220話 アスレチックを楽しむ黒幕幼女
ワァワァと街が騒がしい。なぜならば寄生から癒やされた騎士たちが騒いでいるからだ。
「うぉー! なにがなんだかわからないが、ユグドラシルを救え〜」
「ヨルムンガンドを封印せよ!」
「皆、武器をとれ〜!」
叫びながら街路を駆けてゆく騎士たち。その必死な形相に周りの人たちはコクリと頷き、なにが起こったのかを理解する。
「あいつら飲みすぎだな」
「衛兵を呼ぶか?」
「大魔法を見て興奮したんだろ」
騎士たちは酔っぱらいかなにかだと思われていた。それも仕方あるまい。ヨルムンガンドは秘密にされており、騒ぐ騎士たちは極めて少数だ。人混みの中を騒ぎながら進めば、そりゃ変人扱いされるわ。
だって目の前で騒いでいるのはほんの数人、街全体で見れば数百人はいるのだが、いかんせん数が少なすぎた。兵舎からは騎士の集団がユグドラシルにいち早く辿り着いていたが、街中にはぜんぜんいない。
それに加えて、酔っぱらいと思われるおっさんも、あっしも英雄になるぜと、つられて叫びながら駆け出すので、さらに変人扱いに拍車をかけていた。
それでも周囲を気にせずに騎士たちはユグドラシルへと駆けてゆく。国を守る使命感を持つ立派な騎士たちだ。
酔っぱらいと思われていたおっさんは周りの変人扱いする視線に気づいて立ち止まり、ちょっと酔っちまったかなと、髭もじゃの顎をかきながら路地裏へと口笛を吹きながら消えていったのに。
さすがは小物の中の小物なおっさん。イベントだから、皆がユグドラシルに集まるだろうと先頭に立ち、英雄になろうとしたが、まったく周りの人たちはのらなかったのでヘタレた模様。どっかで見たおっさんだが誰なのかは言及しないことにしておく。
そんなイベントシーンを幼女は家々の屋根を疾駆しながら眺めていた。
「あのおっさんは編集でカットしておいてくだしゃい」
「そうだな。ユグドラシル精霊国内乱編であの小物の出番は削っておくぜ」
妖精もコクリと頷き同意する。カキカキとメモ帳に書いておくマコト。天才女優は常に忘れないようにメモをとり、下請けに編集を放り投げるらしい。その下請けにぼったくられている予感がするのは気のせいだろうか。
幼女と妖精は家々の屋根を駆け抜けて、木々の小枝を踏み台にして、疾風のように駆けてゆく。カサリと音がして、真下にいた人がなんの音だろうと仰ぎ見た時には既にそこにはいない。ただ、木の葉がはらりと舞うだけであった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでそんなに貴女は速いわけ?」
風の精霊の力を借りて、ヴィヴィアンがアイたちを追ってくる。ちょっとユグドラシルまで行ってきまつと、ランカの操作を終えて密かにゲーム筐体から出たアイがかけてきた言葉に、ヴィヴィアンは私も行くわよと美しい金髪をフワサと手で掻き分けてモデル立ちで言ってきたのだ。何をやっても決まっている美形エルフである。
ただし、エルフに限る。といったかっこよいシーンが似合うヴィヴィアンであった。これが某おっさんなら、フケが飛ぶでしょと怒られるかもしれない。おっさんとエルフの人種格差と言えよう。人種の問題ではないかもしれない。
だが、ヴィヴィアンのかっこよい姿はそこまでであった。自身の半分もない身長の幼女はスタタタと手足を可愛らしく振って、可愛らしくない速度で駆けてゆくからだ。
しかも、ぴょいんぴょいんと、うさぎさんみたいに飛び跳ねて家々の屋根を駆けてゆく。
ヴィヴィアンはそれを見て、当初は余裕であった。高ステータスの幼女を見ても、それなりの高位貴族の娘ならその程度の動きはできるだろうと思っていた。自身とあまり変わらない能力だとその魔力量を見て推測しており、それならば鍛えているし、精霊の力を借りることができるヴィヴィアンならついていけると。
