230話 結婚に驚いちゃう黒幕幼女
市場から帰って来て驚きまちた。幼女はとっても驚きまちた。
木靴屋が、革靴はもちろんのこと、スニーカーを作っていた事にも驚きまちけど。草鞋が売れなくなっちゃうと焦ったけど、手作りで金貨10枚しますと言われたので、安心しまちた。
いや、スニーカーのことじゃない。作り方を教えたおっさんに天誅を加えるべく、たくさんお友だちと遊んで夕方になったので、またね〜とぶんぶんおててを振ってお別れしたあとに、ぶんぶん棍棒を振って、帰宅した時にガイから聞かされた。
リビングルームで、皆を集めてガイが報告してきたのだ。
マーサと結婚をするという報告を。ララは嬉しそうにしているし、マーサも照れて赤面していた。ガイの反応は気にしなくて良いだろう。おっさんの赤面した表情なんてモザイク処理されるから。
じわじわと喜びが心から溢れて、花咲くような満面の笑顔になる。
「おめでとうでつ! 結婚おめでとう〜」
桜の花びらを倉庫から取り出して、パッパッと撒いて、ぴょんぴょん飛んで喜ぶ。
そっかぁ、地球では結婚できなかったからな。おめでとうガイ。
「そっか、ニュクスが妊娠したことを聞いてモガ」
「モカエクレアは美味しいでつよね」
余計なことを言おうとした妖精はモカエクレアに封印しておく。ちょっぴり苦いぜと、モカエクレアをマコトは食べ始めた。
ケンイチの嫁さんのニュクスが妊娠したと、この間報告があったのだ。その際に念の為にマコトが女神様に聞いたら、問題なく普通の赤ん坊ですと、返事があった。それを聞いてガイが安心したことを言おうとしたのだろうが、そういうことは言わないで良いから。
「うむ、目出度いな。おめでとうガイ」
「おめでとう〜」
「むふーっ。愛でたい」
ギュンター爺さんが、優しげに目を細めて祝福すると、ランカとリンもぱちぱち拍手をする。幼女も妖精も拍手をして、リビングルームが癒やしの空間となる。
地球では死んじゃったからな。……この世界では反対に不死だ。加齢をしてもキャラを変えれば新しい身体になる。勇気をだしたなガイ。
おめでとうおめでとうと、皆で祝う。某アニメの最終回のように。拍手喝采で、ガイが不安に思うほどに。というか、挙動不審となった。
小物なガイは皆から祝福されると裏があるのではと心配した。さすがは小物の王である。悪いことをすぐに想像しちゃうのだ。
「なにかオチがあると思っているんでつね……」
はぁ〜、と深くため息をつく。まったく。心の底から芸人気質だな。
「シルはどうするんだぜ?」
オチを持って来るエクレア星人。カスタードクリームは食べちゃったらしい。エクレアの皮から手足を突き出していた。常に余計なひとことを口にする妖精である。
「シルしゃんは13歳でつからね。シルしゃんと結婚すると報告されたら、パンチを入れて牢獄行きでちた。でも、シルしゃんには話をしておきまちた?」
許嫁と自称していたシルだから、騒ぐかもしれない。歳が若すぎるから、今は問題にならないだろうけど。今は。
俺の問いかけにキリリと真剣な表情で勇者が口を開こうとして
「シル様には大変申し訳ありませんが、説明を致します。3年後に結婚をしてほしいと」
マーサが口を開いた。
あれぇ?
マジで? とガイを見るとパクパク口を開いていた。何を言いたいかは理解できるよ。マーサ一筋でと答えようと思ってたんだろ?
「現状を鑑みるに、ガイ様は魔法爵という立場であり、大変な資産家であり、魔道具の大家です。一介のメイドでは隙があります。シル様なら南部地域の作物や、様々な物を扱うフロンテ商会の長女。結婚が予定されているとなれば、余計な介入もないかと」
リアリティのありすぎるマーサの言葉に俺はため息をつく。たしかにね。人を殺すのは言葉だけで事足りると言う。マーサとララを言葉の刃で傷つけようとする輩はたくさんいるだろう。
シルと結婚するなら、少しは減るだろうけど……。
「それにシル様はガイ様を本当に愛してますし」
最後の一言にぐうの音も出ない。う、う〜ん。なんとまぁ……。
マーサの表情を窺うが、そこには悲壮な決意のようなものはなく、穏やかな表情を浮かべている。
むぅ、とエクレア星人の中にカスタードクリームを注入しつつ、静寂に包まれた部屋の中で思う。
俺の考えることじゃないやと。ガイはどうすんの?
