222話 蛇と戦う黒幕幼女
パラサイトの最大弱点は癒やせちゃうところだ。癒せるというのは、寄生生物と戦う映画とかだとワクチンができたよとエンディングで語られるパターンである。だいたいその場合はハッピーエンド。倒すだけだと、実は生き残っていて、バッドエンドになる場合もあるけど。それだけ寄生型は癒せる方法ができると脅威がなくなるということだ。
ハイヒールはなんとか人間が使えるレベルの回復魔法だが、リムーブカースが使えない可能性が高いから、実質このパラサイトを治せるのは幼女だけという話があるかもだけど。
「待ちなさいよ〜、なんで置いていくわけ〜? 待って〜」
カリルヤンが気持ち良さそうにスヤスヤと寝ているのを見ながら、幼女は遠くから聞こえてくるヴィヴィアンの声に舌打ちする。意外と追いつくのが早い。ガチャガチャと金属音も聞こえてくる。あれだけのシードを倒すとは見誤っていた。それだけ炎使いは植物と相性が良いのだろう。
このままでは足手まといが増えてしまう。冷たいようだけど、パラサイトシードが飛んできて、寄生されて敵になる姿が簡単に想像できるんだよな。
アニメや小説でよくあるパターン。寄生型は面倒くさいのだからして。罠を使う敵だとわかっているしね。
「と、言うわけで魔物が大量に現れてヴィヴィアンしゃんは一回休みとしまつ」
幼女は唇をムニュと曲げると、片手を振る。空間に光の線が現れると魔法陣が大量に描かれていく。
そうして描かれた魔法陣から魔物が出現する。小さき体躯に手に持つ棍棒。使い方に困るゴブリンたちである。量産型であり、魂無しのドローンだ。
「ゴブリンドローン、そこらを走り回ってヴィヴィアンしゃんたちを陽動していてくだしゃい」
「ゴブ」
敬礼をして、アスリートのように綺麗な前傾姿勢となり、ゴブリンたちは駆けてゆく。その動きはゴブリンのものではなく、達人と呼ばれる武術者のものであった。何気に体術5に設定しておいたのだ。ステータスが量産特性を含めて8だけど、スキルの差で時間稼ぎぐらいは可能だろう。
幼女は迂闊にも加護で+20されるのを忘れていた。騎士を時間稼ぎどころか倒せるレベルということを。装備がしょぼいが、体術スキルの差はそれだけ大きいのだ。
「オーケーでつ。先に進みまつよ」
ゴブリンたちがステータスに似合わない速さで通路へ消えてゆくのを見送り、それに疑問に思わず出発しようとしたが
ヒョイとリンに抱きあげられた。ん? なに? 遊ぶのは後でね。
「ん、リンはこの先が危険だと考える。ガイが死んだし」
眠そうな目に真剣さを宿しながら忠告してくるリン。その真面目な声音を聞いて、俺も状況を再確認する。ぶっちゃけ、今のリンは俺と変わりないステータスだ。たしかにお互いが危険な状況かもしれない。ステータス80台がごろごろ召喚されたらヤバいかもしれない。
リン的には不死の自分よりもだんちょーの方が心配だ。最近は高ステータスになり、前衛で戦うようになってはいるが圧倒的に強いというわけでないし。
「わかりまちた。それじゃゲームの始まりといきまつか」
「ダンジョンアタックミッションだぜ」
マコトがノリノリで叫び、アイは金色のコインを指で弾くとゲーム筐体へと入るのであった。
木の通路をリンが駆け抜けてゆく。アイのことを気遣う必要がなくなったので、その走りは狼よりも速い。疾風迅雷というレベルであり、影すら置いていく走りである。
通路を通り過ぎていくと、多少の違和感を床に感じる時があるが気にしない。一瞥もせずに駆け抜けていき、その後ろに槍が遅れて壁から飛んでくる。
天井が針を生やして落ちてくる。
落とし穴がパカリと口を開ける。
ギロチンめいた刃が閃き、斬りさこうと壁から勢いよく出現する。
天井から酸が雨のように降り注ぐ。
だが、リンの速さには追いつけない。髪の毛一本にも触れることができずにリンの通り過ぎたあとに罠は虚しく発動していく。
「かなりの罠がありまつね。たしかにリンの言うとおりでちた」
コックピット内でアイは次々と発動していく罠に呆れ顔になっちゃう。城なのに罠ありすぎだろ。
「プラントトラップだぜ。木魔法で木を罠に変える魔法だな」
「防御系統が多いんでつね」
マコトの言葉に舌打ちしちゃう。動けない植物系統の魔物が使うように作られた魔法なんだな。木魔法って。かなり厄介な魔法だ。
「むふーっ。罠の全てを踏み潰す」
久しぶりに活躍の機会が訪れたリンが興奮して鼻息荒く言う。罠を踏み潰す職業ではないと思うんだけどね、侍って。それともリンの職業はバーバリアンだったかな?
