246話 勇者は常に女に弱いのか
サキュバスのルシアは屋根から屋根へと素早く移動していた。屋根越しに後ろを振り向くと、東門の城壁が煌々と篝火の灯りで照らされて、多くの兵士が戦っているのが見える。使い捨てのスケルトンを相手に奮戦しているのだ。
出てきた家屋を見ると、炎の光が窓から漏れ出ているので、マーフィーは幼女の足止めに成功しているらしい。
「神の使徒が現れたのは想定外でしたけど、詰めが甘いですわね」
フフッと妖艶な笑みを浮かべて、辺りを見渡す。サキュバスたるルシアを見つけたのは良いが、周りに兵を伏せている様子はない。恐らくは幼女と妖精だけで、突出して……。
「おかしいわね? そんなはずはないわ。必ず部下がいると思うのだけど……なにか理由が?」
違和感がある。戦争が始まる中で夜になるこの時間帯に幼女が妖精がいるとはいえ、一人で悪魔の前に出てくる。その理由を考えるが、思いつくものはない。
「まぁ、いいわ……。西門を開ければ街は簡単に制圧できますし」
西門の外にはサキュバスとインキュバスの軍を伏せてある。100程度だが、チャームを扱う悪魔たち。入り込んだが最後、片端から目につく兵士や騎士たちへとチャームをかけて、同士討ちをさせればよい。大混乱となるだろう。
敵の思惑がなんであれ、やることは変わらない。マーフィーを使うことは失敗したが、自分で行えば良い。魔団長のルシアの力は伊達ではないのだから。
西門が目に入ってきたので、屋根から細道へと降り立ち、伸ばした爪を元に戻し、服を整えて歩き出す。
西門には城壁に少数の兵士。門前には数人の兵士が歩哨をしていた。
その中でも、髭もじゃの小悪党そうなおっさんの前に歩み寄る。
「申し訳ありません、兵士様。子供が……子供が帰らないのです。ここらへんで見ておりませんか?」
ん? と髭もじゃの兵士はルシアに気づき、眉を顰める。
「子供? 何歳ぐらいの子供でやすか?」
「はい。背丈は私の半分ぐらい。7歳になりました可愛らしい我が子なのですが、もしや西門から外に行ったのかもしれません」
語りながら、瞳に魔力を籠めて光らせる。魅了の瞳により、すぐに男は疑問に思わずにルシアの話を本気にとるに違いない。話におかしなところがあっても。
小悪党っぽい兵士は、それは大変ですねと、西門を開こうとするはず。止めようとする他の兵士も順々に魅了をかけていけば良いと、ほくそ笑むが……。
「子供が西門から出るわけはないでやすね。幼女が外から飛んできたのは見やしたが」
平然とした様子で髭もじゃは答えてきて、動こうとはしなかった。というか、からかうように幼女のことを口にしたことから、瞬時に状況を理解した。
「チッ。ここに兵を伏せていましたか」
左手の爪を伸ばしてその身体を切裂こうとするが、髭もじゃの手に持つ槍であっさりと弾かれた。舌打ちしながら後ろへと下がり身構える。髭もじゃは魅了にかかった様子はない。
髭もじゃは、その様子を感心するように、ホホウと口に出しながら槍を炎に変えて腕輪へと戻しながら、ルシアへと一歩踏み出してニヤリと笑う。
「あっしの名はガイ・ブレイブ。世間一般では、新婚さんとか、幸せ小悪党とか、吊るすぞこの野郎と言われる、強くてかっこいい勇者ですぜ」
腰に手をあてて宣言するのであった。半分以上酷いあだ名だが、本人的には満足そうであった。
なにしろ、新婚ホヤホヤなので、幸せいっぱいなので。
「ザーン。ここはあっしに任せろ! この悪魔は勇者ガイが倒しやすぜ! 新婚勇者ガイが」
「へーい」
新婚勇者ガイ。アニメ化は無理だろう。甘甘すぎて、アニメになったら、苦情殺到である。もちろんザーンはやる気のなさそうな表情であくびをした。
