237話 謝る黒幕幼女
アイはテヘペロとちっこい舌を突き出して、悪戯を反省していますといった表情をしていた。
「ごめんなしゃい、おねーさん。ちょっと電車ごっこ遊びをしたかっただけなのでつ。結果、わかったことは、石畳でも電車レベルの重量には耐えられない、ということでちた」
石畳を壊してごめんなしゃい、と。素直にペコリと頭を下げて謝る。幼女は謝ることができる素直な良い娘なのだ。小柄な体躯で、胸元でおててをぎゅっと握って、ウルウルオメメで謝るその姿は愛らしく、どんな人でも頭を撫でながら次は気をつけるんですよと許してくれるはずだ。
現に目の前の偉そうに扇子を口元につけている貴族っぽい少女も許してくれた。
「そ、そ、そうですの。それは仕方ないですわね? これは馬車? この巨大な狼は魔物?」
なんだか、声が震えて、足も震えて、顔も強張っているように見えるが、きっと気のせいだ。もしかして疲れているのかな?
俺の周りを見るが不自然な所はない。電車を作ろうと、試作した6メートル程の高さの金属の塊みたいな装甲を持つ馬車に、6メートル程度の大きさのペットのノルベエたち。あと、護衛のルーラたち聖騎士団だ。
まったくおかしくない。ちょっと重量に耐えられなくて石畳が砕けて車体がめり込んでいるのと、重くて疲れたよとノルベエたちがお腹を出して舌をハッハッハと出して疲れをとって、それを見た子供たちがノルベエたちのお腹にダイブしてキャッキャッと遊んでいるだけだ。
もしかして、イチャモンつけてきたこの少女の護衛騎士たちが山となって街路の隅に積み重なられていることが変かな? 剣を抜いてきたから仕方ないのでつ。死んでないから大丈夫。
それに、月光商会の紋章は掲げておいた。それを見て平民如きがと怒ってきたので、反対に驚いちゃったよ。工事中、通行止めと看板も立てていたのに。もしかしなくても最近王都に来た貴族か……。そして無礼打ちを普通に行える家格、と。
「え〜と、大変でちたね? 見れば旅から帰ってきたばかりなのでつね? 商会の当主として、たくさん謝らないといけないでつね。お名前はなんでしょうか? あたちは月光商会当主アイ・月読でつ」
コテンと小首を傾げて、愛らしくご挨拶。幼女はきちんとお名前を言えるのだ。なので、名前を教えて欲しい。是非ともね。
「わ、私の名前はデボラ……。そう、わたくしはデボラ・ムスペル。ムスペル公爵家の長女ですわ」
か弱そうな触れたら折れそうな儚い美しさを持つ少女は真っ白な肌をさらに青褪めて、周りを落ち着かなくキョロキョロと見ながら答えてくれる。
気弱そうな少女だから、疲れているんだね。皆は疲れからダウンしているので助けはないよ。いや、幼女がお疲れな少女を助けてあげるのだ。
フンスと息を吐き、義務感に駆られる。疲れている少女を助けないといけない。倒れたら大変である。ピクピクしながら倒れている騎士たちみたいにね。まったく護る対象の少女の前で疲れて眠っちゃうなんて、酷い護衛騎士だよ。
ぽてぽてと歩み寄り、側にいるデボラの侍女らしき女性も範囲に入れて、ニパッと微笑む。
「今にも倒れそうでつね。あたちのおうちでひと休みして行ってくだしゃい。テレポート」
答えを待たずにテレポートする。きっと疲れて声も出なかったんだ。だってお口をパクパクしてたもの。
というわけで、侍女も含めて、サンライトのお屋敷にごあんなーい。
「酷い拉致犯を見たぜ」
「いやでつねマコト。あたちは良い子でつ」
アイを中心に光のサークルが描かれて、複雑な魔法陣が現れたと思ったら、アイたち数人はテレポートをするのであった。街の人たちは慣れているので、気にしなかった。酷いことに。
デボラは混乱している。
侍女は混乱している。
実際に二人は混乱していた。多少の混乱ではない。大混乱というやつだ。信じられない現状を前に。
