245話 フラムレッド領都に、黒幕幼女はお邪魔する
フラムレッド領都。死の都市から万が一アンデッドが溢れてきた時の防衛線である。
とはいえ、長らくアンデッドたちが死の都市から現れることもなく、監視をするだけであった。アンデッドたちが死の都市から現れることはあるまいと、本来使われるはずであった軍費を他の事柄に使うほどに。
領主を責めることも難しい。誰しも使わない軍費が倉庫に貯まっていれば、為政者として他の事に使用したくなるだろう。貯まりゆく年金を使っても大丈夫だろう、きっとこの先たくさん子供も増えるだろうしと、使ってしまったどこかの国のように。
だが、万が一の為に貯められているのだ。そのツケをフラムレッド家は今まさに支払っていた。
空は薄暗く、そろそろ夜の帳が降りようとする時間帯。
領都の城壁に立ち並ぶ兵士たちは、眼前の光景に息を呑んでいた。平原を埋め尽くすほどに、進軍して来るスケルトンたちを見て。
「領主様! 既に砦は陥落した模様。もはや、敵を抑えるものはありませぬ」
城壁にて、騎士たちと共に敵の軍勢を見たこのフラムレッド家の当主ラーヤ・フラムレッドは、先程砦がどうなったかを鷹の目で確認させた騎士からの報告を聞いて、苦々しい表情となる。
「スケルトン如きに我が軍が破れたというのか。骨共では砦の壁を打ち破ることなどできぬはず。ましてや骨共の弱点たる固有スキルを我らは用意しておいたのだぞ?」
砦には万が一の為に、大量の油や松明を備蓄しており、スケルトンたちが現れた際にはそれらを使用して迎撃をしているのだ。なぜ砦が大軍に囲まれたからといって、救援に向かう前に陥落したのか、ラーヤはわからなかった。
だが、その理由を隣にいる家臣が言いづらそうに告げてきたことで判明した。
「それが……。砦には油は用意されておりませんでした……。炎魔法を使う魔法使いを数人用意していただけでして……」
その報告に目を剥いて驚く。意味がわからなかった。
「なぜだ? 砦には常に充分な油を用意していただろうがっ!」
「それが……ご長男、マーフィー様の指示であります。使わぬ油を腐らすだけだとおっしゃいまして、2年ほど前から備蓄を止めて……その……開拓にその費用を使っておりました……」
「なんだとっ! そのようなことを……。開拓のみに金を使っていたわけではあるまい? 最近金回りが良いと思ったがそれが理由であったか。……迂闊であった。嫡男と思い甘やかしてしまった。マーフィーはどこにいる?」
「わかりません。先程から姿が見えませぬ」
「クッ! マーフィーを探すのは後回しだ。迎撃に入る!」
ラーヤは怒気を抑えて、各所に指示を出し始め、迫りくるスケルトンたちとの戦いの火蓋が切ったのであった。
領都の外れ。スケルトンたちが攻めてくる東門とは反対の西門近くの家屋にて、数人の人影があった。
「ルシア、本当に西門を開けば私たちの命は助かるんだろうね?」
弱々しい声で尋ねるのは、マーフィー・フラムレッド。フラムレッド家の嫡男である彼は取り巻きの騎士たちと共に町外れの家屋に隠れ潜んでいた。
「大丈夫よ、マーフィー様。もはや悪魔たちの世界支配は止められない。貴方は率先して降伏することにより、人類の立場を守る者となるの。きっと真の預言者と、未来で讃えられるに違いないわ」
相手をするのは妖艶な女性であった。見るものを魅了する豊満な肢体をくねらせて、美しい顔立ちを優しげに変え、赤くヌラリ光る唇をペロリと舐めて答える。
「そうか……そうだな。王都も崩壊したのだろう? 神器も効かない化け……いや、サタン殿は神器も通用しない偉大な方だとか。早馬にて届いた報告には驚いたが……そうなれば人間では敵わぬ。私は状況を的確に読んだだけのことだ」
