239話 物作り体験は楽しいと黒幕幼女は笑顔になる
フローラ・ドッチナー。ムスペル家が力を失ったあとに宰相に成り上がったドッチナー侯爵家の長女だ。今、もっとも力を持つ貴族である。
その娘のフローラがキョトンとした表情で立っていた。後ろには侍女と護衛の騎士の姿も見える。
「こんにちは、フローラしゃん。奇遇でつね」
アイがフローラに気づいて、パアッと嬉しそうなスマイルを見せる。もはやおっさんには手慣れた幼女スマイルである。おっさんが手慣れている時点で犯罪の香りがします。
「こんにちは、アイ。疲れたからカフェでひと休みしようと来たのよ」
そんなことはわからないフローラはニッコリと微笑み見返して挨拶をしてくる。
アイと呼び捨てにするフローラに、だいぶ仲が良いのねと内心で舌打ちしつつ、デボラもニコリと可憐な笑みにて挨拶を返す。たった数時間でこの幼女の持つ財力、権力、武力を思い知ったデボラである。他の貴族の誰よりも親しくなる必要があると感じていたのだ。
「お久しぶりです、フローラ様。お元気でしたか?」
「ええ、元気に暮らしております。デボラ様はお元気で?」
当たり障りのない挨拶を返す二人。そのままフローラはアイへとニッコリと微笑み言葉をかける。
「こんな所で会えるとは嬉しいわ。アイ、ご一緒しても良いですか?」
「もちろんでつよ!」
こっちこっちと、隣の椅子をパタパタちっこいおててで叩き、はしゃいじゃう幼女。フローラは勧められるままに椅子に座り、手慣れた風で注文を頼む。
「ショコラジョッキパフェを一つください」
慣れ過ぎだった。
ショコラジョッキパフェ。それはビールジョッキを使う鬼盛りパフェのことだ。デブ一直線と思いきや、少し前より痩せていることにアイは気づいた。
「痩せてまつね? お疲れでつか?」
ちょっとお肌の艶も悪いよねと、幼女は心配しちゃう。この痩せ方はおかしいぞ? いや、やばい薬とかではなく、この異世界独特の……。
「魔法を使いまくってまつね?」
魔力を限界まで毎日使っている者の症状なのだ。魔法使いが痩せぎすな原因ナンバーワンである。
魔力は水泳みたいに全身の栄養も使うからな。しかも筋肉はつかない。魔法使いあるあるネタである。ナンバーツーが夜ふかしと不健康な食生活でつ。
その予想は当たりであったらしく、フローラはフフッと微笑み、頬に手をあてて最近の日々の行動を告げてきた。
「ほら、錬金術をいちから学び直しているのよ。ここは凄いわね。系統立てされた錬金術の様々な知識。私がどれほど錬金術を知らなかったのか思い知ったわ。単純な解析から抽出までの錬金魔法すら使いこなしていないことがわかったし」
「あぁ、それで錬金魔法を使いまくっているんでつね」
覚えたての知識を使うことが楽しくて仕方ないのだろう。しかもこの異世界では魔法という面白おかしい形をとるのだから尚更だ。
そうなのと、恥ずかしそうに照れるフローラ。店員がソフトクリームとパフェを持ってくる。フローラのだけサイズが違う。
猛然とスプーンを手にとり食べ始めるフローラ。上品な所作ながらも、かなりの速度で食べているので、かなりここのカフェに通っていることが想像できてしまう。女の子にとっては最高の場所だもんね。
「このパフェというの美味しいですわ……柔かい冷たさと甘さが身体に染み渡りますわ! こんな美味しい物が市井にあるなんて! この果物も甘い……ここまで甘い物は食べたことがありません」
デボラが驚きの表情でスプーンを動かす。止まることない動きだ。
「ソフトクリームだけのも美味しいでつよ」
口元をソフトクリームだらけにして、幼女は美味しそうに微笑んじゃう。この柔らかさはアイスクリームでは無理なのだ。ソフトクリームだけは現地でしか食べられない。ちなみにアイスカップをぐにょっと押し出してソフトクリームの形にするタイプは個人的に認めません。あれは単なるソフトクリームの形をしたアイスクリームでしょ。
