243話 封印されし、きょーふのじゃしん
真っ白な部屋があった。ドアはなく、どこにも繋がっていない不思議な部屋だ。その壁際になにかがいた。おどろおどろしい鎖をその身に雁字搦めにされながら。
部屋の壁にはじゃしんがふーいんされているへや、と書いてある。壁に落書きするをすると怒られると思うのだが。
その者は鎖に雁字搦めにされていて、その顔すら見えない。鎖の塊といっても良いだろう。
ジャラジャラと鎖を外そうともがくが、重々しい鎖は外れることは
ちゃらんと簡単に外れた。あまつさえ、鎖の一部は砕けて、砕けた断面から白色が見える。
「発泡スチロールだと簡単に壊れちゃいますね」
ありゃりゃと呟く声音は美しい女性のものであった。おどろおどろしいと書いてある付箋が付いている鎖から抜け出して、肩をぐるぐると回す。
「封印された邪神役なのに、ちょっと手抜きしすぎじゃないですか、ご主人様?」
口を尖らせてクレームを口にする。ふわさと銀色の髪をかきあげるのはメイド服の黙っていれば、クールかもしれない美女であった。
「あんなのを用意しておくからでしょ。発泡スチロールが余ってたので使ったんです。エコですよね」
白い壁の一部が窓のようにパコンと開いて、可愛らしい幼気な少女が顔を出す。どうやら、この壁も発泡スチロールの模様。安めに作られている封印の間であった。
「あれは当初やろうとして、怒られたから放置した物ですよ。その存在すら忘れてました。忘れていたら無罪ですよね?」
ケロリとした表情で言ってくる銀髪メイドに、仕方ないなぁと嘆息しながらも、お片付けしなかったのが悪かったと、少女も反省する。
「ま、仕方ないか。あの人なら倒してくれるでしょうし」
「そうでしょう、そうでしょう。強くなったあの人なら倒せますよ。たぶん」
豊満な胸をポヨンと揺らして、銀髪メイドが自信有りげに銀色の杯を空間から取り出す。その杯には黒き闇色の水が満ちていた。
「ダークマテリアルから成る信仰エネルギーはこちらに掠めとる事ができましたし」
冷酷な瞳へと銀髪メイドは変えて、フフッと薄く笑う。
「可哀想なデミウルゴス……。本来は自分に集中するはずだったのにね」
ありゃりゃんと、少女はその杯を見て、気の毒そうに肩を竦める。
「セコいパワーアップを考えるからですよ。信仰心を使ってパワーアップしても面白くないでしょう?」
ツンと軽くその綺麗な人差し指で銀の杯を銀髪メイドがつつくと、闇色の水は銀色の水へと変わっていった。
「偽りの神では奇跡を起こすことはできないのです。地道に力をつけるしかありません」
「聖杯を求める戦いは起きそうにないね」
銀髪メイドの言葉に苦笑して、パコンと開いた窓を閉じて帰る少女。
「そろそろ見たい映画が始まるから帰るね」
「あ、私も一緒に見ます」
銀髪メイドも壁に扉を作り出すと、スキップしながら少女の後を追いかけるのであった。
死の都市。タイタン王国東に位置する不死者の都。その中心にある城の庭に手足を生やす巨大なプテラノドンの形をしたゴーレムが佇んでいた。翼を畳み待機状態となっている。
その横に漆黒の翼を10枚、背中から生やす男がいた。鼻歌を唄いながら、プテラノドンの胸を開いて、そこに10メートルの宝石を魔法で浮かせて搭載させていた。
「天才たる僕の手にかかれば、この程度の技術などすぐに理解できるというものだ」
片手に「じゃしんつうしん」と題名が書かれている古書を手にして、その内容通りにコードを繋いでいく。天才なので、この古書の翻訳をすぐにできるようになったのだ。古書の裏には、セール大根が一本10マターと書いてある。スーパーのチラシのような紙だが、きっと古書に違いない。
