247話 フラムレッド領都防衛戦
迫るスケルトンの軍団をフラムレッド伯爵家の娘にして、タイタン騎士団の副団長デルタソーナは懸命に迎撃していた。
スケルトンの相手はそれほど苦労はしない。低い能力の脆い身体。なにより城壁に取り付くだけならば、スケルトンなど簡単に倒せる。知性のないスケルトンは城壁から登って来れるほど頭が良くないのだから。そのために城壁の上から叩けば良いだけなのだ。
しかし、このスケルトンたちは倒せば倒すほど、危険が増す。魔法の力であろう。倒されて砕けた骨が梯子へと変化して、その上にスケルトンたちが登ってくる。続々と続くスケルトンたちの群れに、騎士も兵士たちも苦戦を強いられていた。
「ミコーレ! 魔力は残っているか?」
手のひらから火球を生み出し、スケルトンたちへと叩き込みながら副官へと尋ねる。副官の少女はハンマーを振り、スケルトンの頭を砕きながら答えてくる。
「まだ持ちます。ですが、この様子だと厳しくなりますね」
「クッ。ここまでスケルトンたちが数を揃えてくるとは……。いったいなにがあったのだ?」
「カナリア騎士団が支援に来なければまずかったですね」
スケルトンが振るう黒い槍を躱しながら、ミコーレが答える。倒しても倒しても現れる敵の数に辟易して。
「魔物退治の専門騎士団……圧倒的な力を持つと聞いていたのに、少々期待はずれでもあるけどね」
獣人たちメインのカナリア騎士団は強い。その類まれなる連携と速度でどんな魔物でも倒していく。そのはずであったが、どうも噂と違い、そこまで強くない。………いや、もしかしたら、敵が強すぎるのであろうか。
「アンデッドメイカーを中心に倒しているようですよ。あいつらを倒さなければ、いつまでも敵の数は減らないみたいですしね」
「なるほど。そういうわけね」
スケルトンたちの群れに飛び込み、頭蓋骨を踏み台に素早く移動しながら倒していく者たちに気づく。
手槍を持ち、革鎧を着込んだ身軽な格好の獣人たちだ。恐れを知らないかのようにスケルトンたちの中からアンデッドメイカーを探して倒していた。
あれならスケルトンたちの増殖を防げるに違いない。
「それなら私たちはスケルトンたちの数を減らすだけね」
軽口を叩きながら、守りきれそうだと考えたのだが、それが誤りだったとはすぐに思い知らされた。
再び火球を生み出し、スケルトンを叩こうとするが、空から何かが飛来してきて、城壁の上に轟音を響かせてきたのだ。
砂埃が巻き起こるなかで、デルタソーナは嫌な予感と共に火球を向けると、何者か確認せずに打ち放つ。
火球が何者かに命中して、さらに砂埃が巻き起こるが
「フンッ」
野太い男の声と共に突風が巻き起こり、砂埃も炎も吹き飛ばされる。
「グハハハ。魔団長が一人。骨使いのアジールとは俺のことよ」
哄笑をしたのは10メートル程の巨大なスケルトンであった。様々な骨が集合し、その骨を繋ぎ合わせるために筋肉繊維が覆っているトロールの如き大柄な、そして禍々しいスケルトンであり、その頭蓋骨の中に小柄なインプが入っている。
「魔団長! 敵の幹部か!」
デルタソーナたちが身構える中で、余裕そうに首を巡らせてアジールは笑う。
「そのとおり。瘴気はこの地に満ち溢れ、このアルファスケルトンを使うことが可能になった。我が最高作の力の前に死ねっ!」
頭蓋骨の中にいるアジールというインプは自慢げに嗤いながら、告げてくる。
「馬鹿めっ! ネクロマンサーが前線に来るとはなっ! 苛烈なる炎! 汝を焼き尽くす炎の槍とならん。フレイムランスッ」
5メートル程の赤く燃え盛る炎の巨槍を生み出して、デルタソーナはアジールが隠れている頭蓋骨へと投擲する。
固有スキルも使用した必殺の炎の槍はアジールへと向かい
バシン
と、音をたててかき消える。
予想外の結果にデルタソーナが驚く中で、アジールは再びゲラゲラと哄笑する。
「馬鹿め馬鹿め馬鹿め! そのようなことは百も承知だ。その弱点は克服済み。タイタンニアを参考にし、瘴気満ちる地にて使用できるSフィールドはあらゆる魔法に干渉し、その構成を霧散させるのだ!」
