261話 壮大なるお茶会
「ララさんからお茶会の招待ですか?」
商会で仕事をしていたシルは部下からの報告を聞き返す。
意外な人からの誘いに目を丸くしてしまった。言い方は悪いがあのララがお茶会などを開くとは思わなかったからだ。あの娘は良くも悪くも平民だ。まぁ、それはそうだ。一昨年まではスラム街の住民だったのだ。
お茶会は人脈が無ければ開くことはできない。とはいえ、父であるガイ様は陽光帝国の重鎮にして、月光商会の幹部である。あの人がお茶会を娘が開いてみたいと言ってると、一言世間話に混ぜるだけで、いくらでも人は集まる。
何かしら興味を持ったか、母のマーサさんが貴族になったからには、顔を広くしなくてはいけないと考えたか、どちらかなのだろうと、最近の売り上げを確認しながら予想する。
現在のフロンテ商会は大忙しだ。規模は以前の数十倍となっており、様々な分野で取り引きをしている。作物、肉、革だけで大商会と得意気に思っていたことが恥ずかしいほどに。
家具に香辛料、砂糖、綿布から魔道具まで月光商会の何かしらの商売の一部も任されているからだ。
現在は次期当主を決めるどころではない。お父様は全体の管理をするのにてんてこ舞い。お兄様たちも自分たちが関わっている仕事を上手くやるのに精一杯だ。
圧倒的に人手が足りない。私も忙しい。ララからの誘いは嬉しいけど……ううん、マーサさんの初めてのお茶会に出席しなかったら、不仲説が囁かれる。出るしかないか……。
タイミングが悪い。もう少しすると冬だ。そうなったら落ち着くから、冬の社交界の季節となるし、いくらでも出席するのだが。
だが、予想とは違う答えが帰ってきた。
「いえ、陽光帝国スノー皇帝陛下のお茶会の招待とのことです。ララ様がお友だちを連れて来るようにと誘われたので、シル様にお声をかけたとのこと」
「よ、陽光帝国の皇帝陛下っ?!」
思わず声を張り上げて椅子から荒々しく立ち上がり、ガタンと椅子が後ろに倒れる中で、私の大声を聞いた周りの部下たちが驚きの表情をして、動きを止めるのであった。
あれ程騒々しかった事務所がシンと静寂に包まれる中、全ての仕事のスケジュールをキャンセルしないととシルは大変な相手からの招待に頭を抱えるのであった。
そうして、お茶会に参加するべく飛空艇でサンライトシティまでやって来たのだが……流石は月光商会と母国を一緒とするスノー皇帝陛下だ。規模が違った。
街一つ。しかも帝国首都である。その人口は数十万人だ。南部地域を統一したことにより、農奴たちの解放、街の再開発をする中で、移住させた多くの人々により造られた街。
小さな街ではなく、王都に匹敵する街を丸ごととはどれほどのお金をかけているのか想像もつかない。
「え、とですね、お茶を流行らせようと計画したんです。なので、街一つと各地から皆さんを招待しました」
皇帝陛下自ら案内役をして頂けることに恐縮してしまう。護衛のザーン団長は後ろ手にして暇そうに欠伸をしているけど。
「なーなー、千冬〜。俺も屋台巡りに行っていい?」
「駄目だよ千夏ちゃん。今日は私の護衛でしょ。それと私の名前はスノーだよ」
「やっぱり本名の方がよくね? 俺、ザーンって呼ばれても気づかなくてさ〜、やっぱり本名にしない?」
「駄目〜、パパしゃんに怒られるよ? きっと交代するように言われるよ」
「それは嫌だな〜、しょうがないザーンでいっか」
何やら怪しい話をしているわ……。文官の何人かが冷や汗をかいているし。きっと母国では他の名前なのね。たぶん貴族。他の国の貴族だとまずいから、本名を名乗っていないのね……。
今更だから隠す必要を感じないのだろう。八重歯を見せながらウシシと元気そうにザーン団長は笑っていて、スノー皇帝陛下も気にしていない様子だし。
「素晴らしい光景ですね。皆がお茶を愉しむとは前代未聞ですわ」
話を変えるべく、フローラさんがスノー皇帝陛下に話し掛ける。さすがは高位貴族。今の会話を聞いても、少なくとも表情には全く出していない。
私も見習わないとと、背筋を伸ばして笑みをつくる。これから先、確実にこのような世界に生きるとわかっているのだから。
「ん、と、そうなんです。コーヒー、紅茶はもちろんのこと、100%各種果物ジュースから炭酸ジュース、夜の部はお酒もあります」
「おぉ〜、それは凄いね、いえ、凄いですね、スノー皇帝陛下」
「ララさん、今日は無礼講だから、スノーで良いですよ。というか、公式の場以外はスノーで良いです」
「はぁい! それじゃスノーちゃん、お茶会って、お菓子もたくさんあるの?」
あまりにも気やすいララの態度に泡を吹きそうになる。最低限の敬語は必要よ? 皇帝陛下が無礼講と言っても、本当に無礼講になることはないの。周りの貴族たちが許さな……あれ、気にしている様子がないわ?