「神器を防ぐGフィールド搭載のタイタンニア。これさえあれば新たなる神など相手にならないだろうね。古き邪神とやらに感謝の気持ちを贈ろうと思うよ」
気障なセリフを口にして、サタンはタイタンの神器を繋いでいく。それを周りに屯している悪魔たちは期待の目で見ていた。神さえ倒せばこの世界は我らの物である。怖いものなどない。
「サタン殿……いやさ、ルシファー殿。我が主の提案をお聞きになってはくださらないのでしょうか?」
羊の頭を持つバフォメットが尋ねてくるが、それをフンと鼻で笑い飛ばす。
「共に戦おうという話だろ? 悪魔の力を高める結晶を手土産に」
その手に黒き小さな水晶を取り出し、相手に見せつけるように摘んでみせるルシファー。
「そのとおりです。これらを使えば、貴方様の力は跳ね上がり」
「おっと、人を騙すのは我ら悪魔の持ち分だ。力が跳ね上がるのならば、自身で使えば良いはず。それを配ろうとする時点で怪しい。どうせ力は跳ね上がるが、裏の副作用もあるのだろう? そんな簡単な詐欺にこの悪魔王が引っ掛かるわけにはいかないな」
手で相手の言葉を遮り、冷静に言うサタンことルシファー。その答えに内心で舌打ちするバフォメット。慎重を期して作成した我が主の傑作。その偉大なる力を貰えば、必ずやルシファーはデミウルゴス様のことを信仰すると考えていたのだが……。
なんだ、あのじゃしんつうしんとかいう本は。あれさえなければ、タイタンニアは完成することなく、ルシファーも力を手に入れることもできなかったはずであるのに……。計算が大幅に変わってしまった。
なぜあんなのがルシファーの庭に放置されていたのか。小さな地震が起こり、地面から手が出てきたらしい。なんだろうと掘ったら出土したのがタイタンニアだったそうな。
たしかに恐ろしい性能であることはバフォメットも同意する。神の力を防ぐ能力。古き邪神というのは、かなりの力を持っていたのだろう。タイタンニアをつくれるほどに。
その力に崇拝者が悪魔から現れてもおかしくない。現に悪魔の何人かは早くも崇拝を始めていた。気が早すぎであるが、力を是とする脳筋軍団なので仕方ない。
なんにせよ、ルシファーがデミウルゴス様と同盟を結ぶことはあるまい。ルシファーはタイタンニアの力に酔いしれている。
「くくく。僕は歴史の傍観者となるだろう。世界を支配する神となってね」
傍観者なら、なにもしないのだから、世界を支配しなくても良いだろう、このアホめと毒づきながらバフォメットはルシファーに頭を下げる。
「では致し方ありません。私は主の元へと帰らせて頂きますゆえ」
「そうだね。後ほど、僕の配下にならないか、今度は部下をそちらに行かせるよ」
バフォメットを冷たい視線で見ながら、サタンことルシファーは高笑いをして見送るのであった。
本名ルシファー・ロッコ。死の都市の元王であり、魔法の天才でもあり、脳筋でもあった。古代の元人間なので仕方ない。結局、全ては力で押し通すのが古代の常識であったので。
バフォメットが苦々しい表情で去っていくのを見送り、ルシファーは真剣な表情へと変え、部下へと顔を向ける。
「世界を滅ぼし、私が神になる。そのためにも、神の使徒を倒さなければなるまいよ。秘匿してきたタイタンニアの力をこれからは全開で使用していく。君たちも軍備を整えておきたまえ」
「はっ!」
一斉に頭を下げる悪魔たちを見ながら、ルシファーは拳を掲げて宣言する。
「これからの世界は悪魔たちが支配する世界となるだろう。皆、僕についてくるが良いっ!」
「うぉー」
「ルシファー様、バンザーイ!」
「悪魔の世界を、この手に!」
騒ぐ悪魔たちを見ながら、先程のバフォメットとの会話内容を考えて、小さな黒き水晶を眺める。
