256話 戦後の後片付け
タイタン王国の誇る王城は崩壊し、人々の安心の象徴は無くなっていた。
だが、僅かな時間なれど、もう新たなる城が建設を終えていた。以前のように神の力は備わってはいないが、それでも灯りや水などの魔道具をふんだんに使った立派な城だ。
星3大きな白亜のお城、という名称である一夜城だ。たった一晩で作り出された城である。
こんなのどこで使えば良いんだよと、ガチャ廃人の少女が余らせていたアイテム。それをタイタン王国に売り払ったのだ。王城が一夜で建てられたと言う王権を支持するに相応しい伝説。神器ではないとはいえ、魔道具が使われているという施設の充実ぶりから、いくつかの領土と引き換えにタイタン王国は買い取った。
なお、売り払った金はほとんどタワシに変わったらしい。
領土とは元死の都市とその周辺、そして海まで繋がる巨人たちの渓谷を月光商会は割譲してもらった。元よりタイタン王国では手をつけていない領土ということもあり、あっさりと割譲は終わり……。
現在、謁見の間。
玉座の前にタイタン王が立っており、その前には第一王子シグムントが跪いている。周りにはドッチナー家は勿論のこと、ムスペル家、ブレド家など大勢の貴族たちや第二王子、それにローブを頭から被ったちっこい体躯の謎の人物とギュンターが立っている。
「シグムントよ。汝を王太子とし、余の後継とする。これよりは我が政の補佐をし、将来に備えるように」
「ハハッ! このシグムント、王太子としてこれより国のために励みます」
シグムント王子がそう宣言すると、ワッと貴族たちが拍手喝采をして、次代の王が決まるのであった。
目出度いと、貴族の皆が建前上でも笑顔になる中で、クククと謎の小柄な人物は含み笑いをする。フードを深くかぶりすぎて、前が見えなくてヨロヨロと隣のおばさんに当たっちゃう。
ゴメンナサイと、頭を下げる。謝れる良い子な謎の人物なのだ。謝ったあとに、リテイクリテイクと呟いて、クククと含み笑いをもう一度する。
「全てはあたちの計画通りでつ」
「玉璽を返還してよろしかったのですか?」
ギュンターの言葉に頷き、人差し指をフリフリと振る。
「昔からある王国を無傷で手に入れても、その支配はとっても難しいでつよ。なにしろ昔からの貴族しゃんや、権益関係など複雑怪奇でつからね」
「ふ。外より交渉をした方が余程楽ということですな?」
謎の小柄な人物にジャミトンが苦笑しつつ近づいてきた。周りは王太子決定後の晩餐会のために三々五々散っていた。
「たしかにタイタン王国の宮廷は魑魅魍魎が集う魔界。アイ姫の仰ることは間違いではないな。玉璽を返還され王家は存続したことは感謝の言葉しかないが、この宮廷をまた管理しなければならないと思うと頭が痛い」
頭を振りつつタイタン王もドッチナー夫妻を引き連れて、話に加わるので、謎の人物はプンプンと怒っちゃう。
「今日のあたちは謎の人物。誰もその正体はわからないのでつ。書記官さんも、あたちが出席したとは書かない約束でつよね?」
黒幕は謎の人物なのだ。ここの皆は知ってる? ううん、違うのでつ。噂になっても、公文書に残らなければ、将来的には有耶無耶になるものなのだ。それこそ、黒幕幼女の目指す世界。というか、黒幕幼女の世界支配なのでつ。
「そうでしたな。たしかギュンター卿のお孫さんという触れ込みでしたな。失礼を」
「てへへ。それでお願いしまつ。それに玉璽より、あたちはあれが欲しかったので満足でつ」
クネクネと身体を揺らして、ペロリと小さな舌を出して喜んじゃう幼女である。
謁見の間の窓から外を覗くと、空には空中要塞が浮遊しており、武蔵撫子や複数のサケトバが停泊していた。
空中要塞には、月光商会、空中本店と幟がいくつも立てられていたりする。
幼女は空中要塞を接収して、月光商会本店とすることに決めたのだ。かっこいい本店を手に入れて、大満足の幼女である。
それにタイタン王国は最高の神器を失った。もはや恐れる国ではなくなったのだ。それならば、裏から支配した方が余程楽で効率的であるからして。