伝説の妖精が現れたことにより、精霊たちは力を回復させたようであるので、精霊使いたちは少ない魔力で精霊魔法を行使することができるようになっていたので。
実際はようやく健全な魔力を放つアイたちが現れたことに精霊たちはその力を回復させていたのだが、妖精が目立っていたので気づかなかった。普通は気づかないだろうけど。
そのため、風の精霊の力を脚に纏わせて体重を軽減させて、風に背中を押されるように素早く走りついていったのだが……。
だが、違った。速度はそれほどでもないのに、幼女からどんどん引き離されてしまうのだ。
足のリーチは倍以上あるのにと、怪訝に思いながら焦ってついて行くが、ついていけなかった。
アイにとっては当然の結果である。体術レベル6は人間の域を超えている。幼女の無駄を削いだ動きは手足のリーチの差を埋めていた。小さな体躯なれど、身体の動き、その筋肉の伝達、走りやすいところを踏み込んでいく。人外レベルとなった幼女には同ステータスでもスキルの差で普通の人間ではついていけなかった。
特段、ヴィヴィアンを待つことなくアイはユグドラシルに走ってゆく。待ってと言われても幼女はせっかちだから待てないのだ。
そうして、隣にさり気なく先程路地裏に消えていったおっさんがついてきたりして、ユグドラシルの樹の目前に到達する。ギュンターたちは敵の不意打ちを警戒して街中で待機している。ランカは魔力切れなのでお休み。
ユグドラシルの樹の正面が見える屋根の上でアイは立ち止まる。ヴィヴィアンが息も絶え絶えにようやく追いついてきて、その後ろから銀髪をたなびかせたリンもふわりと屋根に降り立ってきた。
「ユグドラシルの樹の中に城が作られているんでつね」
「天ぷらなら鮎が好きなんだぜ」
「あっしは地元産の鮎でなくても美味しく食べまさ」
「むふーっ。リンは茄子の天ぷら希望」
ひょこっと顔を覗かせて、ユグドラシル城を眺めるアイ、マコト、ガイ、リン。自分たちがどんな天ぷらが好きかを話し合い脱線事故になりそうだったが
「寄生から回復した仲間たちが戦っているようね。私たちも援軍に行くわよ」
ヴィヴィアンが阿呆軍団へと口を挟む。山菜を後で採取して天ぷらにしようと話し合いの方向が斜め上にいっており、どこまでも脱線していたストーリーを戻してくれた。
ユグドラシル樹は全長数キロはある。その樹は大きく中を削り取られており、大きな金属製の城門が入城を拒んでいる。
そう、既に閉められていた。あの大魔法は少しやりすぎだったみたい。そこに兵舎から現れたのだろう騎士団が迫り攻撃を加えていた。
城門を開けようと騎士たちは懸命にしているので、寄生された際の記憶はしっかりと残っているのだろう。ヨルムンガンドを倒すために集まっていた。
城門を攻撃する騎士たちはハンマーや斧を振るって門を砕こうとしている。エルフなのに似合わない武器だ。しかもかなりの脳筋っぽい。フヌォーとか叫んでいたりもするし。
城門を砕かれまいと、ユグドラシル側も黙ってはいない。周囲の地面から無数の植物が生えてきて、寄り固まり四肢を持つ魔物へと変化していく。
「なんだこれは?」
「気をつけろっ」
「速いっ!」
植物の魔物は四肢を地につけて、本来は獣が持つであろう口の部分を大きく裂けるように開く。
「きぃー!」
「キキ!」
「キキィ〜」
ガラスを擦り合わしたような咆哮を受けてエルフたちは顔を歪めるが、すぐに武器を構える。その落ち着いた動きから練度の高い部隊だと分かる。
だが、騎士たちの想像を敵は超えていた。身構える騎士たちへと、猛然と襲いかかる魔物だが、その速さが残像を残して、消え去る程であったのだ。
一瞬の内に間合いを詰められて、植物であるのに鋭い牙を生やした魔物に噛みつかれる騎士たち。
「おのれっ! 斧技 パワークラッシュ!」