「まぁ、罠を回避できないから仕方ないでつけど」
「ガイは無理そうだけど」
マコトがモニターを確認しながら報告してくるが、たしかにそのとおり。
「ぎゃー! この地下道、蜘蛛の巣やら触手の化け物がたっぷりといやす! パイルダーアイ、パイルダーアイ!」
「ガイは一回休みでつね。あの状況じゃ」
勇者は不屈の精神で落とされた地下道を歩んでいた。叫び声一つあげずに黙々と。さすがは勇者、立派な男である。そして、どうやら地下道にはたくさんの罠や魔物があった模様。
なにか叫んでいる? きっと幻聴だろうに違いない。
「ゲゲ! 酸が降ってきた! スレイプニルシールド!」
「ガイ様、私は傘ではありません。ちゃんと取扱説明書を読んでください」
罠に引っ掛かっても、シールドを持ち出して身を守り着実に進んでいると思われる。バイク型シールドが飛んで逃げようとしているようにも見えるけど。
「どちらにしても、ガイには期待できなさそうでつね。あれじゃ合流できそうにありましぇん」
「むふーっ。今回はリンの活躍の場! リンに任せる」
むふーむふーと鼻息荒い侍少女の言葉に苦笑するが、任せるとするかな。一応新型の準備だけしておこうっと。
「そういう準備をすると、だいたい必要になるんだぜ?」
「ん、覚醒する。合図をしたらよろしく。種を割った時とか」
「今回は敵がシード持ちでつよ」
テンプレとならないように気をつけろよと思いながら、ステータスボードをポチポチ押していく。リンの新型はどうしようかなっと。
そうして、罠を踏み潰しつつ、しばらく進み
アイたちは大扉の前に辿り着くのであった。
白金で作られた10メートルはありそうな大扉。いかにもな意匠を彫られた大扉をリンはゆっくりと開けてゆく。小柄な体躯の少女にもかかわらず、大扉を苦もなく開けると
「ようこそ神聖なるヨルムンガンドの祭壇に」
壮年のエルフが出迎えてくれるのであった。
「ん、お邪魔する。蛇はどこ?」
そこは大きな球形の広間であった。リンたちのいる通路は球形の広間の中空に浮いており、中心まで伸びている。
中心にはいかにもな古い祭壇が置かれており、その手前にエルフは立っていた。3メートルはある木の槍を持ち、ミスリルツリーのプレートアーマーを着込んでいる。その目つきは鋭く、カリスマのありそうな威厳漂う男である。
「額に花が咲いていなければ完璧でちた」
幼女はジト目となって呟く。だって、ちっこい花が額から咲いているんだもの。残念極まりない間抜けなシーンである。
「パラサイトシードって、たしかにアホっぽいけど、だからこそ寄生されたとわかるんだぜ?」
「あぁ……。それを考慮されたモチーフだったんでつね」
あれだけ間抜けな姿なら、たしかに寄生されていると判断できるが、癒やしたあとに本人の黒歴史になりそうだな。たぶん王様だろうし。
「なにも調べずに来たもんな〜。普通、どうなっているのか調査してからだろ?」
「面倒くさいでつ。絶対にお涙頂戴のイベントがありまつよ? お父様目を覚まして〜とか。寄生されて操られた人を盾にされたりとか? スキップしましょ」
幼女はスキップが大好きなのだ。スキップスキップランランランなのだ。スキップしないように気をつける? 本当に必要だと思うイベントはスキップしないことにするよ。たぶんね。
映画や小説などでそのような話はお腹いっぱいなのだからして。現実ではそんなイベントノーサンキュー。
「君たちは何者かね? パラサイトシードを倒すにはユグドラシルの清浄なる雫が必要なはずだったのだが。この遥か上に雫が採れる場所があってね。そこに部下たちを配置していたのだが無駄になった」
なんかアイテムがあったらしい。マジかよ、後で採取しにいくよ。
「リンのだんちょーはパラサイト如き簡単に倒せる。それより蛇はどこ? 小さすぎて見えないとか?」
リンが油断なく周りを見渡して尋ねるが……。イベントを楽しんでいるだろ。どう見ても壁に無数に空いている穴から出てきそうなのだから。ゲームでよくあるモグラたたきみたいなボス戦を予感させる部屋だからして。
口元をニヨニヨとニヤけさせて張り切る侍少女。基本、ガイとギュンターが活躍しているから、なんとなくその気持ちはわかるけど。
「ヨルムンガンド様か。その前に私を倒してからとなるぞ」
手に持つ槍を手元でくるりと回転させると、腰を落として身構えるなんとかさん。このエルフの名前はなんだろう? たぶん王様。恐らく王様。名乗って欲しいんだけど。
「リンは月光商会の侍。だんちょーの妻にして最強を目指すもの!」
中段に刀を構えて名乗りをあげるリン。ナイスリン。これなら相手も名乗るだろう。空気を読んでくれたリンにペカリと輝くような笑みを幼女は見せちゃうよ。モニター越しにリンも親指をたてて、ムフンと得意げにして笑みを浮かべていた。
「私の名はユグドラシル精霊国の王、ガイア・ユグドラシル。少女よ、死んでもらおう!」
ガイアか、メモメモ。幼女はご挨拶ができて一安心。それじゃ戦うとするか。レバーを握り、リンぼでぃへと意識を移す。
「それでは第1ラウンドといきましょう」
スッと目を細めてクールになる侍幼女。侍リンから侍アイへと変わり、その威圧感により空気が重く変貌する。
僅かに目を見開きガイアは驚く。目の前の少女の力が膨れ上がったことにより警戒心を増す。
「私からいかせてもらおう。ガイアズスピア」
ガイアが呟くと同時にアイの立っている床からハリネズミのように細い土の槍が無数に突き出してくる。
一瞬の内に生み出された魔法の槍を、アイはふわりと身体を浮かせて飛び上がり回避するが
「私も挨拶をしてあげましょう。ヨルムンガンドと言います。さようなら少女よ」
真上から聞こえてくる声にギクリとする。慌てて真上を見ると、天井に隠れていたのだろう巨大な蛇が大きな口を開けて待ち構えていた。
「く、しくじりました!」
回避をしようと浮遊にて足場を作り、身体を翻そうとアイはしたが遅かった。ヨルムンガンドはその身体に似合わぬ速さで襲いかかってきて、アイは頭を齧られてしまう。
ガリガリと肉や骨を砕かれる音が広間に響く。
「マミられた〜」
妖精の悲鳴がコックピット内に響き渡るのであった。ごめん、ミスった。