どこかの女神様と同じ意見を持つ幼女であった。
食べるのに夢中で、しばし静寂が訪れちゃう。スプーンで、はいよとマコトにも分けてあげる。幼女はおやつを分けられる良い娘なのだ。
だが、さすがにデボラは高位貴族の娘だけあった。食べるのを途中で止めて、物凄い残念そうに止めてから、フローラへと向き直った。
「フローラ様はドッチナー侯爵家の長女。錬金術の大家と記憶しておりますが、ここで錬金術をお学びに?」
からかうように揶揄するデボラに、フローラは気にせずにニコリと微笑み返す。これまでもこのような物言いをたくさん他の貴族に言われてきたのだ。
「デボラ様は、陽光帝国の技術力をお知りにならないから。ここの技術はドッチナー侯爵家の錬金術の知識を遥かに超えていますの。恥ずかしながら、我が家の知識程度で錬金術の大家と名乗っていたのが恥ずかしく思いますわ。初歩的な知識すらなかったのですもの」
悔しがる様子も見せないフローラにデボラは僅かに目を細める。体面を気にする貴族がそのような発言をする意味に頭を巡らす。
これはドッチナー侯爵家の錬金術知識が低かったことを示しているが、それ以上に陽光帝国と深い関係だとも告げてきたのだ。なんとなれば、秘匿されている筈の貴重な知識を学ぶことができているのだから。
幼女も僅かに目を細める。もうなくなっちゃったと、ソフトクリームを食べ終えちゃって悲しげになっちゃう。
デボラもフローラもまだまだパフェ残っているなと確認すると、今度はチョコソフトクリームを頼んじゃう。夕食が食べられなくなっちゃうかもしれない悪い幼女であった。
デボラとフローラの視線が絡みあい、緊迫した空気となるのを、チョコソフトクリームを頼み終えたアイは空気を変えるために声をかける。
「フローラしゃんは、今、石鹸やシャンプー、リンスを開発しているのでつよね?」
「えぇ、古代植物館には多くの花咲く植物が存在していたのですが、使い道がわかりませんでした。ですが、今は月光商会の方のおかげで、利用できる物が判明してきましたの。その中でも消毒の効果を持ち香りの良い花がありましたので、それを使用して作成を開始していますわ」
ちらりと後ろの侍女へと視線をフローラは向ける。立ったまま待機していた侍女がポシェットからいくつかのガラスの小瓶を取り出してきた。
六角形のクリスタルガラスでできている小瓶。その中に粘度の高い液体が入っている。
「石鹸とシャンプー、リンスですわ。錬金術抽出にて、的確に取り出した有効成分のみを使用して作成した物ですわ。これなら魔力もそこまで使わないですし、錬金術を使用しているので高価で希少、水を弾く若々しいお肌になり、サラサラヘアーとなる効果もバッチリな商品となります」
「社長……誰かさんの影響を感じるんだぜ」
立て板に水と、滔々と語るテレフォンショッピングの司会者のようなフローラの姿にマコトが半眼になる。うん……貴族のやることじゃないかもね。錬金術の知識以上に商売の知識を取り入れちゃったのかしらん。
「ふふっ。魔力ポーションの価値が大暴落しましたので、他の商品を考えてましたの」
フローラが幼女へと責めるような面白そうな視線を向けてくるので、誤魔化すように新たに来たチョコソフトクリームを食べながら答える。チョコも美味しいな。
「蜂蜜どころか、砂糖が出回りまちたからね。魔力ポーションの価値は魔力を回復させるだけになりまちたか。良かったでつよ、やっぱりポーションはポーションとして使うのが一番でつので」
俺のせいじゃないよ? 時間の問題だったんだよ。というか、甘味として使うのが間違いだったんだしさ。