タイタン王たちは、空中に浮かぶ空中要塞と飛空艇の艦隊を見て、ため息を吐く。天地が逆さまになっても敵わないと悟ったからだ。
そして、この幼女が神の使徒だとも判明している。フラムレッド防衛戦では多くの人々がその戦いを見たのだから、もはや勘違いしようもない。
きっと世界を救うべく遠き地からやって来たのだろう。母国から支配地を増やせという指示も受けているに違いない。
しかし強大な武力があることと、権力を持つと言うことは、また意味合いが違う。そして権力に対しても巧妙な策により、この幼女は手に入れていた。さすがに策はギュンター卿が練ったのであろうが。
武力と権力。両方を手に入れた幼女だ。タイタン王国としては、その下で働くことになるしかない。……まぁ、政治には関わりたくなさそうなので、今までとあまり違いはなさそうだが。
それこそが巧妙に支配されたという証左でもあるが。
なのでタイタン王はアイ・月読を己よりも上位者として敬うことを決心していた。シグムント王子、シグルド王子も同じである。
それに合わせて、貴族たちはギラついた獣のように幼女を見てもいた。晩餐会は大変なことになるだろうと、その後で少し話をしてから、各々は解散するのであった。
たった数年で変わってしまった宮廷世界。美しい水晶と黄金でできている灯りの魔道具でもあるシャンデリアの下、以前とは違い煌々と明かりが部屋の隅々まで行き渡る中でデボラは料理を手にしながらフローラ侯爵令嬢とマユという女伯爵と歓談していた。
「魑魅魍魎なのです。なぜ私は女伯爵になったのかわからないのですよ。魔物に食べられる未来しか見えないのですが」
ハグハグと照り焼きチキンを食べながら、不満そうに言うマユ女伯爵。その歳は僅か12歳。この間取り潰しになった伯爵家の唯一の分家ということになっている。
マナーもへったくれもなく、料理にかぶりついて不満を態度で表しているので、デボラは微笑みを作りながら言う。
「月光商会が聖なる湖の虹色鱒や、他の魚が美味しいからと、再度聖なる塔を再建したいと仰りました。そこを管理するのに、あら不思議。ちょうど魔法爵に保護されていた娘がいましたからね。その娘に爵位を与えて繋がりを持とうとしたのですわ。まさしく魑魅魍魎の世界というところですか」
「そうですね。各地で戦争は終わり、悪魔たちも倒しましたもの。あとは武力に頼らない戦い。これからはマユ女伯爵も大変なことになるかもしれませんわ」
フローラもデボラの説明に同意をしてくる。
「マユさんは小悪党さんのそばで仕事を手伝うのです。領地の管理などする気はないのですよ。まだ命も惜しいのです。どこからか逆恨みの矢が飛んできてもまったく不思議ではないと思います」
「領地の管理は月光商会と縁が深いハウゼン男爵の派閥から出ることになるでしょう。貴女は今までどおりで良いと思います。それこそが陛下の思惑でしょうし」
口にはしないが、魔法爵の嫁にもなって欲しいと、陛下は考えているはずだ。だから、ガイとやらのそばにいることが行動としては正しい。
「………ここは人の皮をかぶった魔物が多すぎなのですよ。今日は食べることに専念するのです」
はぁ〜とため息を吐きマユは料理の皿から、肉を取るのであった。
私もなにかデザート類をとりましょうと、デボラは皿に並ぶケーキを見て悩む。フローラも同じく取りながら、周囲で屯している貴族たちが来ないように祈っていた。
デボラは落ち目のムスペル家、フローラは今が世の春と言わんばかりのドッチナー侯爵家、そしてマユは魔法爵へと近づくためだけに、取り潰しにあった伯爵家から再興した元召使いの娘だ。
正直、この3人の間にどのように近づけば良いかわからないため、貴族たちは推し量っているのだろう。
しばらくは夜会はこの3人で固まって行動するべきねと、フローラは内心で悪戯そうにペロリと小さく舌を出していた。
晩餐会は豪華絢爛な料理が並び、高位貴族たちが集まっている。男爵以下の木っ端貴族たちは別のホールにて晩餐会をしている。あまりにも大きな晩餐会の際は参加人数が多いため、よく使われる手順だ。
