226話 平和となった精霊国と黒幕幼女
ユグドラシル精霊国はパレードをしていた。人々はユグドラシルがその葉に花を咲かせて、辺りに花びらを舞い散らせる幻想的な光景の中で喝采していた。
「きゃー! こっちにもお餅を投げて〜」
「角砂糖〜」
「手を振って〜」
人々は大通りを巨大な馬車に乗り、練り歩く者たちへと喝采をあげていた。
「月光商会の大セール。陽光帝国にユグドラシル精霊国が参入したお祝いに70%引きでーつ! 他にも色々イベント満載でーつ!」
幼女がぴょんこぴょんこと、うさぎさんのように馬車の屋根に乗りお餅を投げていた。祝着でござる、笹持ってこーい!
パレードはパレードでも、月光商会の大セールのパレードだった。ちんどん屋のパレードともいえるかもしれない。
妖精が先頭に立って、踊ろうとしていたので、グルグル巻きにされて、釣り竿にぶら下げられて、リンに持たれていたりする。
シルフが周りを飛んで花びらをばら撒いており、幼女は特に花びらを撒かれて、お花だらけになっていたりもした。
最近見なかったシルフたちが、精霊力が無くとも実体化していることに驚きを見せてもいたが、平和が訪れたような感覚を感じとり、笑顔でパレードを人々は楽しむのであった。
……ヨルムンガンドに勝利したお祝い? そんなもんはない。なにしろヨルムンガンドの封印を解いたら、暴走したなんて汚点にしかならないからな。
しばらくしたら王は病死して、王女があとを継ぐとの宣言がなされる予定だ。そしてユグドラシル侯爵領地にもなる予定。
なので、月光商会は当初の約束どおり、ユグドラシル精霊国が陽光帝国の傘下に入ったことのお祝いをしていた。
ヴィヴィアンこと、アンネローゼ王女はそんな約束はしていないと言っていたが、国家間のお約束だ。操られていた王が決めたこと? 操られていたなんて、そんな話はどこにもないよね?
絶対に傘下の話は流さないよ。タイダルウェーブでも流せないから、よろしく。
ヴィヴィアンの名前を返して、アンネローゼに戻った王女はテラスから月光商会が練り歩くのを見ながら、深くため息を吐いた。物凄い疲れたようなため息で、空気なのに重そうである。
「それだけ嫌なのならば、傘下の話はなかったことにしてもらえば良かったのでは?」
後ろに立っていた騎士団長が尋ねてくるが、苦笑しながら首を横に振って否定する。
「駄目よ。ここで話をなかったことにすれば、陽光帝国は普通に攻めて来るでしょう。もはや統一国家が生まれるのは時間の問題よ」
「エクスカリバーを持つ女王陛下なら、陽光帝国に対抗できるのでは?」
アンネローゼの腰に下げられている白金の剣へ視線をちらりと向けてくるので、肩をすくめてみせる。
「それこそ駄目ね。精霊たちは一切力を貸してくれないわ。何しろあちらには妖精がいるし……精霊に好かれている幼女もいることだし」
馬車の屋根に乗って、笑顔で食べ物をばら撒いている幼女がシルフに空中に持ち上げられて、キャアと無邪気に喜んでおり、人々はその様子を楽しんでいた。
「精霊が力を貸してくれないなどと、そんなことがあり得るのですか?」
「あり得るみたいよ。まぁ、まだなにか秘密があったみたいだしね」
果たして、ヨルムンガンドはなぜあんなことをできたのかわからない。ミストルティンも行方不明だ。どうも釈然としない。
だが、あっという間にヨルムンガンド事変が解決したことはたしかである。ユグドラシルはこれから精霊ヴィヴィアンとディアボロスが宿るとも、ヴィヴィアンから教えられた。
ユグドラシル精霊国は平和になったということだ。もはやヨルムンガンドも滅びた今、波風をたてる必要もない。
「新しい時代がきたということでしょう。こちらができうる限り、有利な交渉をしないとね」
ウィンクをして、アンネローゼはテラスを後にして、タイミングよく訪れた陽光帝国の外交団へと会いに向かうのであった。
花びらがふわりとアンネローゼの頭に降り注いできた。まるで彼女を祝福するように。
「ん、と、今頃、陽光帝国の外交団が到着していると思いますよ、アイさん」
パレードは終わり、大セールで商品を売り尽くした幼女たち一行は、打ち上げとして宿屋で宴会をしていた。ワイワイガヤガヤとガイたちは酒を飲んで楽しそうにしている。
その中で、アイはモニター越しにスノーと会話をしていた。
今回の騒動を話したら、ネタバレいくないと、マコトが怒ってきたが、マコトの都合で事情を話さなかったら、困っちゃうだろ。
「まったく、スノーしゃんはしっかりしてまつね〜」
テーブルに並ぶケーキにパクつきながら、生クリームをお口につけて苦笑しちゃう。やり手の皇帝だこと。
「これで残るはディーアなのですが……。アイさんは気になっていることがあるようですね?」
「ありまつ。デミウルゴスとサタン。いったいどこにいるんでつか? もう情報は得てるんでつよね? ユグドラシルはデミウルゴスとサタンと連絡をとりあっていたみたいでつし。不老の存在ならば坩堝昇華の法でも耐えられちゃうとわかりまちたし」
樹であるユグドラシルは耐えていた。名前から偽神と悪魔と思うんだけど、そこらへんどうなの?
