235話 現状を解析する黒幕幼女
砂糖よりも甘い。甘すぎて家にいられないよとララが愚痴るのをアイは苦笑しつつ聞いていた。幼女の苦笑する姿は少し不機嫌なのと、お菓子を貰える愛らしさを見せていた。
テーブルにあるドーナツをパクついてもいた。カリコリとリスのように食べるその姿は小動物みたいで愛らしい。
月光屋敷の執務室で、現在幼女はお仕事中です。
「それじゃラブラブなマーサたちはサンライトでしばらくお休みでつね。新婚休暇と言うやつでつ」
ペタコンペタコンと印章を書類に押しながらアイがフフフと微笑みながら言うと、ソファの上で足をプラプラさせてドーナツを頬張っていたララも頷く。
「そうだね。私はこっちでアイちゃんのお世話をするけど」
ララはお母さんの分も頑張るねとガッツポーズをしてみせるが、ドーナツを食べるのが果たしてお仕事なのか疑問を思っちゃいます。まぁ、ララを見てると癒やされるから良いんだけどね。
「それに、お仕事はしっかりしているみたいでつし」
おやつの時間以外は働いている。ちゃんとココアも入れてくれるし。幼女はココアを飲めばご機嫌なのだ。
それよりも考えることはたくさんある。
書類をちっこいおててで掴んで読む。そこには現在の状況が書かれている。
「ムスペル家とブレド家は王都に戻ってくると。う〜ん、タイタン王はなかなか頭が切れる人でつね」
争っていた2家が戻ってくるらしい。と、いうか争っていたのは最初だけで、王の辣腕ぶりにより勢力を削られたことに気づいて、あとは小康状態で睨み合っていたからな。
いや、睨み合っているふりをしていたらしいけど。密かに食糧を集めて独立を考えていたらしい。
ガイの結婚式に合わせて、陽光帝国との同盟を発表。恩赦をムスペル家に告げて、矛を収めさせた。なので、独立の看板、即ち王家の専横を根拠に独立はできなくなった。
もう一度王都で勢力を高めようとも考えていることは明らかだ。どこかの強大な力を持つ帝国のせいで、タイタン王国自体無くなる可能性も出てきたしね。力を合わせないと、独立してもすぐに滅ぼされると予測したのだろう。
陽光帝国は覇権主義で、侵略戦争をするかもと噂されているし。南部地域を僅か2年で統一した国家だから、そう噂されても仕方ないけど。
戦争をしていた国はしばらくはそう見られるからなぁ。
それは別に良い。なにせ力を合わせても経済戦争の勝者は変わらないので。ムフフ。
「でも、これはなんでつかね?」
バサリと手紙の束を投げ捨てる。羊皮紙の巻物がコロコロと転がる中でうんざりしちゃう。
「全部、社長への招待状だぜ。美味いものがたくさん出るんじゃないか?」
ぴょこんとアイの髪の毛からマコトが顔を覗かせる。失敗したな、スノーと同じ権限を持っているなんて言わなければよかったよ。牽制程度の情報だったのだけど……。
「普通、商会の当主が帝国皇帝と同じ権限を持つなんて本気で思いまつか? あたちなら真偽を疑いまつけど。素直に鵜呑みにして周りへと噂を流すとは予想外でちたよ」
困ったなぁ。これ全部断って良いかな? 幼女の駄々っ子ぶりを見せて良いかな? 寝っ転がって、行きたくないでつと泣き叫べば、この手紙の束は消えてなくならないかなぁ。
幼女パワーをフルパワーで出しちゃうぞ。ムーンって。
「社長なら駄目だってわかってるんじゃないのか?」
「この手紙……上手く利用できる方法ってありまつかね……」
はぁ、とため息をつきつつ、次の手紙を手に取る。そして、手紙を読むふりをして、モニターに映るラングのモカやダツたちへと視線を向ける。
「死の都市は変わらないでつか……徐々に現れるアンデッドが増えてきている、と。カナリア騎士団が援軍に向かっているのでつね」
カナリア騎士団はタイタン王国の対魔物専門の騎士団だ。なので、死の都市から溢れ出してきたと思われるアンデッドたちを退治するのに出張って来たのだろう。
防衛の要であるフラムレッド伯爵領は限界に来ているらしいね。
「はい、日に日にアンデッドは増えています。ルナプリンセス。既にフラムレッドの砦から漏れてきたアンデッドたちが、他の領地に向かって来ています。バーン領地にもチラホラと現れていますよ。私たちが殲滅しておりますが」
ふむ、とモカの言葉に考え込む。この話はどこかおかしい。いや、モカの言葉を疑っているわけではない。この状況がおかしいのだからして。
「フラムレッド領都はそこまで限界に達しておりません。村や街なども守りきっています。ただ、当主は既にアンデッドたちのスタンピードが発生するのではと警戒して王都に支援を求めたようですね」
フラムレッド領都に潜入させていたダツが説明をしてくれるが、そこまで限界ではないとの言葉に、ますます疑いを持つ。
腕組みをして、ゆらゆらと椅子を揺らしながら考えちゃう。
「サタンは既に復活していまつ。セクアナ神のところにあった瘴気を集める陣は無くなり、エネルギーの供給源はなくなりまちた。封印されていたと言うのはたぶん嘘。きっと地道に瘴気を溜め込んで目立たなくするための方便だったと予想しまつ」
ユグドラシルも隠れて行動をしていた。たぶんサタンも同じ考えだと思う。女神様に勝てると確信するまでは、隠れて行動をしているんだろうけど………。
「釈迦の手のひらに乗せられている悟空みたいな感じでつ。哀れな道化にも見えまつが、同じく手のひらで遊んでいるあたちにとっては困りまつ」
絶対に女神様には敵うまい。たとえ力をいくら蓄えようとも。でも、俺たちには危険な相手である。
ゲームでいうと、サタンは領地を広げないで内政ばかりをしている感じ。ターンをポチポチとボタンを押下して進めていき、資金が溜まったら活動をするシムなゲームみたいなことをしている。
幼女はバンバン建物を作ってお金儲けに走ったけどね。警察なんかいらないよと、カジノや遊園地を作りまくって資金を貯めるスタイルなので。後で、アンギャーと怪物が現れて建物を壊しまくったので、アンギャーと幼女は悲鳴をあげたこともあります。
「これは陽動だと思いまつ。でも、なんのための陽動かがさっぱりわからないんでつよね〜」
なんの意図があるのだろうか。地味に活動しているとは思うのだけど。
「アンデッドがたくさん現れる以外になにか異常はありませんか? どんな小さなことでも良いでつよ」
モカたちへと尋ねるが、皆は沈黙にて答えてきた。ん〜、なにもない? 本当に?