誰かが怒っているのではと、周りを見渡すが気にしている様子がない。呆気にとられると
「だいたいスノー皇帝陛下はあんな感じなので、私たちは慣れました」
そっと後ろからメイドさんが耳元に囁いてくれた。そうなんですのね……。それはまた周りが苦労しそうな皇帝陛下だ。
威厳とか必要だと思うのだが、それを必要としないほどに自信があるのだ。実際に力もあるから、家臣も苦言を口に出せないのだろう。
どこかの幼女といっしょだわ。それならばそれで良いけど。
辺りを舞う桜花びらの幻に圧倒されつつ、案内されて奥に行く。途中では、平民なのだろうそこまでお金をかけていなさそうな、それでいて新品の服を着込んだ人たちがお茶を楽しんでいた。
「オレンジジュースください」
「私はココアフロート」
「シェイク美味しい」
様々な屋台が城内にも作られており、笑顔で飲み物を飲んでいる。できて間もない帝都だが、政治は上手くいっているようである。たしかにこの国は税金も安いし、関所ごとの通行料や入街料もない。その上、街道は整備されており、定期馬車があり、魔物も間引きされていることから、物の流通が活発だ。
次々と新たなる開拓村も建設されており、今の陽光帝国は商売人にとっても、一般人にとっても、最高の国なのかもしれない。
そんな事をつらつら考えながら、案内先に辿り着くが、これまた驚く光景であった。
丘を跨ぐように木で組まれた大きな櫓舞台に絨毯が敷かれて、そこに大勢の人々がいたからだ。
「木だけで作ったんですか?」
ありえない光景に思わず口を開く。だって、木のみとか信じられない。それにあの服はなんだろう? ドレスではないみたいだが、花や鳥などの精緻な刺繍か染め物がされており華やかな服だ。
「え、と、そのとおりです。これは過去の文献を探してやってみたんです。きっと楽しいからと言われて」
「でも抹茶は甘くして、お茶だけでは寂しいので、様々な飲み物を入れました。知っていますか? 緑茶も紅茶もカフェオレも元は同じ葉っぱなんです。処理の仕方により、様々なお茶に変わるんですよ」
黄色い可愛らしい小鳥? の染め物をした芸術品のような服を着込んだ幼気な少女が近寄ってきて、得意気に説明してくれた。
が、少し違うような?