手をブルブルと震わせて呟くマーフィーに、ルシアと呼ばれた女性は冷笑を浮かべる。
本当は軍費を使い込み、それがバレたことを恐れたのだと知っている。砦が陥落したのだ。いち早く逃げてきたこの惰弱な人間はそのため、処刑されることを恐れた。
軍費を横領するなど確実に重罪。嫡男でも死刑は免れない。
ルシアはにこやかな笑みで数年前から、この男の側にいた目的を達成できたことを喜んでいた。ルシファー様の命にて、じわじわとここの軍の力を削いできたのだ。砦が簡単に落ちたのはルシアが密かに暗躍していたことが、おおいに関係していた。
なぜそのようなことをしていたかというと、暗躍に相応しい種族、彼女はサキュバスなのだからである。ルシファー様に命じられて、密かにこの都市に入り込んでいたのであった。
「しかしルシアが悪魔であったとはな。……本来なら斬っているところだが」
「私はマーフィー様を愛してしまったので、こうして正体を告げましたの」
「うむうむ。俺も愛しているぞ、ルシア」
悲しげに愛おしげにマーフィーを見ながらルシアが告げると、満足げに頷くマーフィー。
その滑稽な様子に笑いが吹き出しそうになり、堪えながら思う。軍費を使い込む愚か者に、最後に悪魔と告げて、愛してしまったと悲しげに伝え、最後に悪魔の味方をすれば助かると囁いたのだが……。ここまでうまくいくとは予想していなかった。
お伽噺でも有名すぎるぐらい有名な話。
悪魔の囁きに答えてはならない。どんなにその話が良くとも裏が必ずあり、取引に応じた者は悲惨な末路を辿る。
この愚か者は西門を開けた途端にそれを知るだろう。
今から裏切られたとわかり、絶望の表情を浮かべるのを見るのが愉しみだと薄く笑い
「サキュバスしゃんなのでつか。初めてみまちた!」
後ろからかけられた幼女の声に、素早く振り返り手の爪を伸ばす。瞬時に短剣のような長さとなった爪を繰り出すが
カキィン
と金属のような音をたてて弾かれた。
「ふ。あたしの奥義。絶対防衛網を破ることはできないんだぜ」
そこには幼女がいた。この手前には妖精も。
そして、妖精は楊枝を手に持ち、繰り出されたルシアの爪を受け止めていた。その顔を平然とさせて。
身体にも爪は当たっていたが。多少の誤差だろうとマコトは信じていた。楊枝型ミスリルフェアリーレイピアで防いだのだ。爪が全部身体に当たったあとに、楊枝をその爪にちゃっかりと添えた? 気のせい気のせい。
技名も少し考えるとおかしい感じもするが、マコトはナイスネーミングだと、フハハと笑う。
「ちっ! 噂の妖精かっ!」
すぐに大きく後ろへと跳躍して、そのまま木窓へと飛び込むと打ち壊して、外へとルシアは飛び出して行った。
「状況判断が早すぎでつね!」
「あたし、噂されているらしいぞ? なんて噂されているのか聞きに行こうぜ!」
戦うこともせずに逃げるサキュバスにアイは驚いた。サタンの軍団……悪魔たちはかなり狡猾な奴らだ。
そして、マコトは早く追いかけようぜと髪の毛を引っ張ってくるが、追いかける前にすることがあるだろ。
「マーフィーしゃんと言いまちたね。人類を裏切った末路はろくでもないと決まってまつよ」
目の前で動揺して後退る貴族のバカ息子に告げると、マーフィーは腰に下げた赤い宝石が先端についている杖を取り出す。
「何者か知らぬが、この私は人類のために活動をしている。先導者として悪魔たちの支配するであろう世界で人々を守るのだっ」
「マジでつか。本気の目……。自分に暗示をかけるのが得意なのか、サキュバスのチャームが効いているのか」
真剣な瞳で語り始めるマーフィーに呆れてしまう。さっきの話を聞く限り、サキュバスに煽動されていたように見えていたのだが。
「固有スキル、苛烈なる炎! 汝を焼き尽くす炎の矢よ! フレアミサイル!」
