254話 神の眷属と死闘を繰り広げる黒幕幼女
アイは怒りでぷち切れた。もはや、こんな思い通りにならない世界なんて知らないと、誰かがおやつをくれるまでグレちゃう予定だ。幼女が切れると面倒くさいんだぞ。壁を見ながら、グスグスと涙を流して過ごすんだから。
きっと空気が悪くなり、慰める人がたくさん現れるのは間違いないのだ。お菓子はシュークリームを希望しまつ。ムシュー。
目の前の少女は穏やかな顔のまま、アイを見つめるだけだけど。
「その力が偽神の使徒の力なのかい?」
「そうでつ。これが神のお手伝いをしているあたちの力の一つ」
ふわさっと、金色の髪をかきあげて、ムフンと鼻を鳴らして、かっこいいでしょうと微笑む。
髪は特に逆立ってはいないが……。
ぴょこんと狐耳をその頭から生やし、もふもふ尻尾をお尻から突き出して、人差し指をピッとルシフェルへと指差して宣言する。
「これがあたちのコンコンモード! 神の眷属の一人から力を借りし姿でつ」
コンコンと口ずさみ、ちっこいおててを曲げて、狐の真似をしちゃう。
覚醒モード。お狐幼女が爆誕した。
ランカの狐の加護を共有して、お狐幼女モードへとチェンジしたのである。ちなみに狐神の加護はランカにいつの間にか備わっていた。
その可愛すぎる幼女の姿に、ゴフゥと血を吐いて、倒れる二人の少女が遠くにいたが特に気にすることはしないでおこう。
ひらりと槍を回転させるとポフンと音を立てて扇子にその姿を変えて、ハラリと扇子を広げて、その影から覗かせ悪戯そうな笑みを浮かべる幼女である。
「ルシフェルしゃん。このモードのあたちを倒せまつかね? コンコン」
あまつさえ、コンコンなんて語尾をつけちゃうので、月光クッキー教に入る信者が増えることは確実だ。
「はて? 状況はまったく変わっていないと思いますが」
人差し指を翳して、再び光線を撃とうとするルシフェルだが、ホホホと背伸びした笑いをして、躱す様子のない幼女に僅かに眉を顰める。
だが、攻撃を止めることはせずに撃つ。光のサークルが人差し指の周囲に生まれ、ピカリと輝く。
先程はこの攻撃を躱せもしなかった幼女はホホホと笑いつづけるのみ。その余裕の顔へと光線が走り
顔を貫くことはなかった。
シュインと光線は幼女の顔を流れて、通り過ぎてゆくのであった。
「っ!」
その様子を見て、僅かに驚きを見せるルシフェル。まさか完全に回避されるとは思わなかったのだ。なぜだと問いかける前に、幼女の身体の周りが陽炎のように揺らめいていることに気づく。
「ハッタリをしてまちたね、ルシフェルしゃん?」
ホホホと扇子の影からチラチラと顔を覗かせて問いかけるアイへと、フッと余裕の表情で息を吐く。
「失礼な子供だね。なぜ、ハッタリだと?」
「光速の一撃。片手間で使っているような、力の欠片も使っていない様子を見せて、実際は全力を集中させてまちたね? だから、ゆっくりとしか移動できなかったんでつ。力を集中させすぎて」
人差し指からの光線。いかにも強ボスが片手間に使いそうな技だ。俺も勘違いしてしまった。あれが片手間の、欠片しか力を使っていない敵ならば、どれほど強大な敵なのかと。
だが、実際は力を集めてなんとか使っていた技だったのだ。だがこの効果はバツグンだ。相手は勝手にルシフェルを強大な、いや強大すぎる力の持ち主だと警戒して、常に様子を見ながら後手へと勝手にまわるのだから。
「なるほど……どうやら見の力が強くなったみたいだね」
ため息を吐き、アイの言葉に否定しないルシフェル。その様子を見て、得意げにふんふんと鼻息荒く胸を張る。