「マーサがそこまで考えているとは思いやせんでした。ハーレム物は羨ましいとは思いましたが、実際にその立場になると嬉しくないでやすね」
ヘヘッと、鼻を擦りながら真剣な表情にガイはなる。
「たしかに、あっしはその観点がなかったです。現実は力だけでは守れないと言うことでやすね」
ゴツゴツとした拳を握りしめて、勇者は言う。
「だから思うんでやす。悪意の刃は親分がなんとかしてくれると! だから未来のことは大丈夫です! 幸せが待ってやす!」
勇気ある言葉を堂々と宣言した。さすがは勇者である。他力本願と言う言葉を知り尽くしている。
「まぁ、可愛い部下のお願いでつからね。わかりまちた、あたちがマーサとララはまもりましょー。イジメや陰口を叩いた者がどうなるかは、どこにでも月光商会の目があると教えることになりまつ」
平坦なる胸を叩いて、ニコリと笑う。クフフと悪戯そうに笑う幼女がいた。悪戯そうに笑うが、やるといったらやる幼女なのは皆が知っていた。
「でも、正直それだけだと、マーサとララのためにもなりましぇん。守られるだけの立場にはなりたくないでしょー?」
「はい。もちろんですアイ様」
「うん!」
マーサとララが真剣な表情で頷くのを見て、優しく微笑む。そうでなくっちゃね。
「どうせ、ガイも成り上がり。もっと言えば、あたちもスノーも成り上がり。始まりは皆成り上がりなのでつ。だから問題ないでつ」
バンザーイとおててをあげて、ぴょこんとジャンプ。隣でぴょこんとエクレア星人もバンザーイ。
「成り上がりが負けないためには、礼儀作法を始め、色々とやらなければならないことがたくさんありまつが……」
「ありまつが?」
コテンとリンが首を傾げて尋ねてくるので
「今はガイとマーサの結婚をお祝いしましょー。明日考えられることは明日に回して、皆で騒ぎましょ〜。宴会をしまつよ!」
ドサリドサリと食べ物を取り出す。お酒も取り出して宴会である。
アイたちはワイワイガヤガヤと、先程の静寂を忘れたように騒ぎ始める。メイドさんたちも、ケインたちも集めて前祝いを始める。
ガイたちを祝福して大騒ぎになって、その日のうちにガイたちの結婚は広まった。
そして夜が明けた。
チャチャチャチャラララ〜。
なんちて。
夜遅く、マーサは自宅に戻って疲れてベッドに座る。前祝いと言いながらも、たくさんの料理、お酒が振る舞われてご近所の皆さんも集まって、大騒ぎになってしまった。
片付けをしようとしたが、皆が今日の主賓だからと笑顔で制止してくるので、その言葉に甘えて帰ってきた。
正直、喜びが大きいが不安もある。祝福をしてくれた中で空気を読まずに不安を口にしてしまった。その空気を壊してくれたのはガイ様……ではなく、アイ様であった。
苦笑をしながら、灯りの魔道具を見る。灯りが私の顔を照らす中で、アイ様はやはり私の仕える方であったと微笑む。
寒々しかった2年前のボロ屋からだいぶ生活は変わった。
薄い毛皮の掛け布団に、干し草だけのベッドは、綿入りのふかふかの掛け布団とベッド。
テーブルも椅子も真新しく歪みもない。洋服タンスには着替え用の洋服が複数仕舞われている。貯金もたくさんある。アイ様に預けてあるのだ。その金額は銀貨も手に入ることがなかった以前とは違う金額だ。
なにもかも良い方向へと変わっていった。
「夢のような暮らしよね」
まさか灯りの魔道具を持つことができるようになるとは想像だにもしなかった。
愛する人と結婚できることも。
「お母さん、楽しかったね!」
歯磨きを終えたララがパジャマに着替えて、ベッドにボスンと座る。お腹いっぱいだよと幸せそうにお腹を擦っている娘を見て、嬉しく思ってしまう。
「そうね。皆様、優しすぎるほど優しいから。ふふっ。でもこれから大変かもしれないわよ?」
魔法爵と言う聞いたことがない爵位。でも侯爵と同じ格らしい。私達にとっては雲の上の存在だ。下級貴族すらも私達にとっては上の方々なのに。
その魔法爵のガイ様と一緒になるのだから。
「う〜ん……たしかに大変かもしれないけど、大丈夫じゃないかな? ガイさんもなんだかんだ頼りになるし、アイちゃんはもっと頼りになるし、私も頑張るし!」
未来に不安よりも希望を持つ娘は、輝くような笑みで言ってくるので、頭をそっと撫でる。私にとってこの娘は本当に宝物だ。その前向きな心根も、明るい性格も。
ララがいなければきっと私は生きていけなかった。
宝物が信じているのだ。希望ある幸せを。
それなのに不安だけを口にすることは親としてできない。
「お母さんも頑張るわ。これまでとは違ったことを覚えないといけないかもね?」
「アイちゃんは、そういうところ厳しいからな〜。でも私頑張る! 差し入れをガイさんにお願いしないとね。あ、もうお父さんと呼ばないといけないのか。お菓子はケーキが良いなぁ」
ふざけるようにクスクスと笑う娘の額をコツンと指でつつく。
「あまりガイ様をからかわないようにね。優しい方だから」
そういうと、灯りを消して二人で眠りにつく。楽しかったねと再度ララが笑顔で、言ってきた。
次の日。もちろんのこと、シル様にも話は伝わっており、すぐに訪問してきた。
「あぁ、そうなることは予測してましたわ。私は馬鹿ではないのです。年若い私ではきっと結婚をしてくれないと予想してましたし」
応接間のソファに座り、シル様は平然とした様子でココアを飲みながら言ってきた。動揺している様子はない。
「最初から予想していたのですか?」
私はシル様の言葉に驚きを示す。怒ることはしないとは思っていた。頭の回る方なので。でもここまで平然とした様子は正直意外であった。
「ま、先のことは先のこと。いっぺんに結婚式を行ってもらっても困りますしね。まぁ、私が歳を重ねるまでは仕方ないでしょう」
平然とした様子で、予想どおりの言葉を口にした。
「もしかしたら、他の方になる可能性はありますが、それも未来のこと。まぁ、そうならないとは思いますが、今はそんなことは忘れましょう。私が言うのもなんですが」
ニッコリと微笑みながら、シル様はカップを置く。
「おめでとうございます、マーサ。ガイ様はヘタレですから、プロポーズは周りに推されないとやらないと思ってましたので意外でした。幸せになってくださいね」
この少女は若すぎる歳なのに、私よりも大人だと思いながら、その優しげな微笑みと祝福の言葉に頭を下げて感謝をする。
きっと私は幸せになる。幸せになるためにガイ様と頑張って行こう。
そう決心する私は応接間の扉がノックされて、緊張で声が上ずった愛しい人の声が聞こえてきて、クスリと微笑むのであった。