252話 大天使対月光幼女
タイタンニアが爆散し、煙が辺りを覆っていたが、その煙も風が吹いて、徐々に散っていく。
そうして消えた煙のあとには、銀の翼を生やす天使が立っていた。その身から銀の粒子を放ち、途方もない力を感じさせてくる。
「改めて自己紹介をしようか。私の名はルシフェル。明けの明星ルシフェル」
フッと髪をかきあげて、銀髪の男は余裕そうに自己紹介をしてきた。神聖そうなヤバさしか感じない敵だ。
「驚いたかい? 邪神の力を吸収した僕の姿に?」
「そうだね〜。もしかしてイメチェンした? さっきとは違う感じがするんだけど?」
顔を険しくしてランカは警戒心を露わに杖を身構える。先程とは雰囲気が違う。斜に構えてるスカした男とは別人に思えるのであるからして。
その問いかけに、ルシフェルは穏やかな笑みとなる。
「人間より生まれいでし、人造悪魔たるルシファーは消えたんだ。わかるかい? 堕天使ルシファーはタイタンニアとタイタンの神器から、その神力を自分に密かに流していたのさ。そうして神力を自らに溶け込ましていた」
「自らを浄化して、神へと転化するつもりだったんだね? だから、タイタンニアは弱かったんだ」
やけに弱いとは思ったのだ。アホっぽい敵だったしね。裏があったのか。
全部演技だったのだと幼女は悟る。ニャロウ、全部が作戦だったのか。俺らがのんびりと悪魔たちを倒している間に、神へとの転化をしていたのか。時間稼ぎに悪魔たちを使うとは……。悪魔みたいな悪魔だ。
「ふふふ、そのとおり。タイタンニアはその力の根源を既に失っていたのです。ほとんどの力はルシファーに移し終えていました」
「その先は言わなくてもわかるよ〜。転化したが最後、人造堕天使の魂は消えて、本物のルシファー、いや、ルシフェルが降臨したんだね?」
「物分りが良くて助かります。そのとおり、この世界を救うために私は降臨しました。貴女の神の力を受けたのが最後の鍵となり、完全なる転化が行えたのです。貴女の力がなくして、私は完全なる降臨はできなかったので、感謝を致します」
頭を下げるルシフェルに、嫌味でも皮肉げもなく、本当に感謝の念から伝えてきていると理解する。理解したからこそ、やばいとも。
「あわわわ。これは計算外だぜ。こいつはファフニールと同じパターンだ。あたしって、いつもこんな場面にいるんだな」
コックピット内で、どうしようどうしようと、マコトが慌てた様子でパタパタと飛ぶ。真面目にやばいのかもしれない。
「マコト、ルシフェルの解析をよろしくでつ。教えてくだしゃい」
すぐに敵の解析を頼む。いつものようにマコトは簡単に教えてくると思いきや、気不味そうな表情をして歯切れが悪い。
「解析をするんだぜ……。敵は大天使ルシフェル。えーっとステータス及びスキルはない。以上」
簡単すぎる解析に、幼女はコテンと首を傾げちゃう。なんじゃらほい?
「ステータスがないって、どういうことでつか?」
「ルシフェルはあいつの理の外にいるんだぜ。だから、ステータスやスキルは適用されないんだ。……なにしろ本物の神だからな」
「ルシフェルは天使でつよ? 神様に仕える天使でつ」
「神様が概念のみとなれば、力を振るえる者が神なんだぜ。結局神様って、戦ったとか伝承にないだろ?」
マコトの言葉に納得しちゃう。たしかに天使対悪魔みたいなハルマゲドンの伝承はたくさんあるけど、神様対悪魔って、ないんだよな。なるほどね。
というかその返答を聞いて事態を把握した。これは極めてまずい。
「もちかして……もちかして……。ルシフェルを倒してもドロップはないんでつか?」
ドロップ率100%の幼女的に困ります。ルシファーを倒してもドロップがないのは。
「……そこを気にするのが、アイらしいけど、倒したらご褒美は出るだろうぜ。倒せたら」
呆れ顔になるマコトだが、倒すしか未来はないのだから、仕方ないんだよ。幼女はご褒美を期待して頑張るとするかな。
「さて、救世主たる私が降臨したことでこの世界は救われます。偽りの女神に仕える者よ。貴女達を排除し、デミウルゴスを滅ぼし、この世界に永遠の幸福を! 神の下に聖歌を歌い、争いの世界に」
両手を水平に伸ばし、ルシフェルは10枚の翼を広げる。そうして、銀の粒子を噴き出すように身体から放ちながら、強き光を放つ。
「世界に光あれ!」
その言葉と共に、一層光り輝き……。
空が昼間となった。暗き夜中から、青空の広がる昼間へと。
空を見ると、小さな太陽が浮かんでいた。その太陽の輝きに照らされて、この地は昼へと変わっていた。
「力技すぎるね〜」
「奇蹟ではないのは明らかでつね」
軽口を叩きながらもランカの額からは冷や汗が流れていた。どうやらルシフェルの強大さを感じた模様。
「力の差。存在の格というものが理解できたようだね。偽りの女神に仕えし者よ、頭を垂れて赦しを請うのです、なれば慈悲により、苦痛のない死を与えましょう」
穏やかな笑みでサイコ的なセリフを口にするルシフェル。わかっていたが、やはり許す=死を与えましょう的な敵キャラらしい。
「苦痛はお断りだけど、ただでやられるわけにはいかないんだよね。サイキックブリッツ」