「見の力だけではないでつよ? 狐幼女は悪戯も得意なんでつ! 花咲き乱れ、木の葉舞う!」
扇子をゆらゆらと振る。ひとふりするごとに、扇子に描かれている満開の桜の木から花びらが実体化して、緑豊かな木の葉が混じる。
ひらひらと狐幼女は舞を見せる。幼女のお遊戯の時間だと、どこかのケモ娘たちならば、観覧するために必要なS席に全財産をはたくだろう。
お遊戯の時間ならば。だが、ここは残念ながら戦場である。
辺りに花びらと木の葉がどんどんと増えていき、吹き荒れる花吹雪へと変わっていき、その姿が隠れていく。
「あたちのお遊戯を楽しんで貰えればよろしいのでありんつが」
クスクスと可愛らしい声だけが花吹雪の中で聞こえ、ルシフェルの視界は完全に妨げられた。
「ふむ。偽神の眷属の力かい? 私には効かないけどね」
鋭い眼光にて、ルシフェルは人差し指を翳して、気配の感じる場所へと光線を放つ。ピカリと光り、光線が花吹雪の中を貫通していこうとするが
「ん? これは……」
いかなるものも貫くはずの光線は花吹雪に絡め取られるように消えていった。数枚の花びらが光線に絡み、その力を減衰したのだ。
ルシフェルはついっと、目の前を舞う花びらの1枚を手にとって観察する。
「私の光を妨げるものなのか……花びら1枚1枚が僅かながら魔法構成を歪める力を持っている……。精緻で凝縮してある技ほど、この技に弱い。考えましたね」
花吹雪全てが敵の魔法を妨害するジャマーのような存在だと、ルシフェルは感心しながら、それでも余裕の笑みを崩さない。
小柄な体躯にあるまじき豊満な胸をぽよよんと反らして、睥睨しながら周囲を見渡す。
「ルシファーは傲慢の大罪でちたっけ? 天使に戻ってもその傲慢さは隠しきれないみたいでつね」
花吹雪の中からアイの言葉が聞こえてくるので、銀の長剣を身構える。と、同時に幼女が扇子を振りかぶって、花吹雪の中から現れた。
花吹雪を着物の模様のように身体に纏わせ、ルシフェルへと畳んだ扇子で攻撃してくる。扇子は黄金の剣身をその先端に作り出しており、ビームソードのような力を宿しているとわかる。
ルシフェルも剣を繰り出し、その攻撃を受け止める。幼女は振り下ろした扇子をすぐに引き戻して、くるりんと空中回転をしながら、左右から、上下から連続攻撃を繰り出す。
お互いが高速で動き、残像が入り乱れ、激しい打ち合いが続く。カキンカキンと火花を散らして打ち合うが、ルシフェルは未だに余裕の笑みを崩さない。
……だが、僅かに不愉快そうに声を出す。
「君の攻撃は全て防がれているのに、なぜ笑みを浮かべる? どうして焦りを見せないのかな?」
幼女の攻撃はフェイントも駆使しており、右からと思うと上から、突きを繰り出すと思いきや、途中から身体を捻り下からの切り上げなど、変幻自在な攻撃をしてくる。
だが、密かに集中を使っているルシフェルはその攻撃を全て見切っていた。舞うように幼女の攻撃を受け続けて、掠らせることもさせない。
だのに、幼女は笑みを消さずに、怯まずに攻撃をしてくる。不遜な存在だと、僅かに苛つきを覚えたルシフェルは、力の差を見せつけるためにも、自身から攻撃をすることを決める。
「愚かなる偽神の使徒に私の力を見せよう。必中、神技 銀剣乱絶」
その手に持つ銀の長剣が光り、その剣撃が消えるように高速で奔る。複雑に描かれた銀線のみが空中に残り、幼女の身体へと刻まれる。
超高速での乱撃により、幼女は身体をバラバラにされて……花びらとなって舞い散った。
「幻術!」
瞬時に敵の使った魔法を理解して、後ろへと羽を羽ばたかせて下がるが
「コンコン狐のお遊戯の時間でつよ」
