229話 重大イベントの勇者
皆が彼を指差して言う。強くてかっこよくて二枚目な優しい男だと。その名はガイ。世間に評判の勇者である。最近は小悪党だとは近所では思われていない。……と思う。
ガイは相談があったので幼女と妖精に声をかけたら、キャーと叫んで楽しそうにポテポテと逃げてしまったので、その姿を見て嘆息した。
「なんだか最近は親分の幼女化が激しい気がしやす」
幼女はぽてぽてと走っていく。その顔は楽しそうで幼女にしか見えない。中の人はもはや浄化されたのだろう。きっとそうに違いないと、全紳士たちが祈っている。
子供たちが駆けてゆく幼女に気づいて、どこに行くの〜と集まり始め、市場に行くの〜と笑顔で幼女が答えると、私も一緒に行く〜と子供たちも加わって、キャッキャッとお喋りしながら去っていった。
「まぁ、いいですかね。あっしの決めることですし」
呟きながら自室に戻る。
「ガイさん、こんにちは」
「今度何を作るのですか?」
「食べ物なら呼んでくださいね」
メイドたちが道すがら声をかけてくるので、モテモテで困るなぁと思いながら、次に料理を作ったらねと、鼻を伸ばしながら。
だが、すぐに苦々しい表情になっちゃう。なぜならば、マーサがやって来たのだが、その手には月光商会が売りまくっている植物紙の手紙をたくさん抱えてきたからだ。
「ガイ様。おはようございます。今日も大量に手紙がきております」
「はぁ〜。地位が上がるのも考えものでやすね。自室に行きますので、ついてきてくれやすか」
ため息を吐きながら、手紙を受け取る。ドサリと大量の手紙を受け取り自室に行く。ガチャリとノブを捻りドアを開けて入る。
我ながら、少し汚い部屋だ。汚いというか、様々な道具が作業机に置いてあり、床にも色々と鉱石やらなにやらが置いてあるので雑然としていた。
おっさんのせいじゃない。忙しいのが悪いんだと内心で言い訳しながら、テーブルへと手紙を投げて、椅子に座る。
「これもあれも、あっしの地位狙い、金狙いでやすか」
手紙は全て夜会の招待状や、お見合い話だ。毎日毎日大量にくるのでうんざりしちまう。
「ガイ様は魔法爵。陽光帝国の皇帝陛下から、領地を下賜されたとお聞きしてますし、それが貴族の方々に漏れたのでは。漏れたというか、ガイ様自身が話してましたし」
「くっ。ちょっとモテたくて自慢しただけでやすのに……。スノーの直轄領の鉱山をいくつか貰っただけでやすのに」
クソぉと悔しがる勇者。女の子をナンパするのに、俺さぁ、フェラーリ持っているんだよね、ドライブしない? と自分の車を利用するように、俺さぁ、宝石鉱山貰ったんだよね、原石から研磨する作業見に来ない? とメイドたちに訳の分からない自慢をしたのだ。
キャア素敵とメイドさんたちは喜んで、屑宝石から作られたアクセサリーを貰って逃げていった。持ち逃げされた勇者である。
その話は巷に広まった。具体的には陽光帝国の新貴族はもちろんのこと、タイタン王国の貴族まで。
侯爵と同様の爵位にして、鉱山持ちの金持ち。しかも当人は魔道具作りの名人だとバレれば、もはや大悪党でもなければ、人々はかかわらないようにはしない。
反対に小悪党だから与し易しと、大勢の貴族が集まってきた。うちの娘を是非にと。ついに小悪党スキルをガイの名声が上回ってしまったのだ。モテたくて、スキルを限界まで抑えたおっさんのせいではないはずだと、本人は弁解しています。
貴族たちの考えは、どこの世界でも変わらない姿であった。ふぁんたじ〜だからこそかもしれない。それを悪いと断ずるほど若くはない。良い物件があれば、買おうと思うのは当たり前なのだから。
それが自分でなければなぁと、自業自得という言葉が自分の辞書に書いていないおっさんはため息を再度ついた。
「親分たちはそんなことないのになぁ」
スノーは親分たちに領地を下賜した。というか、無理矢理押しつけた。
