225話 新たなる精霊王と黒幕幼女
ユグドラシルが枯れて、辺りの空間が暗くなっていく。アイはその様子を見ながら考える。こりゃヤバい。エルフの信仰している樹じゃなかったっけ、これ? 信仰じゃなくて、精神の支柱だったかな? どちらでも良いけど、枯れるのはヤバいと思う。
シロアリに齧られていたとか答えれば良いかなと、灯りが消えていく中で考える。次点はダッシュで逃げる。次点にしようかなぁ。
ダッシュで逃げると、色々問題が山積みになると思われるが、幼女的にはここのイベントは終了なのだ。あとは、ユグドラシルたちが話していたデミウルゴスとサタンがどこにいるかだな。
「あ〜……今回のドロップ聞くか?」
気まずい表情でマコトが頬を書く。その時点でもう聞きたくないんだけど。
コックピットから降りて、とやっと外に出る。まぁ、聞くんだけどね。どーぞ。
「……結晶超石、オリハルコン、アダマンタイト、精霊樹の種、神棚の一部。以上」
「想像以上に悪いでつね! なんでつか、それ? 木魔法は? 凄い便利な木魔法は? パラサイトとか、召喚系統とか、パワーアップとか、色々ありまちたよね? 精霊樹って、今使えということでつし!」
召喚系の魔物ばかりで倒しても意味がないのはわかっていた。だがボスからのドロップが酷すぎないかな? というか、最後のはなにかな? 神棚?
「運営よりお知らせ〜。木魔法は強力すぎて実装をとりやめました〜。ちょうど木魔法を使う魔物もいなくなったし、廃止となったぜ。まだ検証中の魔法だったから仕方ないよな」
「ふざけるな、でつ! ヤバい魔法だとはわかってまちたよ! 弱体パッチは駄目でつよ。検証中とか詭弁でつ〜」
床に寝っ転がり、手足をジタバタ振り回し泣き叫ぶ。幼女は木魔法が欲しいのだ。ママー、木魔法買って〜。
うあ~んと、泣き叫ぶ幼女へと妖精は気まずそうにして、侍少女はレアな表情だと、同じく寝っ転がり撮影していた。侍少女が酷すぎる。
「まぁまぁ、運営としては申し訳なく思っているから、あたしの写真集をお詫びにあげるぜ」
「そんな売れ残りの返品本なんかいらないでつ。木魔法ほちい〜」
「なんで知ってるんだよ! プレミアつくと思うぞ!」
ますます泣き叫んじゃう。涙をポタポタ、手足をぶんぶん。写真集なんかいらないよ、捨てる場所に困るだろ!
「駄目かぁ。それなら木魔法の代わりに他の魔法をあげるぜ。レベルは7までな」
なぬ?
「空間魔法よろちく。テレポート希望しまつ」
泣くのを止めて、ガバリと起き上がり目を輝かせちゃう。それは素晴らしい。木魔法? いらないな。額に花を咲かせるのは花咲か爺さんに任せるよ。
「了解。ま、構わないだろ。そなたに空間魔法7を授ける〜。使える魔法はアポート、ディメンションバリア、テレポート、ディメンションフレア。空間魔法はこれしかない」
「ぬぐぐ……アイテムボックス系統はなしでつか……仕方ないでつ。それでてをうちましょー。あたちが覚えまつ」
テレポート欲しかったんだよ。これがあればかなり助かる。ステータス一覧から木魔法が無くなり、空間魔法になる。レベルに魔法の数があってないけど、幼女は良い子だから我慢してあげまつ。
「さて、それじゃ後片付けといきましょーか。精霊の種を使いまつ」
あっという間に幼女はご機嫌となった。涙を拭いてペカリンと輝く笑顔になっちゃう。
枯れ木にそっとおててをあてて、精霊の種を使用する。種を中心に光が広がっていき、みるみるうちに瑞々しく健康な樹木へとユグドラシルは戻っていく。
「おー。幻想的光景。ふぁんたじ〜!」
リンが周りからキラキラと銀の粒子が生み出されるのを見て、感動して微笑む。幼女もふわぁとお口を開けて感心しちゃう。
綺麗だ。キラキラと輝き、緑の葉が生えてきて、まさしくふぁんたじ〜。だけど、女神様の思惑通りになっているなぁとも思って苦笑しちゃう。
「銀の粒子か……、ま、まぁ、気にしても仕方ないよな」
「これは精霊樹なんでつか? 精霊を創れば良いんでつか?」
たぶん精霊を宿すんだろ。どうやって創れば良いのかな?