フンフンと髭もじゃのおっさんが興奮気味に鼻息荒く張り切っているのだから仕方ないだろう。ウザいよと小石を投げないだけでも偉い。
なんにせよ、久しぶりの戦いでガイは張り切っていた。おっさんが張り切るとだいたい失敗するという都市伝説があると思うのだが。かっこよく現れて、すぐにやられるテンプレを辿らなければ良いが。
「ふん、魔団長ルシアが相手をしてあげようかしら。魔武具テンプテーションメイル!」
ルシアは魔力を籠めて、その力を魔武具創造へと変える。妖艶な胸元の開いた服はバリバリと破れて、胸と腰をちょっと覆うだけのマイクロビキニな鎧が現れる。
豊満なスタイルにその鎧は極めてエロかった。モザイクが入ってもおかしくない。
「くっ。あっしはもう駄目だ。ザーン任せたでやす!」
手で顔を覆いながら、速攻助けを求めるおっさんであった。早くも勇者は破れた模様。久しぶりの戦いで活躍すると思いきや、あっという間に負けを認める髭もじゃであった。
「知るかっ! 行ってこい!」
泣き言を言うおっさんの尻を蹴っ飛ばしてザーンは怒鳴る。先程から、新婚生活がどれぐらい良いか、延々と語られていたのでストレスが溜まっていたのだ。
「魔技 ぱふぱふアタック」
ルシアが踏み込みで石床にヒビをいれながら、突撃してくる。胸をぽよよんと揺らしながら。
「やべえっ! 顕現イフリート、糸の型。操糸技 雷神網」
腕輪を糸へと変えて、迫るルシアの前に雷を付与させた網の防壁を作るべく手首を動かし、糸を張る。バチバチと紫電が走り、触れたものを感電させる凶悪な蜘蛛の巣が編まれた。
ガイにとってはヤバい技なのだ。
「近づくんじゃねー。シッシッ」
「フフッ、これならどうかしら? 魔技 得無地開脚固め」
コウモリの羽を背中から生やして、雷神網を大きく飛び越えて、大きく開いた足でガイの顔へと迫るルシア。
「さ、サマーソルト回避!」
大きく後ろへと跳躍して回転しながらガイはその攻撃をなんとか回避する。
「即死級の攻撃でやすっ!」
冷や汗をかいて、防戦一方になる新婚勇者ガイ。結婚する前なら、デヘヘと顔を緩ませて、攻撃を受けただろうが、転職して新婚勇者になったガイにとっては特効ダメージなのであるからして。
「ガイのおっさんはぱふぱふ攻撃を受けたあとに、得無地開脚アタックで顔を両足で挟まれました。マル」
敵軍団長との激戦を報告しなきゃと、ザーンは正確極まるメモを書いておく。デヘヘと顔を嬉しそうにもしてましたと追記も忘れない。さすがは魔導騎士団長。報告書を作る腕はピカイチだ。
「ふざけんなよ、てめぇっ! 受けてない、受けてないからね? 全部回避してるだろ。っと、危なっ」
魔技を回避されたルシアは閃光のような速さで、爪で切り裂こうと連続で攻撃を繰り出してくる。その攻撃を焦りながらも糸を振るい弾いてガイはザーンに怒鳴る。
その様子を見て、ザーンは真剣な表情でコクリと頷く。
「ガイは全く攻撃が効かないと笑い、もっと強烈な魔技はないのか嬉しそうに敵へと尋ねていた、と」
真実しか書かないルポライターザーン。戦争の悲劇を書くんだと張り切っていた。
「魔技 セクシービーム!」
後ろ手に手を回し、胸を突き出すセクシーポーズをとって、パチリとウインクをしてくるルシア。ピンクのハートがいくつも空中飛んでくる。
横っ飛びにゴロゴロと地面を転がり回避するガイ。躱したハートが地面に当たるとジュッと音がして地面に大穴が開く。
エロティックな攻撃だが、その威力はヤバいとガイは青褪めちゃう。
「寝技で勝負だと、ガイは叫ぶ。ピンチだガイ」