ギュンター爺さん、ランカ、リンは多大な農地を含む領地を貰った。というかサンライトシティの周りにある森林などを貰った。開拓すれば凄いことになるが、本人たちはまったく開拓するつもりはなさそうだ。
のんびりとダツたちが開拓をしているので、時間がかかる。なので儲けがほとんどない。未来的には大変な儲けが手に入ることになるので、ギュンター爺さんはともかく、けも娘たちには少しは縁談の話が来ているのだが、親分の妻だからと断っていた。
隠す気もなく堂々と答える変態けも娘ズなので、良識ある貴族たちは敬遠した。フォアボール間違いなしなので、バットを振っても無駄である。
親分は各領地間を繋ぐ国道もとい、街道だ。その使用権を貰った。が、通行料を取ることもせずにいるので、各領地で勝手に関税をかけないようにするための方便だ。もしも領主たちが街へと入るための税金でも取ろうものなら、もれなく多額の通行料をその街の領主から奪い取る予定。
即ち、そんなことでもなければ、儲けはない。反対に維持費などでお金が飛んでいくと思われる。なので、目端の利く者たち以外は近寄ってこなかった。月光商会とは別会社になりまつのでと、笑顔で道路の補修費を肩代わりしてくだしゃいとお願いもしてくることだし。
皇帝と同じ権限を持つ幼女爵を貰っているのはナイショらしい。あっしも見せびらかさなければよかった。ちくせう。
だからこそ、迂闊な発言から追い込まれないようにしないといけないと、作業机にある作りかけのアクセサリーを手に取る。
「鉱山を貰えば、アクセサリーとか魔道具作り放題だと思っただけでやすのに」
カチャカチャとピンセットを持って作り始める。何気に全て高性能だ。研磨用のヤスリを使い、ガリガリと削って形を整えていく。
「ガイ様。なにかお持ちしましょうか?」
マーサが気を遣ってくれるので、ふむと考え込み、アイスティーを頼むことにする。
「少しお待ちください」
頭を下げて部屋から出ていくマーサ。お願いしやすと軽く頭を下げて、再び集中する。
物作りは好きだ。のんびりとマイペースに作るのが好きだ。昔、ニートだった頃もプラモに嵌ったなと、以前の自分を思い出し懐かしく思う。バカでかいプラモを作って置き場所に困ったこともあったなと、苦笑いを浮かべながら、つらつらとくだらないことを考えつつ、静寂の広がる部屋で手を止めることなく作る。
そうして、マーサが紅茶を持って来るのをのんびりと待つ。と、外がバタバタとうるさくなってきたことを明敏なる聴覚は聞き取る。
「申し訳ありませんが、ガイ様はお仕事中でして」
「あら、それなら私がその紅茶は持っていきますわ。さぁ、そのワゴンを渡しなさい」
「これは私がガイ様にお願いされたもので」
「いいから、メイド如きは引っ込んでなさい! ガイ様も私が持っていった方が嬉しいと思いますわ」
甲高いキーキー声が聞こえてきたので、困り顔になってしまう。あれは最近よく来るなんちゃら侯爵の娘の声だ。フラガン侯爵家だったかなぁ。なんちゃら侯爵家で別に良いか。
作業を止めて、ドアへと椅子ごと向き直ると、コンコンと礼儀正しくノックがされた。一応礼儀はあるらしい。
どうぞと答えると、銀髪の少女がにこやかな笑みを浮かべて、ワゴンを運んで入ってきた。
「ガイ様、お疲れ様です。お疲れと聞きましたので、差し入れを持ってきましたわ」
「あ〜……どうも」
後ろで手持ち無沙汰になり、困り顔のマーサがいるのを見て、少女に対して呆れてしまう。フローラさんと同じく侯爵家の娘なのだが、こちらの方が貴族らしい。
即ち、横暴で傍若無人だ。
なんちゃら侯爵の娘は、俺の作業机を見て、パンと手を打った。
「まぁ、ガイ様はまた魔道具をお作りに?」
ワゴンを置いて、淹れなさいとマーサへと命令しつつ、俺のそばまでやってくる。ワゴンは持ってきても、お茶を淹れはしない模様。これが普通の貴族なわけ?