このような巨体に、敵の攻撃を防ぐためのフィールドがないわけがあるまいとアジールは告げて、アルファスケルトンを操る。
巨木のような骨の腕が振られ、巻き起こされた暴風と共に周辺の騎士たちは吹き飛ばされてしまう。
「クッ! ならばこれならどうだ。剣技 ソードースラッシュ」
赤い光を剣身に纏わせて、デルタソーナは跳躍し、アジール目掛けて剣を振るう。魔法が効かなければ、剣で倒すまでと、攻撃を仕掛けたのだが、脆いはずの骨に剣は当たると、軽い音をたてて弾かれる。
「鎚技 骨砕き」
「槍技 チャージ」
「弓技 パワーアロー」
周りの騎士たちもデルタソーナのあとに続けと、魔力を纏わせると武技をそれぞれ繰り出して攻撃をするが、骨の身体にはヒビ一つ入らない。
「このアルファスケルトンは物理耐性を持っているんだ。ゔぁかめー。アンデッドは物理耐性を持っていることを知らないのか!」
骨の拳を繰り出して、騎士たちを殴ってくる。鈍重そうなけな見かけによらず素早さを見せるアルファスケルトンに殴られていく。
城壁の上の兵士たちが、アジールに蹴散らされていくと、その側に地上からスケルトンたちが次々と上がってくる。
「クッ、このままではまずい!」
その光景にデルタソーナは焦りを覚える。魔団長も危険だが、スケルトンたちが都市に入れば大変なことになる。
しかし手のうちようがない。魔法も効かず、物理も耐性を持っているこいつをどのように倒せばよいか、まったく思いつかない。
考えを纏める暇も与えることなく、アジールは巨体から繰り出される巨木のような骨の腕を振るい続けている。
周りを取り囲む騎士たちが距離をとると、その怪腕を引き戻し力を籠め始める。闇の魔力が体を覆い、尖った骨が生え始めてくる。
「危険だっ! 皆、シールドを使えっ」
その棘の骨を見た瞬間に、あれは危険なものだと第六感がデルタソーナに危険を教えてくる。総毛だち、自らも盾を構えながら、仲間へと危険を告げた。
だが、その声を聞き盾を前に出して防ごうとするデルタソーナたちをアジールはせせら嗤う。
「遅いわっ! ゆけっ、ボーンソードビット」
その声を合図に棘の骨がミサイルのように飛び出す。強大な魔力光を纏わせながら飛来してくる棘の骨に青褪めて、防ごうとするが、盾に触れた途端に爆発し、その衝撃波で周囲全ての騎士たちは倒れ伏すのであった。
「カハッ」
床に叩きつけられたショックでデルタソーナは肺の空気を吐き出して、全身に痛みが走り抜け呻く。ガシャンと金属鎧が地面に叩きつけられた音が辺りに響き、部下は尽く動けなくなっていた。
「た、隊長……」
呻きながらもミコーレが剣を杖にして立ち上がる。再びなんとか立ち上がれたのは二人だけであった。
動けるのは副官のミコーレとデルタソーナのみ、なんとか立ち上がれるというところだろうか。その様子を見てとった離れた場所で戦っているラーヤ伯爵が他の騎士を救援に向かわせようとするが、アジールはアルファスケルトンの太っているような膨らんでいるような腹を変形させる。
カチャカチャと腹の骨が、その中心に穴を開けるかのように寄っていく。
「まずは城壁の人間共を薙ぎ払う。アルファスケルトンよ、薙ぎ払えっ。大骨粒子砲発射〜!」
アジールが手を振ると、凹んだ腹に闇の光を集束させていき、その莫大な魔力に辺りが震える。俺のアルファは骨だから腐ることはないとドヤ顔をしているかもしれない。
集束されていく魔力は、辺りを照らす可視光となりながら発射された。圧倒的な魔力が極太の闇色に光るブレスと化して空気を引き裂き、爆風で砂煙を巻き起こしながら迫ってくる。
「クッ! ここまででですか」
迫るブレスに絶望から目を瞑る。ひと目で防御も無意味だとわかる威力であった。
ドォォォン
鼓膜が破れるほどの爆発音が響き、城壁が揺れる。着弾したのだと理解するが……。なぜか痛みもないし、光のブレスを受けたにはしては変だ。何が起こったのだろう?