「たしかに結構な瘴気を持っている。使えばパワーアップできるだろうけど……デミウルゴスは僕のことを馬鹿だと思っているのかな? 気づかないと思ったのか? これはたしかに使った者の力を高めるだろう。その時間は短いけどね」
部下たちが三々五々、軍を整えるべく散っていくのを見ながら、水晶に軽く力を籠める。
あっさりと水晶は砕けて、黒き瘴気が辺りに消えていく。
「瘴気を自分の身体に馴染ませて、永久的に力とするには時間がかかる。こんな水晶じゃ意味がない。一度使えば、あとはデミウルゴスから貰うために従うことになるのがオチさ。馬鹿にしてくれる」
デミウルゴスが同格と自分のことを考えていないのは明らかであった。たしかにほんの少し、こちらの力が劣っているかもしれない。密かに稼働させていた瘴気発生装置を想定よりも早く破壊されたことが痛い。あれで計算と違い、力がデミウルゴスよりも劣ることになったのだから。
ちらりとタイタンニアへと視線を向けて薄く微笑む。
「バフォメットはこのゴーレムが偶然に見つかったと本当に思っているのかな? ククク、そんな訳はない。恐らくは邪神は生きている……。信仰心を集めて復活を目論んでいると、僕は睨んでいるよ」
きっと過去に神々に封印された邪神なのだろう。新たなる神へと代替わりして、封印が解けたに違いない。
だが、封印が解けたばかりの邪神は力を喪っているのだろう。なので、自分の神器をこちらに渡してきたわけだ。
「悔しいが、この天才たる僕から見ても、このタイタンニアは傑作だ。恐らくは神を倒せる力を持つ。そしてこの邪神器を使う僕は強制的に信仰心を邪神へと抜かれるわけだ」
巧妙な作戦だ。否が応でも使わなければならない状況に持ち込んできている。ルシファーはこのゴーレムを見つけた時、その力を理解したときから、人間の王国を操り、自らが目立たないように動くことを思いついたのだ。
邪神へと信仰心が持っていかれるとわかっていても。邪神はかなり力を回復しているに違いない。
「だが、飼い犬はいつまでも大人しい訳じゃない。飼い主を食い殺すこともあるんだよ。特に凶暴な獣だとね」
下剋上にて邪神を倒すと企みつつ、ルシファーは声高く哄笑をするのであった。
しばらくのちに、悪魔の軍勢が東へと動き始め、タイタン王国は危機に陥るのである。
「へっくち」
「姉さん、どうかしましたか?」
くしゃみをする銀髪メイドに、ツインテールの金髪少女が昼食をテーブルに置きながら尋ねる。今日はパンケーキにカリカリベーコンと蜂蜜が添えられている。焼き立てで美味しそうだねと、幼気な少女は早くもフォークを刺して、パクリとかぶりついていた。
「いえ、私が美女すぎて心が痛いという念を受けたんです」
「美女なのは認めますけど、くしゃみをする時は手で覆うかしてくださいね」
「美女のツバはきっとご褒美ですよ」
フフンと笑って、パコンとハリセンで幼い少女に叩かれる。
「そういうの食事のマナーとして最低だから。私はマナーをうるさく言わない方だけど、汚いのは駄目だと思うんです」
「は〜い」
謝る銀髪メイドに素直でよろしいと少女は頷く。と、気づいたことがあるので尋ねておく。
「さっき手に入れた信仰心はどうしたの? 浄化したでしょ?」
「あれなら狐の水入れに入れておきました。捨てるのもあれなんで」
「ふ〜ん、まっいっか。パンケーキのおかわり〜」
あっさりとペットにあげましたと告げる銀髪メイドの言葉に、特に思うところはなく適当に少女は話を流して、食べ終えたお皿を金髪メイドに渡す。
「このパンケーキは美味しいです。パンケーキにカリカリベーコンはとってもあうよね」
少女にとっては、パンケーキのおかわりの方が重要なので。