240話 夜会か魔界か黒幕幼女は見定める
夜会。そこは貴族たちの戦場。魑魅魍魎が跳梁跋扈する恐ろしいパーティーである。皆は貼り付けた笑みにて、遠回しの言葉を相手に伝え、少しでも利益を得ようと、誰が今の権力者なのかを見定める魔界のような場所だ。
今は広々とした庭園にて、夜会が行われており、貴族たちが屯していた。
ジャミトン・ムスペル公爵。ムスペル家の当主はその中心にて数年前までは王のように振る舞っていた男である。白髪で年老いてはいるが、猛禽のような目つきをする狡猾そうな男だ。
その視線を向けられただけで、それがどのような意味を持つか、懸命に視線を向けられた貴族は考える。自分を必要としているのか? 機嫌を損ねてしまったのか? それほどの権力者であった。
数年前までは。
今はというと、どうか?
それは今日主催した夜会の様子を見るだけでわかる。
ジャミトンの周りには寄り子の貴族たちが取り巻きとしているが、以前なら他の貴族たちも周りに集まるか、遠巻きに見るかしており、一挙手一投足を見ていたものだが、今は違った。
貴族たちの視線は他の者に集まっていた。
「あたち、くうちゅーうしろかいてんもできるんでつ」
大輪の花のように広がったスカートを掴んで、とやぁっと空中で器用に後ろ回転をする幼女。てやぁっ、てやぁっと、何回も調子にのって回転しちゃう。
スタッと地面に降り立ったら、ニパッと愛らしい誰もが見惚れる笑みでペコリと頭を下げた。
「素晴らしい、アイ姫」
「なんて可愛らしいの」
「良いものを見させていただきました」
わあっと、周りの貴族たちが笑みを浮かべて拍手をする。お世辞のつもりであったが、その可愛らしさに皆は本当にメロメロとなっていた。
テヘヘと幼女はモジモジして照れちゃう。今度は何を見せようかなと、幼女のお遊戯発表会となっていた。
中の人? 中の人を考えてはいけない。某ネズミキャラクターもダンスが上手いからって、中の人のことは考えないのと一緒である。
お疲れでしょう。ジュースでもいかがですかと、一人の貴族がグラスを渡そうとすると、他の貴族たちも目を光らせて、私のを飲んでくださいと、グラスを差し出してきて、幼女は困り顔にもなっちゃう。そんなにたくさん飲めないでつよと、ニコニコと話していた。
それをジャミトンは冷たい視線で遠巻きに眺めていた。
「不機嫌ですな、ジャミトン公爵」
ジャミトンは声をかけられた方向へと顔を向けると、眼鏡をつけた痩せぎすな男が立っていた。
「スーク伯爵か。ふん、別に不機嫌という訳ではない。今の勢力関係がひと目でわかりちょうど良い」
「左様ですか。冷静で何よりです。クククッ」
スークと呼ばれた男は可笑しそうに含み笑いをして、手に持ったグラスを呷る。
「これほどの酒があるとは驚きですな。今までのワインはなんだったかと思います」
ワインを嚥下して、スークはグラスを軽く振ってみせる。
「……そうだな。我らがタイミング悪くこの地を離れた間に、このようなことになるとは想像もしなかった。謀られたな」
自らも召使いが持ってきたワイングラスを受け取り、一口飲む。深みのある味わいが口の中に広がる。熟成するとこのような味わいになるかと、ジャミトンは感心しながら、再度幼女の方へと視線を向けた。
「だが、まだ運は残っていたらしい。陽光帝国のおかげでな。王家はどうやら私の力を必要とするほどに、南部地域を統一した陽光帝国と、それを支援する月光商会、さらにはその後ろにいる謎の帝国を警戒しているようだ」
「そうですな。ですが、今の状況ならば、王都に戻る必要はなかったのでは?」
