260話 いざ、お茶会へ少女たちは向かう
飛空艇。月光商会の母国が持つ空飛ぶ船だ。陽光帝国とタイタン王国を行き来する定期便は、空を飛ぶという驚異的な技術で作られた魔法の船である。
今まではタイタン王都とサンライトシティ間で2週間はかかったのに、飛空艇を使えば僅か2日だ。しかも、途中の都市に停泊しながらである。
その速度と、馬車では味わえぬ快適な船の旅に、金のある貴族や商人はこぞって乗りたがった。
飛空艇サケトバ。火で炙ると美味しいかもしれないと噂される新たなる旅の乗り物である。
高空を飛行している中、甲板の上に立っていても風圧を感じない。魔法の力なのだろうとマユは外を舷側に寄りかかりながら感心する。
空の上から地上を眺める。物凄い速さで地上の景色は流れていき、眼下に広がる平原を馬の群れが走る姿に感動を覚える。このような光景を見ることができるとは想像したこともなかった。
「飛空艇は凄いのです。こんな物が空を飛ぶとは信じられないのですよ」
船とは本来は海や川を進む物だ。もちろんマユは普通の船にすら乗ったこともない。
「マユちゃん、ちょっと寒いし部屋に戻ろう?」
友だちのララさんが後ろから声をかけてくる。たしかに少し肌寒いし、部屋のサービスも気になるので頷く。
「せっかくタダのチケットを貰ったんですし、使わなきゃ損なのです」
「フローラさんとシルさんは寛いでいるしね」
元気いっぱいの笑顔で言うララに連れられて中に入る。多くのお金持ちそうな人々が物珍しそうに船を練り歩いている。
「サケトバ改は全長300メートル。新たに客船として作られた最新型の飛空艇でございます。様々なサービスがありますので、是非楽しんでくださいませ」
ホールを通ると、きっちりとした制服を着込む女性が、さっき通った街で乗った人々へと説明をしていた。この船は豪華客船というらしい。
レストランやお土産屋が入っており、マッサージとかをしてくれる人もいるとか。マッサージとはなんだろうと思うが。
通路は灯りの魔道具により、煌々と照らされており、新品である印か、木の香りが漂ってきて、なんとなく安心する。
「飛空艇とは凄いものですな、良い時代になったものです」
「このチケットを手に入れるのは大変でしたよ」
「料理なども素晴らしいものがありますよね」
「観光をするのが、これからの貴族のステータスになるやもしれませんな」
わっはっはと笑いながら話している貴族と思われる人々。だいぶ景気が良いらしい。今は月光商会により、空前の好景気となっているので、懐が温かい者たちが多い。
マユも魔道具製造の手伝いをしているので、たくさんの金貨を稼いでいる。使い道はないが。
スイートルームと書かれた金の縁取りの豪華な扉を開けると、既に友だちがソファに座って寛いでいた。
「お帰りなさい、マユ。なにか食べますか?」
地位の高い人を迎え入れるために上品な内装をしている部屋の中で寛いでいたフローラさんとシルさんたちが、マユたちに気づき片手を挙げる。
「スイートルームは全てのサービスがタダなのですわ。これは元をとらないといけません」
「元をとるって、タダで貰った物なのです。それを考えると、私たちは水を飲むだけで元が取れると思うのですよ」
シルさんがルームサービスの書いてあるメニューを勧めてくるが、ちょっと気後れしてしまう。これだけの豪華な部屋をタダとは気が引けてしまうのだ。
「私たちはタダで貰いましたけど、元は高価なチケットです。その分は元を取りませんと」
「昨日も一昨日もその話は聞いたのです。そろそろ食べるのをやめないと、オークに間違われて飛空艇から追い出されるのです」
ずらりとテーブルに置いてあるデザートの数々からマカロンを摘んで口に放り込む。何度食べてもマカロンというのは不思議な舌触りだ。外側はパリサクで、中はふんわり。月光街でも人気のお菓子の一つでマユのお気に入りである。
「うぅ……。ダイエットを帰ったらします。今はこのデザート全種類制覇!」
「そうです。ダイエットは錬金を使えば簡単ですし」
「錬金術……私も覚えようかしら」
フローラさんは錬金術でダイエットをできる。怪しい薬とかではなく、錬金術の魔法を使い体力も使うらしいです。
正直、食べるものにも事欠いていたマユにとっては、ダイエットなんて信じられないことだが、これだけのお菓子を食べるとなると、たしかにデブる。シルさんは手を震わせて躊躇いを見せるが、それでもケーキにパクつく。食べるのを止める気配はない。
飛空艇という豪華な牢獄に閉じ込められている感じである。山ほどのお菓子を前に食べ続けないといけない刑。羨ましくない環境だった。
「お仕事に戻ればすぐに痩せちゃうよ。だいじょーぶ、だいじょーぶ」
ていっ、とソファにポスンと飛び込むララさんの隣に座る。メニューはたくさんあるけど、ここのお菓子だけでもう充分なのです。
「そうですわよね。だいじょーぶ、だいじょーぶ。……きっと。それよりもお茶会はどんなものが出るのかしら?」
「これだけのお菓子を前に新しいお菓子に興味を持つことができるシルさんには感心しかないのです」
「あら、商売人は常に様々な事柄に興味を持たなくてはなりませんのよ」
「でも、この招待状って、少し変じゃないかな? なんで決まった日じゃなくて、期間になっているの?」
招待状をひらひらと振り、不思議そうにララさんが疑問を口にするがそのとおりだ。一週間ほどの期間をとられている。もう収穫祭も終わり、秋深くなるこの時期なので、皆は暇を持て余しているから、参加者は多いとは思うのだけど?