「なにが起こりましたの? わたくしの護衛たちは?」
デボラは混乱して口をパクパクと酸素の足りない魚のように動かしていた。侍女も同じように口を開けている。
「ここは陽光帝国首都サンライトのあたちのおうちでつ。お疲れにみえまちたし、あたちのせいで馬車の道を塞いだので、お詫びに呼びまちた。……もしかして、めーわくでちたか?」
ウルウル
ウルウル
シャキン
「いいえ、つ、疲れていたので助かりましたわ! なので、お泣きになりませんように」
「ありがとうでつ。おねーしゃんは優しいのでつね。今、おやつをもってきまつ!」
ウルウルオメメをゴシゴシ拭いて、幼女はぽてぽてと扉の外へと出ていく。剣を鞘に収めて護衛の女騎士もついていく。
「閣下はお優しいので、良かったでありますね」
なにがとは言わなかったが、出ていく際の女騎士の冷たい視線にコクコクと頷く。たぶんわたくしの護衛騎士が剣を抜いたことを言っていると思う。
平民地区でとんでもない相手にぶつかったらしい。月光商会の話は聞いていたが……。
「月光商会の当主は幼女という話でした。本当にそうなのか、お茶会や夜会に出て確かめるようにとも公爵様からはお嬢様はご指示を受けております」
侍女が私の考えを補足してくれるように言ってくる。
指示を受けていたが、本当に幼女らしい。信じがたいことに。
それにここはどこなのだ? シャンデリアが天井で蠟燭もないのに輝いて、調度品なども名品揃いだ。長椅子も凝った意匠である。
「キャッ! なんですのこれ?」
長椅子がふかふかしているので、不思議に思い座ると柔らかかった。反発力などはなくどこまでも沈みこむような、気持ちの良い椅子だった。
「お嬢様……ここはタイタン王国ではないようです。外をご覧下さい」
窓の側にいる侍女の言葉に、わたくしも慌てて立ち上がり窓に近づくが、たしかにそのとおりだと納得する。
「あそこまで美しい城などありませんでしたものね……ということは、本当に?」
窓の外には水晶のような美しい巨大な城が建っていた。日差しを受けて、キラキラと水晶の城は優しく輝き、その美しさに目を奪われて感動の吐息をつく。
こんな美しい城など見たことがない。神話にある神々の城などであろうか?
ガチャである。星5ガチャアイテムである。幼女が聞いていたら、そんな答えをしたかもしれない。
幼女は陽光帝国首都と言っていた。陽光帝国の首都がどこにあるかは知らないが、タイタン王都の隣にはいないはず。即ち遠き地に来たらしい。
こんなことができるのは、古代の話に出てくるお伽噺の中の魔法。有名であるが、使い手の話はない魔法。テレポートだ。本人もテレポートと言っていたが、使い手はもしかしなくても、あの幼女? しかし詠唱はしていなかったから、側付きの誰かなのかもしれない。
どちらにしても、信じられない。現実にそんな魔法があるなんて。
コンコンとノックがされたので、侍女に視線を送ると、用件を聞いて扉を開ける。銀色に光るワゴンを押す召使いが入ってきた。黒と白のコントラストが美しい品質の良さそうな服を着ている。
ちらりとわたくしの侍女へと視線を移す。主人の影となり目立たないように、茶色の地味な服装をしている。仕立ては良いが、明らかに服装で負けていた。
自身の服装ではなく、仕えている者の服装の差で格の違いを感じさせるとはと、多少悔しく思う。この召使いは恐らくはこの屋敷でも高位貴族の相手をするための特別な者なのだろうけど。
それでも公爵家たる我が家が負けるのは許されない。後ほど、召使いの服装を我が家も一新しようと記憶に留めておく。
「デボラ様。お飲み物をお持ちしました。コーヒー、カフェオレ、ココアに紅茶とございますが、どちらにいたしましょうか?」
