259話 魔眼の少女は暇にならない
ララはまたもやアイちゃんが旅に出掛けたので暇になると思っていた。連れて行ってくれれば良かったのに、危険だと言われて置いてけぼりにされたのだ。アイちゃんも危険なんじゃと抗議したが、神の使徒は物凄く強いらしい。人伝てに悪魔たちの軍団を倒したとも聞いている。
やっぱり凄かったんだと思い、自分がそんな幼女のそばで仕えることができて、誇りに思う反面、置いてけぼりにされて寂しい。
お家でゴロゴロして、留守番かなぁと思っていたのだが……違った。全然暇じゃなかった。
「お嬢様、ドレスの色合いはこちらが良いかと思います」
デザイナーさんが応接間にたくさんのドレスを持ってきており、その中の一着を私に勧めてくる。
私はそうなんですかと微妙な返答をしつつ、どうしてこうなったのだと内心でため息をつく。
月光屋敷で普通に仕事をしていたら、普通ではない状況になっちゃったのだ。慌てたように、同僚が手紙を持ってきた。一枚ではない。手紙の束である。
ララは最初はアイちゃん宛のお手紙かなと思ったのだが違った。私宛の手紙だった。というか、お父さんとお母さん宛の。
お父さんがいない状況である。たぶん周りは出掛けたことに気づいていない。知っていたら、手紙がくるタイミングとしておかしいからだ。もう少し遅くなるだろう。
いつもはお父さんが暖炉の焚き付けに使っているらしいが、私たちではそんなことはできないので、お母さんと中身を一通一通確認して……。殆どが貴族からなのである。しかも伯爵とか子爵はもちろんのこと、侯爵や公爵からも!
これを普通に中身を見ることもせずに、焚き付けに使っていたお父さんの胆力に感心してしまった。私たちには無理である。
お断りの方法もわからないし、どうすればよいのか迷った結果……。帰省していたフローラさんに助けを求めたのである。
そうしたら、この現状がある。訳がわからない。
「どうしても断れない招待があると思うのよ。そのためにも最新デザインのドレスを買わないといけないわ」
応接間にて、ソファに座ってフローラさんがコーヒーを飲みながら言ってくるが、デザイナーさんは苦笑混じりになる。
「最新と言っても、去年から大幅に変わりましたけど。今やデザイナー業界は淘汰が始まってますもの。綿布はもちろんですが、毛糸の種類も大幅に増えて、デザイナーとしてのセンスが問われています」
「へー、そうなんですか」
可愛らしい服は好きだけど、元は貧乏であった自分である。デザインと言われてもよくわからないや。
様々な工夫が施されているドレスがたくさんあるが、良さがわからない。可愛らしいのはあるんだけど。
「高位貴族はお金を使うのも義務ですよ? 私たちが高級品を買わなければ、デザイナーはお金に困るから成り手がいなくなるもの」
「それは困りますね。たぶんアイちゃんが」
どしどし服を売るのに、流行は大事なのである。アイちゃんの商売のお手伝いができるのならば、喜んで買っちゃおうっと。
「お値段はいかほどなんですか?」
値引き交渉も辞さないと聞こうとするが、フローラさんが手を横に振ってきたので、それは駄目らしい。う〜ん……。
一応お父さんには買い物の類はお母さんが許してくれれば大丈夫だと言われているけど、貴族とは不便なんだなと思う。値引き交渉も楽しいのに。
仕方ないので、普通に勧められるままに買っちゃった。おいくらなんだろうとヒヤヒヤしちゃうけど。
ドレスを買ったあとはアクセサリーだ。でも、アクセサリーはお父さんの作った物がたくさんあるので問題ない。テーブルに小箱に仕舞われているアクセサリーを広げる。露店ができるほど大量にある。お父さんが、あれもこれも似合うからと、たくさんプレゼントしてくれたのだ。
「これ、全部魔道具ですね。いくらになるのかしら」
大粒のダイヤがつけられている金のネックレスを手にとり、呆れた声をフローラさんはあげる。たしかに全部魔道具だ。だいたいは身を守る魔法が籠められている。
「最初はデモ子爵のお茶会が良いわね。格下だし、そこまで野心的でもない。とりあえず、皆がブレイブ家を招待しているから、自分も送っておこうと、断られること前提だと思いますし」
「フローラさん、詳しいですね」
銀の指輪を見ながら感心する。この指輪も大きな宝石がついているなぁ。ゴテゴテしすぎている感じがする。
「まぁ、高位貴族は身を守るためにも、そういった技術が見につくのよ。好き嫌い関係なしに」
このイヤリング良いわねと、イヤリングを灯りに照らしながら、平然と答えてくれるフローラさんの言葉にうげっと思っちゃうけど、仕方ないと思うの。
元はスラム街に住んでいたんだよ、私?
「あと、肝心なことがありますわ。決して言質を与えるような答えはしないこと。まぁ、ララさんは若すぎるし、失言しても大丈夫かもしれないけど、マーサさんにはよく言っておいた方が良いわね。気づかない間に婚約したことになるかもしれないですし」
「こわっ! なんで気づかない間に、私に婚約者ができるんですか?」
「貴族の世界ってそういうものなのよ。ララ様は婚約者はいらっしゃらないので? はい、いませんわ。それならうちの子はどう思います? 良い方だと思います。ありがとうございます。で、内々に婚約成立っと」
「今の会話に婚約を結ぶなんてどこにも出てきていませんよっ? え、そんなことで婚約って決まっちゃうんですか?」
話の流れがわからない。なんで相手を褒めるだけで婚約が決まったことになるのかな?