暗に独立国家計画のことを言っているのに気づき、不愉快に顔を顰める。
「ふん。あの話ならば何度も検討したはずだ。だが、情勢が変わりすぎた。見よ、テーブルに並ぶ物を。周りに配置してある物をな」
手を軽く振って、テーブルに押し並ぶ料理、いや、その皿を示す。それは魔道具であった。保存の魔法がかけられた皿だ。その上に乗せられている料理は、焼き立てはいつまでも焼き立てで。冷えたものはいつまでも冷たいままで置いてある。
灯りもそうだ。純銀製の2メートル程の高さの燭台には蝋燭ではなく、一抱え程の水晶が先端につけられており、周囲を照らしていた。
「すべて魔道具だ。このような夜会でも使える生活用品としての魔道具。我らの常識では考えられない。それをポンと土産として渡せる。それだけの技術と財力を持つ者たち。独立? そんなことをしている間に、時代に遅れて、我らは骨董品となり消えていくだろうよ」
「陽光帝国……月光商会……邪魔な奴らです」
忌々しげに言葉を返すスークに、ふんと鼻を鳴らす。たしかに邪魔であったが……。状況は常に変わるものなのだ。いちいち悔しがっていても仕方ない。
そういえば、独立国家計画は、スークが持ち出してきたのだと思い出す中で
「ジャミトン公爵しゃま。今日はごしょーたいありがとーございまつ!」
てこてこと歩いてきた幼女がペコリと頭を下げてきた。後ろから貴族たちもぞろぞろ続く。
「うむ。アイ姫も楽しんでいるようでなにより。それにこれほどの魔道具を頂けて感謝の言葉もない」
「せっかく公爵様にお呼ばれしたので、張り切りまちた。デボラしゃんともお友だちになれまちたし」
すぐ横にいるデボラへとニコニコと笑みを見せるアイに、デボラは見かけは儚く微笑む。
我が娘ながら外見詐欺だと、内心で苦笑しつつ、よくこの幼女と縁を繋いだと褒める。この幼女は権力を取り戻す鍵となるのだ。月光商会……まだ情報を収集している最中だが、その片鱗でも充分力を持つ商会だからだ。
英雄級を抱え込み、様々な見たこともない商品を取り扱う。目の前の幼女はそれに合わせて、嘘か真か陽光帝国の皇帝と同権限を持っているとか……。最後のはさすがにデマではあろうが、巨万の富を持っており、強大な武力を持っていることは間違いない。
「それででつね、公爵しゃま? あたちは色々できるんでつが、見てもらっていーでつか?」
お遊戯を私にも見てもらいたいのかと、その幼い表情に苦笑してしまう。だが、その無邪気な様子から、つけ込みやすいとも考える。ちらりと幼女の後ろを見ると、英雄と名高いギュンター卿はなぜか出入り口近くに立っており、幼女には狐人の少女が護衛をしているようだった。
話をしていく中で、言質をとれば有利な取引などもできる。あのお目付け役らしい老齢の騎士がいない間に、話をしてみようとジャミトンは決意をした。
なので、目元を緩めて、できるだけ好印象を与えるように優しく微笑む。
「アイ姫が何をおできになるのか、私も興味がありますな。良いでしょう。見せて貰えませんかな?」
「わ〜い。ありがとーでつ!」
幼女の目が一瞬鋭くなり、ジャミトンはなぜかゾクリと総毛だつ。自分の孫ほどの幼女に対して、自分自身、不可解に思い目を擦るが、普通にニコニコと微笑む幼女がいるだけだった。
「それじゃ、アイ・月読のイリュージョンを見せちゃいまつよ」
「世紀のイリュージョンなんだぜ」
タキシードを着込み、シルクハットを被った妖精もぴょこんとアイの髪の毛から顔を出して、丁寧に会釈をする。
「実はでつね。灯りの魔道具にはちょっとだけ普通とは違う効果を乗せているのでつ。レベル1にも届かない気休め程度の力なのでつが」