早口で魔法を唱えるマーフィー。その杖の先端に太陽のように輝く炎が生み出される。
「説明しようっ! こいつの名前はマーフィー・フラムレッド。炎の力を3倍にあげて、敵の抵抗力を貫通する程の操作を可能にする固有スキル、苛烈なる炎を持っているな。平均ステータスは81。炎魔法レベル4、剣術2だぜ」
素早く解析するマコト。アイもウズウズとしちゃう。……悪魔はドロップしないので。固有スキル欲しい。
というか、マーフィーは幼女にいきなり本気を出してきた。お巡りさんを呼んでも良いだろうか。事案発生であるからして。
こいつ……幼女の姿に騙されない模様。戦いのセンスはあるのか。
燃え盛る高熱の炎の玉から、炎の弾丸が飛んでくるので、慌てて後ろに下がる。ステータス的にもスキルの性能的にも、食らったらヤバい。
幼女はちょこまかと後ろに下がって、炎の弾丸の射線から逃れようとするが
「逃すかっ! ホーミング!」
炎の弾丸は火の尾を空中に残し飛来してきたが、マーフィーが杖を振るとその軌道が変化して、鋭角に曲がりながら迫ってきた。
この地をフラムレッド家が守護している理由がよくわかる。アンデッドに特攻の炎の固有スキルを持っているからだ。しかもこいつ馬鹿だが強い。
「セイントリング顕現、糸の型。こちらもフェアリーミサイル!」
マコトに糸をくくりつけて、ヨーヨーみたいに振って迫る炎の弾丸を叩き落とす。
「妖精技 マコトビットだぜ」
両手を頭の上で揃えて、マコトは得意げな表情で、炎の弾丸を弾いていく。アチョーとヌンチャク使いアイは炎の弾丸を尽く弾き返す。マコトもかっこ良すぎだろ、あたし。とオリハルコンの精神で高笑いをしていた。
「こ、こいつ、ただの幼女ではないぞっ! お前らもか、かれ?」
後ろにて護衛している騎士たちへとマーフィーは言葉をかけるが、白目を剥いて騎士たちは気絶をしており、そのまま倒れ込むので、言葉を失う。
「マインドアローでつ。暗闇の中では見えなかったみたいでつね?」
精神を削る闇の魔法をこっそりと唱えておいたのだ。騎士たちはあっさりと精神力をゼロにされて気絶をしてしまったのである。
「クッ! 何者だっ!」
「悪を許さない通りすがりのちりめんじゃこでつ!」
問屋ではなく、ちりめんじゃこと言っちゃったと、失敗したとテヘと舌を出しちゃう。そんな可愛らしい幼女であったが
「舞え、炎の蝶よ。パピヨンフレイム」
可愛らしい幼女の姿に騙されず、再び魔法を発動させるマーフィー。マーフィーの周囲に炎の蝶が無数に現れて、守るように周囲を舞う。
「貴様の相手はその蝶がしてくれるだろう。私には生き延びなくてはいけない理由があるっ」
そう告げてきて、ルシアが壊した木窓から外へとマーフィーも飛び出す。
いや、飛び出そうとした。
「アンギャー!」
窓に張られている雷が付与されている糸に引っ掛かり、悲鳴をあげて倒れ込んだが。
焦げた匂いをさせながら、倒れ伏すマーフィーへと、密かに張っておいた糸を引き戻しながら、テコテコと幼女は近づく。
「糸使いには気をつけた方が良いでつよ。暗闇の中では特に。もしかしたら、闇に潜んで糸が張られているかもしれましぇんからね」
ムフフと悪戯そうに口元をちっこいおててで覆いながら笑って、マーフィーへと教えてあげる。
「殺さないのか?」
「残念ながら、ここで殺しても良いことはありましぇん。暗殺されたとか、意外な方向に話が進んだら厄介でつからね」
固有スキルは惜しいけどと、落ちていた杖をパクリ、いや、落とし物を拾いながら、黒幕幼女は肩をすくめる。
「サキュバスしゃんを捕まえられれば良いんでつか」
サキュバスの逃げていった方向を見ながら不安そうに呟くのであった。




