26話 黒幕幼女は工作する
騎士たちと貴族の死体が打ち捨てられて、草原は凍りついている惨状をギュンターと操作を終えたアイが眺めていた。
「…………地球にいた時も、解放されたばかりの地区とか、ド田舎にこんなクズ野郎がいたもんだ。こんな奴らに殺された俺の家族も大勢いる。すぐに軍や警察が捕まえてくれたが、間に合わないこともあった」
遠い目をしながらアイが口を開く。以前の地球での暮らしを思い出して、ふと気づく。
「そういえば、死んだ奴らの名前は覚えているな。……女神様の思し召しってやつか。嬉しいねぇ」
生きている奴らはどうでも良い。良くはないが、あいつらはしぶとく楽しく暮らして行くはずだと、俺は信じている。だが、死んだ奴らの名前は忘れたくなかった。……今まで忘れていたのはなぜだろう?
「姫のために死んでいったなら本望でしょう」
ギュンターの真面目くさったセリフに苦笑を浮かべて答える。
「そんな訳はねぇ。死んだらおしまいだからな。ウォーカーをやって最初に死んだ相棒なんざお調子者でな。すぐにヘタれる奴だった。ギュンターみたいなクソ真面目な奴もいたな……」
ふと思う。どうして俺は黒幕になりたかったのだろうかと。若い頃の夢だったから? 本当にそうなのだろうか?
「どうしましたか、団長?」
ギクリとギュンターの言葉に身体を強張らせる。バッとギュンターを見上げると相変わらずの真面目な表情でこちらを見ていた。
「どうしましたか、姫?」
「いや……聞き間違いでつね。そんなことがあるわけないでつ」
かぶりを振って、馬鹿げた考えを捨てる。そんなことがあるわけない。先程までは幼女口調が消えていたことにアイは気づかずに、マコトへと視線を向ける。
「収穫を教えてもらいまつか、マコト」
ふんふんと鼻息荒く幼女は素材がなんだったのかを尋ねる。その姿は先程までのシリアスな雰囲気は消えていた。
マコトは待ってましたと、宙を舞い告げてくる。
「人6、剣、盾、鎧、騎乗術スキル3、槍術2、弓術2、礼儀作法4、水魔法4レベルだぜ! 覚えている水魔法はクリエイトウォーター、クリアウォーター、クリエイトアイス、エンチャントアイス、フリーズアロー、フリーズスタチュー、フリーズストームだな」
「やっぱり敵騎士の方がスキルは上だったのでつね! そうじゃないかとは思ってまちた! 無欲の勝利でつ」
バンザーイバンザーイと両手を掲げて喜んじゃう。水魔法も覚えたのが嬉しい。確率的にドロップは難しいと思っていたので。
「それと特性持ちの人1真理より優れるものはなし。最後に武器素材が解放されたぜ! ミスリル以上で、魔法的力の備わったアイテム持ちを倒した時に手に入るんだぜ! 今回は吹雪のサファイアとミスリル1だな」
「ついに武器素材キター! でもこの貴族の持つ杖は消えていないでつよ?」
倒した貴族の手には魔法の杖っぽいのがまだあるのにと、幼女はコテンと首を傾げちゃう。素材を剥いだら、なくなるんでは?