あれ程の威力ならば、死は免れないはずであった。私は痛みを感じる暇もなく死んだのであろうか?
そっと恐る恐る目を開けて、絶句する。
「これは?」
デルタソーナは眼前の光景に驚きの声をあげてしまう。
目の前には六角形の小さな盾が等間隔にいくつも浮いていた。ブレスに対抗するように、その小さな盾は聖なる力を感じさせる光の障壁を作り出し、盾同士お互いの生み出した障壁を結合して巨大な障壁となっていた。
まるで城壁のように聳え立つ光の障壁は、ブレスの直撃を受けたはずなのに、砕けることもなく圧倒的存在感を見せていた。
そして、その盾群の後ろに立つ老齢の騎士がいた。精緻で複雑な意匠が彫られた蒼きフルプレートメイルを着込んだ神聖さを感じさせる老騎士。強大な力を放つ老騎士が鋭き眼光でアジールを睨んでいた。
「な、なにが? 何者だっ!」
アジールは清浄なる力を持つ老騎士を見て、驚きながら後退る。
「魔法操作 軍団範囲化 ハイヒール」
老騎士はその様子を見ながら、軽く手を振る。その手から白き光が生み出されて、雨のように倒れている兵士たちへと降り注ぐ。辺り一帯、目に入る範囲全てに。
「うぅっ、傷が治ったぞ!」
「身体から活力が!」
「まだ、やれるぞ!」
兵士たちが、傷が癒え立ち上がる。戦って疲労の極致にいた者たちも同様に回復し、再びスケルトンたちへと戦いを挑む。
奇跡のような癒やしの光に、兵士たちは雄叫びをあげて、士気を高める。デルタソーナも同じく傷が一瞬のうちに治癒され、立ち上がることができた。
体の奥底から、ふつふつと闘志が湧き、力が満ちていく。ミコーレたちも剣を構え闘志を取り戻している。
強大なる力。人間では不可能と思われる癒やしの力であったが、デルタソーナはその力の持ち主を知っていた。いや、デルタソーナだけではない。周りにいる兵士たちも同じく知っていた。
昨今、詩人の間で謳われるもの。その高潔なる精神と、深い慈愛の心を持つ英雄級の力を持つ蒼き老騎士。
その歌とまったく同じ容姿をしているのだから。
マントをバサリと翻すと、老騎士は厳格そうな表情を見せながら口を開く。
「魔団長というのは、情弱なのか? 儂の名前はギュンター。神聖騎士ギュンターよ。悪魔よ、汝の命もここまでだ」
銀色の淡い粒子が周囲をキラキラと舞い、重かった空気が清浄なる空気へと浄化されていく中で、老騎士は、名乗りをあげるのであった。
「貴様が神聖騎士ギュンターか! 面白い、魔団長アジールが貴様を倒してやろう。そして貴様の骨を使い、ベータスケルトンを作ってやろうぞ!」
アジールが対抗するように叫び、アルファスケルトンの身体を操作し、身構える。
黒き瘴気を生みだすアジールと、清浄の炎を纏うギュンターが対峙する中で、デルタソーナはゴクリと喉を鳴らす。
「遂に私にも王子様が来てくれたっ。いや、王子様ではないが」
今から神話の戦いが始まる中で、デルタソーナは頬を赤くして自分を守ってくれた老騎士に熱視線を向ける。
結婚適齢期のデルタソーナ。目下、白馬の王子様を探している最中です。