ザーンがその様子を見て、敵の能力の全てをメモっていく。メモメモ。敵の攻撃は極めて激しい、と。
「ちくしょー! 離婚調停勇者ガイにこのままじゃなっちまう! 仕方ねえ、赤竜の斧よ!」
今までで最悪の敵だと確信したガイは、自身の最強の斧を呼び出す。
「それが貴方の神器ですのね」
ルシアはその強大な力を放つ斧に顔を険しくさせる。想定よりも強い。しかも自身の攻撃も全て躱される。ガイ……英雄級の一人だと確信し、自らの魔力を集中させる。
大技で攻撃しなければ、この男は倒せないと悟ったのだ。
「魔団長ルシア、最大の奥義。受けられるかしら?」
妖しく笑い力を解き放つ。ルシアを中心に突風が巻き起こり、瘴気が辺りを腐らせていく。
「アーマーパージ! 魔技奥義 クロスセクシーチョップ」
その瞬間に身体を覆っていた鎧はパージされて、魔力がルシアを覆い力を瞬間的に跳ね上げる。
ゆらりと身体を揺らしながら、そのままゆっくりとした動きで空に浮きドロップキックを繰り出す。
「ぐはぁ、やられたっ!」
ガイはキックが飛んでくる前にザーンの後ろに隠れるように勢いよく飛び込んで、バタリと倒れた。敵の攻撃を見ただけでやられてしまったガイである。
勇者は敗北してしまった。
だって、あのキックを防ぐと、足で腕を絡めとられて左右にガバリと広げられるのだ。そしてそのままクロスチョップを喰らう流れである。鎧をパージして隠すものがない脚がガバリと目の前で広げられたら、確実に死ぬだろうから、先にギブアップしたのだ。
「フフッ。やはり殿方では私には敵いませんね。私の全ての攻撃には魅了の力が籠められていますの」
得意げに嘲笑うルシアは地へと降り立ち、ザーンへと間合いを詰めてくる。
「仕方ねぇなぁ。俺様が相手をしてやるぜ」
ザーンはため息をついてメモ帳を懐に仕舞い、八重歯を牙の如く剥き出して、獣のように嗤う。
「貴女如きでは相手になりません」
ザーンに籠められた魔力を見て、自身の優位を悟りルシアは爪に力を籠める。
だが、ザーンはポケットからクッキーを取り出すと、ポイッと口に放り込む。
「月光クッキーの力を見せてやるぜっ」
小柄な獣のような少女は槍を身構えて叫ぶ。月光クッキーの力によりステータスが3倍に跳ね上がったザーンにルシアは驚き、足を止めようとするが遅かった。
「星4バレルショット ビーム連射」
ガンスピアの先端が輝き、色とりどりのビームが撃ち出される。炎、氷、雷、風と。
特性ビーム強化もあるザーンのビームは小柄な少女と同じぐらいの極太であった。強烈なビームは空気を焼き、帯電させて、また凍らせてルシアへと向かっていく。
「こんな威力がっ!」
その攻撃をルシアは慌てて回避しようとするが、高速のビームを回避はできなかった。
翼を撃ち抜かれ、身体を砕かれ、体内から凍らせて、あっさりと消滅するのであった。
一瞬のうちに敵を倒した少女は、ヘヘッと鼻をこすり得意げに胸を張る。
「俺の相手じゃなかったみたいだなっと?」
満足げに歩き出そうとして、足をガッシと捕まれた。見るとおっさんが掴んでいた。
「そのメモはいくらなんでやすか?」
「このメモか? 最後にガイはサキュバスとの寝技で敗れたと書いて提出しておくぜ」
「いくらだって聞いているんでやすよ〜っ!」
倒された勇者が、悲しげに叫び、少女はどうしようかなぁとニマニマ悪戯そうに笑う。
しばらくあとに、財布が空になって、トホホと悲しむ勇者の姿があった。しばらくザーンはおやつに困らないだろう。
「おぉ、勇者よ倒されてしまうとは情けない」
ブハハと笑う少女の声のとおりに、勇者は所持金を没収されたようである。