234話 結婚式はきらびやかに
結婚式はその人の晴れ舞台である。
だが、本当に晴れ舞台にする者はなかなかいない。
例えば街一つを舞台にする者とか。
秋も深まり、収穫も終わった時期にその者は街を2つ、舞台にした。
即ち、髭もじゃの小悪党こと、おっさんである。
おっさんではなかった。いや、おっさんなのだが、勇者ガイである。
タイタン王都とサンライト帝都の2つでパレードを行うこととしたのだ。予算は金貨100万枚。
優しい幼女はガイのお給料から天引きしないで、ご祝儀にしておきまつ。
なので、結婚式当日は王都は大盛況であった。もちろん月光街も大賑わい。その中で、ちょこまかと幼女が笑顔で働いていた。
「ご祝儀にするなんて、あたちって、やさしー」
ちっこい体躯の幼女はニコニコとお好み焼きを売っていた。お好み焼きには、祝ご結婚とマヨネーズで書いてある。
「渋い選択なんだぜ」
月光屋敷より少し離れた場所に屋台を作り、幼女はお好み焼きを売りさばいていた。マコトがその様子を半眼になって見ている。行商人はたまのお祝い事に屋台を出すものなのだ。お好み焼き美味しいでしょ。
そこらじゅうに屋台は並び、様々な食べ物が売っている。補助金を出してあるので、オール銅貨一枚です。買っていって〜。
「鰹節まくりゅ!」
ポーラがとやあっと鉄板でじぅじぅ焼かれているお好み焼きに芸術的動きで鰹節をかける。日に日に料理の天才は腕を上げている様子。
「そろそろ始まるから、ドレスに着替えて頂けますか、姫」
ギュンターお爺さんが、きつそうに首周りを擦りながらやってくる。今日は親族として出席するので、一張羅である。
もちろんアイも着替えて出席しないといけない。でも屋台をやりたかったのだもの。幼女はお祭り大好きなのだ。
「はーい。それじゃ、後は他の人たちに任せていきまつか」
「ここは任せてりゅ!」
ポーラの両親とバトンタッチ。ポーラはやる気満々で、細い腕をガッツポーズしてみせた。目指せ売り上げナンバーワン。
「もう少ししたら、ポーラも合流してくだしゃいね」
頼もしいけど、頼もしすぎるなぁと、妹分へとおててを振って、幼女は雑踏をかきわけて、ぽてぽてと屋敷に戻るのであった。
月光屋敷。その広間にて、人々が入れ代わり立ち代わり挨拶に来るのを、ガイはつるりとした顎を擦りながら、ありがとうございますと挨拶を返していた。
「なぁ、マーサ。あっしは変じゃないですかね?」
何度目になるのだろうか。タキシードを着たおっさんは小物らしくソワソワしながら妻へと話しかける。
「ふふ、大丈夫ですよあなた。似合ってます」
「髭も剃ったしね!」
マーサがクスクスと笑い、ララがガイの顔を見て褒めてくる。
そう、さすがに結婚式なので、髭を剃ったのだ。なので、小悪党のイメージは薄れていた。
ちなみにいつも剃らないのは半日で戻るからである。回復魔法をかけても戻る。水につけたら増えるワカメのような増殖力である髭であった。恐るべきキャラ設定と言えよう。
今日はなぞのまほうつかいが現れて、髭が0時の鐘が鳴るまでは生えませんようにと魔法をかけてくれたのだ。シンデレラストーリーそのままである。髭が生えなくなるしょうもない魔法なので、きっと童話は無理だろう。
ガイはソワソワとこんな大きな催しにしちゃってと、有り難いやら、恥ずかしいやら、緊張するやらで落ち着かなかった。マーサはそんな夫を見て、反対に落ち着いたのは秘密である。
「それにしても綺麗ですよ、マーサ」
「ありがとう。あなた」
何度目になるかわからないが、ガイがマーサを褒める。そのたびに顔を赤面させてマーサは嬉しそうにするので、ララは少し居心地が悪かったりした。
とはいえ、真っ白なウエディングドレスはマーサに似合っていた。センスよく宝石が縫い付けられており、大粒のダイヤのネックレスを首にかけ、その姿は誰もが見惚れるものであった。
そして、おっさんは惚気まくっていた。甘すぎて、それを見た男たちはおっさんを後で吊るそうと計画もしていた。ミノムシ計画と名付けられている。縄も頑丈な幼女製なので一安心。
「それではご夫婦の出番ですよ」
ようやく挨拶を終えると、司会が呼んでくるので、マーサの手を取り外に出る。
庭には大きく立派な屋根なし馬車が待機していた。リボンを頭に結んだ狼のノルベエたちが馬車の前で尻尾を振りながら待っている。
そして、その馬車の前には「けっこんおめでとう」と書いたたすきを肩にかけた幼気な少女と幼女がフリフリドレスを着込んで待っていた。
「よく来ました勇者よ。結婚おめでとうございます。それでは前へ」
月光教の結婚式の誓いですと、少女たちが口を揃えて言う。
マーサと顔を見合わせて、ガイは二人の前にマーサと一緒に近づく。
それを見た少女がちっこいおててを掲げて、エヘンと咳払いをして口を開く。
「冒険の書を書く。次のレベルアップまでの経験値を聞く。毒を治療する。呪いを解く。マーサと結婚する。そなたは何をしにこの教会まで来ましたか? 教会ではないですけど」
悪戯な笑みで少女が尋ねてくるので、ボケたくなるがなんとか耐えてお笑い芸人は告げる。
「マーサと結婚するでお願いしやす」
「わかりました。それでは勇者に光あれ!」