「まぁ、精緻な作りの指輪! 外を小さなブルーダイヤモンドで囲って、その中心に大粒のピンクダイヤモンド。カッティングも信じられないほどに精緻ですし、これだけでひと財産だというのに、魔力も感じとれますわ! なんで素晴らしい」
作業机に作っておいた指輪を見て、その美しさから感動から目を潤ませるなんちゃら侯爵の娘。手に取ろうとしたので、サッと指輪を移動させて防ぐ。
むっ、と一瞬表情に険しさを見せて、こちらへと迫ってくる。
「これはお幾らでお売りになるのですか? 魔道具の大家であらされるガイ様のお作りになったものなら、幾らでもお金を出す人はいると思いますけど」
ギラギラと目を輝かせて聞いてくるのを、黄金の台座の位置を調節しながら肩をすくめてみせる。
「これは非売品だ」
「非売品? ではどなたかに頼まれた物なのですか?」
「あぁ、これはあっしが使うために作ったんだよ」
台座の位置を整えて完成。さて、と。
専用の指輪入れに完成した指輪を入れて箱を閉める。
「さて、と。悪いがあんたは邪魔だから帰ってくれないかな?」
「は、えと、え?」
「メイド如きと言うあんたにはうんざりしてたからな。それにあっしはこれから大事な用事があるんでな」
多少怒気を交えて、なんちゃら侯爵の娘を睨むと、ヒッと息を呑み体をすくめていた。
コホンと息を吐き、マーサへと身体を向ける。
戦いよりも緊張する。腹も痛い。頭も痛くなってきたので、今日は止めようか。
いやいや、この指輪が完成したら話すと決めていたのだ。お邪魔虫が来たが無視をする。
マーサがなんだろうと不思議な表情になる。くそっ、本当はお茶を淹れている間に渡す準備をするつもりだったのに。この娘がメイド如きと罵るのを聞いて台本を変えちまった。
「あー。マーサ。今日も良い点滴ですね」
「はぁ……」
点滴じゃなかった。貧血でもない。天気の話はどうでも良い。
「あっしの空にマーサがいてくれてとても嬉しいです」
違った。天気の話はもう良いのに。緊張をしているらしい。喉がカラカラだ。手に持つ指輪を強く持ち、気合を入れる。
「強大な魔力を感じました! 最強の敵の出現でしょうか」
「ん、たしかに怪しい」
ヤバい。少し気合いを入れすぎちまった。セフィとリンの声が聞こえてきた。こちらへと来ようともしている。
すぅ、と息を吐き、マーサへの指輪の入った箱を差し出す。マーサに見えるように箱を開けようとするが、なぜか想定と違い、かっこよく開かないのであたふたとするが、なんとか開けてみせる。
指輪がキラリと光り輝く。
「あっしと結婚してくだせえ!」
遂に言った。ゴクリと息を呑み、内心でガッツポーズをとる。
「良いのですか? 今のガイ様はモテていますよ?」
「あ〜。わかったんですが、あっしはチヤホヤされるのが好きなんで、モテたいのとは少し違う感じなんでさ」
最近思ったことだ。マーサがいないと寂しいと感じたのは。一緒にいて心休まる相手だと思ったのは。
結婚をしたいと思ったのだ。一生一緒にとは、不死たる自分は難しいだろうがそれでもそう思ったのだ。
「……ふふっ。相変わらず優しいのですね、ガイ様。もちろんお受けします」
あっしにとっては世界一の笑みを見せて、マーサが指輪を受けとってくれる。人差し指につけようとするので、慌てて薬指に嵌めてあげる。そういや、異世界だった。薬指に嵌める慣習はないわな。
やったぁと喜ぶあっしへと、マーサは言葉を続ける。
「欲を言えばもう少しロマンチックな時が良かったですね。あなた」
「うぐ、そういえばそうでやすね」
指輪の制作が終わったらと決めていたので、他はさっぱりだったとあっしは頭をかいて照れる中で、マーサがあなたと呼んでくれたことに気づいたのは、だいぶ後の話だった。