「あの、カフェオレはミルクの実とカカオなので違うと思うんですが……?」
「飲み物という括りで一緒なんです。だってお茶だけでは飽きちゃいますからね。今から私のお茶講座を始めますよ。現代の千利休と呼ばれたことがあるかも知れない私が教えちゃいます。参加で良いですよね? あ、私の名前は謎の家元と呼んでください」
ふんすふんすと鼻息荒く言ってくる少女の言葉に皆はなぜか頷いてしまい、聚楽台という木のやぐら舞台の一番良い景色が目に入る最上の場所に移動する。
「ちなみにこれは着物といいます。ドレスとどちらが良いかわかりませんが、華やかさでは着物が良いのではと個人的に思っています」
ぽてんと小さな釜の置いてある敷物が敷かれている所に靴を脱いで少女は座る。対面にそれぞれ座りながら着物とはまた新たなる商売のタネだわと、失礼にならない範囲で観察する。
いつの間にかスノー皇帝陛下とザーン団長もピンクや青の可愛らしい着物に変わっていた。
「お茶の作法の起源は領地の無い信長が茶器に箔をつけて部下に領地の代わりに褒美として下賜するためとの話があります。私なら茶器を下賜された時点で忠誠度下がりますけど。せめてステータスが上がるアイテムが良いですよね」
座って座ってと勧められるので、靴を脱ぐ作法なのねと戸惑いながら座る。フローラさんも多少戸惑いがち。ララは気にせずになにが始まるのかと期待に満ちた表情で。
「この茶釜にてお湯を沸かし、お茶を点てるんです。粗茶ですがって言うんだっけ?」
小さな紙を見ながら首を傾げる自称千利休さん。信長といい、千利休といい、聞いたことのない名ばかりだ。母国の有名人なのかしら?
とりあえずお茶を作りましょうと、お茶碗に粉を入れて木のかき混ぜ機? でバッシャバッシャとかき混ぜる少女。実に楽しそうな笑みを浮かべている。
「サビ抜きですが」
いつの間にか手元にあったお米に肉が乗った小さな食べ物を、そっと出してもきた。
「カルビ乗せです。寿司は生魚って抵抗感があるでしょうし」
「お〜! この肉いい肉だぜ。謎の千利休さん、お代わり!」
ザーン団長がすぐに手に取って食べてしまう。たしかに分厚い肉のせご飯は美味しかった。トロけるように口の中で消えてしまい、私もお代わりをしてしまう。
「お茶碗も順番に使うのは初めての人だと抵抗感ありますよね。千利休って、そこらへんどうやって広めたんでしょうか。と言う訳で、人数分用意しました。抹茶フロートです」
てんこ盛りにされたソフトクリームがお茶碗に乗っていた。下にお茶があるみたいだが、ソフトクリームが山盛り過ぎてわからない。
「あの、マ、謎の千利休さん、お茶の作法では?」
「わかっていないですね、千冬。私は美味しいグルメ漫画でお茶の作法を学びました。お客を歓迎するためなら何をしても良いらしいですよ。要は飲み物であり、自分にできる最高の歓迎をすれば良いんです。なので私はお茶を極めてしまいましたかね?」
おずおずと尋ねるスノー皇帝陛下に、何やら大きな箱を用意しながら謎の千利休さんはドヤ顔で語るが、スノー皇帝陛下はその言葉になるほどと感心していた。
そこはかとなく違うという直感がするが、気にしないことにした。このソフトクリームはいつもカフェで食べるよりも濃厚な味で美味しいですし。
「最高の歓迎。やっぱり手品は外せませんよね? ここに何もない段ボール箱があります」
空の箱を見せながら聞いてくるので、頷き返すと、これまたいつの間にか黒いステッキを持っていた謎の千利休さんは、レディースアンドジェントルマンと叫んで、箱の蓋を閉じてコツンと叩いた。
そうしたら、箱が中から開いて
「侘びでつが」
両手を掲げて、幼女が飛び出してきた。
「あ〜、アイちゃん来てたの? 魔帝国に行ったんじゃ?」
「テレポートしてきまちた。こんな面白そうなイベントに参加しないのはありえないでつ」
ララが驚き、箱からぞろぞろとガイさんたちも出てくる。
一気に騒がしくなって、ワイワイと皆でお喋りを始め
「これが侘び寂びです。この世界に広げたいですよね」
ムフフと楽しそうな笑みの少女を見て、なにやら怪しいけど、まぁ良いかとカオスな集団に混ざりに行くシルであった。