25話 貴族と戦う黒幕幼女
目の前に怯えて蹲る平民を見て、レトーヤは醜悪に嗤った。隣に立つベイン殿も嘲笑っている。ちょうどよい魔法の的ができたのだ。これは予想外ではあるが、楽しい催しであった。
レトーヤは魔法を使うことが好きな変人だと言われているが、実際は魔法で生き物を殺すのが好きなのである。自らが手を汚さずに生き物を殺せる快感は何者にも変えがたい。
魔物も良いが、平民を甚振るのも良い。魔物と違って抵抗もしないだろうから。
「それほどまでに公爵家の秘術を見たければ見せてやろう。そこで見るが良い。耐えられれば、その罪を許そうではないか」
「そ、それは本当だべか?」
「あぁ、公爵家の名にかけて許そう」
平民が耐えられるわけないと、嘲笑いながら詠唱を開始する。複雑なる印にて魔法の発動準備が整い力ある言葉を口にする。
「フリーズスタチュー!」
平民の足元から氷が水のように現れて、その身体をじわじわと覆っていく。氷に覆われながらも、ゆっくりと平民は立ち上がり、こちらへと冷たい視線を向けていた。
なぜ泣きわめかないのかと、レトーヤは舌打ちしながらつまらないとがっかりする。
「お見事です。この氷の柱は残していきますか? 平民への戒めとして」
ベイン殿が褒め称えてくるので、多少不機嫌さが直る。クリエイト系のフリーズスタチューは数日は持つだろう。たしかに見せしめとして、そして自らの魔法の偉大さを広めるためにも良いかもしれない。
「それは良いですな。私の魔法の偉大さを見せるためにも」
「魔法の偉大さを広めるには、力不足だと思うがな」
レトーヤは自分の言葉を否定する声が聞こえてきたので、ムッとして誰が今の発言をと探そうと見渡すが、今の発言に他の連中も戸惑っていた。
どこから聞こえてきたのかと考えて、ギクリと身体を震わす。ピシリピシリと平民を封じた氷にヒビが入っていくのだ。
その想定外の光景に息が止まりそうになるほど驚く。なぜだと声をあげようとした瞬間。氷が完全に砕け散り、氷の欠片が草に落ちていく中で、平民が口を開く。
「これで儂は無罪となったのかな? では今度は儂がそなたらを裁こう」
平民……ではなかった。青いプレートメイルをいつの間にか着込んだ老人が剣と盾を持ち、レトーヤたちへと鋭い眼光を向けるのであった。
「き、貴様っ! 騎士であったか! なぜ平民の真似などを。紛らわしい、私をからかったのか! どこの貴族だ、名を名乗れ!」
ぎゃあぎゃあと喚き散らし、こちらへと怒気を向けてくる貴族の姿に、アイはレバーを握りながら唖然としてしまった。
「すげーな、あいつ。危機感という文字がきっと辞書に書いてないんだろうな」
肩に乗るマコトもその姿に呆れていた。そりゃそうだ。誰がからかうためだけに命をかけるというのか。ギュンターのヒットポイントは18も減っているのだ。ガイで来なくて良かったと安堵する。きっとガイは死んだら、次は変形機能付きでとか言ってくるだろうし。
「マコト、あいつのステータスは?」
「う〜ん、見えたっ! ステータスは平均50、力が少し強くて、かなり素早さが低いぜ」
肥えているからな。この不味い食事しかない世界でよく太れる。いや、貴族は違うのだろうか。そういえば、まともに王都を散策したことがないや。今度散策しようっと。
「まぁ、それよりも貴族が高ステータスなのはわかったでつ。爵位によってちからが違うのか……。このおデブさんは子爵とかかな? それにギュンターのぼうぎょを貫くとは、あの杖が攻撃力を激増させているのか」
「武器防具の解析をあたしはできないぜ! 今のところはな」
「未来を期待するでつよ。では、予定外の戦闘を始めるでつ!」
本当は観察だけで、手を出すつもりはなかったが