後ろから扇子を振りかぶる幼女が花吹雪の中から現れるので、身体を回転させ、その勢いのままに剣を振るう。
その一撃は幼女の振り下ろしよりも速く胴体を薙ぎ払うが、またもや花びらへと変わっていく。
「狐しゃんは幻術が得意なんでつ」
再び横合いから聞こえてくる声に合わせて、横薙ぎに剣を振るうが、そこにあるのは花びらのみ。
「厄介な戦法を使ってくれますね」
「幼術 コンコン狐、幼女の舞!」
花吹雪の合間から木霊するように、幼女の声がいくつも聞こえてきて、ぼふぼふと花吹雪の中から狐幼女たちが飛び出してくる。
ケモ娘ズなら、一匹持ち帰ると宣言しそうな、可愛らしい狐幼女たちであったが、その攻撃は可愛くない。黄金の剣身を宿す扇子を持ち、ルシフェルへと斬りかかってくる。高速での攻撃は全て本物そっくりで見切ることはできないとルシフェルは悟った。
「ですが、無駄なのです。真なる神から力を授かっている私にはね」
銀の剣を握り直して、力を込める。敵の必殺の攻撃だろうと、己が前には無駄なのだ。偽神の使徒では自分に遠く及ばない。
絶対の自信を持つルシフェルは、ここで厄介な敵を倒すことを決心した。自身の奥義にて、圧倒しようと決意する。
自らの瞳に炎を宿らせて、強き力を解き放つ。己の心を奮い立たせて、心を熱血心で燃やす。
「熱血必中スマッシュヒット 神奥義 レクイエムサークルブレード」
精神を打ち砕き、魂を昇天させる奥義。いかなる敵も倒してきたルシフェルの技。しかもクリティカルにして、ダメージを2倍にして、絶対に命中する技だ。
揺らめく銀のオーラが剣に宿り、振るう一撃は周囲に円のように銀の軌跡を残し、迫りくる周囲の幼女を全て切り裂いた。
残心を残し、フッと勝利の笑みを浮べようとするルシフェルだが……。
ギクリと顔を強張らせる。なぜならば、斬り裂いた敵の全てが花びらへと変わり、舞い散っていったからだ。
眼前に漂う花びらに、動揺を示し、その笑みが消えて
「必中。必ず敵に当たる大技。でつが、とんでもない弱点がありまつね」
頭上から聞こえてくる幼女の声に、顔を持ち上げようとするが動かない。いつの間にか身体に金色のワイヤーが絡みついていた。
「自らが倒すと決めた敵に攻撃は繰り出されて、命中するまでは他の敵からの攻撃は防げない。それどころか、攻撃されたことも気づかないんでありんつ」
グインと身体に絡みつく糸が引っ張られて、ルシフェルは引き寄せられる。
「普段のルシフェルしゃんなら、簡単に気づいたでしょーが、必中を使ってしまったことにより、あたちの幻影を倒す間は完全に無防備となったルシフェルしゃんでは、花びらに隠した糸に気づかなかった」
幼女はその手に糸を掴み、フンスとルシフェルの身体を引っ張り、といやっと身体を回転させて、花吹雪の中でスイングをしていく。
花吹雪の中を回転させられるルシフェルは、その身体にどんどん花びらがまとわりついてくることに気づき、力を込めて糸を切ろうとするが遅かった。
「幼狐術 花吹雪業火絢爛!」
周囲を舞い散る花びらを全てルシフェルに纏わせて、炎の魔法を使う。一瞬のうちに花びらが燃え始め、ルシフェルは業火に包まれ、超光熱の光球に変わるのであった。
そうして、大爆発が起こり、周囲へと衝撃波が吹き荒れるなかで、尻尾をぶんぶん、狐耳をピコピコさせて、黒幕幼女は悪戯そうにクフフと笑う。
「世界はターン制じゃないのでつよ。ルシフェルしゃん。それに真面目な人ではあたちには敵いましぇん」
口元を手で覆い、衝撃波により金髪をたなびかせて呟く。
「なにしろ、あたちは悪戯狐でつから。コンコン」
真面目な人はからかわれるだけなんでつよと、教えてあげるのであった。