貴族の世界って怖いよ……ブルブル。
「そういうものなのよ。それでも高位貴族なら本来はそんなことはないわ。与し易しと思われているのよ」
「あぁ〜……私たちがもと平民だからですか?」
なんとなくわかった。ゴリ押しでいけると思われているんだ。悪意があるのならば、アイちゃんは守ってくれると言っていたが、そういう悪意のある行動でない場合は助けてくれるのだろうか?
商売人として、その程度は当たり前でつね、とか静観するような気がする。
「えぇ。そうなると相手は大変気の毒なことになるとも思うんだけど……。そうした事柄を自分自身で解決しないとね。いつまでもおんぶに抱っこはどうかしら」
婚約が決まったと貴族に勝手に言われたら、お父さんは暴れる予感がする。その隣で悪戯そうに暗躍するアイちゃんの楽しげな笑顔も幻視できちゃう。
たしかに自分自身で解決できるところは解決しないといけないよね。ちなみにお母さんはビアーラさんに高位貴族としての心得を教えてもらいに、ドッチナー侯爵家に訪問していたりする。
「そうですね、私も自分でできることは頑張らないと!」
拳を握り、力強く宣言をして決意する。なんだか、あれよあれよと自分の立場が変わっていっているような気がするけど。
「その意気です。その意気で第一王子と婚約を結びませんか? きっとあちらは大喜びします」
ふふっと悪戯そうに冗談を言うようにフローラさんが私に言ってくる。だけど誤魔化されないもんね。
「お断りします。だいたい王子の婚約者って、フローラさんじゃなかったでしたっけ?」
きっぱりとお断りを入れる。ここで王子様なんて素晴らしいですねと、冗談で返すと婚約者になっちゃうんでしょ? 学習したよ。
フローラさんはサッと目を逸らして、舌打ちをする。
「そこで頷けば、シグムント王子にララさんが恋い焦がれていますと伝えましたのに。私も王子の婚約者は嫌ですわ。王妃になるより、錬金を極めたり、美味しいお店を食べ歩きしたりと、自由に過ごしたいもの。王城に籠もって、仕事をするだけなんて冗談じゃないわ」
フローラさんは王子の婚約者は嫌らしい。その立場が嫌なのはわかりすぎるほどわかる。
私はアイちゃんが大好きなのであるが、執務室に山と積まれる書類を嬉々として片付けたりはしたくない。仕事多すぎである。
なので、アイちゃんの立場にはなりたくない。きっとそれと同じなのだろう。ああいうのには得手不得手があると思うのだ。
アイちゃんは仕事大好きすぎる。でも、最近は遊ぼ〜って、他の友だちと一緒に誘うと遊ぶから、少し安心だ。アイちゃんの好きなのはおままごと。酒場の主人役になり、様々な商品を売って繁盛させるというよくわからないおままごとだけど。
「それにまだ候補よ、候補。宰相になって、かつ月光商会と縁が深いドッチナー家には力が偏りすぎると言う声が挙がっているの。ムスペル家やブレド家が動いているのは明らかだけど、そのとおりでもあるし、王家も警戒しているから、候補止まりなのよ」
「色々と大変なんですね。私も陽光帝国に行ったら、そうなるのかな?」
アイちゃんのお世話で、全然陽光帝国には顔を出していないけど、将来的にはどうなんだろ?
手紙の束にはもちろん陽光帝国の貴族たちからのもある。タイタン王都にいるから、こっちのお茶会に出席すれば良いと思うんだけど。
「そういえば、そうね。ねぇ、その手紙の束を見せてもらって良いかしら?」
貴女は陽光帝国の貴族だものねと、フローラさんが聞いてくるので、別に隠す必要もないし、手渡す。
「う〜ん、聞いたことのない貴族ばかりね。元南部地域の王家たち絡みなのだから、それは仕方のないことですけど……。あら、これの宛名はっ?!」
普通のハートマークの封印が貼られているなんの変哲もない手紙を見て、フローラさんが目を見開きワナワナと震える。
なにかまずい物があったのかな? 豪華そうな手紙から読んでいったから、全部見ていないんだよね。
クワッと鬼の形相になり、フローラさんは私の肩を掴んできた。その鬼気迫る表情にたじろぐが
「これはスノー皇帝のお誘いですわっ! なんてこと! 中身も見ていないし、返事もしていないですよねっ?」
「え、う、うん。え、と、なになに……お茶会のお誘いだこれ。飛空艇のチケットも入っているや」
「入っているや、じゃなーい! 皇帝からのお誘いなのに、返事もせずに捨て置いたら大変なことになりますわよっ!」
うぅ、たしかに。でもなんの変哲もないお手紙なんだもの。送り主にすのーと書いてあるだけで、本当に普通のお手紙だったのだ。
「え、と、お友達も連れて参加してくださいって書いてある! たくさん連れてきてくださいって。フローラさんも一緒に行きましょう」
「あぁ〜、まだ日にちはありますよね? これは大変なことよ! 先程のデザイナーを呼び戻してください! ドレスをもっと高価にしないと。もちろん私も新しいドレスを仕立てないと! 大変だわっ!」
「りょ、了解っ! そうだ、シルさんにマユさんも呼ぼう! お友達をたくさんと書いてあるし」
スノー皇帝は気の良い人だけど、皇帝のお茶会がどれほど栄誉なのかは私でもわかる。これは将来的なことも考えて、皆を巻き込、ではなく誘おうと私とフローラさんはアワアワとするのであった。
お母さんにも伝えなきゃね。




