ままに行商をすることを想像すると心が踊る。
「魔帝国の件が片付いたら考えまつかね」
世界地図考えてないからわからないが、魔帝国の周りは魔物の巣か、小さな国が乱立している。武力行使をせずとも経済支配だけで、ことは足りるはず。
「魔帝国への潜入は上手くいっているのですか?」
「今は魔帝国の帝都に侵入したところでつ。目立たずに活動できる拠点を作る予定でつよ。かの国はたしかに魔法先進国でつね。普通にスクロールが各街の雑貨屋で売ってまちたし」
「それは……たしかに凄いものですな」
お爺さんが僅かに目を見開く。驚くのはよくわかるよ。ハードな異世界なのに、雑貨屋に魔法のスクロールがあるなんて、普通は思わないもんな。
まだ帝都に入ったばかりだけど面白そうなのだ。
「拠点ができたならば、儂も行きたいのですが? 姫の護衛が儂の仕事ですのでな」
「わかってまつ。すぐにお爺さんも呼びまつよ」
ニヤリと笑うお爺さんに、ちっこいおててをフリフリしながら、苦笑を浮かべて答える。
「しばらくは拠点でちっこい行商をする予定でつ。まずは草鞋」
初心に戻り、草鞋売りから始めようと考えている幼女である。
「というか、金貨の価値が魔帝国の方が低いので、タイタン王国の金貨は高値で交換できるのでつ。……どうやら、魔帝国の金貨はだぶついているみたいでつね」
「先進国の方が金貨の価値が低いのは変です。これはなにか裏があると思いますよ」
魔帝国製の金貨を取り出して、おててでコロコロと転がす。見た目には同じようにしか見えない。スノーは顎に手を添えて、難しい表情になるが、たしかにそのとおり。
信用制度を使用している紙幣ではなく、金本位制の現物の金貨なのでよくある金の含有率が低ければ価値は下がる。
だがおかしいのだ。お風呂の中にタイタン王国と魔帝国の金貨を入れて金の含有率を調べたのだが、バシャバシャとお湯を叩いて遊んだだけの結果に終わっちゃった幼女である。
幼女はお水遊びが好きなのだ。なので仕方ないよね。それとアルキメデスは嘘つきだと思います。金の王冠と真鍮の王冠をお風呂に入れてもわからんもんね。
結局錬金術の解析を使ったのだが、想像とは違って含有率はほとんど変わらなかった。
「まさか錬金を使えるとかでつかね?」
「たんに金鉱山が大量にあるのでは?」
当たり前の予想をギュンターお爺さんが言うが、言葉通りかもしれない。が、それはそれできついことになる。
「と、するとバシャバシャ金貨を作っていることになりまつね。インフレ一直線でつ」
どんどん金貨が陽光帝国に流入してくるとまずいんだよな。インフレに巻き込まれると危険だ。
「陽光帝国は信用制度をとります。もう現物はあるんですよ」
ひらりとお札を取り出すスノー。そのお札を手に取りまじまじと見つめちゃう。
「ケーキやドーナツの絵札……。銀髪の少女の紙幣。見慣れたお札でつが?」
ジトッと半眼になっちゃう。これは見たことがある。ありすぎるぞ?
「これを陽光帝国の通貨とします。金本位制は終わりということで。それにナイショの貿易をするのに、このお札は都合が良いのです」
フフッと人差し指を口元に添えて、スノーが微笑むのを見て、どこの商売人も商売が大好きなことと、黒幕幼女は苦笑しちゃうのであった。