「騎士たちは鍛えられているようだな」
ギュンターぼでぃへと意識を移したアイは貴族を守らんと、前面に盾を掲げて陣形をとる騎士たちをみて、薄く笑うのであった。
「ホブゴブリンを16体も使ったのだ。それなりの報酬を期待させて貰おう!」
プレートメイルの重さをものともせずに、騎士アイは足を踏み込み、一気に騎士たちへと肉薄する。想像以上の速さに騎士たちは驚くが、隊長らしき騎士が叫ぶ。
「敵はレトーヤ様の魔法を耐えきる騎士だ! 油断するな、グレートウォールの陣!」
「はっ! 盾技 ビッグシールド」
「ビッグシールド」
「ビッグシールド」
騎士は15人、貴族は2人、そのうち7人が前面にでてきて、盾を掲げて、同じ盾技を使う。
整列をして一斉に使用した盾技により、まるで光の壁が生まれたようになり、アイは感心する。その高さは3メートル。強力な防壁に違いない。
「だが、甘いな」
強く右足を踏み込むと、土を抉りアイは空高くジャンプした。くるりと回転して、光の壁をぎりぎり乗り越えて、敵の頭上に差し掛かると同時に剣を振るう。
「剣技 ソードスラッシュ」
赤い光が剣身を伸ばし、中央の隊長らしき者とその両隣にいる騎士の頭へと襲いかかる。
「しまっ、ギャハッ」
騎士たちの兜ごと叩き斬り、3人が倒れる中で、さらに盾を構えていて狼狽する残りの騎士へと剣を振るう。1歩で間合いを詰めて、無防備なその首を斬り裂いていく。
瞬時に右翼に位置する2人を倒した騎士アイは盾を掲げて腰を落とす。
「剣技 ソードスラッシュ」
「剣技 ソードスラッシュ」
「盾技 ビッグシールド」
光の盾が生まれて赤い剣閃を受け止める。カチンと音がしてソードスラッシュを弾いたアイは、ソードスラッシュを弾かれて態勢を崩す2人の首を剣を振るい斬り裂く。
騎士たちが倒れ、残りの騎士のうち3人が突撃をしてきた。平民とは違うステータス。その加速はたいしたものではあるのだが、3人のステータスも装備も如何せん騎士アイのぼうぎょを貫く程ではなかった。
あえてその突きを肩を突き出し、半身となって受け止める。鉄製の武具を使う騎士たちの突きはガチンと金属音はたてるが、ただそれだけで肩当てを壊すことも傷をつけることもできなかった。
「ひいっ! こいつ将軍級だ!」
「こ、攻撃が通じないぞ」
「手が痺れ」
3人の騎士たちは、アイのぼうぎょの硬さに慄きたじろぐが
「フリーズストーム!」
「ストーンストーム!」
後方から放たれた声により騎士アイと共に氷と砂塵の嵐に巻き込まれるのであった。
氷と砂塵により、身体を凍らし、そして砂により削られて血塗れとなり騎士たちは倒れ、中心にいたアイの姿も見えなくなる。
「やったか!」
「さすがベイン殿。素晴らしいタイミングでしたぞ」
レトーヤとベインは巧く必殺の魔法を喰らわせたと喜ぶ。いかに将軍級でも、この魔法は耐えられまいと。
嵐が収まったら騎士たちへと、傷つき倒れているはずの謎の騎士へとトドメを刺すように指示をレトーヤは出そうとして
「……己が仲間を犠牲にして喜ぶとは……見下げ果てた奴らよ」
「グハッ」
声と共になにかが飛来してきた。そして隣のベインの悲鳴が聞こえるので、いったいなにがと横を見ると、頭に剣を受けて貫かれたベインが地面へと血を流し倒れる姿だった。
「ヒイッ!」
嵐の中から聞こえてくる老人の威圧感のある声にギクリとする。見ると、嵐の中から老騎士が多少の傷を受けてはいるが、致命傷に程遠い様子で、しっかりとした足取りで出てきた。
「や、奴は手ぶらだ! ベイン殿を倒すために手ぶらだぞ! 今ぞ討て!」
レトーヤは怯み恐れながらも、騎士が手ぶらであるとすぐに気づき指示を出し、騎士たちも好機とばかりに全員が剣を構えて突撃してくるが