「概念を奪うようにコピーしているんだぜ! 元の武器はその影響で何気に見た目は同じでも、ちからをなくして半分近くになっちゃうけどな。それと1回ドロップ判定をしたら、もう手に入らないからな。新しい敵に同じ武器を渡して延々と倒して無限増殖はできないぜ」
「クッ! ゲーマーという者を女神様はわかっているでつ」
さすがは女神様。真っ先に思いついた裏技を即行潰してきた。きっと知力がカンストしているのだろう。悔しがるアイであるが、同レベルのしょうもないゲーマーだとは思わないのであった。
「さて、特性はあたちがもらいまつ。このスキルは高ステータスには意味がないスキルでつし、水魔法も頂きっと。ついでに礼儀作法も貰っておきまつか」
ポンポンとどんどんスキルを取得する。高火力な幼女爆誕である。使い勝手も良い魔法に加えて、強力な特技も手に入った。1日1回しか使えない特技みたいだけど。
「この死体はどうしますか? 捨て置きますか?」
ギュンターの質問に既に考えあると、パチンと指を鳴らす。……鳴らそうとした。幼女のちっこいおててでは鳴らなかったけど。
多少赤面して、幼女だから問題ないよねと、素知らぬ顔をして、今度こそ必要なものを取り出す。
狼たちが合わせて20体、自我のない瞳を向けてくる。ちまちまとアイはドローンを作っているのだ。1日9体しか作れないから、地味に増やすしかないのである。
「一応隠蔽工作をしておきましょー。真理より勝るものはなし! がしょーん」
胸を張って、覚えたばかりの特技を使う。なぜか擬音が口から出たが、女神の加護のせいということにしておこう。
朗々と幼女は詠唱を口にして、複雑な印を組む。指が小さいので難しい。そして、詠唱はというと
「はんにゃら〜、ほんにゃら〜」
やはり幼女の姿でも恥ずかしくて小声になっているのだった。なにが恥ずかしい琴線に触れるのか、さっぱりとわからないが。おっさんのこだわりと言うやつに違いない。
「フリーズストーム!」
抵抗をゼロにする特技に重ねて、吹雪の嵐を巻き起こす。狼の半分を巻き込んで、貴族を包み全ては真っ白な彫像となるのであった。
「この世界で魔法はフレンドリーファイアありでつ。エンチャント系が唯一のフレンドリーファイア無効でつが。いや、高レベルの魔法にはフレンドリーファイア無効がありそうでつが」
説明をするアイにギュンターが難しそうな表情になり
「なるほど、狼に襲われて慌てて自分を中心に魔法を放ったことにするのですな。しかし、これでは」
言い淀むギュンターのあとをマコトが受け取り、アイへと問いかけてくる。
「これだと剣の斬り裂いたあとが丸わかりだぜ? どーすんだ?」
「あんまりやりたくはないでつが、誤魔化すには仕方ないので、残りの狼よ、死体を食い散らかせ」
ウォンと吠えて、彫像と化した死体へと齧りつく。
「彫像が溶ければ、狼に襲われたように見えますが、どうでしょう? ほとんど全員に剣のあとが残りますが」
たしかにいくらやっても、致命傷がなにか気づく者はいるはずだ。しかし問題はないだろう。
「こいつらは高位貴族でつ。きっと敵も多かったはず。こいつが敵を持たなくても親とかね。欺瞞工作を雑にしておけば良いのでつ。たしかに魔法は発動しているし、きっと誰が犯人かまずは貴族から探すでしょ」
「ふむ、たしかにそのとおりかもしれません。いや、こ奴らの外道ぶり、選民意識に支配されて疑問に思わない態度が丸わかりでした。恐らくは自分たちの周りから探して、相手がわからないとなれば外へと目を向けるかと」
「へぇ〜。さすがはアイ。極悪非道な作戦を考えつくなぁ」
感心するギュンターへとふふふと胸を張る。マコトの感想はスルーしときます。
「地球ではないからね。ただ魔法とかで探索されると困るけど。ロケーションとかあるのかなぁ。まぁ、足の引っ張りあいを期待しましょ。ほら帰りまつよ」
そうして、アイたちはその場を離れていく。ギュンターを格納して、幼女走りでてってこと。気配隠蔽をもちろん使って。
ドッチナー侯爵家。庭には噴水が清涼な水を噴き出し、草木はしっかりと庭師によって世話をされている。東屋があり、家の端には召使い達の寮。透明なガラスが屋敷の全ての窓に嵌め込まれていて、贅沢の限りを尽くした広大な敷地を持つ侯爵家の屋敷は、今や騒然としていた。バタバタと人が走り回り怒号が響く。