問い詰めちゃう幼女である。攻略サイトより、GMに聞いちゃう卑怯な幼女であったりする。
幼女の言葉に動揺もしないで、スノーはニコリと微笑む。
「ん、と、もちろんどこにいるか、掴んでいます。新魔法などは扱えないように、運営はなぞのかんさやくから怒られたので設定済です。木魔法は凄かったですよね。手に汗握る展開でした」
ふんふんと鼻息荒く今回の実況動画を見たであろうスノーは興奮気味に言ってきて、肩の上にマコトが降りてきて、ふんすふんすと鼻を得意気に鳴らす。
「だろう? ほら、社長。大受けだったみたいだぞ。やはりボス専用魔法とか必要だと思うんだ。敵が強いって重要だよな」
妄言を吐く妖精をエクレアに挟んで置く。なにか言ったかな? 俺には何も聞こえなかったよ。
「で、あたちの新作おやつはフルーツたっぷりなんでつが、食べまつ?」
「デミウルゴスは魔帝国の皇帝ですね。サタンは死の都市にいます。どちらも坩堝昇華の法が発動した後に産まれた者たちです。そのため、酷く強力となっています」
ぺらぺらとボスの場所を教えてしまう皇帝がここにいた。攻略サイトのネタバレよりも酷い。
「あ〜、死の都市でつか。確かにそこのストーリーは止まってまちた」
サタンはそこにいるのかぁ。なるほどなぁ。坩堝昇華の法でパワーアップしちゃったか。もはや封印も解けているしなぁ。
デミウルゴスは魔帝国、と。予想の範囲内から出ないが今回は完全にミスったからなぁ。慢心していたか。
ちらりとワイワイ騒ぐリンを見る。まさか殺られるとは思わなかった。ミスリードされて騙されたといえばそこまでだけど、少し考えれば、簡単にわかった筈なのだ。
もしも不死でなかったらヤバかった。幼女反省。
「まぁ、反省はここまでして、倒すならサタンが先でつね。国を相手にするのは面倒でつし。魔帝国は色々変わった魔法がありそうでつし」
幼女は明日に生きるのだ。忘れっぽいと言うなかれ。ごちゃいだから、昨日のことなんて覚えていないもん。
都合の良い時だけ、幼女になるアイである。中の存在を忘れ去らないといけないと思うのだが、どうであろうか。
ふむ、とスノーは頷きながらも、小首を傾げて困ったような笑みとなる。なにかありそうだね。なんだろう?
「実はディーアを追い詰めすぎました。盤上は完全にディーアにとっては詰んでいます」
「だと思いまつよ。ユグドラシル精霊国を傘下に入れなくとも中央連合の負けっぷりを聞いたら、どう足掻いても負けだと悟るでしょう。降伏勧告したらどうでつか?」
地形変化系神器だったっけ? ガチャアイテムをそんな神器と、周りが騒いでいるのは知っているよ。どう考えてもディーア勝てないだろ。チートすぎる皇帝なのだからして。
俺の仲間も今や人間の域を超えている。負けようがない状況なのだからして。
「はい。そのとおり、降伏勧告をしました。ディーアの女王は傲慢であっても、馬鹿ではありません。交渉は長引くでしょうが降伏勧告を受けると思いました」
「過去形でつね。……なにかあったんでつね?」
幼女は目を細めて話の続きを急かす。眠たいんじゃないよ。真剣な表情なんだよ。
まさか禁忌の魔法とかに手を出したんじゃないだろうな? ユグドラシル精霊国では、テンプレと見せかけて、テンプレじゃなかったけど、ディーアはテンプレになるわけ?
話の続きを聞くべくスノーを見ると、困ったように頬をポリポリとスノーはかいて、話の続きを教えてくる。
「いるんです」
「なにが?」
「ディアナ女王が」
「ディアナ女王って、誰でつ?」
「ディーア王国の女王ですよ。女王の名前を覚えていなかったんですか、もぉ〜」
はぁ、ディーア王国の女王だから、名前はディーア女王だと思って、た、よ?
「はぁ? なんで女王がいるんでつか? 自身が降伏の使者になったんでつか?」
驚いて身を乗り出しちゃう。マジかよ。女王来てるの?
スノーはあっさりと首を縦に振り肯定してくる。皇帝だけに。
「寒いぜ」
「今のは謝りまつ」
エクレアから手足を突き出した怪人マコォトの言葉に素直に謝る。確かに上手くなかったよ。
「どうやらディーアには魔帝国の使者が現れたようです。陽光帝国に勝つ方法を、ひいては神器を破壊するための方法を教えるとの言葉とともに」
「あぁ……そうきまちたか。で、国が乗っ取られた?」
「五大将軍の一人、錬金術師のマーグが魔帝国に教えられた魔法を操り、化け物たちを産み出したらしいです。魔物を吸収していく魔物だとか」
「それはどこの7英雄なんでつかね。止められなかった?」
魔物を吸収していく魔物……。力と技を吸収していくタイプかぁ。ヤバいタイプだな。ほっとくとどんどん強くなるタイプだよな。
「どこかの社長と同じタイプだな」
「……そう言われると同じような強奪系でつね。でも吸収していく毎に意識が混在して、最後は暴走しちゃうのがオチでつよね」
「ディアナ女王はマーグにその魔法を使わないように命令したのですが、言うことを聞かなかったようです。さっさと産み出された魔物を倒そうとしましたが、既に強力な魔物と化しており倒せなかったから、私たちのところに来たようです。とりあえず、首都まで来て、女王に会ってくれますか?」
「く……テレポートをやけにあっさりくれると思ってまちたが……図りまちたね」
お休みもなく連続ストーリーかぁと、うんざりするが仕方ない。神棚の使い方も聞いていないんだけど……。
「わかりまちた。会いにいきまつよ」
これで南部も統一できるだろうと、黒幕幼女は陽光帝国の首都へ向かうことに決めるのだった。