238話 観光案内する黒幕幼女
公爵家の人たちに心配をかけてはいけないので、しっかりとお手紙は書いておく。
お嬢様は預かった。帰すのは夕食後です。と
机にへばりつき、んしょんしょとお手紙を幼女は書いちゃう。幼女はお手紙を書ける頭の良い娘なのだ。
「ちょっと犯罪っぽい書き方じゃないか?」
「ふむ……。たしかにそうでつね。それなら、あたちとデボラしゃんの仲良くしている絵もお絵かきしておきまつ」
クレヨンを持ち出して、カキカキ。幼女はお絵かきも上手なのだ。書き終わった絵はデボラとおててを繋いでニコリと微笑む幼女であった。写実主義な幼女は物凄い絵が上手だったりした。写真みたいな絵なので、異世界恐るべしとマコトが驚くぐらいだった。
「とりあえず、これでOKでしょう。ゼーちゃん、運ぶの任せまつ」
「ピピッ」
わかったよと、つぶらな瞳がかっこいい猛禽のゼーちゃんがもふもふな翼をはためかせて、手紙を口に咥えて飛んでいく。いってらっしゃーい。
パタパタ飛んでいくゼーちゃんへおててを振って見送ると、幼女はさてとと、壁際に立つルーラに顔を向ける。
「デボラしゃんは寛いでいましゅか? おやつは美味しく食べてまつかね?」
灰色の狐耳をピコピコと嬉しそうに動かしながら、ルーラはアイへと軽く敬礼をしてくる。なんだか、軍人ごっこをしている感じ。久しぶりに一緒の行動なので、嬉しいのだ。
尻尾もパタパタ振るので、もふもふしたくて、ウズウズしちゃう幼女である。
「シルキーからの報告では、ケーキは気に入って頂けたかと。ココアを選んでいたそうですが、どうもココアがなにかわかっていなかったようですね」
「ふ〜ん………。そうか、まだ月光商会が新商品を出回らす前にデボラしゃんは北部に逃げたのでつね。そうすると、流行に乗り遅れて周回遅れレベルのお嬢様となってしまいまちたか。公爵家の娘なのに」
椅子に凭れかかり、ふむんと考え込む。あの娘、病弱そうな儚げで大人しそうな外見だけど……。
「高慢な人っぽいんでつよね」
断言する。口元の動きとか、目の動き、驚いて混乱はしていたが、動作が変であった。変というか、外見と合ってない感じ。まぁ、気のせいかもしれないけど、プライドがチョモランマよりも高そうなのは間違いない。
「どうするんだぜ?」
俺の頭の上に乗るマコトが逆さまにぶらんと浮きながら聞いてくるので、答えは決まってるでしょと、ニパッと無邪気な幼女スマイルを見せちゃう。
「もちろん首都の観光をするのでつ。デボラしゃんに湯浴みを勧めて、旅の汚れをとったあとでつね」
「一緒に入ろうとしたら駄目なんだぜ?」
「ええっ! ここのおふろはしゅごく広いのに一緒に入ったら駄目なのでつか! お背中ゴシゴシ洗ってあげようと思ってたのでつが」
幼女はお背中を流すこともできる良い娘なのだ。なのに、駄目なのかな? コテンと首を傾げて驚いちゃうと、額に手をあててマコトはなぜか呆れたようだった。
「最近、社長の幼女化が激しくて困るぜ」
「はっ! あたちはなんという考えを!」
ぷにぷにほっぺをおててでむにゅうと挟んで、自分自身の言葉に驚いちゃう。
そういえばたしかにまずいかもしれない。………むむむ、最近の俺の思考が幼女に侵食されすぎだな。気をつけないと。
紳士諸君がバンザイ、そろそろ中の人は消えるだろうと喜ぶかもしれないが、中の人は残念ながら消えなかった模様。
「とりあえず、もう少ししたらデボラしゃんに会いにいきまつかね」
足をパタパタさせて、書類に向かう幼女であった。
「仕事がある限り、社長が完全に幼女化することはなさそうだな」
「失礼な。あたちは常に可愛らしい幼女でつよ。むむっ、この帳簿、少し内容が変でつね。ちょっと監査にいきまつか」
こんな幼女はいないでしょ。
