23話 スラム街のボスとなる黒幕幼女
スラム街のボスたちが降伏してきて数日後。
「ふんふんふ〜ん」
可愛らしい鼻歌を歌いながら幼女は目の前の光景にご満悦だった。足をパタパタさせて、ついでに手をぶんぶんと振っちゃってリズム良くちっこい身体も揺らして庭を眺めていた。踊る幼女は物凄い癒やされる。
そして、おっさんの魂は着々と女神の加護に侵食されていた。
昨日まで住んでいたボロ屋ではないし、庭も懸命になってアイがうんせうんせと耕した猫の額程のちっこい畑でもない。
ボロいのはたしかだが、それでも大きなお屋敷である。神器により備え付けられた上水道がなんとお庭と台所の2つに備え付けられていて、透明な真水がジャバジャバ使えるのだ。
なんと言うか、風呂洗面所共有のアパートから、一軒家に引っ越した感じ。お水使い放題である。
お風呂にも入れるかなと、期待をしているアイである。元日本地区の産まれの自分としては、やはりお風呂に入りたいのであるからして。
眺める視線の先には、懸命に雑草を抜き取る大勢の部下たちの姿がある。
部下である。何という良い響きだろうか、部下。ゲームキャラではない部下。黒幕にまた1歩近づいたので、幼女はご機嫌であった。
「親分、モヤシの種は配り終えました。言われたとおり、皆に1か月配布しましたでさ」
「ごくろーさまでつ、ガイ。これであとは定期的な炊き出しをすれば問題ないでしょー」
ガイが報告してきたのを頷きで返す。この調子なら綺麗な庭に……畑になるはずだ。問題は誰にも作物を育てる姿を見られたくないということ。前の家の庭はちっこいので、ダツシリーズに見張りをさせれば問題はなかったが、今度からはそうはいくまい。
「まぁ、あとでそれは考えればいいでつね。幹部会議を始めまつ。皆を集めてきてくらはい」
会議室と決めた広間へと、てってことアイは移動をするのであった。
「このスラム街はできたばかり?」
食堂に移動して、幹部を集めたアイは元スラム街のボスの話に聞き返した。ちょっと予想外な言葉だったからだ。
「はい。浄化作戦が行われた10年程前に。そのために皆は貧乏なのです。娼館もなければ、盗賊たちのアジトもありません。多少のかっぱらいやスリはいますが」
「なるほどねぇ。そういうことでちたか」
「そういった物は北西のスラム街にあります。他の地区はすべてここと似たりよったりです」
ふむと、アイは腕を組む。娼館がないことには疑問を持っていた。かっぱらいやスリは普通にいるとは思ったが、元締めがいないことが不思議であった。
だが、それの方が都合が良い。面倒なことがなくて素晴らしい。そして、なぜあっさりと降伏してきたのかもよくわかる。
スラム街につきものの金を持った顔役がいないからであるからして。そして、一度追い出されたのなら、北西のスラム街の人間もそこまでは力を持ってはいまい。持ってないよな?
娼館をやるには、平民が危険を感じないようにしなければならないし、いわゆる盗賊ギルドのような力を持つには、少なくともボスたちが力を持たなければならない。散らばった連中は完全には元に戻ったとは言えまい。
「それならば、他のスラム街も支配できまつし……。スラム街に騎士団が入りにくいというのはとっても良い情報でつ。マーサ、知ってまちたか?」
そこらへん、教えてくれなかったよねと問うと、マーサは困ったようになぜ教えてくれなかったかを答えてくる。
「その頃はまだ貴族街にいましたし、あまり情報が入ってこなかったので……」
うん、なるほどね。言わんとすることはわかりました。そっか、マーサの情報には多数の抜けがあるのかぁ。1人からの情報だけで行動をしてはいけないと、地球では気をつけていたのに迂闊であった。
「ならば、貴族だけが問題と思われます、姫」
「そうだなぁ。拠点作りにこのスラム街はちょうど良かったみたいだぜ」
ギュンターとマコトの言葉に幼女はうむと頷く。重々しく頷きたかったが、幼女なので可愛らしいだけであった。おっさんの時なら、威厳があったんだけど。
「この1か月、狩りにモヤシにと頑張って、麻の服を配り、毛皮を売ってきたけど、給料を支払っているので収入はトントン……そろそろマトモな拠点にしたいところでつ」
「金稼ぎは難しいからですぜ。ダツアーチャーたちの狩りでの毛皮が基本収入ですし」
そのとおりだ。今は肉を稼ぐ時の毛皮を売って凌いでいる。零細企業月光は毛皮業者をやっているのだ。しかも毛皮は1日5枚しか売れない。妖精の粉の回数を5回とか言わなければ良かったと後悔してます。
「モヤシでは金稼ぎは無理でつからね……。う〜ん、肉は増えた住人に配るし、干し肉にする余裕もなくなりまつ」
とりあえず、資金は残ってはいる。使ったのはシルにここの土地の権利書をお願いした時だけだ。毛皮の売買での取引での収入であとは賄っているので。
どうしようと、椅子をギィギイと鳴らそうとして、幼女の小柄な身体では動かせずに、背中が痒いとしか見えない幼女は深く思考する。
周りは固唾を飲んで見守っている。見守っていると言えば聞こえは良いが、スラム街に住む人間たちだ。金稼ぎの良いアイデアなどある訳ない。残念ながら期待はできないな。
「……スラム街で売れる物……」
「リバーシなんかどうだ?」
呟くアイへとマコトが手を挙げる。異世界小説でテンプレなアイテムリバーシ。単純なゲームであるが奥が深いゲーム。そして簡単に作れるゲーム。