「……まぁ、そうですね。で、これからどこに行きますの? 休憩がてら私もお付き合い致しますわ。デボラさんはこの街に不案内のようですし」
「ありがとうございます。フローラ様は随分とこの都市に詳しいご様子で心強いですわ」
おほほ、うふふと笑い合い牽制をするいかにも貴族な二人の少女であった。
カフェから出て、どこに行くかとなると、目玉はマコトサンダー城だ。皆で出発と、ガイドな幼女は旗を持って先頭で案内役をするためにぽてぽてと歩く。ガイドな幼女なので、それに相応しいガイドの制服に着替えている。マコトもガイドの制服になり、ちっこい旗をはためかせていた。
ガイド幼女とガイド妖精が案内する所は、大きな噴水のある庭園。区画ごとに四季折々の花が咲き乱れて、花の上にはドーナツやケーキに齧りつく妖精たちがいる幻想的な庭園である。
妖精たちが幻想的ではなかった。プリンを食べている妖精だけがちまちまと大人しく食べている。他はケーキやドーナツに噛み付く姿が、なんだか蝗の群れみたいなので止めてほしいな。
「なんて美しい庭園なのでしょう。わたくし、この感動をなんと伝えれば良いか、言葉がありませんわ」
デボラが感動を口にするが、目が泳いでいる。なぜならば妖精以外にも問題があった。
「しっかり働いてくれよ? 魔法付与っと」
「は〜い、保存魔法、と」
「こっちも魔法付与を使うね」
「永続光〜」
なぜか庭園には大勢の魔法使いもいた。それぞれ魔道具を生産中である。
「錬金術に使うのはこれ〜?」
「花びら一つでケーキ1個〜」
「あ〜アイちゃんだ〜」
「お土産お土産〜」
他の妖精たちもよくよく見れば、錬金術で何かを作っていた。フローラへと視線を向けると、サッと目を背けてくる。妖精の手伝いも仰げたのね。別に構わないけど、妖精を上手く使おうとするのは止めたほうが良いと思うよ。
というか、懸念の通り、ポイッと花びらを捨てて抽出を止めて、妖精たちはアイに集まってきた。魔道具を作る妖精たちも。
「危険な香りがしまつ! 雪解けドーナツ投げ! 雲プリン浮遊の術! 蕩けるケーキの壁!」
在りし日のトラウマが頭によぎる幼女は、素早くお菓子を取り出して空中に浮かした。蝗の群れに身体を覆われるのは勘弁してほしいので。
「きゃー! 幼女特製のお菓子だ〜!」
「天下一お菓子大会の開催〜」
「修行した成果を〜」
「むふーっ。楽しそうなので参加する」
妖精たちがキャイキャイと話す中で、てこてこと人間の元に行く。ようこそと挨拶をしてくるのを、微笑みで返しながら、魔道具の一つを手にする。
「妖精のお手伝いがあれば、魔道具も錬金術道具も手早く作れまつ。でも部屋に妖精は長時間いることができない飽きっぽい人たちなので、庭園を作業場としているのでつよ」
実にしょうもない理由であった。だが仕方ない。柔軟性の高い魔法を妖精は使うので。
「はぁ……そうなのですか」
「そうなのでつ。これは保存の付与がされているお皿でつね」
大皿を手にして教えてあげる。と、デボラが保存の付与と聞いて目を剥く。
「保存の付与がこんなに簡単に?」
保存の付与された物は希少のはずだ。それが常識であったのに、見る限り同じような皿が山とあることに驚いて、デボラの声は震えてしまう。
「そうでつ。保存の付与された物は一番使い勝手が良いでつからね。あ、そうでつ!」
今思いついたと、アイはぽふんとおててを叩いた。
「せっかくでつので、この皿を使ってパーティーしましょー。きっと美味しいでつよ。デボラしゃんの家族に招待されている夜会がありまつから、これを手土産にしまつよ」
「は、はぁ。歓迎致しますわ」
唐突なる提案であったがデボラが頷くのを見て、黒幕幼女は含み笑いをしちゃうのであった。