「精霊を創る必要はありません。アイさん」
「私たちがこの精霊樹を管理致しますので」
どうすりゃいいのと、迷う俺に天井から声がかけられた。
見ると、静かな美しく心に染み渡る優しい女性の声が聞こえてきて、天井から水色の長髪の優しそうな女性と黒髪のきつそうな顔立ちの女性が降りてきた。
「ヴィヴィアンしゃんと、ディアボロスしゃんでつね。就職おめでとうでつ。お祝いはこの樹でよいでつか?」
特に驚くことはなく、女性たちへと話しかける。俺の挨拶に二人は苦笑しつつ床に降り立った。予想の範囲内だよ。
「ありがとうございます。空いた席に私たちは座ることになりました。樹木の精霊王として、この私ヴィヴィアンが」
ヴィヴィアンがニコリと優しげな笑みを浮かべて会釈してくる。
「副王として、このディアボロスが。緑の薫りで人々に癒やしの眠りを与えようと思うぞ」
クールな笑みでディアボロスが同じように挨拶をしてくる。
「あたちが倒せなかったらどうしていたんでつか? 失職?」
「ふふ。貴女が負けることはないと我らが主は言っておりましたので心配はしておりませんでした」
「高い倍率を乗り越えて就職できたのだ。勝つまで戦って貰うつもりだったぞ」
「そうでつか。……まぁ、良かったでつ」
新たなる精霊王かぁ。あたちの商会に入ってくれないかな? どんどこ砂糖キビとか育てて欲しいんだけど。
「さぁ、世界に新たなる自然の芽吹きを! 下請けのシルフたちよ、今こそ喜びの調べを!」
厳かに手を掲げて精霊王ヴィヴィアンが声をあげる。シルフを下請け言うな。
辺りからシルフたちが無数に現れて、手を組み合唱をしようと満面の笑みを浮かべて口を開く。
「すとーっぷ!」
が、俺は慌てて手を広げて、それを制止する。
「待った。待つでつ。まだ復活の調べは早いでつ。大問題がまだ残ってまつので!」
大問題? と、コテンと首を傾げる面々に真剣な表情となって幼女は大問題の内容を口にするのであった。
「大問題とはでつね………」
エルフの王女ヴィヴィアンはユグドラシルの樹から灯りが消えてゆくのを焦りながら見ていた。
「ユグドラシルになにかあったみたい。皆、急ぐわよ!」
「おう! お任せあれ王女よ!」
寄生から癒やされた騎士たちが胸を叩いて頼もしく応えてくる。その様子を見て、コクリと頷きカリバーンを片手に走り始める。周囲には恐ろしい力を持っていたヨルムンガンドの奥の手であったろうハイゴブリンたちが地に伏している。
強敵だった。負けるかもと思った程だ。
「ゴブブ。コイン尽きちゃいまちた」
「今日のご飯なににしまつ? ゴブブ」
「あたちはお昼寝の時間でつ。ゴブブブ」
邪悪なる妖魔たちはよく聞こえなかったが、断末魔をあげて倒れていった。激闘であった。天井や壁を踏み台に達人の動きで動き回り攻撃してくるその姿はゴブリンに見えたが、ゴブリンではなかった。ようやく勝てて安堵したものだ。
とりあえずゴブブと言っておけば良いだろうと、倒れたゴブリンたちが思っていたのは秘密にしておいた方がヴィヴィアンたちにとっては良いに違いない。
先に進んだ月光商会の面々はどうなったのかと、焦りを覚えながら奥へと進む。ヨルムンガンドが封印されていた場所はわかっている。
迷いもせずに突き進む。罠はないみたいだ。まぁ、お城に罠なんかないけど。
そうして封印の間に辿り着く。入った途端にクラリと身体が揺らぎ、眠気を感じたがすぐに振り払う。疲れを感じている暇はないのだ。
僅かに灯りが残る中で、広間にはリンという少女が倒れていた。山賊の姿は見えない。