ホイッとアイが手を振ると、広間のあちこちに置かれていた灯りの魔道具の灯りの色が黄色から銀色に変わり、銀の粒子を放つ。
おおっと、皆がその幻想的な光に驚く。なるほど、たいした演出だとジャミトンが思う中で、幼女は話を続ける。
「この灯りはちょっぴりだけ、聖なる力が込められていまつ。たいした力ではありましぇんが……。善を照らし、悪を焼くんでつよね。具体的には……」
ムフフと笑うアイ。そして……。
「ぐっ、ぐおおおお!」
そこかしこから、うめき声が聞こえてきた。慌てて、声の主へと顔を向けると、スークたちが蹲り苦しんでいた。ゆらりとその影が揺らめいている。
「悪魔の正体を暴くんでつよ。簡易版ラーメンの鏡でつね」
うふふと苦しむスークたちを見ながら説明をするアイ。なんのことだと尋ねようとして、その口を噤んだ。
意味が理解できたからだ。スークの身体を闇が覆い、姿を変える。黒き獣のような肌に、目鼻はなく、単なる黒い穴が空いている。鋭き爪を持ち、背中からはコウモリの翼を生やしていた。
「こ、これは悪魔! いつの間にっ!」
見ると数人が悪魔へと変貌していた。誰なのかはすぐに見当がついた。たしか、王都から抜け出して北部に行くように進言してきた者たちだ。……独立国家を建国しようとも勧めてきた者たちでもある。
ジャミトンは憤怒で顔を赤くする。自分が騙されていたことに気づいたのだ。
「悪魔であったか! 我らを謀っていたのだな!」
手のひらに魔力を集中させて、詠唱を開始する。自らを謀ってきた悪魔たちを倒すべく
「魔力は炎の薪となり、炎は敵を貫く槍とならん! ファイアランス!」
燃え盛る炎の槍が元スークへと向かう。上級騎士すらも焼き尽くす必殺の魔法であったが
「ふん、この程度の炎が効くかっ!」
元スークは悪魔の姿に完全に戻ると、手を振って打ち消してしまうのだった。
そうして忌々しげに幼女へと視線を向けると、声高に叫ぶ。
「このような小手先の魔法で、俺の変身が暴かれるとはなっ! やってくれたな、だが、この姿になったからには、もはやあの程度の聖なる力では俺には効くことはないっ!」
その叫びは魔力を伴っており、衝撃となり人々の精神を削る。ジャミトンもふらりと体を揺らし膝をついてしまう。
「ここまで大物が現れるとは想定外でちた! 悪魔しゃんは何者でつか? どこからきまちた? 目的とこれからの行動を親切にわかりやすく、それでいて詳細にお願いしまつ!」
怖いよ〜と、口元におててをつけて問いかけるアイ、ちっこい身体をぶるぶると震わせているが、やけに問いかける内容が具体的である。
「アホかっ! 誰がそんなに全てを言うかっ! 貴様らの今までの活躍は聞いているっ! 我ら闇の軍団を密かに倒しているようだが、それもここまでよっ! 魔軍団長変幻のバードッグが倒してやろうぞ」
冥土の土産には教えてくれない模様。というか、幼女のことを珍しく警戒しているように見える。どうやら、ユグドラシル戦のことを聞き及んでいるのだろう。
だが、土偶のような顔にある口を、三日月のような黒い笑みへと曲げて腕組みをして、こちらを睥睨する。
「しくじったな! 我らが多少紛れ込んでいると考えて、このような策を弄したのだろうが、お前らの顔を見るために全員が揃っていたのだ。武器も持たずにここに来た己の間抜けさに悔やみながら死ねえっ!」
たしかにパーティーに出席するので、鎧どころか、帯剣すらしていない。皆は動揺してざわめきが起こる。
黒幕幼女のピンチである。想定と違ったアイはマジかよ、スパイが全員集まってたのと、バードックのアホさに、いや、狡猾さにプププと笑う、いや、怖がって震えるのであった。