デボラはため息をつきながら、すべすべとなった肌をさすった。ケーキでお腹がいっぱいになり、動くのも億劫であるが、お風呂を用意しましたと召使いに告げられて、疲れていたし、汚れもあったので入ったのだ。
そこでも驚きがあった。
「わたくしの知るお風呂とは違いましたわ。なんですの、あれ?」
「どうやら魔道具を使っているようですね」
「それ以外にあんな馬鹿げた大きさのお風呂なんてありえませんわ」
呆れたように侍女へと答えながら、先程のお風呂を思い出す。普通、お風呂といったら寝そべるぐらいのバスタブにお湯を少し入れるだけではなかろうか? 高位貴族でもそれが普通だ。広ければ薪代はもとより、水も大量に必要なことと、何よりすぐにお湯なんて冷めてしまう。
それなのに、池かと思うほどの広さであった。黄金の可愛らしい犬の彫像から、常にお湯が出ており、ちょうど良い温かさを持っていた。手足を伸ばしお湯に浸かるということが、どれだけ疲れがとれるのか理解してしまった。あれは素晴らしい。
そして身体が隠れるほど泡立ちの良い石鹸により体を召使いに洗われて、シャンプーとリンスで髪を優しい手つきで梳かれた。
最後はマッサージというのを受けて終わりであった。正直、疲れがとれて、身体がスライムのようにグニャグニャとなったようで、すぐにベッドに潜り込み寝たかった。
「はぁ〜、わたくしの家にもあのお風呂が欲しいですわ」
あれは良いものだ。嫌いな人もいるかもしれないが、私はおおいに気に入った。どうにかして、あの魔道具を譲って貰えないかしら?
いくらで譲ってもらえるかと考え込んでいる間に、コンコンとノックがしたので、侍女へと頷き入室を許す。
「お疲れはとれまちたか? 先程のお詫びにお洋服をプレゼントしたいのでつが」
ぽてぽてと入ってきたのは、月光商会の当主、アイであった。ニコニコと幼女らしく、無邪気な様子で私へと近寄ってきた。
「ありがとうございます、大変疲れがとれましたわ。それにお洋服ですか?」
今から商人を呼ぶのであろうか?時間がかかると思うのだが。そんな私の考えを読み取ったのか、クスクスと口元におててをそえて、楽しそうに幼女は笑う。
「ウィンドウショッピングというやつでつ。このサンライトシティでしかできないかもしれましぇんね」
ここでしかできないという言葉に私はピクリと眉を動かし興味を持つ。王都でも出来ないこととはなんだろう?
街へと馬車に揺られて訪れて、ウィンドウショッピングの言葉に納得した。
「新鮮ですわね。まさかこんな買い物の方法があるとは考えもしなかったです」
スカートをふわりと翻して、街の洋服屋に入って、その様々な服を見て喜ぶ。
一枚ガラスの大きな窓ガラスが嵌まった洋服屋。マネキンという人形に様々な服が掛けられている。これだけのデザインは見たことがない。通常は商人を屋敷に呼び寄せる。そうして並べられた服から選び、買うのであるが、この店のように大きな店の場合は服などは持ち込む数に限りがあるのだと理解した。
棚にも、壁にも服が一面に置いてあり、目移りがしてしまう。
見慣れた毛糸で縫製された物があるが、他にも様々な作りで縫製された毛糸の服。そしてなんと言っても綿布というもので縫製された服の数々。
オーダーメイドはもちろんできるらしいが、パターン化というもので作られた服の数々にも目を奪われる。カジュアル? とかいう簡素ながらも美しい服にも興味が湧く。
なるほど、ウィンドウショッピングとはよく言ったものである。
「お洋服はすぐに着ることもできまつ。旅装姿だときつそうでつし。好きなものをどうぞ選んでくだしゃい」
「あら、すぐに買ったものが着れますの? それなら、これを……う〜ん、これも……」
遠慮なく買い物をしていき、少しあとに着心地の良い服にデボラはウキウキと表情を嬉しげに着替えるのであった。