「リターン」
騎士アイの呟きと共にその手元に剣が瞬時に戻るのを見て、絶望の表情となる。
「ま、魔法武器だ……」
「そんな」
「れ、レトーヤ様、逃げましょう」
悲鳴をあげて騎士たちが萎縮して盾を掲げて防御態勢をとる。もはや自分たちから攻める気力はその様子からはない。
「腐った奴らだ」
アイは仲間を巻き添えにして魔法を撃った貴族に怒っていた。身内は守らないといけないのが、責任者の役目なのだ。絶対の義務。犠牲を伴う戦いはもちろんあるが、それならば嬉しそうにまるで騎士を使い捨てにしても気にしないとばかりの態度を取るべきではない。
アイは戦いの中で仲間を失ってきた経験はある。俺を守るために、家族を守るために、強大なミュータントを倒すために。だが………犠牲になって良い者がいるとは、身内でまったく思っていなかった。
命を捨てるような指示をこれからも出すとは思う。戦争があるとも思う。だが、捨て石には絶対にアイはしないと怒っていた。
ガイたち? あいつらは不死の存在だから別枠です。自我がないキャラは魂が無いので、ドローンみたいなものだし。特にドローンキャラは積極的に使っていきます。犠牲には数えません。自我がないキャラは魂なき人形だと本能が理解しているので。アイの目には良くできたぬいぐるみにしか見えないのであるからして。
安心してゲームキャラは犠牲を恐れずに使えるのだ。ガイがそれを聞いたら、労働基準監督署に駆け込むかもしれない。安心しろ、ガイの犠牲ありき戦いはしないから。……たまにしたら、優しくしよう。
もはや盾を構えて、動きも萎縮して鈍い騎士たちを、ちからの差を利用して、盾を吹き飛ばし、鎧を斬り裂き倒していく。何回か受け流されたので、本来は相手の方がスキルは高そうだと気づいたが、本来の動きができないのであれば敵ではなかった。
一人、また一人と倒していくと、貴族が杖を掲げて異様な雰囲気を出していた。
「公爵家の固有スキルを見よっ! 特技 真理より優れるものはなし」
貴族、公爵家らしいがその身体から白いオーラが立ち昇る。
「魔法抵抗を0にする特技だぜ! 無効以外はダメージを食らっちゃうぞ!」
マコトの説明にそんな特技があるのかとアイは驚いてしまう。さすが貴族、チートスキルを持っていると憤慨しちゃう。
誰よりもチートなスキル持ちの幼女は、自分のことは棚に置くのだ。幼女になるペナルティもあったし、代価に相応しいと思います。
「フリーズストーム!」
間髪いれずに氷の嵐を生み出す貴族。今度はビシビシと身体が痺れ、かじかむ感触を感じる。ステータスを下げる凍傷ダメージを付加されるのかと気づき、ヒットポイントを見ると73も減っていた。
モニターに映るギュンター爺さんは痛みを堪える様子もなく平然とこちらを見て頷き返してきた。さすが騎士。山賊とは精神の強さが違うと感心しちゃう。
「なんにせよ、多数での戦いは未だ厳しいか」
騎士アイへと戻り、凍りついた草原を歩く。真っ白な雪と氷の世界となった草原を平然と歩くアイに、下卑た笑みを浮かべて倒したと確信していた貴族は尻もちをつき、身体を震わせていた。
「ま、ま、待て! いずれ名のある将軍と見た! 他国の者がタイタンの公爵家の者を殺し」
「もはや口を開くな!」
「グフッ」
貴族が必死の形相で、手で静止をしてくるが、最後まで言わせずに、アイは剣を振り下ろすのだった。
草原にはたった数分で惨状が広がっている中で、騎士アイは剣を仕舞い、死者へと告げる。
「月光の死の光を浴びた者は誰一人として生き残れないのだ」
フッと、決め顔になる騎士アイ。
着実に若い頃の厨二病が戻ってきているのはたしかであった。