なのに、なぜ男爵である私はここに立っているのだろうと、混乱と畏れを持ちながら、ハウゼン男爵は足が震えないように我慢していた。
自身の周りには、同じ立場の者たちが集まっており、羊たちが群れを作るようにして、身を守ろうとしていた。
同じ立場とは即ち月光商会に勤めている者たちと言うことだ。皆は青褪めて、誰にも話しかけられないようにと、料理を黙々と食べている。
コミュニケーションが苦手な社員が飲み会などで、話しかけられて困らないように、料理を食べるのに忙しくて仕方ないとアピールするやり方である。
コミュニケーションが苦手なんじゃなく、お腹が減って料理を食べるのに忙しいんですと本人は誤魔化しているつもりだが、実際は他者の目から見たらバレバレでもあるのだが。
ハウゼン男爵も同じようにローストビーフを懸命に食べるふりをしていた。うん、これは香辛料がよく効いていて、肉もちょうど良く焼かれたあとに寝かされていて旨味が封じ込められている。王宮の料理人も腕前が上がったな、と。
だが、懸命な演技はスルーされた。次々に貴族たちがやってくるのであるからして。
「ハウゼン男爵。そなたも立派に1派閥を率いる身。伯爵へと昇爵もするのだ。料理を食べるよりも、貴族との付き合いを考えねばならぬと思うが?」
なぜ私が法衣とはいえ、伯爵になるのだと頭をクラクラさせながらも、先程から話しかけてくる本来は雲の上の方であったジャミトン公爵へと返答をする。
「私は月光商会で真面目に働いているだけでして。派閥などはとてもとても」
「謙遜は美徳だが、過ぎたる謙遜は嫌味になるぞ? 見給え、君の周りに集まっている貴族たちの数を。派閥と言わずして何となる?」
たしかに羊貴族の群れをハウゼンたちは形成していた。それに合わせて親族やら寄り親たちも集まってもいる。なるほど、たしかに一見したら派閥に見える。お前らどっかいけ。
同僚に分散してくれよとアイコンタクトをするが、青褪めながら首を横に振って返してきた。羊は群れから逸れると狼に食べられることをよく知っている模様。
「本来は私が仕事を世話する予定であったのだが、色々とあってそれが後回しになってしまった。お詫びとして派閥の取舵の方法や、貴族の付き合い方を教えようじゃないか。なに、気にすることはない。私と君の間柄だからな」
朗らかに親しそうに言ってくるジャミトン。弱体化というか、消滅寸前の自らの権力の復活を画策している様子。
自分が仕事を貰えるように、ムスペル家の分家に頼んでいたことも調べ済みであるらしい。臆面もなく、親しい間柄だというジャミトン公爵の面の厚さに感心もしてしまう。
これが高位貴族という者なのだ。その調査力と行動力。恐ろしいものがある。自分が今までいた世界とは違うと痛感してしまう。
ここで下手に返答をしたら、きっとこの方は全力で私たちを自分の派閥に組み入れようとするのだろうと思いながら、どうしようかと考える。今は新たなる事業で忙しいのだが。
のんびりと歩いてくるギュンター卿が目に入ってきたので、助けを求めて声をかける。
「ギュンター卿。楽しんでおられますか?」
「ん? おぉ、ハウゼン男爵か。それにジャミトン公爵も。うむ、なかなか楽しんでいるぞ」
「それはなによりですな。ギュンター卿はお酒に目がないとか。今度我が家にいらっしゃいませんか? 利き酒というものを教えて欲しいのです」
「利き酒とは聞き慣れぬ。私も参加してよろしいか?」
ジャミトン公爵も話に加わり、他の貴族たちも我も我もと集まってきた。あれ……ギュンター卿に助けを求めようとしたが、なにか失敗したか?
「大きな集まりの取り扱いもハウゼン男爵は慣れておらぬのでは? 良ければ私が手伝おう」
肩を掴んでニヤリと笑うジャミトン公爵。
あくまでも離れない、機会を逃さない公爵に、密かにギュンター卿に助けを素直に求めようとハウゼン男爵は嘆息する。
どうやら今日を限りに様々な事柄が変わってしまったらしい。