「ムスペル公爵家の次男とはいえ、我が家の大事な次男をこともあろうに魔法の的とするとは! 徹底的に抗議してやる!」
当主のドッチナーが怒り狂い、大袈裟に手を振るのをフローラは冷静に眺めながら口を開く。
「お父様、口元がにやけていますわ。隠しませんと」
「お? そうか、フローラ? 今の演技は真に迫っていなかったかね?」
「ベインお兄様が今のお父様を見たら嘆き悲しむに違いありませんわ」
長椅子に寝そべりフローラは呆れたように傍らに置いてある皿からパランを取る。春に採れる小さな木の実パランは僅かな甘味とかなりの酸っぱさを口に残す。
甘味がある食べ物は貴重だ。パランは森の奥深くに生えて、ウォードボアの好物でもあるので、小さな木の実なのに、1個で銀貨1枚は軽くする。森の奥深くから、新鮮な木の実を持ってくるのは命懸けなのだ。それを簡単に口にできる侯爵家は莫大な財力と武力を持っているとわかる。
「あいつも最後に役に立ってくれた。固有スキルも持たぬし、何より馬鹿であった。貴族は働かないものだと、本気で思っていたからな」
「それでも哀悼の意を示さなければ、旦那様?」
隣の長椅子に寝そべり、退屈そうに声をかけるドッチナー夫人をみて、ドッチナー当主は両手を万歳させて笑う。
「もちろんだ。人々の前で私は大きく悲しむだろう。おぉ、ベイン! 我が愛する息子よ、なぜ死んでしまったのだ。狼に襲われて焦った公爵家の魔法などで! 我が心を満たすには金貨の山でも足りないだろう。金板の山でようやくといったところか」
「わかりやすすぎて、皆の失笑を買います。そもそも狼に襲われて焦って自分を中心に魔法を放ったなんて考えられませんわ。レトーヤ様は見る限り魔法に慣れていましたもの」
「剣の斬り痕があったのだとムスペル公爵家は喚き散らすが、そんなのは欺瞞に決まっている。きっと狼に襲われて死んだ後に、公爵家の者が斬り痕を残したに決まっている。少なくとも私は狼に襲われて死んだと信じる」
目をギラギラと野心に満ちた光を宿らせるドッチナー当主。拳を突き出して楽しそうに嗤う。
「筆頭公爵家の者が貴族の誇りを地に落とす醜聞をたてたのだ。もしかして、王位争いが起こるやもしれぬ」
「わたくしでは、王子の婚約者は無理ですわ、お父様」
フローラの言葉にフンと鼻を鳴らす当主。ウロウロと落ち着かなく歩き考え込む。
「お前は固有スキルを使っておれば良い。平民の真似事もできるし、願ったり叶ったりであろう? 今はマノクトの草が足りんのだ」
「わたくしを公爵家の次男に売ろうとした癖に」
フローラは口を尖らせて文句を言うが、当主はどこ吹く風と聞き流す。
「筆頭公爵家に恩を売れれば良かったからな。しかし、状況が変わったのだ。大きく勢力図が変わるだろう。うむ、忙しくなるな」
そう言って、当主が足早に部屋を出ていく。たぶん今回の事件を吹聴しに行ったのだ。公爵家の固有スキル持ちが、こともあろうに魔法を暴発させて、我が愛する息子を殺したと。
ベインお兄様は今やドッチナー当主の最愛の息子となっているに違いない。
「まぁ、平民の生活に紛れ込めるのは楽しみだし、わたくしにとっても、ベインお兄様は最愛の兄になったわ。婚約もなくなったことだし」
多少は悲しいが……謀略により命を落とすのは貴族にとって日常茶飯事だ。仕方ないだろう。自分は同じように殺されないように気をつけなくては。
今後は勢力争いが激しくなる。なにせ、無敵と言われたムスペル公爵家の固有スキル持ちが殺されたのだから。必殺ともいえるスキルは数多な敵を倒してきたのだ。魔物も人も等しく殺せるスキルにて。
「いったい誰に殺られたのかしら? まさかあの時のお爺さん? ……ないわね。どこかの貴族の雇った暗殺者ね」
平民ではいかに力を込めても、レトーヤには傷もつけられまい。第二王子の派閥あたりかと考えているうちにフローラは寝てしまう。
そうして、貴族たちは勢力争いに身を投じることになり、平民の地区へ目を向けるどころではなくなったのであった。