簡素ながらも可愛らしい服に、ブローチもプレゼントされて、お買い物用ちょっぴりお洒落な服になり、洋服屋を出る。
「ありがとうございます、だいぶ楽になりました。ドレスですと、どうにも息詰まる時がありますし」
肌触りの良いキュロットスカートをくるりと回転させて、はためかせて笑みを浮かべる。これは肩が凝らなくて良い。お洒落であるし、ゴテゴテとしたドレスよりも趣味が良いと思ってしまう。
「てへへ。それなら良かったでつ。それじゃ、次はカフェでひと休みしましょー。美味しいソフトクリームを食べましょー」
かなりの時間デボラは服を選んでいた。その様子に待ちくたびれて幼女はお疲れであった。やはり中身は幼女にはなりきれないのが証明されてしまった。おっさんはそこまで買い物に時間をかけられないのだ。商品の買い付けなら何時間も付き合うんだけど。
なので、自分が休みたいおっさんであった。ソフトクリームは大好きだ。魔道具を作るのに物凄い苦労をしたのだ。主にガイが。
テラスもあるカフェ。日当たりの良いその場所には多くの人々が座って歓談していた。結構流行っている。
いらっしゃいませと、店員に案内されてカフェの一角に座る。
「ソフトクリーム、ソフトクリームをたべまつ。デボラしゃんはどうしまつか?」
メニューを見ることもなく、注文をしちゃう。おててをぺしぺしと叩いて、幼女はおねだりだ。
物珍しそうにキョロキョロと周りを観察するデボラ。ケーキとは違う食べ物なのねと、メニューとやらを見る。絵が書かれており、どんな食べ物か書いてあるのでわかりやすい。
「わたくしはこのフルーツパフェというものにしますわ。アイスとかソフトクリームとか全部乗っていると書いてありますし」
あれだけケーキを食べたのに、またまた食べるデボラである。別腹というやつだ。気をつけないと三段腹になります。
かしこまりましたと、頭を下げて店員が去っていくのを見て、アイへとデボラは声をかける。
「ここは随分と綺麗な街なのですね。王都と比べましても」
ところどころに公園があり景観が良く、街並みも家々の間に余裕を保たせて作られている。ごみごみとした感じがしなく、道路も綺麗で、それでいて見たこともない洋服屋に食べ物屋がそこら中にある。
「大通りはそんな感じでしょー。ですが細道はもっとごみごみしてまつよ。それでも街灯が設置されているので、治安は他の都市よりも良い筈でつね」
ソフトクリームまだかなぁと、足をパタパタさせて、厨房へと顔を向けながら答える。幼女は甘い物が食べたいのでつ。
その平然とした物言いに、この街はそれが普通なのだろうと、恐ろしく思う。たしかまだ建設されたばかりの街であるのに、これだけの規模の街並みが既に出来上がっている。中央の城もそうだが、これだけの物を短期間で建設する陽光帝国の力を空恐ろしいとデボラは考えた。
これでは王家が敵わないと考えるのも当たり前だ。この街を訪れただけで、力の差を感じてしまうに違いない。
自分は陽光帝国をそこまで脅威には考えていなかった。そのことを思い知り、デボラはアイに内心で感謝を告げる。これは本気になって頑張らねば、あっという間に没落するに違いないから、ここに連れてきてくれて感謝をした。
そんなことを考えていたデボラであったが……。
「あら、もしかしてアイとデボラ様?」
かけられてきた声に振り向くと、キョトンとした表情で知り合いの少女が立っていた。
「あら、奇遇ですわね、フローラ様」
それは最近急速に台頭してきたドッチナー家の長女であった。
まだまだ驚くのは早いと、デボラが思い知るのは、もう少しあとの話である。
水、土更新の新作。プラネットオブクリーチャーを書き始めました。しりあすなうえに、てぃーえすでは無い、だーくな小説です。よろしかったらお読みください。黒幕幼女の合間にのんびりと更新していく予定です。