「そういえば……。作物の収穫が悪かったらしいです。北部に紛れてフラムレッド領地周辺でも」
ダツがフト気づいたことを言ってくる。
「そういえば、フロンテしゃんは南部の作物を扱っていたので、北部からの作物が王都にくる量が減っていたので、大儲けをしたと言ってまちたね」
その言葉に、なるほどと頷く。それならばフロンテが儲けたのもわかる。
作物の収穫が悪かった理由もわかるよ。負の力のせいでしょ。
「瘴気によって作物の収穫が減ったんでしょ。アンデッドが増えたのだから、あたりま……え?」
口にしながら思う。……これって偶然か? んん?
「瘴気が撒き散らされれば、魔物は増えて作物は枯れまつ。でも今は漏れているアンデッドもラングたちが倒しているんでつよね? 浄化の力を持つあたちたちが倒せば、周辺はどんどん浄化されて清浄になっていきまつ。収穫が減るのはおかしい……。それに合わせるように北部からも作物の流入が減る……」
「なにか気づいたことがあるんだぜ?」
「ちょっと思いついたことがありまつ。幼女色の脳が活動し始めまちたよ」
マコトの言葉に考え込みながら、探偵ルックに着替えておく。今日のあたちはオレンジジュース・アイ。お酒みたいな名前の探偵さんだよ。
探偵ルックの幼女はムフンと息を吐いて、部屋をウロウロする。ララがなにかまた始まったみたいと眺めている。探偵ごっこが始まった模様。マコトもその雰囲気に面白そうだぜと、探偵ルックに着替えていたりした。
「広がるはずのない瘴気……いや、本来は広がるはずでつよね。普通に倒しても瘴気は残りまつ。あたちたちが特別なだけでつから」
本来は瘴気が広がってもおかしくない。幼女たちが絡まなければ……。
「そうか……その可能性はありまつ。とすると、この手紙も意味が出てきまつね」
招待状の一つを取り上げて、悪戯そうにムフフと笑みを浮かべちゃう。
権謀術数、幼女の得意分野であるからして。サタンには負けないぞ。
「もうムスペル家もブレド家も王都に戻っているんでつよね? 当たり前でつけど。招待状がありまつしね」
てこてこと机に戻り、招待状の一つを手に取る。
「はい。既にムスペル家、ブレド両家は王都に帰還済みです。早くも様々な活動をしているようです」
「でつよね。なら、このお茶会の招待状をお受けしましょー。ララ、お手紙を書くので、配達屋さんにお願いしてくだしゃい」
「は〜い! どの招待状? あ、ムスペル家?」
俺の手元を覗いてララが言うので頷く。ブレド家とムスペル家、どちらからも招待状が来ているが、ムスペル家にしておこう。状況的にはムスペル家の方が悪かったと思うので。
たぶんサタンと繋がっているとすれば、ムスペル家だ。まぁ、両家共に繋がっている可能性はあるとは思うが。可能性は低いかな。
どうやったのかはわからないが、たぶんサタンは人間たちと繋がっている。いや、悪魔なら普通のことか。
「サタンが何を考えているかは不明でつが、どれほど行動を隠そうとしてもバレるときはバレるのでつ」
ムスペル家、ブレド家が戻れば、流入する作物の量も戻る。不自然なのは死の都市周辺となって目立ってしまう。
「あ〜、本来の流れなら王都にムスペル家たちは戻ってきていないもんな。あたしたちの行動が影響したんだぜ」
「そうでつね。恩赦が出なくては、ムスペル家たちは独立していたはじゅ。そうなると王国軍は軍を向けたでしょ〜、なにせ南部地域はディーアが巻き起こした統一戦争中。安心して北部に軍を向けられる……?」
話している間に考えが纏まっていく。ムスペル家は事故死しちゃった次男のせいで、宮廷争いに負けたけど、事故死しなくてもたぶんなにがしかの悪いことが起こって同じことが起こったはず。
ディーアも王家も、様々な者たちがちょっかいをかけていたみたいだし。たぶん基本的な流れは変わらなかったのだ。
その流れが変わっていった。幼女が砂遊びをするみたいに、運命の流れを変えちゃったので。
バシャバシャキャッキャッと、川の流れを変えちゃったのだ。
「とりあえずはしばらく貴族たちの中に潜り込みまつか。なにが出てくるか……楽しみでつね」
「あくどい笑みなんだぜ」
「悪戯そうな笑みと言ってくだしゃい」
マコトの言葉に反論して、クスクスと黒幕幼女は笑うのであった。