そして広間の中心には禍々しい魔力を宿す大蛇がいた。
「よく来た……。あっしこそが、ヨルムンガンド。世界を支配するべく封印から解き放たれし蛇の王である。フハハハ」
目をピカピカと光らせて、私たちの最悪の敵ヨルムンガンドがこちらを見ていた。恐ろしい魔力を漂わせて、身体がその威力を感じとり震える。だが負けるわけにはいかない。ユグドラシル精霊国を私は背負っているのだ。
「皆、奴を倒すわよ!」
「おおっ!」
「やりますぞ!」
「倒すでつ」
騎士たちが武器をそれぞれ身構えて、決死の表情で叫ぶ。
「いくわよ。精霊ヴィヴィアンよ。カリバーンに力を!」
両手で大剣を持ち、天へと掲げて祈る。この化け物を倒す力をちょうだいヴィヴィアン。
そしてヨルムンガンドへと突撃しようとする時であった。
天井が突如として光り輝く。聖なる癒やしの輝き。銀の粒子が辺りに舞い散り、ゆっくりと降りてきたのは湖水の精霊ヴィヴィアンであった。
驚きで私たちは目を見張る。まさかここでヴィヴィアンが現れるとは想像もしていなかった。
精霊ヴィヴィアンは私を見て、優しく微笑む。
「名前が紛らわしいので、元のアンネローゼに名前を戻して良いですよ。アンネローゼ、貴女たちの祈りにより、私に力が戻りました。今こそカリバーンにあらたなる力を! 精霊剣エクスカリバーへと変えます。その力にてヨルムンガンドを倒すのです!」
その言葉をきっかけとして、私の手に持つカリバーンが光り輝き白金の神々しい大剣となる。
「ありがとう、ヴィヴィアン!」
カリバーンを遥かに上回る力を感じて、私はヴィヴィアンに感謝を告げて力を込める。
「その大剣を投げるのです。間違ってもエクスカリバーァとか叫んでビームみたいな攻撃をしてはなりませんよ」
「わかったわ! 投げるのは不得意だけど、気合いを入れるわ。喰らいなさい、エクスカリバーァ!」
投擲は苦手だけど、外せない。集中してヨルムンガンドへと大剣を投げる。豪風を巻き起こして、大剣はヨルムンガンドへと飛んでいく。あら、少し外れたかしら。
「どこ投げてるんでやすかぁ! うおりゃあー!」
ヨルムンガンドが叫びつつ、大剣が飛んでいった方向に突撃してきて、見事に命中する。
「さすがは王女! 敵の動きを見切っていましたな」
「やりましたな、奴め、悶え苦しんでいるぞ」
「今こそ我らも武技を放たん!」
ヨルムンガンドは私の見事な見切りによる投擲に当たり、苦しみ悶えていた。やったわ、さすがは私!
騎士たちが武技をそれぞれ放つ。斧が巨大化し振り下ろされて、ハンマーが光の一撃を当てる。筋肉を膨張させて騎士団は強力な一撃を与えていく。常日頃、伐採などで筋肉を鍛えている頼りになる騎士たちの武技によりヨルムンガンドはボロボロになって断末魔をあげる。
「おのれぇ〜。やられたぁ〜」
そうしてヨルムンガンドは身体を崩壊させて、灰となって消えていくのであった。
「よくやりました、アンネローゼ。貴女たちの活躍がユグドラシルを復活させます!」
ヴィヴィアンが柔らかい笑みを浮かべて両手を掲げると、辺りに光が戻っていき、輝きで目を細めてしまう。なぜか眠気がなくなったようなスッキリとした感じが一瞬したが、ヨルムンガンドに勝利したからだろうに違いない。
「さぁ、世界に自然のあらたなる芽吹きを! シルフたちよ、喜びの声を世界に奏でなさい。喜びの調べを!」
その言葉とともに、今まで見なかったシルフたちがたくさん現れて、合唱をし始める。可愛らしい歌声がユグドラシルに広がり、私は勝利したのだと、その幻想的光景に見惚れるのであった。