ランカはルシフェルと間合いをとりながら、半透明の念動弾を複数撃つ。空間を歪めながらルシフェルへと向かうサイキックブリッツ。先程、悪魔たちをあっさりと倒した大魔法であるが、ルシフェルは余裕の笑みを崩さずに回避をすることもなく、受け止めた。その体の前にはいつの間にか銀色の盾が存在していた。
「神技 神の盾はいかなるものも貫けない」
ルシフェルは神技により銀色の障壁を作り出していた。サイキックブリッツはその盾に命中して、盾を砕くどころか、なんの現象も見せずにシャボン玉のように消え去った。
「真の神の力とは、このようなものだよ。わかったかい? 驕り高ぶった人間よ」
人差し指をランカに向けてくるので、アイは慌ててレバーを握る。これは殺られる天ぷらであるからして。
ルシフェルの人差し指がチカッと光ったかと思うと、指先から放たれた一条の光線がランカの心臓を貫いた……かのようにみえた。
だが、ランカの姿は朧気に薄れていき、消えていった。
ルシフェルはその様子を見ても、驚きもせずに上空へと仰ぎ見る。テレポートで逃れたのを一瞬で理解をしていた。というか、バレていたらしい。
「なるほど、君が偽りの女神の使徒だったんだね」
ルシフェルの上空には、おさげ髪の可愛らしいやんちゃそうな顔つきのちっこい幼女が浮いていた。キリリと顔を珍しく真剣な表情へと変えて。
「そのとおり。あたちが女神様の使徒、アイでつ! 月光の下、貴方を退治しちゃいまつ! へーんしん!」
右手を掲げて左を腰にあてて、変身ポーズをする。とやあっと手を回して変身しちゃうのだ。
それすなわち
「月光幼女〜!」
叫びながら月光天使へと変身するコマンドを叩く。ちなみに月光天使であって、月光幼女ではない。素で間違えちゃったが、幼女だから許してほちいでつ。
昼の世界へと変わっていた地は、巨大な月が現れて再び夜へと変わっていく。柔らかな光で大地を照らす穏やかな地へと。
幼女も黄金の粒子が体に集まっていく。ちっこい天使の翼が生えて、黄金の鎧が身を包む。そうして、手には黄金の槍が納まる。
「柔らかな月の下、月光幼女天使、アイ。ここに参上でつ!」
右手を伸ばして
左足を伸ばして〜
胸を張って、ハイポーズ。
可愛らしくキリッとした顔に、ペカリと笑顔を浮かべてアイは月光天使へと変化した。
周囲にはアイの創り出した黄金の粒子と、ルシフェルの創り出した銀色の粒子がぶつかり、せめぎ合う。
粒子同士がぶつかり合うごとに、パチンパチンと粒子が弾けていき、弾けていく粒子の跡に花火のように光の残滓が残り、幻想的な世界へと変わっていった。
「よろしい。我が主の名のもとに、汝、偽りの神の使徒よ。私が天罰を与えましょう」
ルシフェルは穏やかな態度を変えずに、微笑みとともにその手に神々しい銀の長剣を生み出す。
「傲慢にも天罰を振るうと言ったときから、ルシフェルしゃんは神の資格をなくしていまつ! あたちはあたちの持つ信念のもとに貴方を退治しまつ!」
黄金の槍を構えて、アイもルシフェルへと不敵な笑みを浮かべる。ちなみにマコトがいないんだけど?
「あたしの障壁が破られる可能性があるからな。観戦モードで応援するぜ! 離れた場所からな! あたしのアバターはめちゃくちゃ高いんだ。フレーフレー、アーイ!」
モニター越しに、フレーフレーとボンボンを持って、チアガール姿で応援する妖精の姿があった。どうやら、アバターが殺られた際の修復費用はアイたちとは桁が違う模様。後でお仕置き決定だな。
対峙する天使対天使。お互いの視線がぶつかり火花を散らす。
「……ルシフェル。貴方はこの世界の者ではないでつね?」
「そのとおり。僕は他世界の創造神の眷属。残念ながら、過去において我が主の期待には応えられなかったために滅ぼされたが……今度こそは上手くやり、この世界を主に捧げると誓うよ」
「他世界の創造神……。滅ぼされても忠義を尽くすんでつか?」
「当たり前さ。世界を安定化させるという主の期待に答えられなかった僕が悪いんだからね。この世界を救ったあとに、リンクが切れている我が主を探すこともしないといけないな」
狂信者めと思うが……天使ならこんなもんかとも納得してしまう。まぁ、他世界の創造神など、どうでも良い。今はルシフェルを倒すことに注力するべきだ。
「いきまつ! 幼槍技 テレポートスパイラル」
体をひねり、その回転を身体からおててに伝えて、手に持つ槍に宿らせて突きを繰り出す。テレポートにて、アイはその身体をルシフェルの懐へと移動させて。
「神技 光の神盾」
ルシフェルは慌てずに、神力を光の盾へと変換して、幼女の一撃を受け止める。
「ていていていっ」
一撃ぐらい躱されても、予想内だと幼女は残像を作りながら、ルシフェルの隙を狙うように、高速移動を行い、あらゆる角度から槍を繰り出す。
「甘い甘い。その程度ではね」
ルシフェルは銀の剣を軽やかに振るい、アイの槍へと合わせて弾き返していく。
カキンカキンと金属音が響く中で、二人はその動作をどんどん速めていく。もはや、一般人では、無数の残像しか目に入らないだろう。
衝撃波が超ステータスの二人が繰り出す槍と剣のぶつかりで生み出されて、風圧のように周囲へと広がる。
ドンドンと衝撃波が生まれる音へとぶつかり合う音が変わっていき、二人は空を高機動で移動しながら、相手の隙を狙い戦い続ける。
月光の下で、どちらが勝利を掴むのか、周囲の人々は固唾を飲んで見守るのであった。