233話 謎のデザイナーさん
銀髪が美しい上等そうなメイド服を着たメイドさんであった。なぜかお父さんは恐縮しながらソファに座っていた。誰なんだろう? 知り合いっぽいけど。
「ふふふ、謎のデザイナーとはこの私。本日のご主人様はなぞのけーきやさんをしているので、私がデザイナーになりました。ガイはせっかく私がこの地に派遣したのです。仲人も私がやります。モザイク入りの映像で、いつかやると思いました、というコメントで良いですかね」
プククと面白がる銀髪のメイドさん。美人さんだ。スタイル抜群の人だけど誰だろう?
「そのコメントじゃ、あっしは犯罪者ですよ。お久しぶりです、銀の」
「デザイナー」
「あ〜」
「デザイナーです。どこから見てもデザイナーです」
「デザイナーさん」
お父さんが繰り返しデザイナーと自分のことを言う銀髪のメイドさんを見て、諦めてデザイナーさんと呼ぶ。
「あなた、この方は?」
お母さんが尋ねると、ポリポリと頬をかくお父さん。
「この方は、この地にあっしを送り込んでくれた恩人でさ」
「恩神の謎のデザイナーです。こんにちはマーサさん」
なにかイントネーションが違った感じがしたけど、気のせいだろうか。それにしても、送り込んだということは、アイちゃんと同じく偉い人なのかな。
「はい。私は偉いんです。ララさん」
私へとなんだか怖そうな微笑みを浮かべてデザイナーさんは言ってくるので、ギクリと身体を震わせてしまう。思ったことを読み取られたような、心を覗かれたような感じがした。
「とりあえず私はサーと呼んでください。イエッサーと」
「それだと男になっちまいやすよ」
「ナイスツッコミです。成長しましたね、ガイ」
うぅ、と目元を押さえて感動する振りをするメイドさん。それを見て嘆息するお父さん。
「ガイ様の恩人なのですね。妻のマーサと申します」
コントを続ける二人へとお母さんが話しかけて頭を下げる。
「ガイ様に出会えたおかげで私は幸せです。ありがとうございます」
ニコリと微笑み、お母さんは感謝の言葉を口にする。
「いえ、貴女が幸せなのは、貴女自身が頑張ったからです。頑張りましたねマーサさん。つまり髭もじゃの力はほんの少しだったんです」
「余計な一言を付け加えないでくだせえ。で、なんのために来たんですかい?」
慈愛心を見せながら告げてくる謎のデザイナーさんに、お父さんはジト目を向ける。
「あぁ、もちろんドレスを作りにきたんです。センス抜群の私の作るドレスは拍手喝采、感心と感動、静寂と爆笑を巻き起こすでしょう。はい、これがカタログです」
胸元から大きな本を取り出してデザイナーさんは渡してくる。中身を開くと、精巧に描かれたドレスがたくさん載っていた。どれも凄い綺麗!
「既製品……ではなさそうですね。まぁ、助かりやす。で、本当のところは?」
私とお母さんがキラキラと目を輝かせて食い入るように本を見つめる中で、お父さんが疑い深そうに尋ねていた。
その言葉に肩を竦めて、デザイナーさんは手をひらひらと振って、面白そうな笑みを浮かべる。
「結婚式のお祝いです。これからも大変でしょうし、好きなスキルを血縁の固有スキルに一つだけしてあげようと思いまして。なにか引継ぎたいスキルはありますか?」
なんでも好きなものをと、まるで神様のように両手を掲げて厳かな雰囲気を見せてデザイナーさんは言ってきた。
でも、優しそうな笑みではなく、面白そうな笑みだ。なんというか……信用できない。本当にそんなことができるのだろうか?
お母さんも冗談なのか、本当なのかお父さんへと視線を向けている。スキルを血縁のスキルにできるなんて聞いたこともないけど。
「あ〜、それって、後々問題になるパターンじゃないですか? 未来でスキルに頼りすぎて傲慢になる子孫の姿が幻視できやすぜ」
「それではなにもいりませんか? 結婚のご祝儀ですけど」
「う、う〜ん、ここで断るのが王道でやすが、それももったいないですよね……。そうですね、毒、病気、呪い、寄生、精神攻撃無効でお願いしやす」
ポンと手を打って、お願いをするお父さんだけど……そんな凄い固有スキルを持ってたんだ!