全員で顔を見合わせて首を傾げてしまう。1週間ずっとお茶会をするのかなぁ?
「いつも飛空艇サケトバをご利用ありがとうございます。あと一時間でサンライトシティに到着しまーす」
廊下から乗務員の声が聞こえてきて、顔を再度見合わせる。もう到着らしい。お付きのメイドさんたちが、荷物を詰めている。
飛空艇を味わうのは終わりらしい。あっという間のことだったと思いながら惜しい気持ちを持ちながらマユも甲板に出る。
まさか、伯爵家で悲惨な暮らしをしていた自分がこんな生活になるとはと思いながら、飛空艇の話を戻ったら友達にたくさんしようと微かに微笑む。
「お茶会は面倒そうですが」
貴族たちとお茶会は神経を使う。正直、誘ってほしくなかったなぁと思いながら、甲板に出て……。
「やっぱり誘って貰って良かったのです」
サンライトシティ。初めて見る他国の首都。その首都は花に覆われていた。秋なのに、桜が満開となっており、飛空艇まで花びらが舞ってくる。
首都の中心にある水晶でできたのような美しく神々しさすら感じさせる荘厳な城。その周囲には櫓が建てられており、幟も多くある。遠目からも多くの人々が集まっているのがわかる。
タイタン王都とは違った街に圧倒される感がある。これを見ただけでもこの地に来た甲斐があった。
「まだお茶会は始まっていないですよね?」
「あれは大工さんたちみたいだね。お祭りの準備をしているのかな?」
「収穫祭はもう終わったんじゃない?」
「と、すると……やはりあれは大規模なお茶会?」
ゴクリと息を飲み込む。……ちょっと予想と、……いや、だいぶ予想と違う。なにあれ?
戸惑う私たちだが空港に着陸する。飛空艇を降りると、桜花びらが舞っているが、地面には全く積もっていないことに気づく。
これは魔法だ! 幻の魔法。
「この花びら掴めませんわ!」
手をフリフリと振ってシルさんが花びらを摘もうとして、手をすり抜けることに驚いていた。
「これほどの幻の魔法を街一つ丸ごとかけるなんて……。さすがは南部地域を統一した皇帝ですわ」
「掃除の心配をしなくて良いねっ」
フローラさんが感心というか、畏れを見せて、ララさんがメイド視線で言う。ララさんは面白そうな表情ですが、フローラさんやシルさんたちみたいに畏れを見せていない。飛空艇から降りる人々は皆同じように畏れを見せているのに。
その胆力はいつもながら凄いものです。
用意されていた、これまた豪華な馬車に乗り、城へと向かう。新興の街だけあって、次々と家屋が建てられて人々は活気があり忙しそうだ。タイタン王都も活気があるが、サンライトシティは多くの人々が流入しており、街は膨れ上がっているから、こっちの街の方が景気が良さそうなのです。
でも街の中にある幟はなんだろう? そこかしこにあり、屋台も作られている。やはり収穫祭?
「聚楽台って、書いてありますわね」
「聚楽台お茶会? やっぱりお茶会みたい」
城に到着するまでの間に予想をお互い口にする。お茶会なのは間違いないとは思うのですよ。
でも、街を歩く人々の話し声から、普通のお茶会とは違う予感がする。
「到着致しました」
御者さんから声がかけられて降りる。城内にいつの間にか到着していたらしい。
全員でぞろぞろと降りると、ニコニコと穏やかな笑みの少女が立っていた。
鮮やかな水色の髪をした美少女が多くの人々を後ろに連れて。
その姿は有名すぎるほど有名で、そしてとっても偉い人なのです。
「ようこそ皆さん。サンライトシティに。歓迎致します」
涼やかな声音のその人はニコリと首を傾けて挨拶をしてくれる。
慌てて、マユたちは跪く。この方は……この方は。
「ご招待ありがとうございます。えっと、ブレイブ家の長女ララが皇帝陛下にご挨拶を致します」
アワアワと言葉を詰まらせながら、ララさんがいつもはやらない貴族の挨拶をする。私と一緒に懸命に練習した成果だ。
お世辞にも立派な挨拶とは言えないが。
続いて私も挨拶を返す。フローラさんは慣れたもので、シルさんも緊張しているがおかしくない。羨ましい限りである。
礼儀作法は難しいのですよ。
それよりも気になることがあるのです。
「今週は聚楽台お茶会です。無礼講といきましょう。なにしろお茶会ですので」
「あの……、お茶会なのでは?」
「え、と、お茶会ですよ。ただし皆で楽しむ街まるごとを使ったお茶会ですが」
両手を天に勢いよく掲げて、陽光帝国皇帝陛下スノーさんは楽しそうにクルリと回転した。
美しい着物というものを着て、楽しそうに微笑むスノーさんだが、街まるごと? と、私たちは首を傾けてしまう。
なにか凄そうだ。スケールが違いそうなのです。