「簡単に作れるゲームだからこそ意味がないでつ。少しぐらいなら売れるとは思いまつが」
ライトな異世界ではなぜにあれほどリバーシで儲けられるか不思議なのだ。特許がある世界も書かれていたので、その場合はわかるけど。
「設備投資のいらない物は売れない、ということですな姫」
「ギュンターの言うとおりでつ。設備投資が必要で、なおかつ貴族が興味を持たない物でなければいけまちぇん。今のところは」
「第三陣を呼ぶのはどうですかね? 武力に偏った奴らです。二枚目の若い男で変形機能を持つ奴とか」
ガイよ。小悪党Zになる夢を捨てていなかったか。というか、変形機能とか、皆の前で口にするんじゃない。ララが興味を持った顔をしているでしょ。というか、ガイの見かけは変えるつもりはないから、諦めろ。
「第三陣を呼ぶのはまだ早いでつ。とりあえずスラム街をすべて制圧したあとぐらいでつね」
素材も足りないしね。ゴブリンがいなくなったのだ。たまにしか狩れなくなっちゃった。ポップする世界だったら良かったのに。
「と言う訳で、スラム街の人間に作れて、かつ売れる物。それは」
「それは?」
皆の視線が集まってくるので、ニヤリと笑う。
「これでつ。設備投資が不要で簡単にして、平民相手に売れる物。安くて手に取るのに躊躇いがないもの」
ドサリと取り出すのは草鞋であった。ん? と不思議そうにする面々。簡単に作れる物であると知っているからだ。
「支部長、これは簡単に作れますが………?」
マーサが戸惑いの声をあげるが、幼女はむふふと笑みを浮かべる。
「設備投資が不要で、貴族に目をつけられない物。そして平民に安くて売れる物。品質が悪いと文句も言われない物で消耗が激しい。草鞋にしておきまつ」
「他の奴らも真似しちゃうんじゃねーの?」
ドヤ顔が可愛らしい幼女へとマコトも聞いてくるが、ちっこい指をフリフリとさせて答えてあげる。
「うちには人がたくさんいまつ。暇な人たちが。その半分の人でも良いので草鞋を作れば? 外に草を取りに行くにも他の人たちは護衛料が必要でつ。品質で勝負ができないこの草鞋を大量生産するあたちたちに対抗できまつか?」
「あ〜。大手チェーンのやり方って訳か。草鞋ならしょぼいし、貴族は興味を持たねーだろーな」
「稲藁が大量にあるので困ってまつしね。マーサ、商売の権利を部下に大量に持たすように。ゴザの用意もね」
真似されるならば、真似されても困らないようにすれば良いのだ。価格競争に負けぬように、大量に作ればライバル業者を駆逐できる。
単価も安いし、とりあえずの金にはなる。稲藁がなくなれば、ダツシリーズに草を刈りにいかせる人間の護衛をさせれば良いのだ。
とりあえず収入が欲しいのだ。少なくても良い、通貨を持ち購買力を持たせたい。マトモな暮らしにさせたいのである。
そうして初めて産業が1から上がるのだ。ちなみに、その場合は税金が発生するだろけど、スラム街だから税金の徴収には来ない。
まずは炊き出しを中止したい。自分の力で稼げるようにね。
「了解しました。それではご指示のとおりに」
「あぁ、それとスラム街の人口を調べておいてくらはい。王都のだいたいの人口の目算もできまつしね」
テキパキと手慣れた様子でアイは指示を出す。幼女ではあるが、以前は凄腕の元商人なのだ。しかも商隊を持っていた団長であるのだから。
周りの人たちはそんなことは知らないので、その命令に慣れた姿と有能な様子に高位貴族の落胤だとか噂をしているが。
皆がどやどやと席を立ち、去っていく中でアイはにこやかに見送ったが、身内以外がいなくなった後に、ムスッとした表情になる。
幼女がムスッとしたら、おやつをあげなくちゃと紳士は思うかもしれないが、中身がおっさんのアイは不機嫌という訳ではない。
「草鞋は応急措置でつ。これは長くは続きません。供給過多になるのが目に見えていまつからね」
「生産業者を大規模にやる際には介入してくるのは、やはり貴族ですか」
ギュンターが尋ねてくるがそのとおり。おのれ、貴族め。そろそろハードな異世界の貴族がどれくらい酷いかも確認しなければならないだろう。
「ステータスの格差が酷いこの世界では貴族や騎士はかなり恐れられているようですぜ。なにしろギュンター爺さんが騎士だとわかったら、あっさりと諦めたぐらいですし」
勇者ガイだけでは、スラム街のボスたちは降伏してこなかった模様。まぁ、プロト小悪党なので仕方ないだろう。Zに乗っても駄目だと思うけど。
「貴族が馬車に乗って襲われるというシチュエーションはなしかぁ」
あぁ〜、つまんねとマコトが机にひっくり返り呟くが、アイは悪戯そうにその言葉を聞いて笑う。
「そういえば、異世界転移ではテンプレでちたね。ふむ、この1か月で稼いだ消耗素材は狼24、ゴブリン38。正直ドロップ悪すぎでつね」
こつこつと指をテーブルの上で叩く。ちょうどよいかもしれない。
「この春うらら、貴族しゃんは遠乗りとかするのでつか。それか、馬車に乗ってお出かけとか」
「必ずあると思います。北門から先は穏やかな平原が続くらしいです」
ギュンターの答えに満足する。俺たちの入った南門と違い、北門は平穏らしい。比較的にであるが、物資の搬入も多いとか。
「そうでつか。それならはぐれモンスターに襲われても仕方ないでつ。貴族しゃんなら、あっさりと倒しちゃうと思いまつが」
そうして、黒幕幼女は簡単な悪戯をすることに決めたのであった。