「そういうのいらないですぜ」
ピカーと手を光らせる少女へと、仕方なくツッコミを入れる。常にボケないと少女は駄目らしい。
「ハゲになれ〜でつ」
「もっと駄目ですぜ」
幼女も面白がって、おててをペカペカ光らせてボケてきたので、ツッコミを入れておく。この二人は相性が良すぎる。まるで一人の少女が分裂したみたいに息があっていて、面白がって悪戯をしてくる。
混ぜるな危険の二人だとガイは確信した。
まぁ、確信したから、なんだというわけだが。ブレーキのない暴走特急を止められないのだから。止めるには沈黙の男にならなければなるまい。
「えへん、真面目に言いますと、ガイ、貴方はマーサを愛して一緒に暮らしますか?」
少女が光らすのをやめて、咳払いを一つして、厳かに言う。たぶん厳か。周りの妖精たちがおごそかと書いたプラカードを掲げているし。
「はい、誓います」
ガイはアホみたいなやりとりでも、緊張しながら答える。
うんうんと、少女は頷いて今度はマーサに視線を移す。そうして、うってかわって静かな声音で語りかける。
「マーサ。貴女はガイを生涯愛して生きることを誓いますか?」
「はい、誓います」
マーサの答えに嬉しく思いつつ、ガイは語りかけてきた内容が違うことに気づいた。気を遣ったのだろう。わいわいとアホみたいなコントでスルーされたように見えるが、わざとだったのだと悟る。
生涯を愛する……。己の寿命はきっと生涯を愛すると気軽に言えるほど短くはない。嘘でも、その答えを言って欲しくなかったのだと理解した。
「ありがとうございます……。女神様、団長」
ポツリと小さな声で礼を言う。ここで、生涯を愛すると宣言するのは簡単だ。だが、想いを貫くのには少しばかり寿命が長すぎるのだ。
「あっしもマーサを生涯愛し生きていくを誓いやすぜ!」
一際大きな声で叫ぶ。宣言する。マーサは目を丸くして、女神様や親分は苦笑していた。
宣言するのは簡単だ。想いを貫くのは大変だ。だが、あっしは躊躇うことをしないのだ。
それだけの決意で結婚をすると決めたのだから。
「そうですね。そうでないといけませんよね。では、勇気ある者たちに光あれ!」
「光あれ〜でつ」
「しょうがないなぁ、あたしも光りあれ、だぜ!」
ニコリと穏やかな優しい笑みを浮かべて、手を幼女と繋いだ少女は手を掲げた。先程と違う、強烈な目が眩むような光ではない。
優しい光であった。光は人々の注目の中で大きく太陽のように大きくなっていき、天を照らす。
「優しき貴方たちに祝福を。これから苦難もあるし幸福もある。えーとっ、なんだっけ? 夫婦は分かち合うから、ケーキも半分こ?」
絶対にボケる女神様であった。
「まぁ、良いです。これからも頑張って生きていくのです。人生を楽しみなさい。それが貴方への祝福です」
そうして、太陽の如き光の玉は静かに割れて、王都を黄金の粒子が降り注ぐ。
なんという幻想的な神々しさだと、人々が驚く中で歓声があがる。
「俺の足が生えてきた!」
「目が見えるわ!」
「咳が、咳がとまったよ!」
多くの人々が癒せぬ傷や病気を持つ者たちが癒やされていた。欠損は治り、不治の病は消えていき、疲れた身体は元の体力を取り戻す。
「これは……女神様ですか」
その癒やしの力を見て、マーサが驚く。それほどの力であった。力以上に、その神々しい声が頭に入ってきたのだから。
「あぁ、そのとおりでさ。あっしの信仰する女神様ですよ、マーサ」
ガイは優しげな笑みでマーサの髪をそっと撫でる。目の前にいたはずの少女と幼女はいなかった。
「これからパレード頑張ってくださいね」
「パレード紅白饅頭をたくさん作りまちたからね。しっかり投げてくるのでつよ」
目の前にはいなかったが、馬車の陰にいた。クフフと悪戯な笑顔で二人して隠れていた。可愛らしい身体が丸見えだけど。
「パレードねぇ……さぁ、お手をどうぞ。世界で一番美しい方」
「ありがとうございます。世界で一番かっこいい方」
二人は馬車へと登り、笑い合う。
馬車が動き出し、人々が祝いの言葉をかけてきて、空からは妖精たちが舞い、桜の花びらがどこからか降り注ぐ。
「これから、王都を回るから疲れたら言ってくだせえ」
「あら、貴方と夫婦になって初めての共同作業だもの。最後まで頑張るわ」
ガイが手を挙げながら、人々へと笑顔を向ける。マーサへと小声で気遣ってくるが、新妻は笑みを浮かべて、楽しそうに周りへと手を振る。
「これからはたくさん幸せにしますぜ」
「はい、貴方。私も貴方を幸せにします」
お互いがその言葉に笑い合い、馬車はゆっくりと王都を回っていくのであった。
幸せそうな二人を乗せて。
「幸せになるんだな、ガイ」
その様子を屋敷の屋根に登ったアイは嬉しそうに見ながら微笑む。
「そうだな。これからはあんまり旅に連れていけないんだぜ」
肩に乗るマコトがそう呟く。
「そうでつね。ハネムーンの間は休暇にしときまつ」
「なんだ、遠慮しないのか? 新婚だぜ?」
マコトの不思議そうな問いかけに、フフッと笑う。
「俺たちは旅から旅の行商人。悪いがこれからも旅には付き合ってもらうさ」
それが俺たちなんだよと、マコトへと告げて、アイは祝う人々の中へと降りていくのであった。