騎士たちもやられてばかりではない。武技を放ち敵を倒そうとする。魔力光が武器に宿り、敵に迫り打ち砕こうとするが
「なっ! こいつら」
武技が命中する寸前にその身体が蔓となり解けて躱す。回避するとすぐまたより集まり、身体を形成させてナイフのように鋭そうな爪を生やして、振り下ろしてきて騎士の身体を引き裂かんとする。
致命的な隙を見せたと騎士が死を覚悟して身を固める。
が、爪はエルフの目の前まで迫ったあとに吹き飛ばされる。莫大な威力を持つ爆炎が敵の身体を包み込んだのだ。
「皆っ! 助けに来たわよっ!」
凛々しさを感じる少女が大剣を振った体勢で現れたのだろ。その姿を見て、皆はどよめく。助けにヴィヴィアンが入ったのだ。
「ハァァァ! 爆炎剣っ!」
大剣に逆巻く猛火を纏わせて、再度ヴィヴィアンが大きく横薙ぎに振るう。炎が嵐となって巻き起こり、魔物たちを覆いつくす。
その様子を見て、騎士たちはどよめき喜色を見せて言う。
「おぉっ! ヴィヴィアン王女、ご無事でしたか!」
「ええっ。私は大丈夫よ。皆は大丈夫?」
キリッとした表情に微笑みを重ねてヴィヴィアンが答える。
「これはいったいなにが起こったのですか? 我らはヨルムンガンドが封印から解かれたが、命令を聞かずに暴れ始めたところまでは覚えているのですが」
騎士たちの問いかけに、ヴィヴィアンはフッとクールに表情を変えて、クールに言う。
「私もよくわからないの。まったく意味がわからないけど、なんかこうなったわ」
フンスと息を吐き、堂々と胸を張り威張って答えるヴィヴィアン。その様子には後ろ暗いことなどなさそうだった。
あ、そうですかと騎士たちはジト目になるが気にした様子はない。なんとなくアホそうな感じが漂うエルフ娘であるが、それも仕方ない。
アイは大魔法を使ったが、あとは流れで敵を倒そうと適当なことを考えていたので。最近の幼女は少し変なのだ。女神様に祈るのを止めたほうが良いと思われるがどうだろう。
「ヴィヴィアンしゃんは王女しゃんでしたか。たしかにそんな武器を持つのは王族とかでつよね。迂闊でちた」
「あぁ、天ぷらなら王女なのも納得だよな。まさしく普通のミッションだよな、今回は」
屋根の上でその様子を見ていたアイの言葉にマコトが同意する。たしかに話の流れから王女だと予測しても良かった。神器と違い、精霊剣は強大な力を持ち、使用制限も緩そうだし。
あまりにもストーリーをスキップしすぎて、あらゆるフラグをたてないで突っ走ってきたしな。幼女反省。これからはあまりストーリースキップはしないことにしようっと。
「ユグドラシル精霊国の第1王女ヴィヴィアンが命じるっ! 騎士たちよ、この扉を突破して悪しきヨルムン」
「片手斧技 ハリケーンクラッシュ」
ヴィヴィアンが大剣を掲げて、周りの騎士たちへと檄を飛ばそうとしたが、後ろで斧が光を放ち、轟音と共に分厚い城門を吹き飛ばす。
砂埃が巻き起こり、金属がひしゃげ砕けて地に落ちる。ガランガランと音が響き渡り、ヴィヴィアンに注目していた騎士たちの目が点になっちゃう。
「あ、続きやっていてくだしゃい。あたちたちは奥に行きまつので」
どーもどーもと、ちっこいおててをあげて、屋根から降りた幼女たち面々はシュタタとヴィヴィアンの横を通り過ぎていく。
「すいませんねぇ。親分が邪魔しちゃって」
月光クッキーをもしゃもしゃ食べながら山賊勇者もペコペコと頭を下げながら通過していく。
「さっき、スキップはしないとか言ってなかったか?」
「ん、だんちょーは必要なイベントはスキップしないはず」
ステテと妖精と侍少女も通り過ぎていく。それを呆然としながらヴィヴィアンたちは見送って
「ま、待ってよ! あ、また魔物湧いたっ! ちょっと待ってよ〜」
アイたちに常に決め台詞を妨害されるヴィヴィアンは遠ざかる黒幕幼女たちへと金切り声をあげるのであった。