「また微妙なものを……。まぁ、良いでしょう。では、ガイに新たなる血縁スキルを! 銀のホニャララな私の力によって授けます。ホニャララスキルを血縁スキルに!」
「ホニャララスキルだと困るんですけど」
「条件は直系のみ。直系以外は子供を産んでも引き継がれません。ここらへん、問題になる可能性はありますが、たいした力のスキルではないので、大丈夫でしょう」
その言葉とともに銀の粒子が辺りに満ちる。美しい光の舞う光景に息を呑む。
その光景は紛れもなく神々しかった。銀の粒子がお父さんの身体に吸収されていく。
「では、結婚を楽しんでください。結婚は良いものですよ」
光が目を見開くことも難しい程に輝く。私は慌てて目を瞑り眩しさを耐えようとする。
「あらゆる状態異常を防ぐスキル。その強力なスキルに相応しい名前……。ホンワカスキルと名付けました! これからはホンワカスキルと共に生きるのです。いきなさーい……」
段々とデザイナーさんの声がエコーと共に小さく遠ざかっていく。光も段々と収まっていき、目を見開くとデザイナーさんは部屋にいなかった……。
「あなた……今の光は?」
「あ〜……そうですね。あのお人は凄い力を持っている方なんですよ」
遠くを見るような目つきでお父さんは優しく微笑み、お母さんの肩を抱き、私の頭を撫でる。なにか不思議なことがあったのだと私は理解した。
もしかして、あの人は……。
「早くどのドレスにするか決めてくださいね。私は忙しいので」
部屋の扉が開いて、まぐまぐとお饅頭を頬張りながらデザイナーさんが入ってきた……。
えぇ〜と、皆でその様子を半眼になって見つめちゃう。その視線に怯むデザイナーさんは、両手にも抱えていたお饅頭を振りながら、頬張っていたお饅頭を呑み込んで口を尖らす。
「なんなんですか? 皆さんが眩しそうにしているから、ご飯を貰いに行ったんです。なにか文句でも」
もしかして、この人は食いしん坊さんかな。私と同じだね。
なんだかなぁと、思いながらも、カタログをお母さんと一緒に見ながら決めるのであった。
お色直しとか言うのがあるらしく、たくさんのドレスを頼んじゃったのはナイショである。
神殿内のある部屋で、幼女はコロリンとソファに寝っ転がる。ふかふかなソファでコロリンコロリンと。
反対側のソファでも幼気な少女がコロリンとソファに寝っ転がる。ふかふかなソファでコロリンコロリンと。
愛らしい幼女と少女がのほほんと。テーブルの上にはカフェオレとココアが置いてある。もちろんケーキも常備です。
「ガイに血縁スキルを与えたんでつか?」
「はい。せっかく結婚をしたのですから、面白おかしいスキルを与えたいと言ってましたね。私も経験値取得1000倍を与えたいと思うのですがどう思いますか?」
幼女の問いかけに、眠そうな目をした少女が面白そうに答える。
「それはチートスキルでつね。簡単にレベル上げできまつよ。レベル制の世界なら」
「レベルが上がったら成長率1000倍とか、レベル限界突破も面白そうなスキルですよね」
「意地悪でつね〜」
この世界ではどれも役に立たないスキルばかりである。悪戯な女神様らしい。
無駄スキルをたくさん手に入れて、お前はパーティーにいらないと放逐されるんだよな、わかります。
「まぁ、冗談はここまでにしておきますよ。ガイさんは己の存在に悩んでも結婚をすることを決めました。これって凄いことだと思うんです」
「そうでつね。あたちは嬉しいでつよ。地球では結婚する前に死んじゃいまちたから」
「マーサさんの方が悩むとは想定外でしたが、それも人生というものです。産まれる子供たちは少しだけ他の人たちより良い者となるでしょう」
フフッと優しげな笑みを浮かべる少女こと女神様。その姿を見ながら、今の話の内容を気にかける。他の人たちよりも少しだけ高いステータス……。危険な香りがプンプンするのは気のせいかなぁ。
なんか物凄い高性能なステータスになりそうな予感。
「ちなみに平凡な性格の人が一番ステータスが高くなります。名付けて、天秤は常に平均に。です」
人差し指をピコピコと振って、女神様は悪戯な子供のように語る。
「善でも悪でもステータスが下がるのでつか……考えまちたね」
偏った善も悪も酷いことになる可能性が高いからな。なるほど考えたな。まぁ……それならば大丈夫かな? 駄目でも介入すれば良いだろう。
「というわけで、ガイさんへのご祝儀は終わりです。次はこの世界に潜む悪魔たちですね」
真剣な表情になり、寝っ転がりながら、う〜んとちっこいおててをテーブルに伸ばしてカフェオレを取ろうとする女神様。起き上がるのが面倒くさい模様。
「サイキックカフェオレ持ち上げ!」
超能力を使いカップを浮かし、口元に運んでいく。口元に運ぶがうまく飲めないようで、おっとっとと、口を尖らせて飲もうとしていた。
「悪魔ではあたちには敵わないでつ。だから問題ないかなぁと思いまつけど、危険なんでつか?」
聖魔法を使うアイである。その力は真夏に置かれた氷のように簡単に悪魔を溶かす。溶かすというか、倒す。悪魔では幼女には敵わないのだ。悪魔でなくとも幼女には敵わないかもしれない。
「ん〜。今はなんとも言えませんね。私が行動するならば正面から殴りにいくだけで終わるのですが、あなたでは厳しいでしょうし」
「体術スキルはそんなに高くないでつしね」
この女神様は比喩ではなく本気で殴りにいくからな。そして敵は死ぬ。
「神棚の説明は聞きましたか? 月光クッキーを祀る聖なる祭壇です。残りのパーツを回収すれば月光クッキーは世界を照らすでしょう、頑張って集めてくださいね」
「悪魔たちを倒せということでつよね。残りは2パーツでつか?」
「パーツになるほどの悪魔であれば良いのですが」
浄化で聖なるパーツに反転するのね。
「余裕に見える時が一番油断している時。結婚式が終わったら頑張ってください」
「結婚式にお嫁さんを攫いにくる悪魔はいりましぇんからね?」
チャララーンとかいって、悪魔王が嫁を攫いに来るのは禁止。幻術だったとか言われて、2週しないとクリアできないしな。
「……今、マコトさんたちが頑張って台本を書いているんですが。皆頑張っている、の状態なんですが」
「駄目でつから! そんなことじゃないかと思いまちたけど!」
もぉ〜。マコトの姿が見えないと思ったら、そんなことをしてたのか。ガイの結婚式なんだから、おとなしくしておいてほしい。これでも俺は仲間想いなんだからな。
「それなら仕方ないですね。少しだけ手直しをしておきます」
「全面的に中止でお願いしまつよ!」
くすぐっちゃうぞと、幼女はガオーと起き上がり、私を捕まえられますかと、ひらりひらりと女神様がソファから逃れて、鬼ごっこを開始するのであった。
中の人のことは考えてはいけない。世界の理。中の人など存在しない、だ。