メイドは丁寧な物腰で問いかけてくる。が、デボラはコーヒーを飲んだことが数回ある程度だった。苦いだけの飲み物だと覚えている。以前の葉を煮ただけの飲み物とは比べ物にならないが。
それでもコーヒーは嫌だが、紅茶にココア、カフェオレとはどんな飲み物なのだろうかと、内心で首を傾げてしまう。
メイドの態度から、こちらが当たり前に知っていておかしくないのだ。嘲る様子は見えないので、王都では普通のことなのだと悟る。
ここ数年、王都から離れていたツケがきたと、苦々しく思う。本来であれば、そこまで飲食に変わりはなかったはずなのだが……。砂糖を手始めにここ数年は大きく貴族の食生活は変わったらしい。
だが、それが何なのか知らないから教えて欲しいとは言えない。公爵家の者として矜持にかかわる。飲み物の種類も知らないなんて、まるで田舎貴族ではないか。
デボラは王都にいた頃、夜会などで久しぶりに辺境から訪れた貴族がそうやってからかわれていた所を何度も見ていた。
「こ、ココアで良いわ。疲れているしね」
なので賭けに出た。公爵家の者に出す飲み物だ。どれも高級でおかしな物は出すまいとの予想もある。問題ないはずだ。
「生クリームにてお召し上がりになりますか? それとも砂糖をお入れしましょうか。両方お入れをいたしましょうか」
「両方でお願い。わたくしは長旅で疲れているのよ」
生クリームとはなんだろうと思いながらも、さも当然のように答える。すると、召使いはこれまた美しい陶器のポットからお湯を出し、取り出したカップに粉を入れて溶かす。
サッと砂糖を入れたあとに、白い柔らかそうな何かを浮かべて、テーブルに置く。
そうして今度は3段式になっている小さなタワーみたいな物を置く。そのタワーの上には白から黒、ピンクやら緑と茶色やら果物が飾られている丸い塊がある。真ん中に穴が空いている物もあるが……なんなのだろう? 料理などはさっぱり北部まで伝わってこなかったのだ。
「なにかおとりいたしましょうか?」
「いいえっ、侍女があとはやるから、貴女は下がってよろしくてよ」
「かしこまりました。それでは、御用がありましたら、そちらのベルにてお呼びください」
そう答えて、召使いは去っていった。本来は壁際に待機するのが普通であるが、私たちのことを気遣ったのだろう。訪問者は密談をしたい時もあるし、外部の人間を邪魔だと思う場合があるので。そもそも自分の召使いを何人か連れてきているはずだ。本来は。
「これはなにかしら?」
色合いが凄いが、パンの一種だと思うのだ。戸惑いながらもココアという色が泥のような物を恐る恐る口にして
「あ、これ凄い優しい味だわっ! なんてこと!」
ほんのり甘く白い生クリーム? が柔らかい優しい味を口の中に広げていく。温かくホッとする味だ。疲れた身体にちょうど良い。帰ったら、これを買い込むように言わないと!
「やけに柔かいパンですが………焼けているようですし……これはソース? 味見を致してよろしいでしょうか?」
「えぇ。どれが美味しいか教えてね」
侍女が私の言葉に頷いて、お皿に丸い物、後で聞いたがケーキと言うものの一つをとってフォークでパクと一口食べ、幸せそうに顔を蕩けさせた。
「デボラ様……これ、凄い甘いです! こんな甘味は初めてです。蜂蜜よりも甘いですね」
白いケーキを素早くフォークで切り分けて、どんどん食べていく。おかわりをしないとと、他のケーキも取ろうとするので、慌てて制止する。
「わたくしにも渡しなさい。美味しいのでしょう?」
「はい! 天上の味とはこのような物を言うのかと」
皿にいくつか取り分けて私に侍女は渡してくる。
そんなに美味しいのかしらと疑問に思いながら口にして……。
「うぅ、苦しいですわ」
タワーに乗っていたケーキを全て平らげて私はソファに沈みこむように凭れかかるのであった。
その少し後に幼女が来たが、お腹が苦しくて動けなかったのはナイショである。